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第二章 大罪人として
6.脱出と涙と笑顔
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「ハァ!!」
掛け声と共に金髪の女騎士リンゼロッテが巧みに手綱を操る。
後ろに乗っていた俺はそのリンゼロッテの腰に手を回し、落っこちないように必死だ。
その俺たちの馬の後に続くリンゼロッテの家の執事と女神ファラ。
二人はそれぞれ別に騎乗している。
女神は馬乗れたんだね・・・。俺だけか、ちゃんと乗れないのは・・・・。
練習しておけばよかったと今更ながら後悔する。
一行はドンタナを出て、まだ雪の残る森の道を疾走していた。
町よりも平地に近い森なために、積もる雪はだいぶ少ない。
だが、それでも降ってから誰も踏み入れていない森の道は、溶けて固まり始めた雪に馬の蹄鉄が深く沈む。
不安定な足元だから速度も出せないし、馬の疲労感も普通よりかなり激しそうだ。寒さに白く浮かぶ息が荒い。
「少し馬を休ませよう。」
日当たりがよくて雪がなく、開けた場所に出た時にリンゼロッテは馬を止めた。
馬が大きく首を振ってブルルルッといななく。
「馬がだいぶ疲れているね。人使い荒すぎと抗議してるみたいだ。馬使いか。」
下馬した俺はどうでもいいことを言う。
女神と執事も一緒にいるが、なんだがみんなの雰囲気が殺伐としている。
一応アイスブレイクのつもりだ。
でも、誰にも届いてないから、俺はただのイタい人間になってるよ・・・。
リンゼロッテは手で受けを作って水筒から出した水を貯め、馬に飲ませる。
「ああ。」と、俺に一言返事を返してくれたが、すぐ口を閉ざしてしまう。
「きっと大丈夫だよ。ネロなら何とかしてくれる。
しかし、どこに向かっているんだ?」
リンゼロッテはとても険しい表情で俺を向いた。
「―――ッネロの事は問題ないと信じている!・・・・・・・すまない・・・。」
いろいろな思いが錯綜しているのか。
どうにもできない憤りを感じて、漏れてしまった激しい感情。
しかし、リンゼロッテはそれを恥じて、顔を背けてしまった。
あれだけケンカをしていた仲なのに、とても心配しているんだな。俺は少しだけ心が熱くなる。
「・・・・・もう少し先に、狩りの時にしか使わない我がリヒテンシュタイナー家の別荘がある。
そこなら当面は安全だろう。」
リンゼロッテが呟くように言った。
「なるほど、流石リヒテンシュタイナー家・・・・」「お嬢様!!!」
リンゼロッテになんて言ったらいいかわからなかった俺はとりあえず相槌を打つ。
その俺に被せて、執事が叫んだ。
「お嬢様!!上を!!」
リンゼロッテも俺も、声に反応して空を見上げる。
純白の翼をはためかせ、金色の髪を揺らせた女性が空に浮かぶ。そして一緒に、同じく背中に翼を持ち、鳥の頭をした男が6人。
「天使な女性!!こんな時に!!」
ファラ山に女神草を取りに行ったときなど、何度も襲ってきた鷺の獣人。俺がおじいちゃんを殺しちゃった女性だ。鷺の獣人は恨みが深いと言っていたが、まだ諦めてくれないのか・・・。
俺たちはすぐさま戦闘態勢を取る。
しかし、相手は空の上。
俺たちは誰も有効な飛び道具の類を持っていない。
どうする?
俺は頭を巡らせるが何も有効な手を思いつかない。
「・・・・・追われているのか?」
「えっ?」
例のごとく射かけられるのかと思っていたら、天使な女性は不意に声を掛けてきた。
その声に敵意はない。
その言葉は俺と女神は理解できるが、リンゼロッテと執事には理解できない。
なにか話していると、二人はさらに警戒を強める。
だが俺はもしかして、と少し頭を混乱させながらも正直に受け答えした。
「そうだ。お前たちだけじゃない。他にも追われている。助けてくれるのか?」
「くくく、そうか。」
天使な女性の目が陰鬱に光り、悪どい笑みを浮かべる。ダメなヤツだ、これ。
「助けるわけがないだろう。
貴様は爺上を殺したのだ。恨みこそすれ、助けるはずもない。
貴様のようなヤツは必ず追い立てられ、憔悴しきって殺される。それが運命だ。
もはや私が手を下すまでもない。貴様の最期を高みの見物とするとしよう。」
天使の女性は呪詛を思わせるような言葉を吐き、そして翼を翻して仲間とともに高らかに飛び去っていった。
「なんだったんだ、一体?助けてくれるのかと思っちゃったよ・・・。そんなわけないか。」
空を見上げたまま、唖然とする俺たち。
「ですが、見逃してくれたのではないですか?」
天使な女性の言葉を理解していた女神。横やりを入れる。
「確かに・・・。」
馬にも騎乗しておらず、不意打ちとしては最高のシチュエーションだ。
殺そうと思ったら俺たちは簡単に殺されていただろう。なんでだ?
「何を言っているのだ?理解できなかったが、会話になっていたのか?
そんなことより、もたもたしている場合ではない。先を急ごう。」
リンゼロッテはサーベルを鞘に納めて、そそくさと馬に跨る。
馬の息はだいぶ落ち着いていて、動ける状態になっている。
「そうだな。」
俺も考えるのをやめて、リンゼロッテの後ろに乗った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日が少し傾き始めた頃、俺たちはリンゼロッテの別荘にようやく辿り着いた。
敷地を守る鉄柵の扉を開け、馬を歩かせる。
広大な森の中にある別荘は、扉から建物まで行くまでにも森の中だ。
獣道が少し広くなっただけのような、半ば道とは言えないような道を進む。
「夏にたまにしか来ないからな。手入れも行き届いていないんだ。
許してほしい。」
「その方がきっと追手に見つからないからいいと思うよ。」
設備の不備を謝罪するリンゼロッテ。相変わらず声も表情も暗い。
「・・・・着いた、ぞ?」
視線の少し先に丸太を組み上げて作ったような、三角形の屋根のついた大きな別荘が現れる。
バラ小屋ではなく、しっかりと組み上げられ、手すりの付いたテラスもある建物だ。
軽井沢の森の中を歩くと、お金持ちの別荘がある。まさにそれだ。
前世の時、羨望の眼差しで見ていたような建物だ。
軽井沢ってどこ?という方は『軽井沢 別荘』で検索・・・・。
その立派な建物の前に小型な馬車が止まっていた。
その荷台についていたのは客室ではなく、奴隷や犯罪者を閉じ込めておく鉄格子の牢だ。
「あれ?誰かいるのか?・・・・ンッ?血の匂い・・・?」
俺は周囲に蔓延する匂いに気が付く。
「・・・あれだ。」
原因の元をリンゼロッテが差し示した。
建物の周りの垣根や地面に、鎧を着た人間の骸と思われるものが多数散乱している。
生きているのかわからないが、雪を真っ赤に染める血を見ると致命傷であることは確かだ。
「さっきの獣人だ―――!」
リンゼロッテが少し昂った声をあげる。
近づくにつれ、状況がよく理解できてくる。
死んでいる人間たちは明らかに不意打ちを食らったのだろう。
警戒していないときに、斜め上から射かけられて絶命している者や背中に無数の矢が突き刺さっている者。明らかにパニックになっていた雰囲気がある。
ともあれ、死因のほぼ全てが弓矢だ。
しかも鷺の獣人族が使う斑模様の柄がついたフリント石の矢じりがついている。
ファラ山からの帰り道、ネロが言っていた。
フリント石――要は火打石なのだが、硬いのに加工しやすい。
まだ野生の趣きを多く残す鷺の獣人族は、文化レベルも低い。
金属を加工する技術はまだなく、石を削るという原始的な事しかできない。
だから、いまだに石を削って道具を作っている。
もっと人間と協調すればいいのに、ネロは同じ獣人としてそう言っていた。
そんな状況証拠から確実にさっきの獣人の仕業なのだが、いろいろと疑問が浮かぶ。
死んでいる人数は10数人程。明らかに鷺の獣人たちより多かったのだ。
不意打ちをしたのは確かだが、人数が少なければ不利なのは変わりない。
それに、気づかれてしまって盾や鎧で身を固められれば、鷺の獣人族の矢では貫けない。
そんなことを考えながら俺は下馬して屈み、骸を調べてみる。
「これって!―――ルグザンガンド王国の騎士たちじゃないか!?」
俺は驚いて声を上げる。王国の紋章が鎧の左胸に刻まれていたのだ。
「なんでこんなところに・・・索敵って人数じゃないよな・・・??」
俺には意味が分からなかった。
ドンタナの町に向かった騎士たちが追っ手を掛けたとしても、時間と距離的には先回りすることは不可能だったはずだ。人数からみても、非番の騎士がたまたまリンゼロッテの別荘に来ていたとも考えにくい。
ただ一つだけ可能性があることが頭に浮かぶが、それは考えないようにする。
「きゃっ!」
突如、下馬していた女神が悲鳴を上げた。
「どうした!?」
俺は瞬時に振り返って女神の方を見る。
そこで俺の目に映ったモノは・・・・。
その、ただ一つだけの可能性だった。
女神の後ろに重なるように立つ執事。
女神は執事にもたれかかるように立っている。
すでに意識を飛ばされてしまったのか、その目は閉じられていた。
オレンジ色の光が女神の首筋で輝いている。
森の木々の隙間から照らしてくる夕日を反射して、銀色の刃がオレンジ色に光っていた。
「そういうことです。キチク様。」
暗殺者かと思うくらい静かな殺気を纏った執事。
女神にナイフを押し当てて、冷酷に言い放った。
「そういうことになっちゃうんだ・・・・。」
唯一返せた言葉がこれ。
認めたくないが、この状況では認めざるを得ない。
リンゼロッテの裏切り。
俺はルグザンガンド王国に売られたんだ。
俺は焦燥感に支配されて、感情が固まってしまった。
ポタリポタリ―――。
どれくらいの時間がたったのだろうか。
気の遠くなるくらいとても長い時間だったような気もするし、刹那的な一瞬だったような気もする。
その静寂に包まれた空間を、小さな雫が金属の具足に垂れる音が響いた。
「すまない・・・・・すまない、キチク・・・・。」
いつも自信満々で堂々と光輝く大きな瞳が耐えがたい辛苦で歪み、その視線は地面に転がる。
見るものを魅了するはずの涙袋には大きな苦悶の皺が刻まれ、厳しい表情にさらの影を落とす。
両の頬を伝う雫は乾くことなどなく、絶え間なく流れ落ち、具足を濡らした。
「リンゼロッテ・・・・。」
俺は彼女の名を呼んだ。
その彼女の顔を見ただけで、全てが理解できてしまう。
「すまない・・・・。私は、私はお前のものだ・・・・。それは今までもこれからも変わりない。
だが、このままでは両親が処刑されてしまうのだ・・・。私にとって両親は・・・この身に替えても救い出したいのだ・・・。」
リンゼロッテは事情をボソリボソリと説明し始めた。
その言葉は湧き上がる感情と押し殺す気持ちとで不安定になっていて、うまく話すことができない。
「リヒテンシュタイナー子爵と夫人は、国王暗殺の容疑者のキチク様の共犯者と見なされて現在投獄されています。お二人の容疑を晴らすには、リンゼロッテお嬢様がキチク様を捕らえて引き渡すしか方法がありません。
お嬢様がここにキチク様をおびき出して、ここに骸を晒してしまってる者とで捕縛するつもりでしたが想定外の事態が起こってしまったようです。
しかし、わたくし共はなんとしてもやらなければならないのです。」
見かねて執事が割って入る。
「―――必ず助け出す!だから!・・・・だから、今は大人しく捕まってくれ!」
リンゼロッテは地面に落としていた視線を拾い上げ、感情をそのままに俺を見る。
真剣で、必死で、様々な感情が渦巻いて、ぐちゃぐちゃに歪む顔。
仕方なく、俺を売ることを決断したリンゼロッテを責める気なんてもちろんない。
だから俺にできること、すべきことはただ一つ。
笑うことだけだ。
彼女が決めた決断を肯定するような、そんな笑顔だけ。
カオスゲージ
〔Law and Order +++[64]++++++ Chaos〕
掛け声と共に金髪の女騎士リンゼロッテが巧みに手綱を操る。
後ろに乗っていた俺はそのリンゼロッテの腰に手を回し、落っこちないように必死だ。
その俺たちの馬の後に続くリンゼロッテの家の執事と女神ファラ。
二人はそれぞれ別に騎乗している。
女神は馬乗れたんだね・・・。俺だけか、ちゃんと乗れないのは・・・・。
練習しておけばよかったと今更ながら後悔する。
一行はドンタナを出て、まだ雪の残る森の道を疾走していた。
町よりも平地に近い森なために、積もる雪はだいぶ少ない。
だが、それでも降ってから誰も踏み入れていない森の道は、溶けて固まり始めた雪に馬の蹄鉄が深く沈む。
不安定な足元だから速度も出せないし、馬の疲労感も普通よりかなり激しそうだ。寒さに白く浮かぶ息が荒い。
「少し馬を休ませよう。」
日当たりがよくて雪がなく、開けた場所に出た時にリンゼロッテは馬を止めた。
馬が大きく首を振ってブルルルッといななく。
「馬がだいぶ疲れているね。人使い荒すぎと抗議してるみたいだ。馬使いか。」
下馬した俺はどうでもいいことを言う。
女神と執事も一緒にいるが、なんだがみんなの雰囲気が殺伐としている。
一応アイスブレイクのつもりだ。
でも、誰にも届いてないから、俺はただのイタい人間になってるよ・・・。
リンゼロッテは手で受けを作って水筒から出した水を貯め、馬に飲ませる。
「ああ。」と、俺に一言返事を返してくれたが、すぐ口を閉ざしてしまう。
「きっと大丈夫だよ。ネロなら何とかしてくれる。
しかし、どこに向かっているんだ?」
リンゼロッテはとても険しい表情で俺を向いた。
「―――ッネロの事は問題ないと信じている!・・・・・・・すまない・・・。」
いろいろな思いが錯綜しているのか。
どうにもできない憤りを感じて、漏れてしまった激しい感情。
しかし、リンゼロッテはそれを恥じて、顔を背けてしまった。
あれだけケンカをしていた仲なのに、とても心配しているんだな。俺は少しだけ心が熱くなる。
「・・・・・もう少し先に、狩りの時にしか使わない我がリヒテンシュタイナー家の別荘がある。
そこなら当面は安全だろう。」
リンゼロッテが呟くように言った。
「なるほど、流石リヒテンシュタイナー家・・・・」「お嬢様!!!」
リンゼロッテになんて言ったらいいかわからなかった俺はとりあえず相槌を打つ。
その俺に被せて、執事が叫んだ。
「お嬢様!!上を!!」
リンゼロッテも俺も、声に反応して空を見上げる。
純白の翼をはためかせ、金色の髪を揺らせた女性が空に浮かぶ。そして一緒に、同じく背中に翼を持ち、鳥の頭をした男が6人。
「天使な女性!!こんな時に!!」
ファラ山に女神草を取りに行ったときなど、何度も襲ってきた鷺の獣人。俺がおじいちゃんを殺しちゃった女性だ。鷺の獣人は恨みが深いと言っていたが、まだ諦めてくれないのか・・・。
俺たちはすぐさま戦闘態勢を取る。
しかし、相手は空の上。
俺たちは誰も有効な飛び道具の類を持っていない。
どうする?
俺は頭を巡らせるが何も有効な手を思いつかない。
「・・・・・追われているのか?」
「えっ?」
例のごとく射かけられるのかと思っていたら、天使な女性は不意に声を掛けてきた。
その声に敵意はない。
その言葉は俺と女神は理解できるが、リンゼロッテと執事には理解できない。
なにか話していると、二人はさらに警戒を強める。
だが俺はもしかして、と少し頭を混乱させながらも正直に受け答えした。
「そうだ。お前たちだけじゃない。他にも追われている。助けてくれるのか?」
「くくく、そうか。」
天使な女性の目が陰鬱に光り、悪どい笑みを浮かべる。ダメなヤツだ、これ。
「助けるわけがないだろう。
貴様は爺上を殺したのだ。恨みこそすれ、助けるはずもない。
貴様のようなヤツは必ず追い立てられ、憔悴しきって殺される。それが運命だ。
もはや私が手を下すまでもない。貴様の最期を高みの見物とするとしよう。」
天使の女性は呪詛を思わせるような言葉を吐き、そして翼を翻して仲間とともに高らかに飛び去っていった。
「なんだったんだ、一体?助けてくれるのかと思っちゃったよ・・・。そんなわけないか。」
空を見上げたまま、唖然とする俺たち。
「ですが、見逃してくれたのではないですか?」
天使な女性の言葉を理解していた女神。横やりを入れる。
「確かに・・・。」
馬にも騎乗しておらず、不意打ちとしては最高のシチュエーションだ。
殺そうと思ったら俺たちは簡単に殺されていただろう。なんでだ?
「何を言っているのだ?理解できなかったが、会話になっていたのか?
そんなことより、もたもたしている場合ではない。先を急ごう。」
リンゼロッテはサーベルを鞘に納めて、そそくさと馬に跨る。
馬の息はだいぶ落ち着いていて、動ける状態になっている。
「そうだな。」
俺も考えるのをやめて、リンゼロッテの後ろに乗った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日が少し傾き始めた頃、俺たちはリンゼロッテの別荘にようやく辿り着いた。
敷地を守る鉄柵の扉を開け、馬を歩かせる。
広大な森の中にある別荘は、扉から建物まで行くまでにも森の中だ。
獣道が少し広くなっただけのような、半ば道とは言えないような道を進む。
「夏にたまにしか来ないからな。手入れも行き届いていないんだ。
許してほしい。」
「その方がきっと追手に見つからないからいいと思うよ。」
設備の不備を謝罪するリンゼロッテ。相変わらず声も表情も暗い。
「・・・・着いた、ぞ?」
視線の少し先に丸太を組み上げて作ったような、三角形の屋根のついた大きな別荘が現れる。
バラ小屋ではなく、しっかりと組み上げられ、手すりの付いたテラスもある建物だ。
軽井沢の森の中を歩くと、お金持ちの別荘がある。まさにそれだ。
前世の時、羨望の眼差しで見ていたような建物だ。
軽井沢ってどこ?という方は『軽井沢 別荘』で検索・・・・。
その立派な建物の前に小型な馬車が止まっていた。
その荷台についていたのは客室ではなく、奴隷や犯罪者を閉じ込めておく鉄格子の牢だ。
「あれ?誰かいるのか?・・・・ンッ?血の匂い・・・?」
俺は周囲に蔓延する匂いに気が付く。
「・・・あれだ。」
原因の元をリンゼロッテが差し示した。
建物の周りの垣根や地面に、鎧を着た人間の骸と思われるものが多数散乱している。
生きているのかわからないが、雪を真っ赤に染める血を見ると致命傷であることは確かだ。
「さっきの獣人だ―――!」
リンゼロッテが少し昂った声をあげる。
近づくにつれ、状況がよく理解できてくる。
死んでいる人間たちは明らかに不意打ちを食らったのだろう。
警戒していないときに、斜め上から射かけられて絶命している者や背中に無数の矢が突き刺さっている者。明らかにパニックになっていた雰囲気がある。
ともあれ、死因のほぼ全てが弓矢だ。
しかも鷺の獣人族が使う斑模様の柄がついたフリント石の矢じりがついている。
ファラ山からの帰り道、ネロが言っていた。
フリント石――要は火打石なのだが、硬いのに加工しやすい。
まだ野生の趣きを多く残す鷺の獣人族は、文化レベルも低い。
金属を加工する技術はまだなく、石を削るという原始的な事しかできない。
だから、いまだに石を削って道具を作っている。
もっと人間と協調すればいいのに、ネロは同じ獣人としてそう言っていた。
そんな状況証拠から確実にさっきの獣人の仕業なのだが、いろいろと疑問が浮かぶ。
死んでいる人数は10数人程。明らかに鷺の獣人たちより多かったのだ。
不意打ちをしたのは確かだが、人数が少なければ不利なのは変わりない。
それに、気づかれてしまって盾や鎧で身を固められれば、鷺の獣人族の矢では貫けない。
そんなことを考えながら俺は下馬して屈み、骸を調べてみる。
「これって!―――ルグザンガンド王国の騎士たちじゃないか!?」
俺は驚いて声を上げる。王国の紋章が鎧の左胸に刻まれていたのだ。
「なんでこんなところに・・・索敵って人数じゃないよな・・・??」
俺には意味が分からなかった。
ドンタナの町に向かった騎士たちが追っ手を掛けたとしても、時間と距離的には先回りすることは不可能だったはずだ。人数からみても、非番の騎士がたまたまリンゼロッテの別荘に来ていたとも考えにくい。
ただ一つだけ可能性があることが頭に浮かぶが、それは考えないようにする。
「きゃっ!」
突如、下馬していた女神が悲鳴を上げた。
「どうした!?」
俺は瞬時に振り返って女神の方を見る。
そこで俺の目に映ったモノは・・・・。
その、ただ一つだけの可能性だった。
女神の後ろに重なるように立つ執事。
女神は執事にもたれかかるように立っている。
すでに意識を飛ばされてしまったのか、その目は閉じられていた。
オレンジ色の光が女神の首筋で輝いている。
森の木々の隙間から照らしてくる夕日を反射して、銀色の刃がオレンジ色に光っていた。
「そういうことです。キチク様。」
暗殺者かと思うくらい静かな殺気を纏った執事。
女神にナイフを押し当てて、冷酷に言い放った。
「そういうことになっちゃうんだ・・・・。」
唯一返せた言葉がこれ。
認めたくないが、この状況では認めざるを得ない。
リンゼロッテの裏切り。
俺はルグザンガンド王国に売られたんだ。
俺は焦燥感に支配されて、感情が固まってしまった。
ポタリポタリ―――。
どれくらいの時間がたったのだろうか。
気の遠くなるくらいとても長い時間だったような気もするし、刹那的な一瞬だったような気もする。
その静寂に包まれた空間を、小さな雫が金属の具足に垂れる音が響いた。
「すまない・・・・・すまない、キチク・・・・。」
いつも自信満々で堂々と光輝く大きな瞳が耐えがたい辛苦で歪み、その視線は地面に転がる。
見るものを魅了するはずの涙袋には大きな苦悶の皺が刻まれ、厳しい表情にさらの影を落とす。
両の頬を伝う雫は乾くことなどなく、絶え間なく流れ落ち、具足を濡らした。
「リンゼロッテ・・・・。」
俺は彼女の名を呼んだ。
その彼女の顔を見ただけで、全てが理解できてしまう。
「すまない・・・・。私は、私はお前のものだ・・・・。それは今までもこれからも変わりない。
だが、このままでは両親が処刑されてしまうのだ・・・。私にとって両親は・・・この身に替えても救い出したいのだ・・・。」
リンゼロッテは事情をボソリボソリと説明し始めた。
その言葉は湧き上がる感情と押し殺す気持ちとで不安定になっていて、うまく話すことができない。
「リヒテンシュタイナー子爵と夫人は、国王暗殺の容疑者のキチク様の共犯者と見なされて現在投獄されています。お二人の容疑を晴らすには、リンゼロッテお嬢様がキチク様を捕らえて引き渡すしか方法がありません。
お嬢様がここにキチク様をおびき出して、ここに骸を晒してしまってる者とで捕縛するつもりでしたが想定外の事態が起こってしまったようです。
しかし、わたくし共はなんとしてもやらなければならないのです。」
見かねて執事が割って入る。
「―――必ず助け出す!だから!・・・・だから、今は大人しく捕まってくれ!」
リンゼロッテは地面に落としていた視線を拾い上げ、感情をそのままに俺を見る。
真剣で、必死で、様々な感情が渦巻いて、ぐちゃぐちゃに歪む顔。
仕方なく、俺を売ることを決断したリンゼロッテを責める気なんてもちろんない。
だから俺にできること、すべきことはただ一つ。
笑うことだけだ。
彼女が決めた決断を肯定するような、そんな笑顔だけ。
カオスゲージ
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