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第七話 私の優しさ 後編
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瞳を開けると、空は雲一つない青空だった。草原の下で祭里はよく眠っている。私も昨夜たくさん泣いたからだろうか? とてもよく眠れていた。
「ほら、祭里。起きる時間だよ」
「うーん……愛名……あはよう……」
「うん、おはよう」
寝ぼけている祭里に私は笑顔で朝の挨拶をする。楽しい気持ちでおはようを言うのはずいぶんと久しぶりだった。
草原に小さな公園があったから、そこの水道で顔を洗う。スタンドのおじさんがくれたものに歯ブラシがあったので二人で歯を磨いた。
「ほら、昨日と一緒でしっかりつかまっているんだよ」
「うん! 出発ー!」
朝食のパンを食べ終えた私たちは、再び原チャリを二人乗りし、国道を走った。
しばらく走っていると草原は消え、人が多い町に出てしまう。
「うわー……」
道行く人たちが原チャリに二人乗りしている私たちを見ている。このまま誰かに通報されてもおかしくはなかった。
「仕方ない。祭里、降りよう」
私と祭里は原チャリを降りる。
「たく、めんどくさいな……!」
私は原チャリを押して歩くしかない。とりあえず人通りの少ない場所に出たら、また二人乗りして出発しよう。そう思ったのだが、ずいぶんと広い町のようで、人が収まる気配がない。
「祭里。はぐれないでね」
祭里はフラフラと私の後ろをついてくる。
「愛名……暑いね……」
確かに暑い。私のいた涼しい夏の田舎とはずいぶんと違う暑さで、原チャリを押している私はなおのこと暑い。
「うう……夏希先生……」
祭里はその場にへたり込んでしまう。
「祭里……どんだけ待ったって夏希先生来ないよ……」
「来るまで待つ……」
道行く人たちがへたり込んでいる祭里と私を見ている。このまま通報でもされたら最悪だ。
「わかった。喫茶店でジュースでも飲もう。これでいいでしょ?」
「うん! 愛名とジュース飲む!」
先ほどまでへたり込んでいた祭里は元気よく立ち上がった。
「わかりやすくていい子だねー」
私は微笑んだつもりだけど、本心はこのままどこまでも祭里と旅を続けたい。明日町なんてどうでもいい。このままどこまでも行こう祭里。だって、寂しいのは嫌だからさ……
適当な喫茶店に入った私達。とにかく暑くて参りそうなので、冷たいジュースを二つ注文した。
「冷たい……そして生きかえる……」
冷たいジュースを一口飲むと、一気に堕落した気分になった。
「おいしいねー、愛名」
「だね……」
このまま暑い外に出ることなんて考えられない。この喫茶店で好きなだけゆったりと祭里と過ごしたかった。
「愛名、あのお絵かき綺麗だね」
「お絵かき……?」
堕落した私が目をやると喫茶店の壁に一枚のポスターが貼られていた。
「お絵かきじゃないよ。これはポスター」
ポスターには夜空に舞う無数の灯篭が写されている。
「震災から三十年。今年の夜も空に灯篭を上げましょう……」
ポスターにはそう書かれている。どうやら震災で亡くなった人達の供養のためにみんなで灯篭を上げるらしい。日付は今日だった。
「明るい光、綺麗だね」
「ほんと……お母さんも見てくれるかな……」
母の顔がボーっと視界に映った。震災で死んだわけじゃないけど、どこかで見ていてくれるのではないのかと思ってしまう。きっと喜んでくれるのではないのかと……
「祭里、寄り道になるけど、いいよね?」
「うん! いいよ!」
喫茶店で夜を待つ私達。夜まで色んな話をしよう。そして灯篭を夜空に飛ばそう。
「夏希先生の料理はおいしいんだよー。祭里はいつも食べられる。いいでしょー」
自慢気な祭里。私は本当に羨ましくて微笑んでしまう。
「いいなー、私はいつも自分で作るから」
誰かの手料理……最後に食べたのいつだっけ……
「愛名も一緒に食べよう。明日はカレーの日だよ」
「明日って、お母さんに会いに行くんでしょ?」
「母さんにも夏希先生のカレー食べさせてあげる!」
「それは楽しみだね」
私は純粋に微笑んだ。もし、祭里を連れ出したことが許されるのなら、私も夏希先生のカレーが食べてみたい。それは文哉も一緒に……
「あのさ……祭里は文哉のこと好きなの……?」
その答えは決まっているのに、私は緊張しながら訊いてしまう……
「好きだよ。キスしたんだよ。好きな人と一緒にすることだよ」
どこか頬を赤らめる祭里。文哉と祭里がキスしたことを知る私は呆然と祭里を見つめていた。
「……私だって好きなのに……」
私も文哉のことが好き。実の父親を殺したのを知ってる。虐待されていたことも知っている。
同じように父親に虐待されていた私にはできないことをした文哉。だから惹かれたんだと思う……
「お似合いな二人だね」
キスまでしているのなら、文哉は本当に祭里のことが好きなのだろう。私は引き下がるしかないのだろうけど、どうしてか私なりに心が優しくなった気がした。
「あの……店長、あの子達って……」
「う、うん……警察の人が言っていた子達かな……」
喫茶店の店員と店長のヒソヒソ話しが確かに聞こえた。警察という言葉も一緒に。
この喫茶店に長居はできない。
「あのー……お代、ここに置いておきますね」
私はテーブルの上にお金を置く。
「祭里、もう行こう」
私は祭里の手を握ると、喫茶店を後にした。
警察沙汰になっている。私が祭里を連れ出したことが……
捕まったら学校はきっと退学? それとも女子少年院とやらにでも行くの……?
不安に殺されそうになりながらも、私は祭里の手を離さなかった。絶対にこの手は離しちゃダメなんだ。どんなに苦しくても……
人の多い町をあてもなく歩き続ける私たち……ふと気がつけば夕暮れが近づいていた。
「愛名」
「え……?」
「お腹空いたね……」
そういえば喫茶店でジュースを飲んだきり、何も口にしていない。私はどこか少しだけ安心したのだろうか? 本当にお腹が空いていた。
「魔法のリュックの中に何があるかなー?」
どこかふざけながら私が言うと、祭里は笑ってくれた。
「パンがあるよ!」
ちょうど二つだけ残ったクリームパン。スタンドのおじさんにありがとうの言葉を送りたい!
歩きながらクリームパンを食べる私たち。
「祭里、帰りたいとか思ってない?」
「帰らない。母さんに会う!」
「だよね! 会いに行こう!」
お母さん。私を突き動かす言葉があってよかった。どこかの交番でもいい、私はこの子を誘拐したと言えば済むことだ。だけど私は祭里とどこまでも一緒にいたかったから……そうすることにするんだ。
夏の空が夕暮れに染まりかけている。人だかりがある場所を見つけたから、私と祭里は紛れ込んだ。
「はいどうぞ。今年の夏も灯篭を飛ばしましょう!」
元気そうな女性が人々に灯篭を配っていった。私と祭里もその一人一人だった。
「それではみなさん! 空が間もなく暗くなりますからねー!」
男の人がマッチを一本、一本擦りながら、灯篭に火を着けていく。私たちが受け取った灯篭も同じように火を着けてくれた。
火が灯された灯篭はゆっくりと夜になりかけた空へと上がっていく。
「わぁー」
それは私には目にしたことのない美しい光景だった。たくさんの灯篭が空へと上がっていく。
夜になりかけの空が、暖かそうなオレンジの色に姿を変えていく……その光に私たちのいる場所が照らされていった……
「綺麗、綺麗だねー、愛名」
「うん……本当に綺麗……」
これはたくさんの人々を救う光なんだって私は思う。ここには震災で死んでいった人たちの遺族もいるらしく、涙している人たちはたくさんいたけど、その表情はどこか穏やかで、私は不思議と微笑んでしまっていた……
「……お母さん……見てる……?」
震災で死んだわけじゃない私のお母さん。どうか私が上げた灯篭を追って、天国へと逝けますように……
夜になった町を歩く私と祭里。
「愛名、凄かったね! お空さんが凄く明るくなったんだよ!」
「うん。明るくなった。いつまでもあんな風に明るければいいのにね……」
ふと空を見ればオレンジ色だった空は、夜の闇に吸い込まれていくように微かな光を放って消えていきそうだった……
夜だから昼間ほどあまり人がいない。これなら原チャリに二人乗りしてもあまり目立たないだろうと思った。
私は原チャリが止めてある場所に祭里と歩いた。
「あの、お名前、柳瀬愛名ちゃんだよね?」
原チャリまであと少しのとこで、スーツを着た女性に腕を掴まれる。
「警察です」
暑い夏の夜だというのに私の血は凍り付くかのようだった……
「どうして腕掴まれてるとか、わかるよね?」
「はい……わかります……」
年貢の納め時って、こういうときに使う言葉なんだと思う。私たちの旅も終わり。祭里をお母さんに会わせてあげられなかったのが、やりきれない……
「やだー! 愛名が誘拐されるー!」
祭里の叫び声が上がる。道行く人たちはこぞってスーツ姿の女性警官を見る。
「ち、違います! 私は警察の者です!」
掴んでいた私の腕から手を放し、右手で警察手帳を見せる女性警官。
あ、これは逃げれる。そう思った瞬間。私は祭里の手を取り、原チャリのもとへと走り出す。
「こら! 待ちなさい!」
女性警官はそう叫ぶのだけどもう遅い。原チャリのエンジンはもうかかっている。私と祭里の旅の再開だ!
「ごめんなさい! 全部終わったら自首しますからー!」
「バイバイー!」
原チャリで走り出す私たち。自首すると言ったが気が重い。
「私、絶対に退学になるね」
苦笑しながら私は後ろにいる祭里に言う。
「たいがくって、なに?」
「もう学校に通えないってこと」
「それなら夏希先生の授業一緒に受けようよ。お絵かきの授業とっても楽しいよ」
「まぁ、それもいいかもね」
夜の闇の中で原チャリのアクセルをひねり続ける私は、少しだけ夢を見た気がする。
一つの狭い教室で私と祭里だけの席がある。そこで一緒にお絵かきをして、お互いのへたくそな絵を見て笑い合う。
「ほんと、そうなればいいのにな……」
だって、祭里とはすっかりかけがえのない友達で、妹のように思えるから……
「愛名……眠い……」
「わかった。スピード落とすから、眠りなよ」
「文哉……夏希先生……」
祭里は私のお腹をしっかりと抱きしめると、眠ったようだった。
「私、何がなんでも、祭里をお母さんに会わせてあげるから」
暗い国道を原チャリで走る私。
夜通し走り続けると、寂しげな町にたどり着いた。
「ここが明日町……」
すぐ横にある標識にも明日町とあるので間違いなさそうだった。
「ここがゴールかー……」
原チャリで夜通し走ったせいか? それともここまで長い旅をしたせいなのか? 私はぐったりと疲れてしまう。
「祭里、起きなよ。たどり着いたよ」
「うーん……」
祭里はまだ眠たそうに目を開けた。
当然だと思う。まだ空は朝になりかけたばかりなのだから。
「それで、お家はどこだかわかる?」
「あっちだよ」
祭里が指差す方向に私は原チャリを走らせる。
ついた場所は寂しげな商店街だった。
「母さんが宝物をくれた場所」
「宝物じゃなくてお家だよ? どこにあるの?」
「あっち、もうすぐ」
私は再び原チャリを走らせた。それにしても寂しげな町だった。まるで孤独に支配されたかのような町並みが広がっている。
「愛名、ここだよ」
そこは古びたアパートで、人が住んでいるかどうかも怪しかった。
「母さんいるのかな?」
「多分いないと思う……ごめんね……」
もう帰ろうと私は言いたかったのだけど……
「母さん」
祭里は原チャリから飛び降りると、古い階段からアパートの二階へと駆け上がる。
「あ! こら、祭里!」
私は原チャリを降りて祭里の後を追うしかない。
「愛名ー」
満面の笑みを浮かべる祭里に私は苦笑する。
「それで? どうしたいの?」
「お家に入るよ」
「どうやって? どうせ鍵が掛かってるよ?」
「うー……」
祭里は今にも泣きそうになった。
「もう! わかったよ! どうせ私は犯罪者だから!」
アパートのドアを思いきり蹴ると、簡単に鍵が壊れた。
「母さん、ただいま!」
部屋の中へと入っていく祭里。私は空しくあと追うしかない。
畳張りの古い部屋で祭里は立ち尽くしている。その後姿はとても寂しそうだった……
「祭里。おかえりなさい」
そんな当たり前のことしか言えない私。自分がとても無力に思えた。
「うん! 祭里、帰ったよ!」
私の方を向き笑みを浮かべてくれる祭里。本当は寂しくて悲しくて仕方がないはずなのに、この子は笑っている。私にできることはただ抱きしめてあげることだけだった……
「ちょっと! 何やってるの!?」
激昂したおばさんが部屋に入ってくる。
「ここの大家ですけど、あなたたちドア壊したでしょ!? どうしてくれるの!?」
ここの大家さんか。壊したドアのことはとにかく謝るしかないと思った。
「ごめんなさい。必ず弁償します!」
私は頭を下げると、ふとしたことが頭をよぎった。
「あの、ここの大家さんなんですよね?」
「だからそう言ってるでしょ!」
「この子のこと覚えてますか? 名前は七絵祭里っていいます。この子のお母さん探しにここまで来たんです!」
「七絵って、あの家賃滞納していたどうしようもない女の娘? ああ、確かに子供の頃のこの子つれてたわ」
「今どこにいるかとか知りませんか?!」
「町外れの旅館で働いているらしいけど……」
祭里のお母さんが町外れの旅館にいることがわかった。だけど……知りたくもない事実も大家のおばさんは教えてくれた。子供の頃の祭里がずっと虐待されていた事実を……
もう一度頭を下げると、ドアの件は弁償することで話はついた。警察に通報されなかっただけついていると思う。
「よし、もう帰ろう」
原チャリにまたがる私。祭里は私をただ見つめている。
「ずっと祭里のこと殴っていた人でしょ? どうしてそんなに会いたいの?」
「母さん。大好きだから……」
私も子供の頃、実の父親に虐待されていた。女を作って出ていって以来、会いたいなんて微塵も思わない。きっと会っても向こうは歓迎しない。
祭里の母親もきっとそうだと思う。
「きっと会えても、祭里のことまた殴るに決まってるよ! だから帰ろうよ!」
「やだ! 帰らない!」
ワガママな祭里。
「たく……!」
盗んだ原チャリにまたがりながら、私は俯き、途方に暮れるしかなかった。
「もし、祭里のお母さんが、祭里のこと嫌いだって言ったらどうする?」
「祭里は母さん大好きだもん!」
今にも泣きそうな祭里。私は従うしかない。
「一緒だね。私もお母さんのこと大好きだったから。旅の終わり、もう少しだね!」
「うん!」
祭里は再び盗んだ原チャリに乗ってくれた。
旅の終わりはすぐそこなんだ。
もしも、祭里の母親がどうしようもない人でも、私が守ってやればいいだけなんだ。
「……どうか祭里が傷つきませんように……」
原チャリを走らせながら弱い私は静かに祈った。
町外れにある古い旅館。狭い駐車場があったので適当に原チャリを止めた。
「母さん、ここにいるの?」
「うん……多分いると思う……」
不安で胸の鼓動が早くなるのを感じながら、私たちは旅館の中へと入る。
「ようこそ、いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
一人の仲居さんが私たちに話しかけてきてくれる。
「あのー……」
「はい」
「七絵さんって人がここに働いていませんか?」
「え? あずささんのこと?」
いるんだ……ここに……
「あの、呼んできてもらっていいですか?」
「ええ……いいですけど……」
怪訝な表情を浮かべると、仲居さんは去っていく。しばらくすると祭里と同じ赤い髪をした綺麗な仲居さんがやってくる。
「七絵は私ですけど……」
七絵あずささん。彼女はすぐに祭里、自分の娘の存在に気が付くと、目を丸くした。
「祭里……」
「母さん!」
祭里はあずささんへと抱き着くと、大きな声で泣き出した。
「会いたかったよー……!」
「祭里! 祭里!」
あずささんも強く祭里を抱きしめてくれている。よかった。私が心配することは何もなかったんだ。だけど、私は二人の姿が羨ましかった。娘と母の再開を見て、私の中で孤独が再び息を吹き返した。とても寂しい……
「顔をよく見せて……! 綺麗になったね……!」
あずささんも泣き出す始末だ。
「あなたが連れてきてくれたの……?」
「はい、まぁ、そんなとこです……」
「ありがとう……! 本当にありがとう……!」
私はすべて話していた。それは寂しさに負けて全てを。私のお母さんが自殺したから、一人になりたくなかったから、原チャリを盗んで祭里とここまで来たことを……
「大変だったわね……とても優しい人なんだから、あなたは寂しくないのよ……」
そう言われてどこか心が救われた気がした……ここまで来たのは意味のある旅なんだと実感できた気がする……
あずささんの計らいで、私と祭里は空いている旅館の客間へと通される。
「はぁー……疲れた……」
畳の上で座布団を枕にして、私は寝転がる……少しだけ瞳を閉じれば今にも寝てしまいそうだ……
祭里は膝枕でお母さん……あずささんにずっと甘えていた……
「母さん。祭里、お浴衣着たんだよ。夏希先生が着させてくれた」
「浴衣着たんだね。母さん夏希さんにありがとう言わないとね」
膝枕している祭里の頭を優しく撫でるあずささん。それは羨ましい光景で、見ていると不思議と微笑んでしまう。
「お祭りがあったの、祭里と同じ名前だよ。青いホタルさんがたくさんいた……綺麗だった……」
眠ってしまう祭里。あずささんは祭里の頭を再び優しく撫でた……
「キスされたんですよ……心から大好きな人と……」
「そう。恋までしているの、この子」
キスの相手が暗い過去を持つ人だと話そうとしたけど……私は疲れて自分の眠気に負けてやることにした……
夢を見ているんだと自分でもわかった。
「愛名、さぁ、いらっしゃい」
そこは私の家の縁側で、外はとてもいい天気だった。
「お母さん……? お母さん!」
縁側に座る私のお母さんはとても穏やかな顔をしていた。また会えた喜びに私はお母さんに抱きついていた。
「あらあら、愛名は相変わらずいい子ね」
お母さんは私の頭を優しく撫でてくれる。
嬉しい。
心からそう思う。
「私、ここにいる! 絶対にお母さんから離れない!」
「とてもいいことしたね愛名。お母さんはそれを褒めてあげたくて」
私の頭を撫で続けてくれるお母さん。離したくないのに私の手からは徐々に力が抜けてい行く……
「これからも優しい愛名でいてほしい……」
「……優しくなる……だからここにいさせてよ……」
抱きついていたのに、離してしまった両手、ただ私の頭を撫でる母の手の感触だけを感じていた……
「柳瀬さん……柳瀬愛名さん……!」
それは聞き覚えのある女性の声で目が覚めた。スーツを着たあの女性警官だった。
「どうも……」
寝ぼけながら愛想笑いを浮かべる私。女性警官は明らかに怒っていた。
「おかげで誘拐犯扱いされました! ゆっくり事情を聴きますから!」
そりゃ、そうなるよね……
「愛名……誘拐されるの……?」
不安げに私を見つめる祭里。あずささんも心配そうに私を見つめていた。
「違うよ。ここまで来た旅のこと誰かに話したいだけだから」
嘘はつかない絶対に。
「はい、そうです。旅のことを話してもらいます」
女性警官は少しイラつきながら言う。
「愛名ちゃん!」
連れていかれる直前、あずささんが呼び止める。
「これからも祭里と友達でいてあげてください!」
深々と頭を下げるあずささん。私はその姿を見て笑みをこぼす。
「もうすっかり友達ですよ」
警察署にて私は洗いざらい女性警官に話した。
「変なバカップルが原チャリを貸してくれたから、たまたまいた祭里を乗せて、祭里のお母さんに会うために旅に出ました!」
これは大体は会っていると思うけど、女性警官はうんうんと頷きながらボールペンを握りしめながら作り笑いを浮かべていてくれた。明らかに怒っている。
「いい夏の思い出ができて私は嬉しいです!」
嘘じゃない。初めて田舎町から出て祭里と旅した思い出は永遠だ。心から感謝しているガソリンスタンドのおじさん。初めての野宿で、セピアな空の下で思いっきり祭里の胸の中で泣いたこと。空に舞う無数の灯篭。お母さんに再会できた祭里。
私はこの夏を忘れない……
「ほら、祭里。起きる時間だよ」
「うーん……愛名……あはよう……」
「うん、おはよう」
寝ぼけている祭里に私は笑顔で朝の挨拶をする。楽しい気持ちでおはようを言うのはずいぶんと久しぶりだった。
草原に小さな公園があったから、そこの水道で顔を洗う。スタンドのおじさんがくれたものに歯ブラシがあったので二人で歯を磨いた。
「ほら、昨日と一緒でしっかりつかまっているんだよ」
「うん! 出発ー!」
朝食のパンを食べ終えた私たちは、再び原チャリを二人乗りし、国道を走った。
しばらく走っていると草原は消え、人が多い町に出てしまう。
「うわー……」
道行く人たちが原チャリに二人乗りしている私たちを見ている。このまま誰かに通報されてもおかしくはなかった。
「仕方ない。祭里、降りよう」
私と祭里は原チャリを降りる。
「たく、めんどくさいな……!」
私は原チャリを押して歩くしかない。とりあえず人通りの少ない場所に出たら、また二人乗りして出発しよう。そう思ったのだが、ずいぶんと広い町のようで、人が収まる気配がない。
「祭里。はぐれないでね」
祭里はフラフラと私の後ろをついてくる。
「愛名……暑いね……」
確かに暑い。私のいた涼しい夏の田舎とはずいぶんと違う暑さで、原チャリを押している私はなおのこと暑い。
「うう……夏希先生……」
祭里はその場にへたり込んでしまう。
「祭里……どんだけ待ったって夏希先生来ないよ……」
「来るまで待つ……」
道行く人たちがへたり込んでいる祭里と私を見ている。このまま通報でもされたら最悪だ。
「わかった。喫茶店でジュースでも飲もう。これでいいでしょ?」
「うん! 愛名とジュース飲む!」
先ほどまでへたり込んでいた祭里は元気よく立ち上がった。
「わかりやすくていい子だねー」
私は微笑んだつもりだけど、本心はこのままどこまでも祭里と旅を続けたい。明日町なんてどうでもいい。このままどこまでも行こう祭里。だって、寂しいのは嫌だからさ……
適当な喫茶店に入った私達。とにかく暑くて参りそうなので、冷たいジュースを二つ注文した。
「冷たい……そして生きかえる……」
冷たいジュースを一口飲むと、一気に堕落した気分になった。
「おいしいねー、愛名」
「だね……」
このまま暑い外に出ることなんて考えられない。この喫茶店で好きなだけゆったりと祭里と過ごしたかった。
「愛名、あのお絵かき綺麗だね」
「お絵かき……?」
堕落した私が目をやると喫茶店の壁に一枚のポスターが貼られていた。
「お絵かきじゃないよ。これはポスター」
ポスターには夜空に舞う無数の灯篭が写されている。
「震災から三十年。今年の夜も空に灯篭を上げましょう……」
ポスターにはそう書かれている。どうやら震災で亡くなった人達の供養のためにみんなで灯篭を上げるらしい。日付は今日だった。
「明るい光、綺麗だね」
「ほんと……お母さんも見てくれるかな……」
母の顔がボーっと視界に映った。震災で死んだわけじゃないけど、どこかで見ていてくれるのではないのかと思ってしまう。きっと喜んでくれるのではないのかと……
「祭里、寄り道になるけど、いいよね?」
「うん! いいよ!」
喫茶店で夜を待つ私達。夜まで色んな話をしよう。そして灯篭を夜空に飛ばそう。
「夏希先生の料理はおいしいんだよー。祭里はいつも食べられる。いいでしょー」
自慢気な祭里。私は本当に羨ましくて微笑んでしまう。
「いいなー、私はいつも自分で作るから」
誰かの手料理……最後に食べたのいつだっけ……
「愛名も一緒に食べよう。明日はカレーの日だよ」
「明日って、お母さんに会いに行くんでしょ?」
「母さんにも夏希先生のカレー食べさせてあげる!」
「それは楽しみだね」
私は純粋に微笑んだ。もし、祭里を連れ出したことが許されるのなら、私も夏希先生のカレーが食べてみたい。それは文哉も一緒に……
「あのさ……祭里は文哉のこと好きなの……?」
その答えは決まっているのに、私は緊張しながら訊いてしまう……
「好きだよ。キスしたんだよ。好きな人と一緒にすることだよ」
どこか頬を赤らめる祭里。文哉と祭里がキスしたことを知る私は呆然と祭里を見つめていた。
「……私だって好きなのに……」
私も文哉のことが好き。実の父親を殺したのを知ってる。虐待されていたことも知っている。
同じように父親に虐待されていた私にはできないことをした文哉。だから惹かれたんだと思う……
「お似合いな二人だね」
キスまでしているのなら、文哉は本当に祭里のことが好きなのだろう。私は引き下がるしかないのだろうけど、どうしてか私なりに心が優しくなった気がした。
「あの……店長、あの子達って……」
「う、うん……警察の人が言っていた子達かな……」
喫茶店の店員と店長のヒソヒソ話しが確かに聞こえた。警察という言葉も一緒に。
この喫茶店に長居はできない。
「あのー……お代、ここに置いておきますね」
私はテーブルの上にお金を置く。
「祭里、もう行こう」
私は祭里の手を握ると、喫茶店を後にした。
警察沙汰になっている。私が祭里を連れ出したことが……
捕まったら学校はきっと退学? それとも女子少年院とやらにでも行くの……?
不安に殺されそうになりながらも、私は祭里の手を離さなかった。絶対にこの手は離しちゃダメなんだ。どんなに苦しくても……
人の多い町をあてもなく歩き続ける私たち……ふと気がつけば夕暮れが近づいていた。
「愛名」
「え……?」
「お腹空いたね……」
そういえば喫茶店でジュースを飲んだきり、何も口にしていない。私はどこか少しだけ安心したのだろうか? 本当にお腹が空いていた。
「魔法のリュックの中に何があるかなー?」
どこかふざけながら私が言うと、祭里は笑ってくれた。
「パンがあるよ!」
ちょうど二つだけ残ったクリームパン。スタンドのおじさんにありがとうの言葉を送りたい!
歩きながらクリームパンを食べる私たち。
「祭里、帰りたいとか思ってない?」
「帰らない。母さんに会う!」
「だよね! 会いに行こう!」
お母さん。私を突き動かす言葉があってよかった。どこかの交番でもいい、私はこの子を誘拐したと言えば済むことだ。だけど私は祭里とどこまでも一緒にいたかったから……そうすることにするんだ。
夏の空が夕暮れに染まりかけている。人だかりがある場所を見つけたから、私と祭里は紛れ込んだ。
「はいどうぞ。今年の夏も灯篭を飛ばしましょう!」
元気そうな女性が人々に灯篭を配っていった。私と祭里もその一人一人だった。
「それではみなさん! 空が間もなく暗くなりますからねー!」
男の人がマッチを一本、一本擦りながら、灯篭に火を着けていく。私たちが受け取った灯篭も同じように火を着けてくれた。
火が灯された灯篭はゆっくりと夜になりかけた空へと上がっていく。
「わぁー」
それは私には目にしたことのない美しい光景だった。たくさんの灯篭が空へと上がっていく。
夜になりかけの空が、暖かそうなオレンジの色に姿を変えていく……その光に私たちのいる場所が照らされていった……
「綺麗、綺麗だねー、愛名」
「うん……本当に綺麗……」
これはたくさんの人々を救う光なんだって私は思う。ここには震災で死んでいった人たちの遺族もいるらしく、涙している人たちはたくさんいたけど、その表情はどこか穏やかで、私は不思議と微笑んでしまっていた……
「……お母さん……見てる……?」
震災で死んだわけじゃない私のお母さん。どうか私が上げた灯篭を追って、天国へと逝けますように……
夜になった町を歩く私と祭里。
「愛名、凄かったね! お空さんが凄く明るくなったんだよ!」
「うん。明るくなった。いつまでもあんな風に明るければいいのにね……」
ふと空を見ればオレンジ色だった空は、夜の闇に吸い込まれていくように微かな光を放って消えていきそうだった……
夜だから昼間ほどあまり人がいない。これなら原チャリに二人乗りしてもあまり目立たないだろうと思った。
私は原チャリが止めてある場所に祭里と歩いた。
「あの、お名前、柳瀬愛名ちゃんだよね?」
原チャリまであと少しのとこで、スーツを着た女性に腕を掴まれる。
「警察です」
暑い夏の夜だというのに私の血は凍り付くかのようだった……
「どうして腕掴まれてるとか、わかるよね?」
「はい……わかります……」
年貢の納め時って、こういうときに使う言葉なんだと思う。私たちの旅も終わり。祭里をお母さんに会わせてあげられなかったのが、やりきれない……
「やだー! 愛名が誘拐されるー!」
祭里の叫び声が上がる。道行く人たちはこぞってスーツ姿の女性警官を見る。
「ち、違います! 私は警察の者です!」
掴んでいた私の腕から手を放し、右手で警察手帳を見せる女性警官。
あ、これは逃げれる。そう思った瞬間。私は祭里の手を取り、原チャリのもとへと走り出す。
「こら! 待ちなさい!」
女性警官はそう叫ぶのだけどもう遅い。原チャリのエンジンはもうかかっている。私と祭里の旅の再開だ!
「ごめんなさい! 全部終わったら自首しますからー!」
「バイバイー!」
原チャリで走り出す私たち。自首すると言ったが気が重い。
「私、絶対に退学になるね」
苦笑しながら私は後ろにいる祭里に言う。
「たいがくって、なに?」
「もう学校に通えないってこと」
「それなら夏希先生の授業一緒に受けようよ。お絵かきの授業とっても楽しいよ」
「まぁ、それもいいかもね」
夜の闇の中で原チャリのアクセルをひねり続ける私は、少しだけ夢を見た気がする。
一つの狭い教室で私と祭里だけの席がある。そこで一緒にお絵かきをして、お互いのへたくそな絵を見て笑い合う。
「ほんと、そうなればいいのにな……」
だって、祭里とはすっかりかけがえのない友達で、妹のように思えるから……
「愛名……眠い……」
「わかった。スピード落とすから、眠りなよ」
「文哉……夏希先生……」
祭里は私のお腹をしっかりと抱きしめると、眠ったようだった。
「私、何がなんでも、祭里をお母さんに会わせてあげるから」
暗い国道を原チャリで走る私。
夜通し走り続けると、寂しげな町にたどり着いた。
「ここが明日町……」
すぐ横にある標識にも明日町とあるので間違いなさそうだった。
「ここがゴールかー……」
原チャリで夜通し走ったせいか? それともここまで長い旅をしたせいなのか? 私はぐったりと疲れてしまう。
「祭里、起きなよ。たどり着いたよ」
「うーん……」
祭里はまだ眠たそうに目を開けた。
当然だと思う。まだ空は朝になりかけたばかりなのだから。
「それで、お家はどこだかわかる?」
「あっちだよ」
祭里が指差す方向に私は原チャリを走らせる。
ついた場所は寂しげな商店街だった。
「母さんが宝物をくれた場所」
「宝物じゃなくてお家だよ? どこにあるの?」
「あっち、もうすぐ」
私は再び原チャリを走らせた。それにしても寂しげな町だった。まるで孤独に支配されたかのような町並みが広がっている。
「愛名、ここだよ」
そこは古びたアパートで、人が住んでいるかどうかも怪しかった。
「母さんいるのかな?」
「多分いないと思う……ごめんね……」
もう帰ろうと私は言いたかったのだけど……
「母さん」
祭里は原チャリから飛び降りると、古い階段からアパートの二階へと駆け上がる。
「あ! こら、祭里!」
私は原チャリを降りて祭里の後を追うしかない。
「愛名ー」
満面の笑みを浮かべる祭里に私は苦笑する。
「それで? どうしたいの?」
「お家に入るよ」
「どうやって? どうせ鍵が掛かってるよ?」
「うー……」
祭里は今にも泣きそうになった。
「もう! わかったよ! どうせ私は犯罪者だから!」
アパートのドアを思いきり蹴ると、簡単に鍵が壊れた。
「母さん、ただいま!」
部屋の中へと入っていく祭里。私は空しくあと追うしかない。
畳張りの古い部屋で祭里は立ち尽くしている。その後姿はとても寂しそうだった……
「祭里。おかえりなさい」
そんな当たり前のことしか言えない私。自分がとても無力に思えた。
「うん! 祭里、帰ったよ!」
私の方を向き笑みを浮かべてくれる祭里。本当は寂しくて悲しくて仕方がないはずなのに、この子は笑っている。私にできることはただ抱きしめてあげることだけだった……
「ちょっと! 何やってるの!?」
激昂したおばさんが部屋に入ってくる。
「ここの大家ですけど、あなたたちドア壊したでしょ!? どうしてくれるの!?」
ここの大家さんか。壊したドアのことはとにかく謝るしかないと思った。
「ごめんなさい。必ず弁償します!」
私は頭を下げると、ふとしたことが頭をよぎった。
「あの、ここの大家さんなんですよね?」
「だからそう言ってるでしょ!」
「この子のこと覚えてますか? 名前は七絵祭里っていいます。この子のお母さん探しにここまで来たんです!」
「七絵って、あの家賃滞納していたどうしようもない女の娘? ああ、確かに子供の頃のこの子つれてたわ」
「今どこにいるかとか知りませんか?!」
「町外れの旅館で働いているらしいけど……」
祭里のお母さんが町外れの旅館にいることがわかった。だけど……知りたくもない事実も大家のおばさんは教えてくれた。子供の頃の祭里がずっと虐待されていた事実を……
もう一度頭を下げると、ドアの件は弁償することで話はついた。警察に通報されなかっただけついていると思う。
「よし、もう帰ろう」
原チャリにまたがる私。祭里は私をただ見つめている。
「ずっと祭里のこと殴っていた人でしょ? どうしてそんなに会いたいの?」
「母さん。大好きだから……」
私も子供の頃、実の父親に虐待されていた。女を作って出ていって以来、会いたいなんて微塵も思わない。きっと会っても向こうは歓迎しない。
祭里の母親もきっとそうだと思う。
「きっと会えても、祭里のことまた殴るに決まってるよ! だから帰ろうよ!」
「やだ! 帰らない!」
ワガママな祭里。
「たく……!」
盗んだ原チャリにまたがりながら、私は俯き、途方に暮れるしかなかった。
「もし、祭里のお母さんが、祭里のこと嫌いだって言ったらどうする?」
「祭里は母さん大好きだもん!」
今にも泣きそうな祭里。私は従うしかない。
「一緒だね。私もお母さんのこと大好きだったから。旅の終わり、もう少しだね!」
「うん!」
祭里は再び盗んだ原チャリに乗ってくれた。
旅の終わりはすぐそこなんだ。
もしも、祭里の母親がどうしようもない人でも、私が守ってやればいいだけなんだ。
「……どうか祭里が傷つきませんように……」
原チャリを走らせながら弱い私は静かに祈った。
町外れにある古い旅館。狭い駐車場があったので適当に原チャリを止めた。
「母さん、ここにいるの?」
「うん……多分いると思う……」
不安で胸の鼓動が早くなるのを感じながら、私たちは旅館の中へと入る。
「ようこそ、いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
一人の仲居さんが私たちに話しかけてきてくれる。
「あのー……」
「はい」
「七絵さんって人がここに働いていませんか?」
「え? あずささんのこと?」
いるんだ……ここに……
「あの、呼んできてもらっていいですか?」
「ええ……いいですけど……」
怪訝な表情を浮かべると、仲居さんは去っていく。しばらくすると祭里と同じ赤い髪をした綺麗な仲居さんがやってくる。
「七絵は私ですけど……」
七絵あずささん。彼女はすぐに祭里、自分の娘の存在に気が付くと、目を丸くした。
「祭里……」
「母さん!」
祭里はあずささんへと抱き着くと、大きな声で泣き出した。
「会いたかったよー……!」
「祭里! 祭里!」
あずささんも強く祭里を抱きしめてくれている。よかった。私が心配することは何もなかったんだ。だけど、私は二人の姿が羨ましかった。娘と母の再開を見て、私の中で孤独が再び息を吹き返した。とても寂しい……
「顔をよく見せて……! 綺麗になったね……!」
あずささんも泣き出す始末だ。
「あなたが連れてきてくれたの……?」
「はい、まぁ、そんなとこです……」
「ありがとう……! 本当にありがとう……!」
私はすべて話していた。それは寂しさに負けて全てを。私のお母さんが自殺したから、一人になりたくなかったから、原チャリを盗んで祭里とここまで来たことを……
「大変だったわね……とても優しい人なんだから、あなたは寂しくないのよ……」
そう言われてどこか心が救われた気がした……ここまで来たのは意味のある旅なんだと実感できた気がする……
あずささんの計らいで、私と祭里は空いている旅館の客間へと通される。
「はぁー……疲れた……」
畳の上で座布団を枕にして、私は寝転がる……少しだけ瞳を閉じれば今にも寝てしまいそうだ……
祭里は膝枕でお母さん……あずささんにずっと甘えていた……
「母さん。祭里、お浴衣着たんだよ。夏希先生が着させてくれた」
「浴衣着たんだね。母さん夏希さんにありがとう言わないとね」
膝枕している祭里の頭を優しく撫でるあずささん。それは羨ましい光景で、見ていると不思議と微笑んでしまう。
「お祭りがあったの、祭里と同じ名前だよ。青いホタルさんがたくさんいた……綺麗だった……」
眠ってしまう祭里。あずささんは祭里の頭を再び優しく撫でた……
「キスされたんですよ……心から大好きな人と……」
「そう。恋までしているの、この子」
キスの相手が暗い過去を持つ人だと話そうとしたけど……私は疲れて自分の眠気に負けてやることにした……
夢を見ているんだと自分でもわかった。
「愛名、さぁ、いらっしゃい」
そこは私の家の縁側で、外はとてもいい天気だった。
「お母さん……? お母さん!」
縁側に座る私のお母さんはとても穏やかな顔をしていた。また会えた喜びに私はお母さんに抱きついていた。
「あらあら、愛名は相変わらずいい子ね」
お母さんは私の頭を優しく撫でてくれる。
嬉しい。
心からそう思う。
「私、ここにいる! 絶対にお母さんから離れない!」
「とてもいいことしたね愛名。お母さんはそれを褒めてあげたくて」
私の頭を撫で続けてくれるお母さん。離したくないのに私の手からは徐々に力が抜けてい行く……
「これからも優しい愛名でいてほしい……」
「……優しくなる……だからここにいさせてよ……」
抱きついていたのに、離してしまった両手、ただ私の頭を撫でる母の手の感触だけを感じていた……
「柳瀬さん……柳瀬愛名さん……!」
それは聞き覚えのある女性の声で目が覚めた。スーツを着たあの女性警官だった。
「どうも……」
寝ぼけながら愛想笑いを浮かべる私。女性警官は明らかに怒っていた。
「おかげで誘拐犯扱いされました! ゆっくり事情を聴きますから!」
そりゃ、そうなるよね……
「愛名……誘拐されるの……?」
不安げに私を見つめる祭里。あずささんも心配そうに私を見つめていた。
「違うよ。ここまで来た旅のこと誰かに話したいだけだから」
嘘はつかない絶対に。
「はい、そうです。旅のことを話してもらいます」
女性警官は少しイラつきながら言う。
「愛名ちゃん!」
連れていかれる直前、あずささんが呼び止める。
「これからも祭里と友達でいてあげてください!」
深々と頭を下げるあずささん。私はその姿を見て笑みをこぼす。
「もうすっかり友達ですよ」
警察署にて私は洗いざらい女性警官に話した。
「変なバカップルが原チャリを貸してくれたから、たまたまいた祭里を乗せて、祭里のお母さんに会うために旅に出ました!」
これは大体は会っていると思うけど、女性警官はうんうんと頷きながらボールペンを握りしめながら作り笑いを浮かべていてくれた。明らかに怒っている。
「いい夏の思い出ができて私は嬉しいです!」
嘘じゃない。初めて田舎町から出て祭里と旅した思い出は永遠だ。心から感謝しているガソリンスタンドのおじさん。初めての野宿で、セピアな空の下で思いっきり祭里の胸の中で泣いたこと。空に舞う無数の灯篭。お母さんに再会できた祭里。
私はこの夏を忘れない……
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