Noctis Blood Oath ―銀の刃と紅の影―

黎影ナギ

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プロローグ:凍夜の鳴動

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「その刃、覚えがある――いいや、“覚えていく”刃だ」


プロローグ:凍夜の鳴動


夜は、低く息をしていた。

封鎖区S-13。
崩れた路面の割れ目から瘴気が立ち、街は黒い霧に縫い留められている。

廃都の鐘楼にて――

二つの光が、再び交わる。

「特作一、応答せよ」

耳内通信に女の声が落ちる。

「聞こえてる、セシリア」

「心拍正常。瘴気濃度B。……前方、熱源ひとつ。孤立種判定」

「取る」

アレクシスは外套の裾を払って膝を落とす。
手甲から銀色の細線を抜き、崩れた街角へ無音で走らせる。
見えない糸が欄干と標識の間を三角に結んだ。

背中の鞘から、片手剣を半ば抜く。
高周波ブレード――《SEVERIN》。
振動子が目覚め、刃の輪郭が空気を震わせた。

曲がり角の先、乾いた擦過音。

影が一つ、ゆら、と顔を上げる。
痩せた女の輪郭。
白磁の肌が煤に汚れ、髪は風に貼り付いている。

“孤立種”。そう読める。
だが、目だけが妙に澄んでいた。

運命は、再び交わる。

青と紅、二つの記憶が封鎖区に呼び覚まされる。

「NCB特殊作戦班――」と、アレクシスは名乗りかけてやめた。
応答は要らない。

女はゆっくり手を上げ、掌に走った赤い線を指先で掬う。
滴が落ちる前に、細い刃へと形を変えた。

「血刃だ。低出力」

「データ取るわ」セシリアが言う。
「接近、どうぞ」

先に動いたのは女だった。

血の細剣が弧を描き、アレクシスの喉を正確に狙う。
彼は半歩外へ流し、SEVERINを軽く当てる。
刃と刃が触れた瞬間、逆位相が走り、赤い刃の輪郭が微かに乱れた。

運命は、再び交わる。

青と紅、二つの記憶が封鎖区に呼び覚まされる。

「……邪魔な音ね」女が低く笑う。

反撃の角度で、アレクシスは銀糸の三角へ誘導する。
影の足首が糸を踏む――切断はしない。
筋を軽く弾いて、膝の力だけを奪う設定。

崩れる体を《SEVERIN》の峰で受け、肩越しに押し返す。

女は膝をつく直前に、血糸を床に伸ばし、自分の体を吊った。

――判断が速い。

孤立種にしては、底がある。

「致死許可は?」

「保留。サンプル優先。右側高所に二次熱源――観測眼かも」

アレクシスは顎だけ動かして屋上を測る。
夜の縁がきら、と反射した。
誰かが見ている。

女が立つ。
呼吸は乱れていない。

指先で刃を回し、今度は横へ払う。
アレクシスは外套の内から左のマグナムを抜く。《MERCY》。
銀被甲弾を一発、足元すれすれに撃つ。

乾いた破裂音。
銀粉が石畳に霧のように散り、再生を鈍らせる。

女の足首が微かによろめく。
その癖、目には怯えも飢えもない。

「名は?」

「――」

沈黙の間合いで、アレクシスは踏み込む。
SEVERINをHARMONICに切り替え、赤い刃の“結び目”を撫でるように断つ。

一瞬、女の鎖骨の下に薄い紋が浮いた。

錯視か、瘴気の揺らぎか。

彼は刃を引き、距離を取る。

「セシリア、今の光、見えたか」

「ログに微弱反応。……紋様っぽいけど、解像が足りない。孤立種判定のままよ」

女は血の刃を解いた。
血は皮膚に吸われ、傷跡ひとつ残らない。

「追って来ないのかしら?」

声の調子は、挑発よりも確認に近かった。

「追ってほしいのか?」

「どちらでも」

女は視線だけで屋上を示す。
アレクシスがその意図を取った刹那、夜風が流れを変え、屋上の反射が消える。
観測は切れた。

「……楽じゃない夜だ」

「いつもそうでしょ」

女は踵を返し、崩れた歩廊を軽やかに渡る。
銀糸に触れる角度を正しく避けていく。

“学ぶ”。
斬り合いの数合で、仕掛けの癖を読む。

孤立種に、そんな余白は普通ない。

「特作一、撤収か追跡か判断を」

「追わない。サンプルを拾う」

アレクシスは弾痕に残った銀粉と、女が吊るために使った血糸の乾きかけを、滅菌キットへ落とす。

「検体搬送、了解。……アレク、顔、少し切れてる」

「わかってる」

風が聖堂の残骸を鳴らし、遠くで犬のような鳴き声がする。

女の気配はもうない。

残ったのは、刃の形を覚えている血の匂いだけだった。

「セシリア」

「なに?」

「孤立種――“らしくない”奴がいる。底がある」

「解析してみる。あなたは休んで。……でも、次は多分、楽じゃない」

アレクシスはSEVERINを鞘に戻し、二丁のマグナムを確かめる。《JUDGEMENT》と《MERCY》。

銀の匂いが手袋に移る。

彼は振り返らず、封鎖線の内側へ歩き出した。

夜明けは、まだ遠い。

それでも彼は歩き出す――

過去の血と、未来の影を背に。

夜は、まだ鳴動している。

誰かが、こちらを見ている。

そして、次は――互いに少しだけ、深く斬れる。



ープロローグ 完ー


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