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◇不運な運命 1◆
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システィア・バルリングという少女が、過去にはいた。
母親譲りの銀色の髪と、青い瞳を持つ美しい少女だった。
しかし不運にも事故にあい、彼女は亡くなった。
そう、亡くなったということになっている。
彼女が死んだのは、前妻が亡くなり新しい奥方がはいってすぐのことだった。
……。
洗面所で顔を洗い、銀色の長い髪をポニーテールに結ぶと、
シーグリッドは鏡に映る自分を見て微苦笑を浮かべた。
後妻に疎まれ、死んだことにして奴隷市場に売られた。
そこではいやなことが山ほどあったけれど、今はそれなりに幸せだ。
しかし……あるじと、あのとき後妻と一緒にやってきた義妹が結婚することになるとは、と。
心にひっかかりがないわけではない、憎しみもないわけではない。
だが同時に、運命などそんなものだとどこかで冷たく思っていた。
……。
その日、アルフォンスはどこか不機嫌そうに書類をかたづけていた。
「……アルフォンス様? お加減がわるいのですか?」
シーグリッドがそう問いかけると、彼はペンをとめて彼女を見る。
「ううん、ぜんぜん平気だよ。そういえばシー、昨日はエイベルとなんの話をしていたの?」
「ふふっ、たいしたことではございません。王妃様からの言伝をいただいただけです」
真実を話すことは控え、微笑んでそう言うと、アルフォンスの黄緑色の瞳が猫のように細まった。
「……そう」
声のトーンも低く、シーグリッドは首を傾げた。
どうしたのだろうか。
「ねえシー、今日の夜、私の部屋に来てくれないかな。すこし話をしたいんだ」
「今夜ですか? 今ではだめなのでしょうか?」
「ちょっと仕事がたてこんでいるんだ、いいよね?」
婚約しているアルフォンスの部屋に深夜向かうのは気がひけたが、仕事が忙しいのならしようがない。
シーグリッドは頷いた。
「分かりました。あなたさまがそうおっしゃるのであれば」
「よかった。断られたらどうしようかなって思っていたんだよ」
「まあ。そんなに大切な相談なのですか?」
「うん。とても……とてもね」
アルフォンスは微笑んで、ちいさく首を傾げてみせたのだった。
「そういえばシー、きみに話してはいなかったけど、私の婚約者はバルリング侯爵家の一人娘なんだ」
「ええ、エイベルから伺いました」
焼けるような胸の痛みを感じながらも笑みを作ってこたえると、アルフォンスはペンを止めて頬杖をついた。
「そこで分かったことなんだけど、どうやら彼女には腹違いの姉がいたらしい。死んだことになっているけど、どうにも気になる点が多くてね」
「そうなのですか」
そしらぬ顔で、シーグリッドは返事をする。
いまさら、システィア・バルリングに戻りたいなどと思ってはいない。
彼女は死んだままでいい。
「少し調べようと思うんだ、売り飛ばされたなら罪だからね」
「ですが、もうずいぶんと昔のお話なのではないですか?」
「よく知っているね、殺されたのでなく、売り飛ばされたということにも違和感はないようだ」
アルフォンスに視線を向けられ、シーグリッドは少しばかり焦った。
「エイベルたちから噂話を聞くことも多いのですよ」
「なるほど? それなら、きみは他にもなにか知っている?」
「いいえ、私はなにも」
「そうか。もしエイベルたちからなにか聞いたなら、私にも教えてくれないかな」
「承知いたしました、アルフォンス様」
礼をして、この話はこれで終わった。
終わったのだが……。
母親譲りの銀色の髪と、青い瞳を持つ美しい少女だった。
しかし不運にも事故にあい、彼女は亡くなった。
そう、亡くなったということになっている。
彼女が死んだのは、前妻が亡くなり新しい奥方がはいってすぐのことだった。
……。
洗面所で顔を洗い、銀色の長い髪をポニーテールに結ぶと、
シーグリッドは鏡に映る自分を見て微苦笑を浮かべた。
後妻に疎まれ、死んだことにして奴隷市場に売られた。
そこではいやなことが山ほどあったけれど、今はそれなりに幸せだ。
しかし……あるじと、あのとき後妻と一緒にやってきた義妹が結婚することになるとは、と。
心にひっかかりがないわけではない、憎しみもないわけではない。
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シーグリッドがそう問いかけると、彼はペンをとめて彼女を見る。
「ううん、ぜんぜん平気だよ。そういえばシー、昨日はエイベルとなんの話をしていたの?」
「ふふっ、たいしたことではございません。王妃様からの言伝をいただいただけです」
真実を話すことは控え、微笑んでそう言うと、アルフォンスの黄緑色の瞳が猫のように細まった。
「……そう」
声のトーンも低く、シーグリッドは首を傾げた。
どうしたのだろうか。
「ねえシー、今日の夜、私の部屋に来てくれないかな。すこし話をしたいんだ」
「今夜ですか? 今ではだめなのでしょうか?」
「ちょっと仕事がたてこんでいるんだ、いいよね?」
婚約しているアルフォンスの部屋に深夜向かうのは気がひけたが、仕事が忙しいのならしようがない。
シーグリッドは頷いた。
「分かりました。あなたさまがそうおっしゃるのであれば」
「よかった。断られたらどうしようかなって思っていたんだよ」
「まあ。そんなに大切な相談なのですか?」
「うん。とても……とてもね」
アルフォンスは微笑んで、ちいさく首を傾げてみせたのだった。
「そういえばシー、きみに話してはいなかったけど、私の婚約者はバルリング侯爵家の一人娘なんだ」
「ええ、エイベルから伺いました」
焼けるような胸の痛みを感じながらも笑みを作ってこたえると、アルフォンスはペンを止めて頬杖をついた。
「そこで分かったことなんだけど、どうやら彼女には腹違いの姉がいたらしい。死んだことになっているけど、どうにも気になる点が多くてね」
「そうなのですか」
そしらぬ顔で、シーグリッドは返事をする。
いまさら、システィア・バルリングに戻りたいなどと思ってはいない。
彼女は死んだままでいい。
「少し調べようと思うんだ、売り飛ばされたなら罪だからね」
「ですが、もうずいぶんと昔のお話なのではないですか?」
「よく知っているね、殺されたのでなく、売り飛ばされたということにも違和感はないようだ」
アルフォンスに視線を向けられ、シーグリッドは少しばかり焦った。
「エイベルたちから噂話を聞くことも多いのですよ」
「なるほど? それなら、きみは他にもなにか知っている?」
「いいえ、私はなにも」
「そうか。もしエイベルたちからなにか聞いたなら、私にも教えてくれないかな」
「承知いたしました、アルフォンス様」
礼をして、この話はこれで終わった。
終わったのだが……。
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