王子殿下の愛しい奴隷

野草こたつ/ロクヨミノ

文字の大きさ
3 / 20

◇奴隷同士の結婚◆

しおりを挟む
 最初の出逢いは冷めたもので。
 それから六年近い歳月がたった。

「めんどうくさい」
 あるじの声に、シーグリッドはただ傍に控えている。
 山積みの書類を処理していくあるじを見て、彼女は微笑んだ。

「それが終わったらお茶にいたしましょうか、アルフォンス様」
「あぁ、少しやる気がでたよ。シー」
「それはなによりでございます」
 あるじであるアルフォンスはそばに立つシーグリッドの手をとって、甘えるように頬をすりよせる。
 彼女がそんな彼の髪を軽く撫でると、すっとはなれてまた書類に視線を戻した。

 あれからずいぶん時が流れたが、
 シーグリッドは特になんの不満もなかった。

 最初は不愛想だったアルフォンスも、しだいにうちとけて今では平穏に過ごせているし、なにより彼はむちゃくちゃな命令をしてこない。
(奴隷の身分ではおこがましいのですが……)
 シーグリッドはアルフォンスにひそかな恋心を抱いていた、決して報われることのない。
 ただ想っていられれば幸せで、ただそばにいられればそれでよかった。

 ……アルフォンスの仕事がひと段落ついたところで、シーグリッドはお茶の用意をした。
「うん。おいしいよ、シー」
「ふふっ、もったいないお言葉です、アルフォンス様」
 あるじの感想に嬉しさから微笑んで、シーグリッドは言う。

「そういえばアルフォンス様、ご婚約をなさったのだそうですね。おめでとうございます」
 しかしその祝いの言葉に、アルフォンスはそっけなくこたえる。
「――……あぁ、そういえばそんな話もあったね」
「うれしくないのですか?」
 首を傾げたシーグリッドに、アルフォンスは眉を寄せた。

「好きでもない相手と結婚しなくちゃならないなんて、ただ虫唾がはしるだけだよ」
「……それは」
 アルフォンスが選んだのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

「シーは、私が結婚するのが嬉しい?」
「おめでたい話だとは思っております」
「……そう」
 どこか不機嫌そうに彼は返事をして、紅茶をすする。

 ふと、ノックの音が部屋に響き、アルフォンスが返事をするとエイベルが顔をのぞかせた。
「失礼いたします、アルフォンス様。陛下よりお預かりしてまいりました」
 机の上に増えた書類に、思いきりアルフォンスの表情がゆがむ。

「……私におしつければなんでもやると思って」
 ため息をつきながらも、彼はペンを手に取る。
「おつかれさまです、エイベル」
「シーグリッド、あなたにも用事があるので、すこしつきあっていただけませんか」
「はい? 私にですか?」
「ええ、あなたに。よろしいですか? アルフォンス様」
 エイベルの問いに、アルフォンスはいやそうな顔をしたが頷いた。

「いやだけど……いいよ、どうせ王か王妃の命令なんだろう?」
「ええ。それではアルフォンス様、失礼いたします」



 エイベルは部屋を出るなり、息を吐いて伸びをした。
「あぁ、息苦しくてなりませんね、あなたはよく平気で高貴なかたに仕えられるものだ」
「アルフォンス様はいたずらに私たちの首をはねるようなかたではありませんよ?」
「どうですかねェ、私は、どうにもお偉方というのは好みませんので、あなたのようには考えられませんよ。
 と、さて、お話というのはここから少し離れてしましょうか。あのかたに聞かれては困るのでね」

 アルフォンスに聞かれて困る話とはいったいなんだろう?
 そう思いながらも、シーグリッドはエイベルのあとに続いた。

 中庭まできたところで、ようやく彼は立ち止まり、シーグリッドにふりかえって口をひらいた。
「さて、アルフォンス様が婚約をなさったのはご存知ですね? シー」
「はい」
 心が痛みはするが、よいことだと思っている。

「しかしちょっとした問題があるのですよ」
「問題ですか?」
「そうです、あなたという存在がひっじょうに邪魔なんです!」
「――な、なぜ私がでてくるのです?」
 驚いているシーグリッドに、エイベルはあきれたというように言う。

「あなたはどう思っているのか知りませんけどねェ、
 アルフォンス様はずいぶんと昔からあなたを女として好いているのですよ。
 ですから人形でなくなると困るかたがたがいると申しましたのに、
 あなたが態度を変えないので。まいりました、困りました、そこでですよ」
「あの……」
 すでについていけないのだが、エイベルはゆっくりとした口調で言う。

「王妃様からのご命令です。私と結婚なさい、シーグリッド」
「――……」
 頭がパンクしそうになった。
 かたまっているシーグリッドに、エイベルは早口に言う。

「いいですか。私だってイヤなんですよ?
 あなたとはただでさえ同じ市場で拾われ、
 同じ境遇で育っているという腐れ縁なのですから。
 知りたくないことも知られたくないことも知っている仲なんですから最悪ですよ」
「エイベル、あなたはそれでいいのですか?」
 なんとか言葉を紡ぎだし、問いかけると彼は金色の細い目でシーグリッドを見る。

「あなたのそういうところが一番イヤですよ、自分のことをおいて他人のことばかり優先するその性格が」
 とはいえ、シーグリッドないしエイベルがこれに逆らえば、すくなくとも王妃仕えであるエイベルは確実に殺される。
 シーグリッドの処遇について一番優先されるのはアルフォンスの意見なので、彼女が死ぬことはないかもしれないが。

「……私は、かまいません。これを拒否することはアルフォンス様のためにならないことです」
「さようですか、それはなにより。
 まぁあなたも、あのかたに気にいられて妾などになるのは嫌でしょう。
 よもや貴族に戻りたい……だなんて、あなたも思いませんでしょうし」
 エイベルの言葉にシーグリッドは少しいやそうに言う。

「エイベル、その話はしないでください。私にはもう関係のないことです」
 一方で彼はとてもとても楽しそうに告げた。

「そうですか? アルフォンス様の婚約者はレティナ・バルリング侯爵令嬢だそうですよ!」
 シーグリッドは目を見開いたが、すぐに微苦笑を浮かべた。
「……そうですか」

「そうですか、とは、冷たいですねェ。じつにおもしろくない」
「エイベル、からかっているのなら私は戻りますよ」
「ええどうぞ、不運なご令嬢」
「……エイベル」
 さすがに不機嫌そうに表情をゆがめたシーグリッドに、彼はにやにやと微笑むばかり。
 これ以上なにを言ってもしようがないと、シーグリッドは背を向けて歩きだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...