ソウシソウアイ?

野草こたつ/ロクヨミノ

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二部

◇伯爵邸前の戦い◆

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 明朝、ランヴァルドははずせない任務があり、オデットと共にはいられなかったが、
 きっとなんとかすると、それだけ言い残して行った。
 そして、朝、ツェリアはアーノルト伯爵邸にやって来た。
 オデットを指名し、屋敷の門で、嫌味な笑みを浮かべて言う。

「あの離縁状はどうなったのかしら?」
「――それは」
 口ごもるオデットを見て、彼女はフンと小さく鼻を鳴らした。
「そう、よく分かったわ。あなたもろとも、地獄を見せてあげるから」
「っ、家族は――」
 オデットがせいいっぱいの勇気で口を開いた時だった。

「きゃあああああっ」
 妙にかよわい悲鳴をあげて、アニタが走ってくる、普段の黒い騎士服ではなく、可愛らしい町娘の姿。
 それを追いかけてくるのはどうやらゴロツキの集団のようだった。

「な、なにっ?」
 驚いたツェリアが年相応に怯えた悲鳴をあげる、オデットはと言えば、術を組みはじめていた。
 事情はさっぱり分からないが、アニタのあれが演技であることだけはよく分かる。
 おそらく、彼女はわざわざここまで敵を引き連れてやってきたのだろう。
 そうでなければ、彼女の恰好といい、演技といい、不自然だ。

「姫様ぁ~っ! どぉしましょ~! こっわい人たちが追いかけてくるんです~っ!」
 媚びた声で叫ぶアニタ、追いかける男たちの形相はといえば怒りに染まっている。

「こんのクソアマがァ! 俺らのアジトに火ぃつけやがってェ!」
 真っ青になったツェリアはあとずさり、アニタに向かって叫ぶ。

「な、なにをしたのよアニタ! あなたのせいなんでしょ! なんとかしてよっ!」
「えぇーっ! かよわい美少女にはとうっていどうしようもないですぅ~っ!」
 そんなやり取りが行われているうしろ、アニタを追いかけていたゴロツキが一斉に強風に襲われて体勢を崩す。

「な、なんだァ?」
「おかしら! あの女、魔術師ですぜ!」
 オデットを指さして下っ端らしい男が言うと、かしらと呼ばれた男は目の色を変える。

「ほぉ、そりゃあいい! 捕まえれば高く売れるぜ!」
「それは無理だ」
 どすっと肉を打つ鈍い音が響き、男の一人が倒れこむ。
 そこには剣を持つランヴァルドの姿。
 さらに近くでまた一人倒れこむ、その背後には影のように二対のダガーを構えるザクセンの姿と、数人の騎士たち。


「な……いつのまに!」
「畜生! ハメられたのか! こうなったら――」
 男たちの一人がアニタを人質に取ろうと手を伸ばす、しかしその眉間に彼女の拳が叩きつけられた。

「さっわんな不細工! かよわい美少女だっつってんだろォ?」
 いつのまに手に取ったのか、彼女の手にはいかつい斧がある。
 それをドスンと地面に叩きつけて、アニタは嗤う。
「ヤりたい奴からかかってきなァ、ぶっとばしてやるわァッ!」
「な、なんだァこの女!」

 やはりあれが本性なのかとオデットは少しばかり眩暈を感じたが、そうしながらも新しく術を組む。
「オデット、決して無理はしないように」
 素早くオデットとゴロツキのあいだに割りこんだランヴァルドは、彼女を背に庇い言う。
「ええ、あなたも、どうかケガをなさいませんように」
 言うなり、オデットは風を操ってランヴァルドの補助にまわり、彼は次々とゴロツキを叩き伏せていく。
 二人の連携は隙のないものだったが、いかんせん数が多い。

 それでもオデットが周囲に結界をはったために、ゴロツキたちは散り散りに逃げることはできず、捕まるか、抵抗するかしか選べない。
 オデットとツェリアなら人質にとれると踏んだ男二人が三人を突破して迫る。

「アニタ! なぜ手を抜く!」
 少し離れたところでザクセンの声が響いた。
「うるッせェ! 黙って守れ!」
 それに怒鳴り返すアニタの声。

「おとなしくしてろよォ!」
 ゴロツキ二人がツェリアとオデットそれぞれに手を伸ばす。
 ツェリアは座りこんで引きつった悲鳴をこぼし、オデットは決して相手から目をそらさずに術式を組み続ける。
 その手が二人に届くことはなかった。
「――させる、ものかっ」
 オデットを狙った男はランヴァルドに打ちのめされ、
 ツェリアを狙った男はザクセンとアニタによって阻まれる。
 

 その光景を、ツェリアはどこかゆっくりとした時の中で見ていた。
 あぁ、あのひとは、私ではなくて――。
 彼女のなかでユメが音をたてて壊れていく。
 王子様のように思ったそのひとの目に、ツェリアは映っていなかった。
 そう、ほんの少しも。
 ツェリアの命より、別の女の命を優先する。
 目の前が真っ暗になるような、錯覚をおぼえた――。



 そのあいだに術式を完成させたオデットは、男たち全員を魔力で構成された鎖で拘束する。
「オデット!」
 しかしそれで魔力を使い果たしたオデットがふらつき、倒れそうになるのをランヴァルドが支えた。
「だ、いじょうぶ、です、ランヴァルドさま……」
「大丈夫なものか! すぐに医者を呼ぶ、じっとしているんだよ」
 そんな二人を座りこんだまま見つめていたツェリアにアニタが声をかける。

「ほらネ、姫様。あのひとは諦めなさいって、愛のない結婚ほど最悪なモノなんてないんですから。
 一番じゃないのに、愛想笑いされてすごすなんて、イヤでしょ」
 ぽんぽんと頭を叩かれて、ツェリアは俯く。
 しばらく黙っていた彼女は、やがて俯いたまま小さく呟いた。
「――……そうかもしれないわ」

 一方でザクセンもまた、まぶしそうに二人を見ていた。
「……オデット、きみは……幸せになったんだな」

 ……。
「アニタ、おまえさっき手をぬいたろ」
「えェー? 言いがかりなんてザクセンさんサイテー、ぶっとばすぞクソ野郎……っていうか、最初っからわざとやってんだから手ェぬいたわけじゃないわよ。
 あんな恰好であそこまで誘導してる時点で気づかなァい? フツー。ランヴァルドのほうは気づいていたわよ」

 騎士団の一室で爪の手入れをしていたアニタは、部屋に入ってきたザクセンに不満そうに言う。
「おまえ……オデットと姫様になにかあったらどうするつもりだったんだ」

「じゃあ聞くけど? アンタならどうやってあのじゃじゃ馬の大暴走を止められたのよ、正当な手続きなんかとってたらまにあわねーっての。
 あの奥さんも可哀想だったし、姫様もあのままじゃ陛下にぶっとばされるんじゃすまないし、おなかのお子さんも無事なんだから結果良しじゃない?」
 言い返せずに、ザクセンは黙って向かいの椅子に座る。

「で? アンタもいい加減諦めはついたワケ? まぁ、あんなんじゃアンタがはいりこむ隙なんて無いと思うケド」
「諦めはついていない」
「……しつっこい男ねェ」
 アニタがいやいやそうに言うと、ザクセンは言葉を続けた。

「だが、彼女が幸せならいい、そう思っている」
「あら、そりゃあ結構じゃない」
「しばらくは、引きずりそうだがな」
「一緒に酒飲みに行ってあげるわよ、アンタのおごりでね」
 いたずらっぽく笑って、アニタは窓の外を見る。

「あーあー、アタシにもイイ男がよってこないかしらぁ、金持ちで言いなりになってくれそうなァ」
 なんて、嘘だけどね。と彼女は言う。
 彼女としては、金持ちなどでなくても貴族でなくても、そこに愛があればいいと思っていた。
 きっとどんな相手であっても、幸せでなければ意味がない。
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