取材記録 009.

T女

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16:48 2018/09/12

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 ところでお兄さん、お一つキャンディはいかが?あら、要らない?遠慮なさらなくて宜しいのですよ、これはねえ、特別な代物でして、なかなかに味わえない……ハイハイ、興味御座いませんのね。それで、何だったかしら?そうそう、姿無き人のお話ですわね。
 
 彼に出会ったのは…ええ、勿論性別なんて判りませんけれども、わたくしは殿方だと思うのです。何となし雰囲気でお判りになるでしょう?男性はねえ、わたくし達からすれば特別な、粗野で純粋な気配があるものですよ。フフ、解せないですか。まあ宜しいでしょ、わたくしにとっては彼だったのですから。

 ある晩ね、わたくしはなかなか寝付けずにおりましたの。時刻は…そうねえ午前三時を少し過ぎた頃だったでしょう。静かで小さな街でしたから、わたくしの肌とシーツが擦れる音以外、何も聞こえませんでしたのよ。それでもねえ、何だか不思議ですの。ベッドの足元の方からね、視線といいますか気配といいますか、感じましてね。何やら肌をちりちりと撫でる様な感じ。不気味?そうねえ、そう思われるのが常なのでしょうけど、わたくしは特段恐れたりはしませんでしたわ。フフフ、そんなに訝しげなお顔をなさらないで。だってねえ、その頃わたくしは非道く淋しくってねえ、たとい不可思議な気配でも、体を滑る感触というものは悦ばしいものだったのですよ。そうして、わたくしはその久方ぶりの愉悦と共に朝を迎えましたの。朝と云うものは情緒の無いものでしてね、細やかな気配は喧騒と光で殺されてしまいましたわ。

 夕暮れ時、アパートの小さな一室に帰ってからね、わたくしは昨夜の悦楽を思い出しまして、その辺りを検めてみましたわ。物やなんかは置いておりませんでしたけれど、コンセントがね、壁に御座いまして。矢張りそちらから気配を感じましたの。耳を当てますとね、微かに、ジーーーッと云う音が聞こえましてね…わたくし嬉しくってねえ、だって気のせいじゃ無かったんですもの。

 それからはね、毎晩愉しみましたわ。何時しか彼のことをね、姿無きお人とお呼びしておりました。フフ、なんの捻りも御座いませんわね、わたくし学が無いんですもの。好い夜の連続でしたわ…絶頂というものをね、初めて味わいましたの。…あら、お顔を赤らめちゃって、ウフフ、可愛いのね。キャンディは…そう、要らないのね、とても美味しいものですのに。

 でも、女というものは愚かでねえ、わたくし彼を手に入れたいと思いましたの。だって、ネ、だって少しずるくありません?彼は毎夜毎夜好きに現れて、わたくしは待つだけで、……いいえ、わたくしは欲張りだったのやも知れません。兎も角ね、初めてお声を掛けましたの。遊びましょって。ねえ、おいでなさいな、って。

 彼ね、とってもシャイなお人でしてね、ウフフ、わたくしが居ない昼間に、お部屋にいらっしゃる様になりました。やきもきしてしまいましたわ。でもね、なかなかお会い出来ない方が、叶った時の喜びも一入でしょう?ネ、そう思いませんこと?…警察に?嫌だわ、無粋な事を仰らないで頂戴。

 だから、ネ、わたくしお手紙をしたためる事に致しました。それだけじゃあね、味気無いから、キレイなキャンディを添えましたの。どうぞ此方で召し上がっていって、と。それが溶けるまでの一時、彼はわたくしのお部屋におりますのよ!なんて素敵なのかしら、毎日キャンディが無くなっているのを見る度に、わたくしの胸は高鳴りましたわ。

 それだのに、彼は非道い裏切りを致しましたわ。わたくしの友人が申しましたの。部屋の中から何だか見られているような気配がすると。

 背徳です、背信です…アア、なんて非道い…毎晩あんなに愛し合ったと云うのに…!わたくしの心は掻き乱され、引き裂かれました。……でも、ネ、わたくし素晴らしい思い付きを致しましたの。フフ、今日はね、特別なキャンディを拵えて、置いておきました。そのキャンディを召し上がった彼はね、わたくしの愛を深く心に留めて、そうして今日こそは、わたくしの帰りを待っていて下さる筈ですわ……そうそう、此方のキャンディよ、少し余分に作ってしまいましたから、お分けしようかと思いまして。ウフフ、隠し味がね、特別ですの。エ?何かって?嫌だわ、何だったかしら、名前を失念してしまいました………ア!そうだわ、そうそう、此方に余りが…瓶のラベルに書いてありましたわ…ほら………………『青酸カリウム』、ネ。
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