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第七話 小さな命たち
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俺は孤児院へとたどり着くのだが、そこに人の気配はない。建物に中からも、庭にも。
「どこかに引っ越しただけじゃないのか?」
俺は素直にそう思う。こんな幽霊の噂がある石造りの孤児院に、大勢の子供たちの面倒などいつまでも看られたもんじゃないだろう。ここよりマシで比較的新しい建物なら、スラムにはゴロゴロ存在している。
「うん? この臭い」
この町で悪徳でも警官をやっていれば、誰もが嗅いだことのある臭いだ。石鹸のような甘い香りと、燃料の刺激臭が混ざったかのような臭い。これは液体の麻薬の臭いだ。
俺は孤児院の中へと足を踏み入れる。きっと無人なことをいいことに、どこかのストリートチルドレンがパーティーまがいのことをしているに違いない。
孤児院の中は不気味なまで静まり返っている。閉め切られた窓からは少し冷たい日の光が差し込んでいた。奥に行くにつれて液体の麻薬の臭いは強くなっていくのだが、それにしては様子が変に思えた。ストリートチルドレンがパーティーしているのなら、興奮した声がしてもおかしくないのにしていない。それに液体の麻薬はかなり高額なはずだ。ガキが買うにしては決して安くない。
「ここか……?」
強い臭いが大きな扉からする。何の部屋かはわからないが俺は扉を開けた。
「……!」
俺は一瞬にして扉を開けたこと、この孤児院に来たことを後悔した……ただただ狼狽えるしかない光景……パーティーなんて誰もしていなかった……
部屋の中は、いくつものベッドが不規則に並べられていた……そのベッドに息をしなくなった子供たちが数えきれないほどいる……液体の麻薬の入った点滴を打たれて、みんな死んでいた……
俺は今目の前にある現実が信じられず、部屋の中を徘徊するしかない……まだリエルで幻覚を見ているのだろうか……? いや、そうじゃない。死んでいる子供たちが現実だと告げている……
「ゴホ……ゴホ……」
心臓が止まるかと思った。子供が、少女が一人だけ生きていたのだ。居ても立っても居られず、俺は少女の腕に刺さっている点滴の針を抜くと、ゆっくりと抱き起こす。痩せて顔色が悪く感じられたが、確かに息をしている。
「いや……! どうして……! どうして!」
部屋中にある死体を目にしたようで、少女は錯乱する。
「大丈夫! 君は生きている! 頼むから落ち着いてくれ!」
少女を落ち着かせようとするのだが、俺には無理だ。やったことのない経験だった。
「とにかくここを出よう」
俺は少女を抱き上げると、部屋から廊下へと出る。俺も我を忘れているようで、誰に追われているわけでもないのに、適当な部屋に入って少女を抱いたまま身を隠すように息を殺してしまう。
「平気だ……ここにいれば安心だ……もう大丈夫だ……」
自分に言い聞かせているようなものなのに、少女も徐々に落ち着きを取り戻し始めてくれる。
「怖かった……いつまでも眠っていた……もう私の目は覚めることがないんだって……」
言動も壊れかけているし、その黒い瞳も液体の麻薬のせいで酷く虚ろだった。何日も点滴で麻薬を投与されていたとすると、この少女が回復することはとても難しいはずだ。職業柄そんな人々を俺は何人も目にしてきたから……禁断症状で苦しむ日々がきっとこの子を待っている……
「もういい。目が覚めてよかった」
俺は少女の頭を撫でると、適当に入った部屋を見渡す。そこは小綺麗な部屋で窓からは相変わらず少し冷たそうな日差しが入り込んでいる。難しそうな本が並べられた本棚に、どこかの偉い人が使いそうな大きな机と、その上に受話器が無造作に置かれたままの電話があった。
「電話か」
俺は少女の頭を再び一撫ですると、電話の置かれている机へ。とにかくこの孤児院の現状を報告しなければならない。俺は警察署へと電話する。
署の電話担当のやつは最初は信じなかった。孤児院で大勢の子供たちが液体の麻薬を点滴されて死んでいると説明しても。
「本当の話しだ! この馬鹿が! あのクズの署長にも報告しておけ! それと使えなくてもいいから医者も一人手配しろ! わかったか?!」
俺が受話器に向かって激高した声を出すと、電話担当の馬鹿はやっと信じたようで、半ば慌てながら電話を切った様子だった。
「クソが! どうしてこんな……!」
今日見た光景は、一生俺の目に焼き付いて離れることはない……
「うふふ……言葉が汚いですよ」
少女は俺を見て笑っていた。アイルくらいの長さをした黒髪と虚ろな黒い瞳は相変わらずで、白いネグリジェという出で立ち。幼い顔立ちからして年齢は十代前半といったところか?
「院長先生に叱られますよ。知りませんよ。怒ると何をするかわからない人ですから……うふふ……」
麻薬のせいでこうなっていると知りつつも、俺は深いため息をつく。
「君、名前は?」
一応訊いておこう。仕事だから。
「ミア。お兄さんは?」
「ランス。警官だ」
「ランスさん……警察の人なんですね……」
物珍しそうに笑みを浮かべながらミアは俺を見る。警官がそんなに珍しいのか?
「院長先生は? まだここにいるのか?」
俺はミアの目の前に座り込み訊いてみた。普段なら聴取なんて滅多にしないが、今は違った。とにかく気を紛らわせたい。仲間の警官たちがくるまで、ミアが俺の唯一の話し相手だ。心もとないが……
「きっといませんよ。大声と汚い言葉が嫌いな人ですから。それにここは院長先生の部屋です。勝手に誰か入ったら、すぐに気づいて今頃おしおきされています」
話を聞く限り、その院長先生とやらは卑劣な奴なんだということがわかる。おしおきという名目で子供を痛めつけているに違いない。俺も人のことは言えない……生意気な目つきで怯えながら俺を見るアイルの顔が浮かんでしまう……
「そいつが子供たちを……あんな目に……?」
ミアは頷く。笑みを絶やさずに。
「栄養のある点滴だってみんなには説明していました。ここ最近は食事の回数が少なくて、みんなお腹を空かせていたから、みんなも私も喜んで点滴をされることにしました」
「どうして院長は君たちを……その……なんで殺そうとしたんだ?」
質問にはためらいがあった。麻薬の点滴で死んだ子供たちの中には、ミアの大切な友達もきっといるに違いないのだから。
「あんな人どうでもいいじゃないですか。それより怖かったのは、点滴を打たれた後ですよ」
ミアは虚ろだった黒い瞳を、うっとりとさせた。
「暗い水の中にずっと沈んでいく夢を見るんですよ。最初は苦しくて仕方なかったけど、いつの間にか、沈んでいくのに身を任せているんです。目が覚めてって、心のどこかでは願っていたはずですけど、今思えばとても心地いい場所にいったなって……」
こんな幼い子が麻薬の虜になっている。俺の背筋は凍り付いて、笑うミアを傍観するしかない。
「また見てみたいな……いや、違うな……きっと行ってみたいんですよ、暗い水だけの世界に……」
俺も麻薬を、リエルを横流ししている。アイルを使ってリエルを売っているのだ。俺はここの院長ときっと同じことをしている。俺が横流ししているリエルでミアのような被害者が何人もいるのだろうか? 今まで考えたことがなかった。ただ懐に金が入れば俺は満足していたから……
「行かなくていい。これからはいい世界だけを見るんだ。そこはとにかく綺麗な場所で優しい人で溢れている。食べ物にだって困らない。ミアはそこで大人になって、かけがえのない人と出会うんだ」
取り返しのつかない悪事を繰り返してきた俺の言葉。一体どの口が言えたことなんだ?
「ランスさんもその綺麗な世界にいますか?」
「ああ……その……」
嘘を吐くんだランス。この子のために……
「いるよ。君の家に時々遊びに行って、料理を振る舞ったりしているんだ」
命乞いする人だって冷徹に殺してきた。もしそんないい世界があったとしても、俺なんかがいていい場所じゃない……
「なんだか嬉しいです」
頬を赤らめ、子供らしく無垢な笑顔を見せるミア。俺も不思議と笑みを浮かべていたのだが、目の奥に熱さを感じた。まだ体にリエルが残っているのかと思ったが違った。どういうわけか、涙が出てしまう……
「悲しいんですか?」
小首を傾げて訊いてくるミア。
「わからない……どうしてだか自分にも……」
俺は涙をぬぐうしかなかった……どうして泣いたのか、自分でも理解ができなかったが、麻薬にやられたミアが子供らしく笑ってくれたことに嬉しさを感じていた。それは一つの希望の光のように。
「きっとランスさんには、楽しいことがないんですよ。今から私とお遊びしましょう。きっと楽しいですよ」
思いついたかのように両手を合わせるミア。この子の言う通り、俺の毎日。日々にはあまり楽しいことがない。
「それはいい考えだな」
俺はミアと遊ぶことにした。部屋にある本棚をひっくり返す。それぞれ厚さの違う本を積み木に見立てて積んでいく。俺がガキの頃によくやった遊びだ。
「先に崩したほうが負けだぞミア。負けたらくすぐりの刑だからな」
俺は順調に本を高く積んでいく。ガキの頃から腕が鈍っていないことを、少しだけ誇らし気に思う。
「負けませんよ。私が勝ったらどうします?」
「そうだな。街でとびきり美味いケーキを食べさせてやる」
俺が約束した途端にだ。俺が積んでいた本は無残にも崩れ去る。
「私の勝ちですね。ケーキなんて初めてです」
子供の遊びなのに俺は悔しさと、楽しさを感じていた。だからこうする。
「約束どおりケーキはごちそうしてやる。でもくすぐりの刑だ!」
俺はミアの脇腹を両手でくすぐる。ミアは笑う。
「こ、降参ですよ……! こんなのズルいです!」
「罪状は俺に勝った罰だ」
とても楽しくて幸せだった。もしクオイが死なずに子供を産んでいれば、俺はこんな風に幸せを噛み締めていたのだろうか? しばらく前に俺がレユに感じたものの正体は幸せだったんだ。
「さぁ、罰は終わりだ。次はなにをする?」
「そうですねー、お絵描きはどうですか?」
クソ野郎である院長の部屋を見回しながら、ミアは提案する。何がしたいのかは、俺にはすぐ理解できた。
「この部屋をラクガキでいっぱいにしてやろう」
俺は悪意のある笑みを浮かべ、院長の机の引き出しをあさる。目当てのものがちゃんと引き出しの中に丁寧にしまわれていた。色とりどりのペンがそこにはある。
「大丈夫だぞミア。もし院長が戻ってきて怒り狂っても、俺が一発お見舞いしてやるから」
「はい」
俺たちはラクガキを開始する。俺はふざけた怪獣の絵を壁いっぱいに描き、あとは院長を罵る言葉を書きまくった。俺のケツにキスしろだとか、刑務所で掘られろこのカマ野郎。汚い言葉の連続。ミアは字が読めるのかは定かではないが、俺のラクガキを見て笑っていた。
「何を描いたんだ? 見せてくれ」
どうせ子供らしい絵だと思い。俺は笑いながらミアの描いたラクガキを見ようとした。
「そんな……どうしてだ……?」
ミアの描いたラクガキ。その絵に俺は落胆の色を隠せなかった……
「どうしても思い出すんですよ」
やはり麻薬中毒者には変わらなかった……ミアが壁に描いた絵は、暗い水の中に一人の女の子がいる絵だった……
「水の中にいる感覚がします。自分の居場所に帰れるみたいで嬉しい」
ミアはぐったりとして、その場に力なく座り込む。
「ミア!」
俺はミアを抱き起こそうとするのだが。
「沈んでいく……どこまでも……どこまでも……暗い水の中へ……」
明らかに幻覚を見ている。ミアの呼吸が浅くなっていく……中毒者がこうなればもう助からないことを俺は知っているのに、確かに知っているのに……それでも俺は、あきらめたくなかった。
「ミア、その水の中に希望なんてない! こっちに戻ってくるんだ! 君はまだ死ぬべきじゃない! 俺とまた遊んでくれ……! ミア!」
ミアは一度だけ笑うと、目を開いたまま逝ってしまった……
「ああ……クソ……駄目だ……! 死ぬな……! 死ぬな……」
情けなく涙声を出してしまう……こんな声を出したのはクオイが死んだ時以来だった……もう二度とないと思い続けた悲しい感覚……俺は動かなくなったミアを抱きしめ続けるしかなかった……
孤児院の外で俺は呆然と立ち尽くしていた……頭の中でミアの顔が浮かんでは消えていくが繰り返されている……
「死体の処理には数日かかるそうだ」
俺に話しかけてきたのはクソ野郎の署長。孤児院の中では、警官たちの慌ただしい声が響いている。
「せめて、ちゃんとした墓地へ……埋葬を……」
呆然としながらも俺が頼むと、署長は馬鹿にしたかのような哀れな表情を浮かべた。
「まさか一人一人に墓を作れと? わざわざ牧師を雇って埋葬までするのか?」
予算とやらが掛かりすぎるのはわかるが、それではミアが浮かばれない気がしてやりきれない……
「死んだガキどもは、この街に勝手に住み着いていた。どこからか流れてきた孤児にすぎない。まったくいい浄化ができたよ」
孤児院を見ながら不敵に笑う署長。浄化? こいつはいったい何を言っている? 民族浄化なんてもう過去の話しだろう?
「ここの院長は狂信的で、ある日、神の声を聞いて子供たちを全員麻薬を使って殺したことにしよう。筋書きとしては実にいいし、暴動になんてとてもじゃないが発展しないだろう」
どういうことだ? わからない……
「子供の死体だらけだから、制服警官には荷が重いと思って君を行かせたんだが、どうやら見込み違いだったようだ」
「最初から知っていたんですか……?」
「知っているも何も、ここの寄付金を打ち切って、その後に私が脅してやったんだよ。ガキどもを一人残らず処分しなければお前を殺すと院長にね」
顔色一つ変えずに署長は答えた。こいつのせいでミアは死んだ。この街に勝手に住み着いていたという理由だけで……いい子だったのに……
「このままじゃすませない……」
俺は怒りをあらわにするが、署長はまったく動じるどころか狼狽える気配すらない。
「私を告発するのか? その前に私が君の悪事を告発してやるよ。洗いざらい全てね。そうなれば君は刑務所に行くことになるし、誰も君の告発なんて信じようとしない」
「こいつ!」
気が付いたら俺は署長に殴りかかっていた……ミアを返せという一心で殴り続けた……異変に気付いた警官たちが一斉にやめさせようと、俺を取り押さえた……後は自分の無力さを呪うしかない……
揺れる電車の中に俺はいた。署長の言い渡した処分は停職だった。あんな冷酷な野郎を酷く殴ったのに、殺されなかっただけ幸運だったのか? それとも俺にはまだ使い道があると判断されたのか? 考えてはみるものの、次の瞬間にはどうでもいいことになっていた。
俺は都会の街へと不思議と足が向いていた。それは失ってしまった二人目の大切な人への喪失感を和らげるためなのだろうか? 少しでも親しい人たちに会いたかった……
電車は都会の街で停車し、俺はまっすぐホテルクロエへと向かった。
ホテルクロエである部屋のドアをノックする。ドアはすぐに開いてくれた。
「うわっ……」
俺の顔を見ると、アイルは嫌な表情を浮かべる。美少女なのに相変わらず可愛げのないガキだといつもどおり思ってしまうが、この日だけは俺も微笑んでしまう。たとえ俺のことが嫌いでも、とりあえず親しい人に会えたのだから……
「会えて嬉しいよ」
こんな言葉をこいつに言ったのは初めてのことだ。アイルは呆気にとられた表情で俺を見ている。
「どうしたの? なんでそんなこと言うの……?」
「入れてくれないのか?」
「いいけど……」
俺は部屋の中へと入る。
「ランス」
可愛らしい笑みを浮かべながらレユが俺に駆け寄ってきた。ミアと同じ中毒者であるレユ。性格も容姿も違うが、ミアとまた出会えたかのような錯覚を俺に起こさせる……もう会えないとわかっているはずなのに……
「レユ。いい子にしていたか? お腹は? 空いているんじゃないのか?」
夕食の時間にはまだ少し早かったが、俺はこの二人とささやかな食事がしたかった。俺に残された人だと、気づかされたから……
「海沿いにいいレストランがあるんだ。今から行かないか?」
「うん! 行きたい!」
嬉しそうに頷いて見せるレユ。
「また家族ごっこ? いい加減やめたら」
アイルの冷たい言葉。妻を失った寂しい男が家族ごっこをしている。哀れに思われるのも無理はない。
「今日だけでいい。俺と家族ごっこをしてくれないか?」
いつもリエルを売るように命じるしかなかった俺が、こんな頼みごとをしている。アイルはいよいよ俺を不気味がった。
「何かあったの……?」
察した様子でアイルは訊いてくるのだが。
「違う。何もなかったよ。腹ペコなんだ。頼むよ」
俺が浮かべる作り笑顔にアイルは気づいた様子だった。
「いいよ。わかった……ごっこなんかでよければ……」
承諾してくれるアイル。俺たち三人はホテルから出ると、人の多い都会の街を歩く。海沿いのレストランへと向かう道中、アイルはずっとレユの手を握っている。視線が定まらず緊張した様子だった。まさか人混みが苦手なのか? 知らなかった。
「レユ。アイルの手をしっかり握ってやるんだぞ。誰かが噛みついてくると信じているからな」
冗談交じりに俺が言うと、レユは可笑しそうに笑う。
「大丈夫だよ、アイル。ちゃんと守ってあげるから」
「そうだレユ。偉いぞ」
恥ずかしそうに俺を睨みつけるアイル。ムキになってレユから手を放そうとするが、それができないでいる。
「お前にしては可愛い弱点だな」
からかってやる俺。怒りと恥ずかしさのあまり、アイルは着ている白いパーカーのフードをかぶった。いいぞ。もっと怒った姿を見せてくれ。とても楽しくて、和やかな気分になれるから。
海沿いのレストラン。砂浜と海が一望できるテーブル席で魚のソテーを食べる俺たち。
「おい、機嫌直せよ。からかいすぎた。悪かったよ」
アイルはフードをかぶったまま、機嫌悪そうにフォークで魚のソテーを口に運んでいる。
「客なんて俺たち三人だけだ。緊張なんてしないだろ? いい加減フードを取れよ」
アイルはそっぽを向いたまま食事を続ける。
「行儀が悪いよ」
レユは椅子から立ち上がると、アイルがかぶったままのパーカーのフードを取る。
「怒ったアイルも素敵だね。いつもより可愛いよ」
後ろからアイルを抱きしめるレユ。
「ほっといて」
「駄目だよ。ほっとかない」
アイルの頬にキスするレユ。怒ったこいつには逆効果な気がしたが。
「こら!」
実際そのようだ。アイルは勢いよく椅子から立ち上がる。楽しそうなレユはすぐに距離を取ると、レストランの外へと逃げていく。
砂浜でレユを追いかけるアイル。レユは足が遅いようですぐに捕まった。あとから聞こえてきたのは、楽しそうな二人の笑い声。結局は姉妹のように仲がいいのだと俺に教えてくれる。
微笑ましい光景に俺が見とれていると。
砂浜の遠く向こうで一人の女性が幼い女の子と手を繋いで歩いているのが見えた。幼い女の子は俺が見ていることに気づいた様子で、俺に向かって手を振っていた。俺も不思議と幼い女の子に向かって手を振り返すのだった……
「どこかに引っ越しただけじゃないのか?」
俺は素直にそう思う。こんな幽霊の噂がある石造りの孤児院に、大勢の子供たちの面倒などいつまでも看られたもんじゃないだろう。ここよりマシで比較的新しい建物なら、スラムにはゴロゴロ存在している。
「うん? この臭い」
この町で悪徳でも警官をやっていれば、誰もが嗅いだことのある臭いだ。石鹸のような甘い香りと、燃料の刺激臭が混ざったかのような臭い。これは液体の麻薬の臭いだ。
俺は孤児院の中へと足を踏み入れる。きっと無人なことをいいことに、どこかのストリートチルドレンがパーティーまがいのことをしているに違いない。
孤児院の中は不気味なまで静まり返っている。閉め切られた窓からは少し冷たい日の光が差し込んでいた。奥に行くにつれて液体の麻薬の臭いは強くなっていくのだが、それにしては様子が変に思えた。ストリートチルドレンがパーティーしているのなら、興奮した声がしてもおかしくないのにしていない。それに液体の麻薬はかなり高額なはずだ。ガキが買うにしては決して安くない。
「ここか……?」
強い臭いが大きな扉からする。何の部屋かはわからないが俺は扉を開けた。
「……!」
俺は一瞬にして扉を開けたこと、この孤児院に来たことを後悔した……ただただ狼狽えるしかない光景……パーティーなんて誰もしていなかった……
部屋の中は、いくつものベッドが不規則に並べられていた……そのベッドに息をしなくなった子供たちが数えきれないほどいる……液体の麻薬の入った点滴を打たれて、みんな死んでいた……
俺は今目の前にある現実が信じられず、部屋の中を徘徊するしかない……まだリエルで幻覚を見ているのだろうか……? いや、そうじゃない。死んでいる子供たちが現実だと告げている……
「ゴホ……ゴホ……」
心臓が止まるかと思った。子供が、少女が一人だけ生きていたのだ。居ても立っても居られず、俺は少女の腕に刺さっている点滴の針を抜くと、ゆっくりと抱き起こす。痩せて顔色が悪く感じられたが、確かに息をしている。
「いや……! どうして……! どうして!」
部屋中にある死体を目にしたようで、少女は錯乱する。
「大丈夫! 君は生きている! 頼むから落ち着いてくれ!」
少女を落ち着かせようとするのだが、俺には無理だ。やったことのない経験だった。
「とにかくここを出よう」
俺は少女を抱き上げると、部屋から廊下へと出る。俺も我を忘れているようで、誰に追われているわけでもないのに、適当な部屋に入って少女を抱いたまま身を隠すように息を殺してしまう。
「平気だ……ここにいれば安心だ……もう大丈夫だ……」
自分に言い聞かせているようなものなのに、少女も徐々に落ち着きを取り戻し始めてくれる。
「怖かった……いつまでも眠っていた……もう私の目は覚めることがないんだって……」
言動も壊れかけているし、その黒い瞳も液体の麻薬のせいで酷く虚ろだった。何日も点滴で麻薬を投与されていたとすると、この少女が回復することはとても難しいはずだ。職業柄そんな人々を俺は何人も目にしてきたから……禁断症状で苦しむ日々がきっとこの子を待っている……
「もういい。目が覚めてよかった」
俺は少女の頭を撫でると、適当に入った部屋を見渡す。そこは小綺麗な部屋で窓からは相変わらず少し冷たそうな日差しが入り込んでいる。難しそうな本が並べられた本棚に、どこかの偉い人が使いそうな大きな机と、その上に受話器が無造作に置かれたままの電話があった。
「電話か」
俺は少女の頭を再び一撫ですると、電話の置かれている机へ。とにかくこの孤児院の現状を報告しなければならない。俺は警察署へと電話する。
署の電話担当のやつは最初は信じなかった。孤児院で大勢の子供たちが液体の麻薬を点滴されて死んでいると説明しても。
「本当の話しだ! この馬鹿が! あのクズの署長にも報告しておけ! それと使えなくてもいいから医者も一人手配しろ! わかったか?!」
俺が受話器に向かって激高した声を出すと、電話担当の馬鹿はやっと信じたようで、半ば慌てながら電話を切った様子だった。
「クソが! どうしてこんな……!」
今日見た光景は、一生俺の目に焼き付いて離れることはない……
「うふふ……言葉が汚いですよ」
少女は俺を見て笑っていた。アイルくらいの長さをした黒髪と虚ろな黒い瞳は相変わらずで、白いネグリジェという出で立ち。幼い顔立ちからして年齢は十代前半といったところか?
「院長先生に叱られますよ。知りませんよ。怒ると何をするかわからない人ですから……うふふ……」
麻薬のせいでこうなっていると知りつつも、俺は深いため息をつく。
「君、名前は?」
一応訊いておこう。仕事だから。
「ミア。お兄さんは?」
「ランス。警官だ」
「ランスさん……警察の人なんですね……」
物珍しそうに笑みを浮かべながらミアは俺を見る。警官がそんなに珍しいのか?
「院長先生は? まだここにいるのか?」
俺はミアの目の前に座り込み訊いてみた。普段なら聴取なんて滅多にしないが、今は違った。とにかく気を紛らわせたい。仲間の警官たちがくるまで、ミアが俺の唯一の話し相手だ。心もとないが……
「きっといませんよ。大声と汚い言葉が嫌いな人ですから。それにここは院長先生の部屋です。勝手に誰か入ったら、すぐに気づいて今頃おしおきされています」
話を聞く限り、その院長先生とやらは卑劣な奴なんだということがわかる。おしおきという名目で子供を痛めつけているに違いない。俺も人のことは言えない……生意気な目つきで怯えながら俺を見るアイルの顔が浮かんでしまう……
「そいつが子供たちを……あんな目に……?」
ミアは頷く。笑みを絶やさずに。
「栄養のある点滴だってみんなには説明していました。ここ最近は食事の回数が少なくて、みんなお腹を空かせていたから、みんなも私も喜んで点滴をされることにしました」
「どうして院長は君たちを……その……なんで殺そうとしたんだ?」
質問にはためらいがあった。麻薬の点滴で死んだ子供たちの中には、ミアの大切な友達もきっといるに違いないのだから。
「あんな人どうでもいいじゃないですか。それより怖かったのは、点滴を打たれた後ですよ」
ミアは虚ろだった黒い瞳を、うっとりとさせた。
「暗い水の中にずっと沈んでいく夢を見るんですよ。最初は苦しくて仕方なかったけど、いつの間にか、沈んでいくのに身を任せているんです。目が覚めてって、心のどこかでは願っていたはずですけど、今思えばとても心地いい場所にいったなって……」
こんな幼い子が麻薬の虜になっている。俺の背筋は凍り付いて、笑うミアを傍観するしかない。
「また見てみたいな……いや、違うな……きっと行ってみたいんですよ、暗い水だけの世界に……」
俺も麻薬を、リエルを横流ししている。アイルを使ってリエルを売っているのだ。俺はここの院長ときっと同じことをしている。俺が横流ししているリエルでミアのような被害者が何人もいるのだろうか? 今まで考えたことがなかった。ただ懐に金が入れば俺は満足していたから……
「行かなくていい。これからはいい世界だけを見るんだ。そこはとにかく綺麗な場所で優しい人で溢れている。食べ物にだって困らない。ミアはそこで大人になって、かけがえのない人と出会うんだ」
取り返しのつかない悪事を繰り返してきた俺の言葉。一体どの口が言えたことなんだ?
「ランスさんもその綺麗な世界にいますか?」
「ああ……その……」
嘘を吐くんだランス。この子のために……
「いるよ。君の家に時々遊びに行って、料理を振る舞ったりしているんだ」
命乞いする人だって冷徹に殺してきた。もしそんないい世界があったとしても、俺なんかがいていい場所じゃない……
「なんだか嬉しいです」
頬を赤らめ、子供らしく無垢な笑顔を見せるミア。俺も不思議と笑みを浮かべていたのだが、目の奥に熱さを感じた。まだ体にリエルが残っているのかと思ったが違った。どういうわけか、涙が出てしまう……
「悲しいんですか?」
小首を傾げて訊いてくるミア。
「わからない……どうしてだか自分にも……」
俺は涙をぬぐうしかなかった……どうして泣いたのか、自分でも理解ができなかったが、麻薬にやられたミアが子供らしく笑ってくれたことに嬉しさを感じていた。それは一つの希望の光のように。
「きっとランスさんには、楽しいことがないんですよ。今から私とお遊びしましょう。きっと楽しいですよ」
思いついたかのように両手を合わせるミア。この子の言う通り、俺の毎日。日々にはあまり楽しいことがない。
「それはいい考えだな」
俺はミアと遊ぶことにした。部屋にある本棚をひっくり返す。それぞれ厚さの違う本を積み木に見立てて積んでいく。俺がガキの頃によくやった遊びだ。
「先に崩したほうが負けだぞミア。負けたらくすぐりの刑だからな」
俺は順調に本を高く積んでいく。ガキの頃から腕が鈍っていないことを、少しだけ誇らし気に思う。
「負けませんよ。私が勝ったらどうします?」
「そうだな。街でとびきり美味いケーキを食べさせてやる」
俺が約束した途端にだ。俺が積んでいた本は無残にも崩れ去る。
「私の勝ちですね。ケーキなんて初めてです」
子供の遊びなのに俺は悔しさと、楽しさを感じていた。だからこうする。
「約束どおりケーキはごちそうしてやる。でもくすぐりの刑だ!」
俺はミアの脇腹を両手でくすぐる。ミアは笑う。
「こ、降参ですよ……! こんなのズルいです!」
「罪状は俺に勝った罰だ」
とても楽しくて幸せだった。もしクオイが死なずに子供を産んでいれば、俺はこんな風に幸せを噛み締めていたのだろうか? しばらく前に俺がレユに感じたものの正体は幸せだったんだ。
「さぁ、罰は終わりだ。次はなにをする?」
「そうですねー、お絵描きはどうですか?」
クソ野郎である院長の部屋を見回しながら、ミアは提案する。何がしたいのかは、俺にはすぐ理解できた。
「この部屋をラクガキでいっぱいにしてやろう」
俺は悪意のある笑みを浮かべ、院長の机の引き出しをあさる。目当てのものがちゃんと引き出しの中に丁寧にしまわれていた。色とりどりのペンがそこにはある。
「大丈夫だぞミア。もし院長が戻ってきて怒り狂っても、俺が一発お見舞いしてやるから」
「はい」
俺たちはラクガキを開始する。俺はふざけた怪獣の絵を壁いっぱいに描き、あとは院長を罵る言葉を書きまくった。俺のケツにキスしろだとか、刑務所で掘られろこのカマ野郎。汚い言葉の連続。ミアは字が読めるのかは定かではないが、俺のラクガキを見て笑っていた。
「何を描いたんだ? 見せてくれ」
どうせ子供らしい絵だと思い。俺は笑いながらミアの描いたラクガキを見ようとした。
「そんな……どうしてだ……?」
ミアの描いたラクガキ。その絵に俺は落胆の色を隠せなかった……
「どうしても思い出すんですよ」
やはり麻薬中毒者には変わらなかった……ミアが壁に描いた絵は、暗い水の中に一人の女の子がいる絵だった……
「水の中にいる感覚がします。自分の居場所に帰れるみたいで嬉しい」
ミアはぐったりとして、その場に力なく座り込む。
「ミア!」
俺はミアを抱き起こそうとするのだが。
「沈んでいく……どこまでも……どこまでも……暗い水の中へ……」
明らかに幻覚を見ている。ミアの呼吸が浅くなっていく……中毒者がこうなればもう助からないことを俺は知っているのに、確かに知っているのに……それでも俺は、あきらめたくなかった。
「ミア、その水の中に希望なんてない! こっちに戻ってくるんだ! 君はまだ死ぬべきじゃない! 俺とまた遊んでくれ……! ミア!」
ミアは一度だけ笑うと、目を開いたまま逝ってしまった……
「ああ……クソ……駄目だ……! 死ぬな……! 死ぬな……」
情けなく涙声を出してしまう……こんな声を出したのはクオイが死んだ時以来だった……もう二度とないと思い続けた悲しい感覚……俺は動かなくなったミアを抱きしめ続けるしかなかった……
孤児院の外で俺は呆然と立ち尽くしていた……頭の中でミアの顔が浮かんでは消えていくが繰り返されている……
「死体の処理には数日かかるそうだ」
俺に話しかけてきたのはクソ野郎の署長。孤児院の中では、警官たちの慌ただしい声が響いている。
「せめて、ちゃんとした墓地へ……埋葬を……」
呆然としながらも俺が頼むと、署長は馬鹿にしたかのような哀れな表情を浮かべた。
「まさか一人一人に墓を作れと? わざわざ牧師を雇って埋葬までするのか?」
予算とやらが掛かりすぎるのはわかるが、それではミアが浮かばれない気がしてやりきれない……
「死んだガキどもは、この街に勝手に住み着いていた。どこからか流れてきた孤児にすぎない。まったくいい浄化ができたよ」
孤児院を見ながら不敵に笑う署長。浄化? こいつはいったい何を言っている? 民族浄化なんてもう過去の話しだろう?
「ここの院長は狂信的で、ある日、神の声を聞いて子供たちを全員麻薬を使って殺したことにしよう。筋書きとしては実にいいし、暴動になんてとてもじゃないが発展しないだろう」
どういうことだ? わからない……
「子供の死体だらけだから、制服警官には荷が重いと思って君を行かせたんだが、どうやら見込み違いだったようだ」
「最初から知っていたんですか……?」
「知っているも何も、ここの寄付金を打ち切って、その後に私が脅してやったんだよ。ガキどもを一人残らず処分しなければお前を殺すと院長にね」
顔色一つ変えずに署長は答えた。こいつのせいでミアは死んだ。この街に勝手に住み着いていたという理由だけで……いい子だったのに……
「このままじゃすませない……」
俺は怒りをあらわにするが、署長はまったく動じるどころか狼狽える気配すらない。
「私を告発するのか? その前に私が君の悪事を告発してやるよ。洗いざらい全てね。そうなれば君は刑務所に行くことになるし、誰も君の告発なんて信じようとしない」
「こいつ!」
気が付いたら俺は署長に殴りかかっていた……ミアを返せという一心で殴り続けた……異変に気付いた警官たちが一斉にやめさせようと、俺を取り押さえた……後は自分の無力さを呪うしかない……
揺れる電車の中に俺はいた。署長の言い渡した処分は停職だった。あんな冷酷な野郎を酷く殴ったのに、殺されなかっただけ幸運だったのか? それとも俺にはまだ使い道があると判断されたのか? 考えてはみるものの、次の瞬間にはどうでもいいことになっていた。
俺は都会の街へと不思議と足が向いていた。それは失ってしまった二人目の大切な人への喪失感を和らげるためなのだろうか? 少しでも親しい人たちに会いたかった……
電車は都会の街で停車し、俺はまっすぐホテルクロエへと向かった。
ホテルクロエである部屋のドアをノックする。ドアはすぐに開いてくれた。
「うわっ……」
俺の顔を見ると、アイルは嫌な表情を浮かべる。美少女なのに相変わらず可愛げのないガキだといつもどおり思ってしまうが、この日だけは俺も微笑んでしまう。たとえ俺のことが嫌いでも、とりあえず親しい人に会えたのだから……
「会えて嬉しいよ」
こんな言葉をこいつに言ったのは初めてのことだ。アイルは呆気にとられた表情で俺を見ている。
「どうしたの? なんでそんなこと言うの……?」
「入れてくれないのか?」
「いいけど……」
俺は部屋の中へと入る。
「ランス」
可愛らしい笑みを浮かべながらレユが俺に駆け寄ってきた。ミアと同じ中毒者であるレユ。性格も容姿も違うが、ミアとまた出会えたかのような錯覚を俺に起こさせる……もう会えないとわかっているはずなのに……
「レユ。いい子にしていたか? お腹は? 空いているんじゃないのか?」
夕食の時間にはまだ少し早かったが、俺はこの二人とささやかな食事がしたかった。俺に残された人だと、気づかされたから……
「海沿いにいいレストランがあるんだ。今から行かないか?」
「うん! 行きたい!」
嬉しそうに頷いて見せるレユ。
「また家族ごっこ? いい加減やめたら」
アイルの冷たい言葉。妻を失った寂しい男が家族ごっこをしている。哀れに思われるのも無理はない。
「今日だけでいい。俺と家族ごっこをしてくれないか?」
いつもリエルを売るように命じるしかなかった俺が、こんな頼みごとをしている。アイルはいよいよ俺を不気味がった。
「何かあったの……?」
察した様子でアイルは訊いてくるのだが。
「違う。何もなかったよ。腹ペコなんだ。頼むよ」
俺が浮かべる作り笑顔にアイルは気づいた様子だった。
「いいよ。わかった……ごっこなんかでよければ……」
承諾してくれるアイル。俺たち三人はホテルから出ると、人の多い都会の街を歩く。海沿いのレストランへと向かう道中、アイルはずっとレユの手を握っている。視線が定まらず緊張した様子だった。まさか人混みが苦手なのか? 知らなかった。
「レユ。アイルの手をしっかり握ってやるんだぞ。誰かが噛みついてくると信じているからな」
冗談交じりに俺が言うと、レユは可笑しそうに笑う。
「大丈夫だよ、アイル。ちゃんと守ってあげるから」
「そうだレユ。偉いぞ」
恥ずかしそうに俺を睨みつけるアイル。ムキになってレユから手を放そうとするが、それができないでいる。
「お前にしては可愛い弱点だな」
からかってやる俺。怒りと恥ずかしさのあまり、アイルは着ている白いパーカーのフードをかぶった。いいぞ。もっと怒った姿を見せてくれ。とても楽しくて、和やかな気分になれるから。
海沿いのレストラン。砂浜と海が一望できるテーブル席で魚のソテーを食べる俺たち。
「おい、機嫌直せよ。からかいすぎた。悪かったよ」
アイルはフードをかぶったまま、機嫌悪そうにフォークで魚のソテーを口に運んでいる。
「客なんて俺たち三人だけだ。緊張なんてしないだろ? いい加減フードを取れよ」
アイルはそっぽを向いたまま食事を続ける。
「行儀が悪いよ」
レユは椅子から立ち上がると、アイルがかぶったままのパーカーのフードを取る。
「怒ったアイルも素敵だね。いつもより可愛いよ」
後ろからアイルを抱きしめるレユ。
「ほっといて」
「駄目だよ。ほっとかない」
アイルの頬にキスするレユ。怒ったこいつには逆効果な気がしたが。
「こら!」
実際そのようだ。アイルは勢いよく椅子から立ち上がる。楽しそうなレユはすぐに距離を取ると、レストランの外へと逃げていく。
砂浜でレユを追いかけるアイル。レユは足が遅いようですぐに捕まった。あとから聞こえてきたのは、楽しそうな二人の笑い声。結局は姉妹のように仲がいいのだと俺に教えてくれる。
微笑ましい光景に俺が見とれていると。
砂浜の遠く向こうで一人の女性が幼い女の子と手を繋いで歩いているのが見えた。幼い女の子は俺が見ていることに気づいた様子で、俺に向かって手を振っていた。俺も不思議と幼い女の子に向かって手を振り返すのだった……
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