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二部
◇ことのはじまり◆
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その日オデットは感謝祭にチョコレートケーキを作ろうと、材料を買いに街へ出ていた。
(ユーグのぶんは……。だめですよね、怒らせてしまいます)
王子様のような見た目に反して意外と嫉妬深い夫のことを思い、オデットは彼の分だけを作ることにした。
そうして材料を集め、屋敷に戻ろうとしたときだった。
すぐ近くで女性の悲鳴が聞こえ、「泥棒」という単語が耳に入る。
今はもう騎士ではないのだが、オデットは反射的にそちらへ視線を向けた。
座り込んだ女性、逃げる男。
それを見て、すぐに詠唱をはじめ、逃げる男の足を風の魔法ですくってやれば盛大に体勢を崩して倒れこんだ。
それを拘束しようとしたとき、すぐそばからのびた手が男の腕に手錠をかける。
「じつに見事だった、ご令嬢。あなたは魔術師なのか?」
見れば、そこには軍服を着た男性がいる。
この国のものではなく、友好国である隣国の制服だ。
こちらの騎士団は白で、その男性が来ているのは漆黒だった。
真っ黒な髪に青い目の男性はオデットをじっと見つめている。
「――ええ、今はもう違うのですが」
きっと偶然通りかったところ、騒ぎを聞きつけて来てくれたのだろうと推測し、
オデットは男の問いにこたえる。
「手伝ってくださって、ありがとうございます」
「いや、俺はなにもしていない」
騒ぎを聞きつけた巡回の兵士がやってきて、捕らえた男を連れて行く。
「俺はザクセン・ノートルリア。よければ、あなたの名前を聞かせてはくれないか?」
「オデット・アーノルトです」
「アーノルト? ランヴァルドのところにいるのか?」
「まあ。ランヴァルド様をご存知なのですか? ふふっ、私はあのかたの妻になります」
幸せそうに微笑んで告げるオデットだが、相手の男の表情はひきつった。
「妻……?」
「はい。あの、どうかなさいましたか?」
不思議に思ってオデットが問いかけると、ザクセンは首を横に振った。
「いや、すこし驚いただけだ。気にしないでくれ」
「そうですか、それでは、どうもありがとうございました。私はこれで……」
「あ、待ってくれ!」
「?」
帰ろうと一歩踏みだすと、手首をつかまれる。
オデットは不思議に思ってザクセンを見つめた。
「あぁ……いや、すまない。なんでもない、それでは……」
名残惜しそうに言って、オデットの手をはなす。
そのときはそうしてわかれたのだった。
この出会いがまさか、あんなことになるとはつゆ知らず。
……。
その日、オデットは久しぶりに調理台にたち、チョコレートケーキを焼いていた。
できばえはよし、これならランヴァルドにだしても恥ずかしくない。
そう思って帰りを待っていると、いつもと同じくらいの時間にランヴァルドは戻ってきた。
「ただいま、オデット。なんだかあまい匂いがするね」
「おかえりなさいませ、ランヴァルド様」
出迎えたオデットを抱きしめて、そのぬくもりを堪能するように彼女の首筋に顔をうずめる。
「今日は感謝祭ですから、チョコレートケーキを焼いたのですよ」
「本当かい? うれしいよ、オデット」
オデットの身体をはなし、青い瞳が愛おしそうに細められる。
「この日に、手作りのお菓子をあげるのはランヴァルド様がはじめてですから」
「そうか。楽しみだな、ありがとう」
ランヴァルドはオデットの髪にキスをして、ふたり手をつないで食堂へむかう。
……。
「うん、とてもおいしい」
食後にオデットのケーキを食べたランヴァルドは、幸せそうに笑ってそう言った。
それに嬉しくなってオデットも微笑む。
「お口にあってなによりです」
「きみは魔術だけでなく料理も上手なんだね」
「――これは、練習したのです。昔はとてもへたで、よくユーグが胃痛に苦しんでいて……」
雰囲気がかわったような気がして、あわててランヴァルドを見ると、
優しく微笑んでいるものの、その根底には嫉妬がありそうだった。
「……そうか。彼に試食してもらって練習していたんだね」
「ええと……」
「まあ、その件については私もきみのことを言えた立場ではないからね。それはよしとしよう」
もともとアンネリースに懸想していた自分も悪いとランヴァルドは納得したようだ。
「それはそうと、今日は捕り物があったようだねオデット。きみの活躍を聞いたよ。
だけど、あまり危ないことに首をつっこんではいけないよ。
きみにもしものことがあったら、私は耐えられない」
「だって、見すごすことなどできません」
「きみはもう市民の一人なのだから、そういうときは助けを呼ぶように」
「――む。わかりました」
オデットとしてはすこし悔しい話だ。
自分にも助けられる力があるのに、見ていろというのは。
だが同時に、相手がどんな凶器を持っているともしれないのに、いくら魔術を扱えるとはいえ丸腰で挑むのは危険すぎたかもしれない。
ただでさえ、今はおなかに子供がいるのだから。
「そういえば、ランヴァルド様のお知りあいに会ったのですよ。
ザクセンさんというかたに」
「……、会ったのかい?」
「はい?」
ランヴァルドの顔色が変わる、なんだかとても嫌そうだ。
「……あぁ、いや、彼はこの国の騎士ではないし、すぐに戻るだろうから大丈夫……だろう」
「どうなさったのです? ランヴァルド様」
「なんでもないよオデット。ただ彼とはあまり親しくなくてね、きみもそれなりに距離をおいてくれると助かるよ」
「そう、なのですか? 分かりました」
なんだか隠し事をされているような気はしたのだが、
ランヴァルドがそう言うのなら従おうと思った。
誰にでも言いたくないことはあるだろう。
(ユーグのぶんは……。だめですよね、怒らせてしまいます)
王子様のような見た目に反して意外と嫉妬深い夫のことを思い、オデットは彼の分だけを作ることにした。
そうして材料を集め、屋敷に戻ろうとしたときだった。
すぐ近くで女性の悲鳴が聞こえ、「泥棒」という単語が耳に入る。
今はもう騎士ではないのだが、オデットは反射的にそちらへ視線を向けた。
座り込んだ女性、逃げる男。
それを見て、すぐに詠唱をはじめ、逃げる男の足を風の魔法ですくってやれば盛大に体勢を崩して倒れこんだ。
それを拘束しようとしたとき、すぐそばからのびた手が男の腕に手錠をかける。
「じつに見事だった、ご令嬢。あなたは魔術師なのか?」
見れば、そこには軍服を着た男性がいる。
この国のものではなく、友好国である隣国の制服だ。
こちらの騎士団は白で、その男性が来ているのは漆黒だった。
真っ黒な髪に青い目の男性はオデットをじっと見つめている。
「――ええ、今はもう違うのですが」
きっと偶然通りかったところ、騒ぎを聞きつけて来てくれたのだろうと推測し、
オデットは男の問いにこたえる。
「手伝ってくださって、ありがとうございます」
「いや、俺はなにもしていない」
騒ぎを聞きつけた巡回の兵士がやってきて、捕らえた男を連れて行く。
「俺はザクセン・ノートルリア。よければ、あなたの名前を聞かせてはくれないか?」
「オデット・アーノルトです」
「アーノルト? ランヴァルドのところにいるのか?」
「まあ。ランヴァルド様をご存知なのですか? ふふっ、私はあのかたの妻になります」
幸せそうに微笑んで告げるオデットだが、相手の男の表情はひきつった。
「妻……?」
「はい。あの、どうかなさいましたか?」
不思議に思ってオデットが問いかけると、ザクセンは首を横に振った。
「いや、すこし驚いただけだ。気にしないでくれ」
「そうですか、それでは、どうもありがとうございました。私はこれで……」
「あ、待ってくれ!」
「?」
帰ろうと一歩踏みだすと、手首をつかまれる。
オデットは不思議に思ってザクセンを見つめた。
「あぁ……いや、すまない。なんでもない、それでは……」
名残惜しそうに言って、オデットの手をはなす。
そのときはそうしてわかれたのだった。
この出会いがまさか、あんなことになるとはつゆ知らず。
……。
その日、オデットは久しぶりに調理台にたち、チョコレートケーキを焼いていた。
できばえはよし、これならランヴァルドにだしても恥ずかしくない。
そう思って帰りを待っていると、いつもと同じくらいの時間にランヴァルドは戻ってきた。
「ただいま、オデット。なんだかあまい匂いがするね」
「おかえりなさいませ、ランヴァルド様」
出迎えたオデットを抱きしめて、そのぬくもりを堪能するように彼女の首筋に顔をうずめる。
「今日は感謝祭ですから、チョコレートケーキを焼いたのですよ」
「本当かい? うれしいよ、オデット」
オデットの身体をはなし、青い瞳が愛おしそうに細められる。
「この日に、手作りのお菓子をあげるのはランヴァルド様がはじめてですから」
「そうか。楽しみだな、ありがとう」
ランヴァルドはオデットの髪にキスをして、ふたり手をつないで食堂へむかう。
……。
「うん、とてもおいしい」
食後にオデットのケーキを食べたランヴァルドは、幸せそうに笑ってそう言った。
それに嬉しくなってオデットも微笑む。
「お口にあってなによりです」
「きみは魔術だけでなく料理も上手なんだね」
「――これは、練習したのです。昔はとてもへたで、よくユーグが胃痛に苦しんでいて……」
雰囲気がかわったような気がして、あわててランヴァルドを見ると、
優しく微笑んでいるものの、その根底には嫉妬がありそうだった。
「……そうか。彼に試食してもらって練習していたんだね」
「ええと……」
「まあ、その件については私もきみのことを言えた立場ではないからね。それはよしとしよう」
もともとアンネリースに懸想していた自分も悪いとランヴァルドは納得したようだ。
「それはそうと、今日は捕り物があったようだねオデット。きみの活躍を聞いたよ。
だけど、あまり危ないことに首をつっこんではいけないよ。
きみにもしものことがあったら、私は耐えられない」
「だって、見すごすことなどできません」
「きみはもう市民の一人なのだから、そういうときは助けを呼ぶように」
「――む。わかりました」
オデットとしてはすこし悔しい話だ。
自分にも助けられる力があるのに、見ていろというのは。
だが同時に、相手がどんな凶器を持っているともしれないのに、いくら魔術を扱えるとはいえ丸腰で挑むのは危険すぎたかもしれない。
ただでさえ、今はおなかに子供がいるのだから。
「そういえば、ランヴァルド様のお知りあいに会ったのですよ。
ザクセンさんというかたに」
「……、会ったのかい?」
「はい?」
ランヴァルドの顔色が変わる、なんだかとても嫌そうだ。
「……あぁ、いや、彼はこの国の騎士ではないし、すぐに戻るだろうから大丈夫……だろう」
「どうなさったのです? ランヴァルド様」
「なんでもないよオデット。ただ彼とはあまり親しくなくてね、きみもそれなりに距離をおいてくれると助かるよ」
「そう、なのですか? 分かりました」
なんだか隠し事をされているような気はしたのだが、
ランヴァルドがそう言うのなら従おうと思った。
誰にでも言いたくないことはあるだろう。
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