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二部
◇姫君の暴走を止める騎士たち◆
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「ほンっと、しようがないわねェ……っ」
夕暮れになって騎士団にやって来たランヴァルドに、オデットの事情を聞いたアニタは、ばんっと机に脚をのせて、親指の爪を噛む。
「ったくあンの馬鹿娘! 戻ったらどーなるか分かってンのかっつーの?
っつか、アンタの奥さん身籠ってんでしょうが、マジでヤバいわ陛下かんっぜんに怒るわ」
ザクセンからあらかた聞いてはいたが、このままでは本当にツェリアの立場が危うい。
たしかに王はツェリアを大切にしてきたが、それはそれ、これはこれという話だ。
今までのいたずらと同じようにはすまされない。
そしてそれは同時に、ツェリアの側近であるザクセンとアニタの責任にもなるのだ。
罰を受けるのはツェリアだけではない。
平民出身のアニタにとってそれはたいした問題ではない、騎士を辞めることになれば違う仕事を探すだけだ。
だがザクセンは貴族の出身だ、アニタと同じようにはいかない。
それも考えて、アニタは悔しげに唇を噛む。
「あぁ。だから、きみたちにも協力してほしいんだが」
ランヴァルドは目に見えて機嫌が悪かった。
こんな顔もするのだと思うほど冷え切った空気に、アニタは視線をそちらへ向ける。
「なンか良い案があるわけ? 言っとくけど、陛下に頼んでくれってのは無理よ」
「不興をかうことにはなるだろうが、私が直接話をするしかないと思っているよ」
ツェリアの地位が地位でなければ、恫喝の罪にもなるのだが、それはなかなかむずかしい。
なにより、それではアニタとザクセンの立場も崩れ落ちる。
「……無理よ、そんなことで諦めるなら、あのひとだってこんなことしないわ。
むしろよけい火がつくだけだって、アタシが保証してやる」
しかしアニタは冷えた声で言う。
「しかし――……」
ランヴァルドの声を遮って、ザクセンの声が部屋に響く。
「わるい、遅れた」
部屋に入ってきた彼の手には紙があり、なにか事情があるのだろうとアニタは怒鳴るのを堪える。
「これでいいのか、ランヴァルド」
「あぁ……さすが隠密行動はきみの得意分野だな」
紙を受け取ったランヴァルドを見て、アニタが口を開く。
「なにそれ?」
「明日は密売人のアジトをおさえる作戦があるんだよ、立場上、こちらも進めなければならない。
こちらの国とそちらの国をまたいで活動している輩だから、ザクセンにも手伝ってもらったよ」
それどころではない、というのはランヴァルドの表情からも伺えたが、
まさか重要な仕事を放りだすこともできないのだろう。
アニタはランヴァルドが持っている紙を覗きこむ。
「……ほー、ふーん? へーえェ?」
「なんだい?」
興味深そうにするアニタに、ランヴァルドが怪訝そうに声をかける。
「いえいえーっ、ランヴァルドさまぁ、その作戦、アニタも参加していいですかぁ?」
きゅうに態度の変わった彼女に、ランヴァルドは青い瞳を疑わしげに細める。
「どうしたんだい? きゅうに」
わざとらしい口調で、アニタはにこにこと微笑んで言う。
「だいじょうぶですぅ、ぜーったい手をぬいたりめーわくかけたりしませんからぁっ!
アニタってほんとはすっごく強いんですよォ……可愛い奥さん泣かせたくなかったら参加させろッつってんだ」
口調といい雰囲気といい、手を抜くし、迷惑をかけると言っているようなものだ。
「いーからアンタは奥さんを守り切ることだけ考えてりゃァいいって言ってンのよ。
かなーり危ないし、最悪、大けがするかもしれないから」
「そんな危険なことは――」
否定しようとするランヴァルドに、アニタは椅子からおりて、いびつな笑みで詰め寄る。
「させたくない? けどこれ以上ひきのばす意味が分かるわよね?
あのバカ姫を止めなきゃオデットさんの家族に、本当にやらかすわ。
そして、そうしたらあたしと……いえ? あたしはいいけどザクセンは痛手よ、アンタも、姫様もね、分かってるでしょ」
ランヴァルドはしばし考えたようすだったが、悔しそうにしてしぶしぶ頷いた。
「……いいだろう、だが、なにをする気なんだい?」
「言わないわ。言わないほうがイイコトだから。いい? アンタはなにがあってもオデットさんを優先して……言われなくてもそうするだろうケド。姫様のことはあたしたちに任せて。それだけよ。
ザクセン、アンタもいいわよね?」
アニタの言葉に、ザクセンは腕を組んで小さなため息を吐いた。
「いいだろう。これいじょうオデットにあんな顔をさせていたくない。
おまえの案だ、正直不安しかないが、イチかバチか賭けてみよう」
「よッしゃァ! じゃ、明朝集合ってコトで」
バキボキと指を鳴らすアニタに、ランヴァルドは首を傾げた。
「……きみはなんだかんだ言っても、ツェリア様のことを心配しているんだね」
「そりゃ、ガキの頃から見てんだからそりゃそーでしょ。そおじゃなかったらとっくに陛下が側近からはずしてるわよ。
あのひとが、こんなシャレにならないことやらかすのは初めてだけどね」
「なるほど。良い部下に恵まれたようだ」
微笑ましげに言うランヴァルドに、アニタはにやりと笑う。
「そうでしょ? あたしとザクセンじゃなかったら、あのひとこれで破滅エンドよ……まぁ、どっちにしろ無傷じゃすまないだろーケド、そりゃ自業自得よね」
そう言って、アニタは真剣な表情で再び紙に視線を落としたのだった。
夕暮れになって騎士団にやって来たランヴァルドに、オデットの事情を聞いたアニタは、ばんっと机に脚をのせて、親指の爪を噛む。
「ったくあンの馬鹿娘! 戻ったらどーなるか分かってンのかっつーの?
っつか、アンタの奥さん身籠ってんでしょうが、マジでヤバいわ陛下かんっぜんに怒るわ」
ザクセンからあらかた聞いてはいたが、このままでは本当にツェリアの立場が危うい。
たしかに王はツェリアを大切にしてきたが、それはそれ、これはこれという話だ。
今までのいたずらと同じようにはすまされない。
そしてそれは同時に、ツェリアの側近であるザクセンとアニタの責任にもなるのだ。
罰を受けるのはツェリアだけではない。
平民出身のアニタにとってそれはたいした問題ではない、騎士を辞めることになれば違う仕事を探すだけだ。
だがザクセンは貴族の出身だ、アニタと同じようにはいかない。
それも考えて、アニタは悔しげに唇を噛む。
「あぁ。だから、きみたちにも協力してほしいんだが」
ランヴァルドは目に見えて機嫌が悪かった。
こんな顔もするのだと思うほど冷え切った空気に、アニタは視線をそちらへ向ける。
「なンか良い案があるわけ? 言っとくけど、陛下に頼んでくれってのは無理よ」
「不興をかうことにはなるだろうが、私が直接話をするしかないと思っているよ」
ツェリアの地位が地位でなければ、恫喝の罪にもなるのだが、それはなかなかむずかしい。
なにより、それではアニタとザクセンの立場も崩れ落ちる。
「……無理よ、そんなことで諦めるなら、あのひとだってこんなことしないわ。
むしろよけい火がつくだけだって、アタシが保証してやる」
しかしアニタは冷えた声で言う。
「しかし――……」
ランヴァルドの声を遮って、ザクセンの声が部屋に響く。
「わるい、遅れた」
部屋に入ってきた彼の手には紙があり、なにか事情があるのだろうとアニタは怒鳴るのを堪える。
「これでいいのか、ランヴァルド」
「あぁ……さすが隠密行動はきみの得意分野だな」
紙を受け取ったランヴァルドを見て、アニタが口を開く。
「なにそれ?」
「明日は密売人のアジトをおさえる作戦があるんだよ、立場上、こちらも進めなければならない。
こちらの国とそちらの国をまたいで活動している輩だから、ザクセンにも手伝ってもらったよ」
それどころではない、というのはランヴァルドの表情からも伺えたが、
まさか重要な仕事を放りだすこともできないのだろう。
アニタはランヴァルドが持っている紙を覗きこむ。
「……ほー、ふーん? へーえェ?」
「なんだい?」
興味深そうにするアニタに、ランヴァルドが怪訝そうに声をかける。
「いえいえーっ、ランヴァルドさまぁ、その作戦、アニタも参加していいですかぁ?」
きゅうに態度の変わった彼女に、ランヴァルドは青い瞳を疑わしげに細める。
「どうしたんだい? きゅうに」
わざとらしい口調で、アニタはにこにこと微笑んで言う。
「だいじょうぶですぅ、ぜーったい手をぬいたりめーわくかけたりしませんからぁっ!
アニタってほんとはすっごく強いんですよォ……可愛い奥さん泣かせたくなかったら参加させろッつってんだ」
口調といい雰囲気といい、手を抜くし、迷惑をかけると言っているようなものだ。
「いーからアンタは奥さんを守り切ることだけ考えてりゃァいいって言ってンのよ。
かなーり危ないし、最悪、大けがするかもしれないから」
「そんな危険なことは――」
否定しようとするランヴァルドに、アニタは椅子からおりて、いびつな笑みで詰め寄る。
「させたくない? けどこれ以上ひきのばす意味が分かるわよね?
あのバカ姫を止めなきゃオデットさんの家族に、本当にやらかすわ。
そして、そうしたらあたしと……いえ? あたしはいいけどザクセンは痛手よ、アンタも、姫様もね、分かってるでしょ」
ランヴァルドはしばし考えたようすだったが、悔しそうにしてしぶしぶ頷いた。
「……いいだろう、だが、なにをする気なんだい?」
「言わないわ。言わないほうがイイコトだから。いい? アンタはなにがあってもオデットさんを優先して……言われなくてもそうするだろうケド。姫様のことはあたしたちに任せて。それだけよ。
ザクセン、アンタもいいわよね?」
アニタの言葉に、ザクセンは腕を組んで小さなため息を吐いた。
「いいだろう。これいじょうオデットにあんな顔をさせていたくない。
おまえの案だ、正直不安しかないが、イチかバチか賭けてみよう」
「よッしゃァ! じゃ、明朝集合ってコトで」
バキボキと指を鳴らすアニタに、ランヴァルドは首を傾げた。
「……きみはなんだかんだ言っても、ツェリア様のことを心配しているんだね」
「そりゃ、ガキの頃から見てんだからそりゃそーでしょ。そおじゃなかったらとっくに陛下が側近からはずしてるわよ。
あのひとが、こんなシャレにならないことやらかすのは初めてだけどね」
「なるほど。良い部下に恵まれたようだ」
微笑ましげに言うランヴァルドに、アニタはにやりと笑う。
「そうでしょ? あたしとザクセンじゃなかったら、あのひとこれで破滅エンドよ……まぁ、どっちにしろ無傷じゃすまないだろーケド、そりゃ自業自得よね」
そう言って、アニタは真剣な表情で再び紙に視線を落としたのだった。
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