リエル~孤独の世界へ~

天倉永久

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第五話 二人でいる幸せ

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私とレユは街の外れまで近づきつつあった。そこは先ほどまで人がたくさんいた都会の街とは違い。人のいない住宅地が広がっている。どの家もドアが開けられたままで、そこらかしこに衣服や日用品が無造作に捨てられている。いや、これは捨てられているというより、権力のある人が無理に立ち退かせたのを物語っていた。私がスラムでよく見かけていた光景だ。衣服や日用品にネズミのように群がるストリートチルドレンはここにはいない。それだけがスラムとのほんの些細な違い。たったそれだけ……住む場所を失って立ち退かされた人の生末は、飢え死にか物乞いをしながら惨めに生きるか……それとも浄化されるか……

「きっと学のある人達や、お金のある人々が生き残った。ここもスラムとあまり変わらない」

そう……だからきっとあるはず……犠牲になった人達と人々の居場所が……そこは弱者の場所……

「ほら、やっぱり」

そこは草木の生い茂る大きな公園。長い間手入れされていないのは観ればわかるが、大勢の人の亡骸がそこには無数に存在している。必要ないと判断された人達と人々。大人もいれば当然子供もいる。邪魔ものを浄化するだけでいい。そうすることで富裕層は、したくもない邪魔ものの心配を無理にしてしなくていいのだから……だから、彼ら彼女らの子供たちは学校に通って、何不自由ない生活を送れる……

「どうして死んでいるの? こんなに青い空の下なのに……生きていれば、きっとここは子供たちの声でにぎわっていた……」

この草木の生い茂る公園はちゃんと手入れされて、誰かの親が自分の子供の成長を心から信じて、微笑んでいたはずの場所……

「きっと一人の誰かには怖いんだよ。たった一人で大勢の人を見守ることなんてできない……だから見えないようにするしかない。自分の視界から消して、あとは何もないように振る舞う。自分の手が血まみれなことにはきっと気づかないで生きている……」

私は少しだけ口元に笑みを零しながら言う。

「そんなのは可哀そう。ここにいる人たちは、どんな理由で殺されたか、きっと知らない……」

レユは草むらに生えている花を摘み始める。それは死者への手向けのつもりなのか? 馬鹿らしくて私は見ていられなかった。

「すぐそこだよ。あなたたちの大切な人はすぐそこにいるから」

レユの積んだ花が、吹いた風によって、青空に向かって舞う……

「ずいぶん馬鹿げた光景だね」

まるで死者たちが大切な誰かと再び出会えて、死後の世界に向かっていくかのよう……そんな錯覚を私にさせるが、信じる気には到底なれない……

「よかったね」

レユは青空に舞っている花びらに向かって言葉する。

「ほら、もう行くよ」

私はレユの手を取る。
私が売ってきた薬で中毒になって死んだ者は数えきれないほどいる。その人たちは死後の世界とやらに逝けたの? アイル? 自分に問いても答えは一つであることを知っている……

「……暗い中にいる……それは何も感じられずに……」

レユには聞こえないように私は小さく言葉した……

私たちがたどり着いた場所は、何の手入れもされていない屋敷で。そこは草木の生い茂る場所。

「ただの暗い屋敷だけど……」

甘くて頭の中がおかしくなりそうな匂いが充満している気がして仕方ない……

「ここは駄目だよ……」

レユが私の手を引っ張りながらも、私は煙やクスリの匂いで、屋敷の中に入ることしか頭しかない……
屋敷の中。そこは楽園にしか思えない。マットレスの上で液体の麻薬を、点滴に任せて打ち続ける人々もいれば、クスリの匂いがするガラスパイプを吸う人が何人もいる。

「ここでならリエルが売れる」

だって白いカプセルを飲むだけで、こことは違う別の世界へと逝ける気分を味わえるのだから。いちいち面倒くさく血の中に点滴したり、ガラスパイプで煙を吸引することもない。リエルさえ売れれば、私はランスに理不尽な暴力を受けずにすむのだから……

「……ここは駄目……きっと拒んだら殴られる場所だから……」

レユはガタガタと震えだし、決して私の手を放そうとしない。

「誰にも殴られないよ」

私は笑みを浮かべながらレユの頭を撫でるが、それでも彼女の震えはとまらない。すると……

「やぁ、君たちは初めてここにくるね?」

それは私と年が変わらない男の子だった。薄緑の髪をした男の子……

「現実が嫌だからここへ? それともクスリへの好奇心?」

ずいぶんと色白の男の子だが、顔は悪くない……むしろ可愛らしくて、私は思わず目を背けてしまう……

「違う……クスリを売りに来たほう……」

「ここにクスリを売りにきたなら歓迎するよ。それにしてもどうして目を背けるの?」

あなたが私にとって可愛らしい男の子だから。そんな言葉はきっと言えない……

「あれ、君の後ろに隠れてるその子。腕に注射の跡がある。僕と同じ中毒者だ! しかもとても可愛いよその子! 君と一緒くらい可愛い!」

自分が可愛いと褒められても、レユは私の左手にしがみ付いて放さない。それは守ってくれといわんばかりに……

「人気のない場所でこれを売りたい」

手のひらにリエルを何粒が可愛い男の子に見せる。

「それはリエルだろ? スラムで蔓延しているクスリじゃないか。だったら屋敷の三階で売れよ。幻覚が見たい人でそろっているから」

言われた通りに、私は怯えているレユをつれて、屋敷の三階へと続く階段を上がるしかない。中毒者である可愛い男の子が名残惜しく感じるが、彼は階段を上がる私に手を振っていたから、私は少しの笑みを返すだけだった……

「僕を……笑ってくれてどうもありがとう……」

私も軽く手を振り返す。別にさよならの意味じゃない。ただそうしたいだけ……
屋敷の二階へと上がると、そこは誰もが体を許しあっている世界……
スラムよりずっと発展している街でも、そういった快楽を人々は忘れない。クスリに溺れて、自分たちが壊れるまで快楽に溺れ続ける……そんな人々を私は何人も見てきた……

「目を閉じて三階に行こう」

レユには見せたくないから、私はレユの目を覆い、屋敷の三階へと上がる。大きな扉を開けると、そこはかつてダンスホールだったようで、中央には大きなピアノがあり、壁の隅々に色鮮やかな色彩が施されていた。吹き抜けの大きな窓からは、遠い日の光が差し込んでいる。

「……もう一度会える……もう一度会える……」

「見捨てる気はなかったの……あなたを思い出さない日はない……」

「この世にいないのはわかっている……幻覚でも私は救われている……」

クスリの作りだした幻覚に溺れた人々が何人もダンスホールにいた。美しいドレスを着た女性や、ぎこちなく着たのだろうか? 古そうなタクシードを着た男性が大きなピアノを弾いている。悲しそうなピアノの音色に身をまかせながら皆がダンスホールで優雅に踊っていた……

「こんにちは、私はアイルです。今、スラムでとても流行っている幻覚剤リエルを売りに来ました」

ダンスホールに私の声が響くと、ピアノの音色が止む。幻覚に溺れた人々は皆が一斉に私を見る。それも一人一人がダンスをやめて悲しい目をしながら。私は気まずいなにかを感じてしまう。

「その薬は大切な人と、また出会うことができる……?」

悲しそうな女性が私に訊いてくる。とても疲れ切った表情をしている。

「会えるって私が言うより、自分で確かめてみては?」

私は手のひらに一錠のリエルをのせて、女性に差し出す。

「この一粒にお金はいらない。会いたい誰かがいるあなたへの……プレゼント……」

これはとある慈善。だから私は一粒のリエルをこの人にあげる。まるでピエロが無償で差し出すキャンディのように……

「一人娘が目の前で殺された……この街をよくするためだといわれて、なぶり殺しにされた……! 夫も殺された。娘を守るために……それはかばい続けて……!」

ああ、そうなんだ……それはここに来る途中で見た誰もいない街……この屋敷にいる人々は、きっと私が思うに民族浄化の犠牲者家族。だから消えていった人々の面影をクスリを使って見るしかない……それは自分の息子や娘。それか愛した人。クスリを使えば愛した人々がそこにいる……

「飲んでみる……今はこの子が持っているクスリを信じましょう……」

私が差し出すリエルを飲み込んだ女性。違うクスリで開いていた瞳孔が、リエルにより一層に開き小さな点になる……

「……まぁ、今日はあなたの誕生日のはず……とても甘いケーキを用意してあげる……だって私の可愛い一人娘だから……お友達も一緒なの? 可愛い子ね……」

きっと殺された娘が私と同じくらいの歳か、それとも似ているのか、わからないが。リエルを飲み込んだ女性は私を抱きしめると、そばにいたレユの頭を撫でる……

「私はあなたの娘じゃない……それにこの子にも触れないで……」

「ごめんなさい。あなたが少し似ていたから……」

そう言葉にすると、女性は幻覚の世界へと入り込んでいく。悲しそうな曲。ピアノの演奏が再開された広いダンスホールにて、リエルよって作りだされた幻覚の娘にブツブツと話し込んでいた。それはおめでとうとか、ごめんなさいという言葉が目立つ……

「俺の愛した人は、幻覚でも出会える……?」

何枚もの紙幣を渡すと、私に縋るように渡す男。

「ええ、きっと会えますよ。あなた方の悲しみが深ければ、このリエルは答えてくれます」

なんの根拠もないことを私は言う。リエルが見せるのは強い幻覚だけ、きっと使う人の思いが強いから、その人にあった幻覚を見せるのだと私は思う。

「生まれた場所が違うだけで、俺の愛した人は犯されて殺された……」

それからも私からリエルを買う人はそんな人ばかりで、ダンスホールではリエルを買い求める人で溢れる。この人々がどんな悲しみを味わったかは知らない……でもこれで、私はランスを喜ばせてあげられるし、しばらくはレユと二人で生きることには困らないはずだ……
ドラッグディーラーの仕事をしていて、リエルが全て売れたのは初めてのことだ。このダンスホールで幻覚を見ながら、人々は会えなくなった自分たちの大切な人と再び出会っている……私はいい行いをしたんだと思い、小首を傾げながら微笑む……

「アイル……こんなこともうやめよう……自分が悲しいだけだよ……」

それはレユの言葉。悲痛なのが伝わるがそれだけ。正直私は悲しくなんてない。むしろしばらくは生きていくことに困らないお金ができて嬉しかった……

「レユさえよければいいんだよ。私があげたリエルがある。麻薬がほしくてしかたない。きっとそうでしょ? 飲めば気持ちよくあいつらの仲間に戻れるよ」

私がいうあいつら、ダンスホールで幻覚の失った人たちといつまでも話している麻薬中毒者どもだ。

「私が悲しいと思うなら、自分の好きな幻覚を見なよ」

正直怒っていた。私とレユが生きるためにリエルを売りにきたのに……駄目だ。
好きに生きて。それは見捨てるという心……いつでも持っている……

「さようなら」

幻覚にでも溺れて。

「嫌われたくないから」

私があげたふやけたリエルを、レユは静かに床に捨てた。


「知らない。どうせ他人でしょ」

私はレユを見捨てた。麻薬中毒者のレユとはさよなら。大金を持って屋敷の階段を降りながら考える。それはどんな贅沢をしようかと……

「やぁ」

階段を下りていく途中。あの中毒者の可愛い少年と再び出会う。

「君は夜のほうもやっているの? だとしたら歓迎だ。朝まで君と一緒にいたい……」

一緒にいたい朝まで私と……男は嫌いじゃない……それはしばらくやっていないから……最後に体を許した人は、女を知らない人で、それはランスがよこした人……ただのホームレスの人……それも少し年下くらいの……キスがぎこちなかったのを覚えている……

「いいよ」

私をキスする中毒者の少年。

「君の唇は柔らかいよ。いつまでもキスしていたい……」

私にキスを繰り返した。

「胸くらい触りなよ。私はいいよ……」

別にいい。相手が可愛い男の子なら、それでいい……

「アイル……やめてよ……」

階段の上からレユが悲しそうに私を見下ろしていた。これからがいいところなのに、凄く邪魔された気分だ。

「女の子でしょ……? 自分の体は本当に愛した人に捧げるべきだよ……」

そういえば、この子が乱暴されていたのを思い出す。相手がどんな人なのかとても訊ける話題じゃなかったから、私なりに知らないふりをしていた。

「一緒に帰ろう……どうか捨てないで……」

この屋敷にこの子を置いていけば、きっと後悔する自分がいると不思議と思ってしまう。

「これからも私を寂しくさせないと誓うならいいよ」

自分でもそれは傲慢だと感じる。それでも誓うなら私は喜んでレユの手をとってあげられるはずだ。

「誓う……アイルに誓うから……」

「そう。それでこそいい子だよ」

私がレユに手を伸ばすと、彼女は階段を駆け下りて、それは大事そうに私の手を両手で握りしめる。こんな明日がどうなるかもわからないドラッグディーラーの私の手を……だから心から嬉しい……

「帰ろう」

私たち二人はランスが用意してくれたホテルへと帰ろうとする。

「その子は幸せだ。僕と違って本当に好きな人がいるから……」

私にそう言葉する麻薬中毒の少年。嬉しいから私は彼に向かって微笑んで見せた。

私たちはもと来た道を歩いていた。浄化の名残が消えないあの道を。

「お腹空いたね。人がいる街まで戻ったら何か美味しいものでも食べよう。レユの好きなものでいいよ」

私はより一層レユのことが好きになったに違いない。だから口からそんな言葉が出る。本当は新鮮な卵を使ったオムレツが食べたかったのに。

「私はアイルの好きなものでいいよ……」

どこかぎこちない笑みを浮かべるレユ。きっとリエルを売ったお金で食べる食事だからそんな笑みをしてしまうに違いなかった。この子は麻薬中毒者でありながら麻薬が嫌いらしい。私は足を止める……

「それじゃあ、一番安いものにしよう。レユが困らなくて美味しい食事にしよう」

私は小首を傾げながら微笑んで見せる。レユが困らないのならポケットにあるたくさんの紙幣を空高く舞い上がらせればよかった。私にそんな勇気はない……このお金は私たち二人がスラムに帰った後、生きるために使わないといけない……

「うん」

少なくともレユはぎこちない笑みをやめてくれる。私にはレユが近いいつかわかってくれると信じるしかない……

都会の街は相変わらず人でにぎわっている。相も変わらず私は緊張してしまう。レユの手をしっかりと握りながら、私は辺りをきょろきょろとするしかない。

「あ……」

目に付いたのは人気のない古い喫茶店だった。私はレユをつれて足早に古い喫茶店へと入る。
古い喫茶店。そこはまるで時間に忘れられたかのような場所で、振り子の音が印象的な古時計が店の大きな窓の横に置かれ、大きな窓の外には大勢の人たちが誰もこの古い喫茶店のことなど気にもせずに通り過ぎていく。

「ふぅー……ここなら落ち着ける……」

一安心の息をつくと、私は店内の空いているテーブル席の椅子に腰かける。開いているといっても客は私とレユの二人だけ。だから落ち着ける。

「静かだね……こんな場所を知っているよ……」

どこかうわの空のレユ。古い喫茶店の中をゆっくりと見回している。私はその姿を不思議そうに見てしまう。いや、見惚れていた……やっぱり可愛い子なんだなと……

「座ろうよ……ほら……」

私は向かい側に座るように勧める。それも恥ずかしそうにして……

「うん。お腹空いたね」

自然な微笑みを浮かべるレユ。向かい側の席に座ってくれる。恥ずかしそうにしている私のことなど知ってか知らずか、小首を傾げて可愛らしい微笑みを浮かべ続けてくれる。

「デートだね」

「だといいね……」

私はレユにその気なんてない……

「いらっしゃいませ。可愛いお嬢さまがたのお客様なんて珍しいことですね」

きっとこの喫茶店の主人だろう。身なりのいい初老の男が私たちに接客してきた。

「ご注文はいかがなさいますか? 当店では手作りのクルミのケーキがおすすめです」

ケーキなんてスラムでは滅多にお目にかかれないお菓子だった。私も寂れたレストランで一度しか食べたことがない。メニューを見るとクルミのケーキは少し高かった。約束は破れない。安いものにしないと。

「アイスクリーム。二つで」

これが安かったので私は頼むと

「かしこまりました」

喫茶店の主人は店の奥へと去っていく。きっと安いものを頼んだから気を悪くしたに違いない。

「アイスクリーム。嬉しいな」

嬉しそうなレユに私は笑みを返すと、私は大きな窓の外を見る。誰もこの古い喫茶店に私たちがいることになんて気づかず歩いては消えていく。
ふとそのときだ。私の目に羨ましい存在達が映ったのは……それは三人の女学生たち。私と同じ年くらいの女の子たち……綺麗な白い制服を着て楽しそうに笑いながら都会の街を歩いている……
私も……
それは勝手な妄想をしてしまう。私にもちゃんと両親がいて、毎朝いつもいってらっしゃいを言ってくれる両親。制服を着て胸を躍らしながら学校へと通う毎日。たくさんの友達と楽しくおしゃべりして、授業とやらを聞く日々……きっと毎日が不自由なく楽しいんだろうと思う……
どうして私だけ彼女たちと違うのだろう……
私も学校とやらに通えていたなら……
違う。この思いは今からでも通いたいんだ……

「アイル?」

不思議そうに私を見るレユ。叶わない妄想をしていたなんて絶対に言えない。

「なんでもないよ」

ただ作り笑顔で、レユに笑い返すしかない。

「お待たせして申し訳ございません。アイスとクルミのケーキでございます。それと食べたもので喉を詰まらせてほしくございませんので、ミルクティをお持ちしました」

喫茶店の店主がテーブルにアイスを置いてくれる。それと頼んだはずがないクルミのケーキとミルクティまで。

「あの、アイスだけ頼んだんだけど……」

怪訝に私は喫茶店の店主を見る。

「いいんですよ。これは私からのほんの気持ちです。クルミのケーキをいつもより多く作りすぎてしまったので、食べてほしい人をちょうど探していたところです。私が腕によりをかけて、朝から作った品なので」

ほんの少しだけ自慢げにこの店主は語ったと思う。それは誤魔化すように。私にはわかる。私とレユがスラムから来たと知っているから……だからこんな施しをしているんだと思う……

「さぁ、どうぞ。遠慮はいりません。お腹が空いているでしょ?」

レユは遠慮なくフォーク片手にケーキを食べる。口に入れた途端に私には見せたことのない幸せそうな笑みを浮かべるレユ。私もつられて少し笑ってしまうが、クルミのケーキに手を付ける気にはならなかった。理由は私が善人じゃなくから……だから誰かの施しなんて受けられない……

「わ、私はこの子と違って、いい心を持っていない……心が綺麗じゃないから……だから食べたくない……」

麻薬中毒でもレユの心は綺麗。だって私のあげたリエルを捨てたのだから……禁断症状があるはずなのに耐えているんだと思う……それは私に嫌われたくないだけのためなのかは本当にわからない……だから……誰かの愛がわからない時点で、私にはいい心がない……

「どんな理由か私は存じ上げませんが、それでもあなたは優しい目をしている。それに優しい声もお持ちだ。そのお嬢さまがあなたを嬉しそうに見ているのが何よりの証拠です」

「甘くて美味しいよ。幸せ」

レユが口にクルミのクリームをつけながら私を嬉しそうに見ている。

「クルミのケーキが美味しいからでしょ」

「左様で。私のケーキは人を笑顔にしますから」

思わず笑ってしまう。レユを嬉しそうにしたのは結局私じゃないから。古い喫茶店の店主も同じように笑っている。

「優しい笑顔もお持ちです。その優しさが、きっとあなたを助けてくれるはずです」

自分の優しさに助けられる? 普段なら私はそんな甘い言葉を信じないのに……どういうわけか、今だけは信じてもいいと思った……

「さぁ、どうかお召し上がりください」

「ありがとう」

心から誰かにお礼が言えたのはいつぶりだろうか?
クルミのケーキがとても美味しかった。
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