救済のシノア

天倉永久

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最終話 懐かしい人

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少しだけ人の多い街に私はいた。噴水のある街の中心部で元気に遊ぶ子供たちを私は見つめ、自然と笑みを零しながら子供たちを見ている。
涼しい風が吹き、背中まですっかり長くなった私の髪を靡かせる。リルのようになりたいと伸ばした髪。少し邪魔だと思うときもあるが、それでも違う誰かになれた気がする。

「シノア。診療所で手伝いでもいいから来てくれって。僅かだけどお金もくれる」

バスケットを片手に私を待たせていたソーニャが戻ってきてくれた。怪我人や病人の多い診療所へお手伝いはいりませんかとソーニャが交渉しにいってくれていた。

「まさか本当に見つかるなんて」

私は思わず苦笑してしまう。代表もいない修道院から、たった二人だけの修道女に仕事なんてあるわけないと、この街を訪れる前から思っていた。

「大丈夫だと思うけど、失礼なことだけはしないように」

念を押すソーニャ。暗い表情こそ浮かべなくなったが、相変わらずどこか厳しいところがある。

「うん。大丈夫だよソーニャ。心配しないで」

「そう。いつも素直でいなさい」

ソーニャは私の手を取る。診療所へと案内してくれるようなのだが。年の近いソーニャに手を引かれて歩いている。

「子供じゃないんだから恥ずかしいよ」

道行く人に笑われている気がしてならない私。

「駄目よ。賑やかな街は初めてでしょ? 迷子になったら大変」

ソーニャは私をこうして心配してくれることが多い。余計なお世話に思うこともあるが、私はそんなソーニャがとても好きだ。

街の片隅にある診療所。私は少し怖かった。自分が洗礼も受けていない修道女で、もしかしたら些細なことで娼婦だったことが露見するかもしれない。

「シノア。終わる人にも、これからの人にもお花を渡してあげよう」

ソーニャが片手に持っているバスケットには修道院で咲いた花がたくさん入っていた。私とソーニャが植えた花が修道院にはまだまだたくさん咲いている。

「わかった」

勇気を出そうと思った。もし私が一輪の花を渡して嫌われても、また次を渡そう。前は娼婦だと露見して差別されても、花を渡し続けようと強く心に決めた。

診療所の中は、外の少し人の多い街とは別世界で、怪我人や病人でひしめいていた。生きる気力を失った人々は、私に疫病街を思い出させた。

「来てくれてありがとう。見てのとおり、ここには病人もいるけど、大半は怪我人ばかり。みんなセラフィムから逃げ延びてこの街にやってきた」

私には女性の医者は珍しかった。彼女は疲れ切った様子で、着ている白衣には血が付着していた。

「貧乏な街や、あんた達みたいな信じる者が違う教会や修道院を襲っていたのに、最近のセラフィムは見境なくただ目に付いた人々を襲っている。今では雇い主の金持ちにも抑えが効かないみたいね」

女性の医者は語る。

「男を殺して女を捕まえては、散々好きにしてから、飽きたら殺して草原に捨てているらしい。あいつらは最低な自警団気取りに成り下がっている」

セラフィムのしていることは憎しみを感じるが、最後には優しくなったセリアを思うと、不思議と憎しみが消える自分がいた。

「セラフィムでも優しくなった人がいる。私は学校にも行ったことがない馬鹿な元娼婦だけど、私が見守ったセラフィムの優しい人は、穏やかに死んでいった。体が弱っていたせいもあるのかもしれないけど、私と過ごした日々は誰も傷つけることはなかった」

セラフィムを美化するつもりはない。ただ優しく死んでいったセリアを、この女医に訴えたかっただけで、そばにいたソーニャは呆れたかのように、勝手にしなさいという表情だった。

「あなた、前は娼婦だったの?」

私は自分自身の過去を小さく頷く。

「それなら差別すべきで、汚らわしいわね。それでもいいから、さっさと怪我人と病人を助けないさい。私はもう疲れた。お金なら少しはある。あなたたちに必要な分はあげるつもりだから」

女の医者は疲れ切った様子でそばにある椅子へと腰掛ける。

「お話の通りですね。どうかシノアの無礼を許してください」

「いいから・・・・・・少し休ませて・・・・・・」

椅子に座り遠い目で女の医者は、ただ床だけを見つめている。娼婦だった頃、私は疲れていた日はよくこんな遠い目をしていた気がする。あの頃は何の希望も見いだせず、無意味に生きていると感じる日々を過ごしていた。この女の医者の今の気持ちが、私には少しだけ理解できる気がする。

「私の名前はソーニャです。あなたの包帯を取り替えますから、楽にしていて下さい」

ソーニャは、丁寧に腕に痛々しい怪我をしている男の包帯を慣れた様子で替えている。私はソーニャが包帯を巻いている行為に見惚れていた。とても優しい包容力がソーニャにはある。

「あなたに天使様の加護がありますように。早く怪我が治るといいですね」

ソーニャは男に一輪の花を渡すと、男は満足げに優しそうな笑みを浮かべる。その笑みはソーニャがただ可愛いと思っただけの笑みなのか? 私にはわからなかった。

「シノア。見ていないであなたもお手伝いしなさい」

この診療所の人たちに迷惑がかからないように配慮しているらしく。笑顔のソーニャがまだ何もしていない私に少し怒っているのは明らかだ。

「ご、ごめんなさい」

私は半ば慌てながら診療所で目に付いた人たちの傷の手当てを行った。ソーニャのように慣れていないから、消毒薬を傷口に付けすぎたりして痛がる人がほとんどだった。
不思議と誰一人私を怒ったりせず、罵声を浴びせるものはいなかったが、私は謝罪の気持ちとして痛がった人たち一人一人に一輪の花を渡していった。
病気の人には決められた薬を飲ませて、私はとにかく話し相手になってあげた。それは少しでも役に立ってあげたいと思ったからなのだろうか? 疫病街で私にはできなかったことだからなのだろうか? あの街で私にはリルしか見えていなかった。

「どうか・・・・・・あなたに加護がありますように」

言い慣れない言葉とともに、私は一輪の花を渡す。病気の人は一輪の花を大事そうに受け取ってくれた。こんな私が差し出した花を、それは大事そうに・・・・・・私はただ一人の人らしく嬉しかった・・・・・・

「渡した花にどんな意味があるの? 誰が助かって、誰が幸せになるの?」

この診療所の主である女の医者だった。私に詰めかけるように前に立ち、希望などないことを象徴しているかのように私を睨みつけていた。
私は希望のない女の医者の瞳を見るしかない。

「答えられない? 馬鹿な娼婦には当然でしょうね!?」

激高する女の医者。私が娼婦だということが露見したが、私は不思議と落ち着いていた。

「加護なんて空想なのよ! ここにいる病人のほとんどは薬だけじゃ助からないし、好き勝手するセラフィムのせいで、毎日怪我人が運ばれてくる! 汚らわしい存在のくせに、修道女の真似なんてやめなさい!」

汚らわしい存在。それが私。そんなことは知っている。いつだって・・・・・・

「はい」

私は一輪の花を差し出す。女の医者は差別心をあらわにした見下した表情で私を見る。

「受け取ってすぐに握りつぶしてもいい。私は汚い娼婦をしていたけど、今は誰かの力になりたいと思っている。私が知っている人のように、私が愛した人のようになりたい」

それはリルのように、慈悲深く優しい人のように・・・・・・

「この花は、苦しむ人々に少しでも希望を与えるために咲いた花だと私は信じている」

だから少しだけの希望でいい。女の医者に、この花を手に取ってほしかった。尊い希望が一瞬だけでも、尊く生まれたことを信じてほしかった。

「私は受け取らない。娼婦の花なんてほしくない。お金はあげるから、さっさとやるべきことをして、修道院とやらに帰りなさい」

信じてはもらえなかった。女の医者は怪我人の様子を見始める。

「シノア。私にはくれないの?」

ソーニャが話しかける。

「ソーニャが摘んだ花だよ? あげて意味があるの?」

「シノアが渡してくれる花が、ずっとほしかった。いけない?」

幸せそうな笑みを浮かべるソーニャに一輪の花を差し出すと、

「ありがとう。ずっと大切に持っている。シノアとはいつまでも二人でいたいから」

ソーニャは私が差し出した花を受け取ってくれる。

「うふふ。夕食が楽しみだね」

ソーニャは、嬉しそうに手慣れた様子で病人や怪我人を診ている。

「私は洗礼も受けていない修道女のシノアです。前は娼婦だったけどあなた方を助けにきました」

私は助け続ける。この診療所の人々に蔑まれても助け続ける。
一人の男性の怪我人に不慣れで相も変わらずな傷の手当てをする私。正体を知られた今、きっと蔑まれ差別されるのだろうと覚悟した。

「ありがとうお嬢さん。お花をください」

私は驚き、自分の耳を疑うしかない。

「私にもください」

「僕にも・・・・・・」

「俺もほしいな」

治療や手当てを待つ人たちが、私を見つめていた。この人たちに差別心がないとことは、目を見れば不思議と理解できた。

「シノア。くれぐれも痛くしないように。それと失礼も駄目よ」

ソーニャが冗談交じりに言うと、診療所にいた人たちは楽しそうに笑ってくれた。差別されなかったことが嬉しいのか、それともただ自分が安心しただけなのかわからなかったが、私も笑顔を見せることができた。

「ありがとうございます」

私が、笑うとみんなも笑ってくれた。怪我人も病人もみんなだ。

前は娼婦で、たとえ偽物の修道女でも、私は自分ができることをした。

「シノア。あなたの名前・・・・・・」

女の医者だった。彼女は私にそっぽを向いたまま、怪我人の治療を続けていた。

「綺麗な名前ね・・・・・・羨ましいくらいに綺麗だと思うわ・・・・・・」

子供の頃に死んだ娼婦の名前がシノアだった。私はその名前をもらい名乗っていただけだ。綺麗だと褒められたシノアの名前。私は心から嬉しかった。誰かに耳元で嘘の愛を告げられるよりも、それはとても嬉しいことだ。

「本当のシノアは、いい最期を迎えなかったけど・・・・・・ありがとう。凄く嬉しい・・・・・・」

私が笑みを浮かべながらお礼を言うと、女の医者はそっぽを向いたままで、口元を微かに微笑ませた。

診療所での一日が終わる。包帯や消毒液を使ったりするのに私は慣れていなくて、指先にヒリヒリとした痛みがあった。

「今日はありがとうございました。私もシノアもおかげで飢え死にせずにすみそうです」

ソーニャは女の医者からお金を受け取っていた。まだ飢え死にまでもはいかないものの、いつかそうなりそうなくらい、私たちは貧しかった。

「いいのよ。とても助かったし、あなた達でよければ、いつでも頼ってくれていいから」

いつでも頼っていい。ソーニャもその言葉には意外だったらしく、少し驚いたようだった。

「あなたも丁寧でとても頼りになるけど、シノアがいれば自然と笑顔な人が増えるから」

「そうですね。私もその一人です」

ソーニャは嬉しそうに私の頭を撫でる。また子ども扱いされ恥ずかしくはあったが、悪い気はしない。

「それでは、私たちはこれで失礼します」

簡単な別れの挨拶を済ませて、私たちが診療所を後にしようとするとき、私が何気に後ろを振り向くと、女の医者は私にゆっくりと手を振っている。私は自然と静かな笑みを返すのだった。

「今日は少しだけ贅沢にしよう」

そう言ってソーニャが立ちよった場所は、広々とした雑貨屋だった。瓶いっぱいに詰まったビスケットにキャンディ。一度も食べたことがない高級品のチョコレートと呼ばれるお菓子まである。甘いものをあまり口にしたことがない私は、目を奪われずにはいられない。

「うふふ。お菓子は珍しい?」

私はソーニャに元気よく頷いてしまう。これだからソーニャは私を子ども扱いするのだと思い。恥ずかしくなってすぐにそっぽを向いてしまう。

「でも、ごめんなさい。買うのはイチゴと小麦粉。それと卵くらいだから」

残念そうなソーニャ。本当は私にお菓子を買ってあげたいのかもしれない。もしそうならワガママなんて絶対に言えない。いつもお節介なくらいに私を心配してくれて、優しくしてくれるソーニャ。姉のような存在。だから困らせたくない。

「私はイチゴがいいな」

微笑んでくれるソーニャ。私はこの微笑みをいつまでも見ていたい。今度こそ、いつまでも・・・・・・

私たちが修道院に帰った頃には、空は少し冷たい夕暮れに支配されていた。私はこの修道院から見える夕暮れが好きになっていて、いつも見入ってしまう。

「リルも、同じ夕暮れを見ていたの・・・・・・?」

いつも似たような言葉を私は夕暮れに向かって告げていた。

「シノアー! 食事にしよう!」

修道院の中から私を呼ぶソーニャの声がする。すっかり空腹だった私は、足早に修道院にある食堂へと向かう。
長いテーブルが三つ並んだ食堂。いくつものロウソクが灯され、広い食堂の中を薄暗くとも温かく照らしていた。最初、二人だけでこの広い食堂を使うには寂しいと思うこともあったが、向かい側にソーニャがいれば不思議と寂しくなくなっていた。

「イチゴのパイの約束。覚えてる?」

イチゴのパイの約束? 私はテーブルの上に置かれた皿に盛りつけられているどこかサクサクとしていそうな丸いパンのようなものに小首を傾げてしまう。

「シノアがここに来たばかりのときに約束したでしょ?」

ああ・・・・・・確かソーニャはそんな約束をしてくれた気がするのだが、私はサクサクしていそうな丸いパンが気になって仕方がない。

「イチゴのパイを食べさせてあげる約束。今夜がその約束の夜」

なるほどこれがパイというものだと私は納得する。ソーニャがナイフで丸いパイを切ると、中からジャムになりかけたイチゴが顔を出す。初めてのイチゴのパイに私の心は舞い上がった。

「ソーニャ。早く食べようよ」

子供のようにせっかちな私。この修道院で落ち着いた生活を知ったときから、自分が嬉しいと思った笑顔をすることができた。暗い子供の頃には、できなかった笑顔をまるで取り戻すかのように。

「そうね。お腹も空いているし、食べよう」

私にとって、初めてのイチゴのパイ。フォークで切って、口へと運ぶ。食感は見た目通り、サクサクとして、イチゴの甘い味がした。

「美味しい・・・・・・」

「うふふ・・・・・・幸せだね・・・・・・シノア・・・・・・」

いくつものロウソクの光が灯された中で、ソーニャは私を見つめながらうっとりとした笑みをこぼしていた。

今夜は星の綺麗な夜空が広がっていた。私は修道院の砂浜で仰向けになり、両手を広げながら星空を見つめている。
貧しくても幸せを感じられる生き方。ソーニャと一緒にいつまでも続けばいいと願わずにはいられない。

「・・・・・・私の幸せ・・・・・・壊さないでください・・・・・・」

私は願いを伝える。その願いは天使様へと願ったものなのかは、自分にもよくわからなかった・・・・・・
海から聞こえてくる静かな波の音・・・・・・心が落ち着いて自然と穏やかにしてくれる・・・・・・私は砂浜で静かに瞳を閉じていた・・・・・・

「寒い場所・・・・・・?」

そう気が付いたとき、私は見渡す限りの白く薄暗い光が照らす世界にいた。薄暗い光の中で、凍った雨が降り続ける場所。その凍った雨が雪という美しく冷たい雨だということに気が付いて、私は手のひらで雪を取ろうとするが、美しくて白く冷たい雪は、私の手のひらに留まることなく、溶けて消えてしまう・・・・・・それが悲しい幻想のように思え、私はなにもない自分の手のひらを見つめ、寒くて冷たい場所で静かに笑っていた。

「悲しい世界だね」

静かに笑いながら私は白い雪が降り続ける世界を歩いた。地面と呼べる場所は、一面の白い雪に覆いつくされている。
歩き続け、白い吐息が口から自然と出る中で、私は見つけた。薄暗い光のすぐ先に廃村のような建物がいくつも建ち並んでいるのを。
廃村には人の気配はなく、目に付いた民家は半壊して凍り付いているか、そのまま凍り付いているかのどちらかだ。寒くて寂し気な廃村。ここは空しさだけが支配する場所に思えた。

「寂しい場所でしょ? 私はここで助けられた。ありがとうの言葉を覚えたこの寒村で・・・・・・」

「セリア・・・・・・?」

暖かい日に死んだセリアがそこにいた。セリアは降り続ける雪をまるで尊そうに見つめている。

「シノア。髪が伸びたんだね。似合っているし、とても美人ね」

セリアは私を見ると笑みを浮かべる。私の知っているセリアとは思えない温かい笑みで、まるで別人のように思えた。

「ここは寒いでしょ? 私がいつもいる場所にいこう」

確かに寒くて白い吐息が出る私。ただセリアに手を取られていた。それはセラフィムにいたセリアでも、この寒村で助けられたセリアでもない。ただいい心を持ったセリア。まるで純粋さを取り戻したかのようにその手は温かい。こんなにも寒いというのにセリアの手は温かい。
私はセリアに連れられるがまま、とある一つの家の中へと案内される。粗末なベッドに壊れかけたテーブルと椅子。暖炉の微かに灯された火が、寒い体を少しは温めてくれるが、この火が消えればすぐに凍えることになるだろう。

「この世界じゃこれくらいの火しか灯せない。それでも外にいるよりかはずっといい。寒くて薄暗い世界がどこまでも続いているだけだから・・・・・・」

「世界? これは私の夢じゃないの?」

セリアは一瞬だけ微笑むと、私の頬にキスする。

「夢じゃない。私はここにいる」

温かいセリアの唇の感触。曖昧な夢などでは決して感じられないものだった。セリアは壊れかけた椅子に腰かけると、私を見つめ始める。

「ここは私にとって罰の世界なんだと思う。生きていたころ、散々人を殺してきたから・・・・・・好きになった女の子も飽きたらいつも殺してきた・・・・・・」

自らの行いを嘆くかのようなセリアの言葉。私にはセリアの大きすぎる罪を許してあげられる権利などなく、ただ無力に目を逸らすことしかできない。

「許されたいって願っても、もう罰を与えられた私には心から願うことはできない。でも、思い描く自由だけは残されていた・・・・・・少しだけシノアと過ごすのを・・・・・・ここで、いつも思い描いていたから」

逸らした目は自然とセリアに向いている。セリアはまるで無垢な子供のように喜んでいた。それは思い描いていたことが叶った子供のように。無垢に喜ぶ笑みを私に見せた。

「セリアが思い描き続けるなら、私はいつまでもここにいる。それがセリアに一つだけ残されたものなら、私はセリアを・・・・・・」

不思議と言葉が出なかった。セリアのためなら私はこの寒村に居続ける。それは変わらない思いのように私の心に留まり続けている。

「私を愛さないで。壊れたシノアも魅力的だったけど、私は今の髪の長いシノアは、素敵で幸せでいてほしい。だから・・・・・・こんな私には十分すぎるくらい思いは叶ったから・・・・・・大切な人のところに・・・・・・シノアは生きているから、心から願うことは許されている・・・・・・」

私はセリアに手を伸ばす。セリアも私に手を刺し伸ばし、私はその手を握ろうとしたが・・・・・・

「愛しているシノア。私が本当に好きになったシノア。ここで・・・・・・この思い出の寒村でいつまでも一人でいるのが、私の償いだから・・・・・・」

セリアに手を伸ばしたのに、彼女が私の手を握ることは、もう永遠にないとわかった・・・・・・セリアは子供に帰ったかのように、穏やかで無垢な表情で私を見つめるだけだった・・・・・・

「それじゃセリアが寂しいばかりでしょ・・・・・・この寒村には誰も来てくれない・・・・・・セリアはいい心に気が付いて死んでいったから、償いなんていらない・・・・・・自分を許してあげていい・・・・・・」

「あ、ありがとう・・・・・・誰かに感謝する言葉・・・・・・私は、ちゃんと言えた・・・・・・」

無垢なセリアは一人の女の子らしく私に笑ってくれた。その笑みは生前のセリアが見せたことがない笑み。まるで世間知らずで、一人の女の子に戻ったかのようないい子そうな笑みだった・・・・・・
目の前にはもう誰もいないのに、ある場所で私は一人手を差し伸べていた。そこは暖かい夕暮れの光が差す森で、とても心地いい場所だったのだが、無垢なセリアが一人あの寒村にいると気づくと、悲しくて自然と泣いてしまう。差し伸べた手をいつまでも戻すことができないでいる。私は泣いていることしかできない。

「セリアはどこまでも続く償いを選び続けている。それは終わることのない償い。シノアが駄目だと叫んでも、セリアには償い続けることしか残されていない。でも本当に会いたいと思い描いたシノアとまた出会えたことは、セリアにとって忘れられない思い出になった。寒村にいつまでも一人いても、セリアはシノアとの思い出を大切に抱き続けている」

金色の髪をした懐かしい人は私に言ってくれた。差し伸べたままの私の手に、そっと自分の手を添えて下ろすように促すと、セリアのいつまでも続く償いに涙する私を懐かしい人は抱きしめてくれる。

「悲しいのなら、私が慰めてあげる。罪を犯し続けたセリアを哀れむのなら、私に・・・・・・どうか私にシノアのそばにいさせてほしい」

懐かしい人は私の耳元で優しく囁いた。

「泣かないでシノア。私もまたシノアと会えて嬉しい。私に笑顔を見せて、笑った顔をもう一度私に見せてほしい・・・・・・」

暖かい夕暮れの光が差す森で、懐かしい人は私を抱きしめながら慰めてくれるのだった・・・・・・
    
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