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第六話 私の優しさ 前編
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私が物心ついたときには、両親は仲が悪く口喧嘩が絶えなかった。
私が中学に上がるころには、父は母と私をよく殴るようになった。
高校に上がると、父は他に女を作って家を出ていった。
「お母さん。学校行ってくるから。朝ごはん用意したからちゃんと食べてね」
「愛名……その……気を付けてね……」
私のお母さんは本当に元気のない毎日を送っている。一日中家にこもりきりで、外に出ることは滅多になかった。出ていった父に殴られ続けた後遺症なのか? いつも何かに怯えていた。
「お昼も冷蔵庫の中にあるから」
一言言うと私は学校へと向かう。昨日フラれたあいつ。神崎文哉の顔を見なきゃいけないと思うとかなり気が重かった。
学校へと着くと、校庭の前のベンチに座る文哉がいた。隣には祭里とかいう知的障害者の彼女も一緒に。
「文哉。昨日の青い蛍さん描いたよ」
「上手だな。うまく描けてる」
幸せそうに笑っている文哉。あんな笑顔、私には見せてくれたことなかった。
文哉は実の父親を刺し殺している。そのことはみんなが知っていた。理由はずっと虐待されていたから。
私にはでききないことをした文哉。だから惹かれたのかもしれない。
恋してやった私を選べばいいのに、文哉はあんな赤い髪の子を選んだ。
正直、悔しかった……
「文哉。知的障害者との交際は順調? 哀れだねー」
クラスのみんながいる前で私は言ってやった。哀れなのは私だ。誰も笑わないし、文哉はもう私と何も喋ってはくれない。
悪口って本当に最低だ……
学校の帰り、私はいつものようにスーパーに寄った。お母さんは料理を作る元気がないから、いつも私が作っている。
「おお! スイカ安いじゃん!」
私は安いスイカを買うことにした。夕食の後に食べよう。お母さんきっと喜ぶから!
急ぎ足で私は家へと帰る。
「お母さん! 夕食の後楽しみにしててね! お楽しみがあるから!」
「それは楽しみ。愛名、いつもありがとう」
座椅子に座りながら外を見つめているお母さん。私には相変わらずの光景だった。寂しい。だから優しくするのが精一杯。
夕食を食べ終える私。
「ごちそうさま、愛名」
弱々しく笑うお母さんは食事を残すことが多くなった。
「駄目だよ。もっと食べないと!」
私はお母さんを家の縁側へとつれていく。夏の月明かりがとても綺麗だ。
「スイカ食べようよ。甘くて美味しいよ」
皿に盛りつけた切ったスイカを出す私。サプライズ。お母さんの喜ぶ顔が見たい。
「スイカなんて久しぶり」
「そうでしょ。たくさん食べてね」
喜ぶ顔をしたのは私だけだ。お母さんはいつものように弱々しく微笑むだけ。
「愛名。いつもよくしてくれて本当にありがとう」
「急になに? 照れくさいよ」
スイカを食べながら、私は夏の夜空を見る。照れているのをとにかく隠したい。
「愛名。優しい子に育ってくれて本当にありがとう」
私が優しい? 祭里とかいう子に嫉妬しているのに……
「私の娘でいてくれて本当にありがとう」
「もうわかったから、スイカ食べて」
「愛名。元気でね」
「はい、はい、わかった」
なんだかいつにも増して、お母さんは変だった。
夏休みが始まる直前だった。お母さんが自殺したのは……
葬儀にはあまり人は来なかった……
朝目覚めて一人家にいる私。一人分の朝食が目の前にある。
「……私……これから一人なんだ……」
ボロボロと目からは涙が零れ落ちた……
これからはずっと寂しい毎日が私を待っている……
私には誰もいないのが本当に寂しい……
今日。学校は終業式だった。それが終われば夏休み。みんなが嬉しそうで楽しそうなのに、私だけは孤独に殺されてしまいそうだった……
フラフラと廊下を歩いていると、あの子がいた。
「一人で何してるの?」
知的障害者の可愛い祭里ちゃんは、私の姿を見ると怯えだし、強く瞳を閉じていた。
「サンドイッチのことまだ怖い?」
「怖い、怖いです……」
祭里ちゃんは瞳を強く閉じながら答える。あんなことして私は一言謝ればいいのに、それができなかった。
「それで一人で何してるの?」
話しを最初に戻す私。とにかく誰でもいいから私は誰かと会話したい。寂しさを紛らわせるために……
「夏希先生待ってる! 文哉のことも待ってる!」
「そう……」
話していても寂しくて仕方なかった……
「知ってる? 文哉も夏希先生も少し遅れるから私が迎えに来たんだよ」
私はいったい何を言っているの? 多分寂しいから……?
「うー……本当?」
「本当だよ。近くにコンビニあるから、一緒にお昼食べよう」
今はとにかく誰かと一緒にいたい。それだけだった……私は祭里ちゃんの手を半ば強引に握った。
「私は愛名。さぁ、行こう」
「うん……」
私は祭里ちゃんを連れだした。
私たちはコンビニの車止めに座り、適当に買ったおにぎりを食べている。
「おいしいねー」
「そうだね。天気もいいし、涼しい夏におにぎりは最高だよ」
「祭里ね、昔はおにぎりのこと、おのぎりって呼んでたんだよ」
「なにそれ? 一文字違いじゃん」
少しだけおかしくて私は笑ってしまう。
「夏希先生が祭里の言葉直してくれたんだよ。いいでしょ?」
「うん。羨ましいよ。夏希先生は祭里ちゃんのお母さんみたいな人だね」
「夏希先生……母さん……?」
祭里ちゃんの表情はどういうわけか暗くなり、遠い夏の空を見つめだした。
「だ、だって優しそうな先生だし……」
「母さん……会いたいな……」
「私だって会いたいよ」
祭里ちゃんに何があったか知らないけど、お母さんに会いたいのは私も同じだ。もっと、もっと優しくできたはずなのに、私にはそれができなかった……
「漏れる! 漏れる!」
コンビニに原チャリが止まった。二人乗りの男女が乗っていて、男の人がヘルメットを置いてコンビニへと駆け込んだ。
「もう! さっきの道の駅ですればいいのに!」
女の人もヘルメットを置いて、男の人とコンビニへと入っていく。
「たく、二人乗りするなよバカップルが……」
私の目の前には、エンジンがかかったままの原チャリがある。
自分でも悪くない考えが浮かぶ。
「ねぇ、祭里ちゃん。お母さん会いたい?」
「うん。会いたい」
「そう。それなら会いに行こう!」
私はエンジンがかかったままの原チャリにまたがるとヘルメットをかぶった。無免許だけど動かし方は知っているつもりだ。
「ほら! 行くよ!」
「うー……怒られるから……」
この期に及んでこの子はそんな泣き言をいう。私はゆっくり深呼吸をした。
「祭里! お母さん会いに行こう!」
私は初めてこの子を、祭里を呼び捨てにした。
「うん……会う……」
「よし! 決まり!」
私は祭里にヘルメットをかぶせると原チャリのアクセルをひねった。祭里は私のお腹をギュっと抱きしめる。
涼しい夏の夏休みの思い出が始まりそうで、今、私の胸はワクワクしている。
原チャリのミラーを見ると、バカップルが騒いでるのが見える。
「二人乗りして、エンジンかけっぱにしているからだよ! バーカ!」
原チャリに二人乗りしているのは私も祭里も同じだ。しかも盗んでいる。まぁ、いい。私に罪悪感はない!
「あ、愛名! 怖い!」
「嘘! 呼び捨てなの!? 私、一応年上なんだけど!」
祭里に名前を呼んでもらえたことが嬉しいから、原チャリのアクセルを思いっきりひねることにする。
この町を降りる県道。私はこの町を出るのが初めてだ。かろうじて舗装されている道。上を見れば木々が生い茂っている。まるで別世界を原チャリで走っているようで楽しかった。
県道を抜けた先、寂れてはいるが人が少し多い町に出た。
「愛名、母さんここにいるの?」
「いや、違うと思うけど、どこにいるとかわからないの?」
「うーん……明日って町……」
「どこそこ……?」
当然私には聞いたことのない町の名前だった。
「あー! バカップルども!」
私は原チャリを盗んだバカップルを逆恨みすることになる。この原チャリはもうすぐガス欠しそうになっていた。
「とりあえずスタンド探すよ」
私は原チャリを走らせると同時に祈った。
どうか警察に捕まりませんように。
二人乗りして無免許が正直怖かった。
それと、祭里がお母さんに会えますように。
寂れた町のスタンドで原チャリにガソリンを入れると、私は店内にあった地図をめくる。
「えーと、明日……」
明日という町の名前探すにしても、どこだかわからずに途方に暮れるしかなかった。
「愛名、ジュース売ってるよ」
「ほら、買ってきなよ」
私は祭里に百円玉を渡すと、再び地図を見る。
「あのー、お嬢さん」
話しかけられたのはガソリンスタンドの店員だった。
「原チャリ、二人乗りしてるよね? 危ないから駄目だよ」
「あはは……すみません……」
私は苦笑いを浮かべながら謝罪するしかない。
「見たところ、あの子も普通じゃないみたいだし」
店員は自動販売機でジュースを買う祭里を見ている。
「今日はオレンジジュースにしよう。オレンジジュースの日だから嬉しいなー」
もしかして怪しまれている? 警察に通報でもされたら私はどうなるのだろう?
「地図見てるの? どこか行きたい場所でもあるの?」
「あのー、明日って町なんですけど……」
駄目もとで私は訊いてみた。
「明日って、明日町のこと? 他県にある町だから原チャリじゃきついよ。それに遠いし」
明日町。そこに祭里のお母さんがいるかもしれない。
「お願いします。行きかた教えてくれませんか?」
私は深々と頭を下げる。
「あの子と原チャリ二人乗りして行くんでしょ? 危ないって」
「あの原チャリも人から盗んだものです! あの子、お母さんに会いたがっているんです……!」
私は正直に言った。こうなったら警察でも何でも来い……!
「わかったよ。根負けしたからおじさんにも少し手伝わせて」
私が顔を上げると、スタンドのおじさんは優しい笑みを浮かべていた。
スタンドを出発しようとする私と祭里。
「この県道をまっすぐ行けば国道に出られるから、あとはその国道をまっすぐいけばいい」
「あの、いいんですか?」
「いいんだよ。お母さんに会えるといいね。それから安全運転で」
「おじさん。ありがとうございます」
私はお礼を言う。
「バイバイ、おじさん」
手を振る祭里の背中には小さなリュックサックを背負っている。スタンドのおじさんが食料やら色々詰め込んでくれていた。
県道を原チャリで走る私達。
「愛名、お風さんが気持ちいいね」
「うん! そうだね!」
肌で感じる夏の風が本当に気持ちよくて私は笑顔になる。県道をしばらく走ると国道に出た。そこは綺麗に舗装されたアスファルトの道路で、右を見ても左を見ても草原が広がっていた。
しばらく走ると空の色はセピアな色で覆いつくされて、もうすぐ夜になるのを告げているかのようだった。
「あー、やっぱ野宿かなー」
「のじゅく?」
「どこでもいいから寝るってことだよ」
一応私は現金を持ってはいるが、二人でホテルに泊まれるほどの額はない。
「祭里は愛名と一緒に寝るよー」
「うふふ、いいよ、それで」
とりあえず原チャリを草原に止める私。祭里の小さなリュックサックにはキャンプ用のランタンがあったから助かった。それと食料。今夜の夕食はパンとミルク。今度スタンドのおじさんに会う機会があるのなら、もう一度お礼を言おうと思う。
「愛名、お空さんがとても綺麗だね」
「綺麗だね。田舎で見れる空じゃない。きっと賑やかな街が近いんだよ」
セピアな空がそれを物語っている。私が知っている夜になりかけの空はもっと星がいっぱいだから。
「母さんも同じお空さん見てるかな?」
笑顔で訊いてくる祭里を私は無表情で見つめていた。
「見てるよ。きっと見てる」
当たり前のことしか言えない私。心のなかにある何か。我慢している何かがはじけていくのを感じた。
「祭里のお母さんは生きてるからいいよ。私のお母さんは死んじゃてもう会えないんだよ……!」
悲しみのやり場がない……
無様に泣くしかやりようがない……
「愛名。たくさん泣こう。たくさん泣けば落ち着くって夏希先生が言ってたよ」
セピアな空の下で祭里は両手を広げていた。
「お母さん……会いたいよ……!」
私は祭里の胸に飛び込んで、ただ泣き叫んだ……
「愛名は優しくていい子ですね」
私の頭を撫でてくれる祭里……
それは母親のつもりなのだろうか……?
それでいい……私はたくさん泣くことにする……
私が中学に上がるころには、父は母と私をよく殴るようになった。
高校に上がると、父は他に女を作って家を出ていった。
「お母さん。学校行ってくるから。朝ごはん用意したからちゃんと食べてね」
「愛名……その……気を付けてね……」
私のお母さんは本当に元気のない毎日を送っている。一日中家にこもりきりで、外に出ることは滅多になかった。出ていった父に殴られ続けた後遺症なのか? いつも何かに怯えていた。
「お昼も冷蔵庫の中にあるから」
一言言うと私は学校へと向かう。昨日フラれたあいつ。神崎文哉の顔を見なきゃいけないと思うとかなり気が重かった。
学校へと着くと、校庭の前のベンチに座る文哉がいた。隣には祭里とかいう知的障害者の彼女も一緒に。
「文哉。昨日の青い蛍さん描いたよ」
「上手だな。うまく描けてる」
幸せそうに笑っている文哉。あんな笑顔、私には見せてくれたことなかった。
文哉は実の父親を刺し殺している。そのことはみんなが知っていた。理由はずっと虐待されていたから。
私にはでききないことをした文哉。だから惹かれたのかもしれない。
恋してやった私を選べばいいのに、文哉はあんな赤い髪の子を選んだ。
正直、悔しかった……
「文哉。知的障害者との交際は順調? 哀れだねー」
クラスのみんながいる前で私は言ってやった。哀れなのは私だ。誰も笑わないし、文哉はもう私と何も喋ってはくれない。
悪口って本当に最低だ……
学校の帰り、私はいつものようにスーパーに寄った。お母さんは料理を作る元気がないから、いつも私が作っている。
「おお! スイカ安いじゃん!」
私は安いスイカを買うことにした。夕食の後に食べよう。お母さんきっと喜ぶから!
急ぎ足で私は家へと帰る。
「お母さん! 夕食の後楽しみにしててね! お楽しみがあるから!」
「それは楽しみ。愛名、いつもありがとう」
座椅子に座りながら外を見つめているお母さん。私には相変わらずの光景だった。寂しい。だから優しくするのが精一杯。
夕食を食べ終える私。
「ごちそうさま、愛名」
弱々しく笑うお母さんは食事を残すことが多くなった。
「駄目だよ。もっと食べないと!」
私はお母さんを家の縁側へとつれていく。夏の月明かりがとても綺麗だ。
「スイカ食べようよ。甘くて美味しいよ」
皿に盛りつけた切ったスイカを出す私。サプライズ。お母さんの喜ぶ顔が見たい。
「スイカなんて久しぶり」
「そうでしょ。たくさん食べてね」
喜ぶ顔をしたのは私だけだ。お母さんはいつものように弱々しく微笑むだけ。
「愛名。いつもよくしてくれて本当にありがとう」
「急になに? 照れくさいよ」
スイカを食べながら、私は夏の夜空を見る。照れているのをとにかく隠したい。
「愛名。優しい子に育ってくれて本当にありがとう」
私が優しい? 祭里とかいう子に嫉妬しているのに……
「私の娘でいてくれて本当にありがとう」
「もうわかったから、スイカ食べて」
「愛名。元気でね」
「はい、はい、わかった」
なんだかいつにも増して、お母さんは変だった。
夏休みが始まる直前だった。お母さんが自殺したのは……
葬儀にはあまり人は来なかった……
朝目覚めて一人家にいる私。一人分の朝食が目の前にある。
「……私……これから一人なんだ……」
ボロボロと目からは涙が零れ落ちた……
これからはずっと寂しい毎日が私を待っている……
私には誰もいないのが本当に寂しい……
今日。学校は終業式だった。それが終われば夏休み。みんなが嬉しそうで楽しそうなのに、私だけは孤独に殺されてしまいそうだった……
フラフラと廊下を歩いていると、あの子がいた。
「一人で何してるの?」
知的障害者の可愛い祭里ちゃんは、私の姿を見ると怯えだし、強く瞳を閉じていた。
「サンドイッチのことまだ怖い?」
「怖い、怖いです……」
祭里ちゃんは瞳を強く閉じながら答える。あんなことして私は一言謝ればいいのに、それができなかった。
「それで一人で何してるの?」
話しを最初に戻す私。とにかく誰でもいいから私は誰かと会話したい。寂しさを紛らわせるために……
「夏希先生待ってる! 文哉のことも待ってる!」
「そう……」
話していても寂しくて仕方なかった……
「知ってる? 文哉も夏希先生も少し遅れるから私が迎えに来たんだよ」
私はいったい何を言っているの? 多分寂しいから……?
「うー……本当?」
「本当だよ。近くにコンビニあるから、一緒にお昼食べよう」
今はとにかく誰かと一緒にいたい。それだけだった……私は祭里ちゃんの手を半ば強引に握った。
「私は愛名。さぁ、行こう」
「うん……」
私は祭里ちゃんを連れだした。
私たちはコンビニの車止めに座り、適当に買ったおにぎりを食べている。
「おいしいねー」
「そうだね。天気もいいし、涼しい夏におにぎりは最高だよ」
「祭里ね、昔はおにぎりのこと、おのぎりって呼んでたんだよ」
「なにそれ? 一文字違いじゃん」
少しだけおかしくて私は笑ってしまう。
「夏希先生が祭里の言葉直してくれたんだよ。いいでしょ?」
「うん。羨ましいよ。夏希先生は祭里ちゃんのお母さんみたいな人だね」
「夏希先生……母さん……?」
祭里ちゃんの表情はどういうわけか暗くなり、遠い夏の空を見つめだした。
「だ、だって優しそうな先生だし……」
「母さん……会いたいな……」
「私だって会いたいよ」
祭里ちゃんに何があったか知らないけど、お母さんに会いたいのは私も同じだ。もっと、もっと優しくできたはずなのに、私にはそれができなかった……
「漏れる! 漏れる!」
コンビニに原チャリが止まった。二人乗りの男女が乗っていて、男の人がヘルメットを置いてコンビニへと駆け込んだ。
「もう! さっきの道の駅ですればいいのに!」
女の人もヘルメットを置いて、男の人とコンビニへと入っていく。
「たく、二人乗りするなよバカップルが……」
私の目の前には、エンジンがかかったままの原チャリがある。
自分でも悪くない考えが浮かぶ。
「ねぇ、祭里ちゃん。お母さん会いたい?」
「うん。会いたい」
「そう。それなら会いに行こう!」
私はエンジンがかかったままの原チャリにまたがるとヘルメットをかぶった。無免許だけど動かし方は知っているつもりだ。
「ほら! 行くよ!」
「うー……怒られるから……」
この期に及んでこの子はそんな泣き言をいう。私はゆっくり深呼吸をした。
「祭里! お母さん会いに行こう!」
私は初めてこの子を、祭里を呼び捨てにした。
「うん……会う……」
「よし! 決まり!」
私は祭里にヘルメットをかぶせると原チャリのアクセルをひねった。祭里は私のお腹をギュっと抱きしめる。
涼しい夏の夏休みの思い出が始まりそうで、今、私の胸はワクワクしている。
原チャリのミラーを見ると、バカップルが騒いでるのが見える。
「二人乗りして、エンジンかけっぱにしているからだよ! バーカ!」
原チャリに二人乗りしているのは私も祭里も同じだ。しかも盗んでいる。まぁ、いい。私に罪悪感はない!
「あ、愛名! 怖い!」
「嘘! 呼び捨てなの!? 私、一応年上なんだけど!」
祭里に名前を呼んでもらえたことが嬉しいから、原チャリのアクセルを思いっきりひねることにする。
この町を降りる県道。私はこの町を出るのが初めてだ。かろうじて舗装されている道。上を見れば木々が生い茂っている。まるで別世界を原チャリで走っているようで楽しかった。
県道を抜けた先、寂れてはいるが人が少し多い町に出た。
「愛名、母さんここにいるの?」
「いや、違うと思うけど、どこにいるとかわからないの?」
「うーん……明日って町……」
「どこそこ……?」
当然私には聞いたことのない町の名前だった。
「あー! バカップルども!」
私は原チャリを盗んだバカップルを逆恨みすることになる。この原チャリはもうすぐガス欠しそうになっていた。
「とりあえずスタンド探すよ」
私は原チャリを走らせると同時に祈った。
どうか警察に捕まりませんように。
二人乗りして無免許が正直怖かった。
それと、祭里がお母さんに会えますように。
寂れた町のスタンドで原チャリにガソリンを入れると、私は店内にあった地図をめくる。
「えーと、明日……」
明日という町の名前探すにしても、どこだかわからずに途方に暮れるしかなかった。
「愛名、ジュース売ってるよ」
「ほら、買ってきなよ」
私は祭里に百円玉を渡すと、再び地図を見る。
「あのー、お嬢さん」
話しかけられたのはガソリンスタンドの店員だった。
「原チャリ、二人乗りしてるよね? 危ないから駄目だよ」
「あはは……すみません……」
私は苦笑いを浮かべながら謝罪するしかない。
「見たところ、あの子も普通じゃないみたいだし」
店員は自動販売機でジュースを買う祭里を見ている。
「今日はオレンジジュースにしよう。オレンジジュースの日だから嬉しいなー」
もしかして怪しまれている? 警察に通報でもされたら私はどうなるのだろう?
「地図見てるの? どこか行きたい場所でもあるの?」
「あのー、明日って町なんですけど……」
駄目もとで私は訊いてみた。
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明日町。そこに祭里のお母さんがいるかもしれない。
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「あの、いいんですか?」
「いいんだよ。お母さんに会えるといいね。それから安全運転で」
「おじさん。ありがとうございます」
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しばらく走ると空の色はセピアな色で覆いつくされて、もうすぐ夜になるのを告げているかのようだった。
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「のじゅく?」
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「うふふ、いいよ、それで」
とりあえず原チャリを草原に止める私。祭里の小さなリュックサックにはキャンプ用のランタンがあったから助かった。それと食料。今夜の夕食はパンとミルク。今度スタンドのおじさんに会う機会があるのなら、もう一度お礼を言おうと思う。
「愛名、お空さんがとても綺麗だね」
「綺麗だね。田舎で見れる空じゃない。きっと賑やかな街が近いんだよ」
セピアな空がそれを物語っている。私が知っている夜になりかけの空はもっと星がいっぱいだから。
「母さんも同じお空さん見てるかな?」
笑顔で訊いてくる祭里を私は無表情で見つめていた。
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「祭里のお母さんは生きてるからいいよ。私のお母さんは死んじゃてもう会えないんだよ……!」
悲しみのやり場がない……
無様に泣くしかやりようがない……
「愛名。たくさん泣こう。たくさん泣けば落ち着くって夏希先生が言ってたよ」
セピアな空の下で祭里は両手を広げていた。
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私は祭里の胸に飛び込んで、ただ泣き叫んだ……
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