自分を陥れようとする妹を利用したら、何故か王弟殿下に溺愛されました

葵 すみれ

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22.婚約解消に向けて

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 ケイティの怪我は大したことがなく、軽い打ち身や擦り傷程度だった。
 しかし、念のために数日、自宅の屋敷で療養することになった。

「ケイティ、失礼するわ。……あら、お父さまもいらっしゃったのね。ごきげんよう」

 レイチェルがケイティの部屋を訪ねると、すでにそこには父であるリグスーン公爵がいた。
 ケイティは寝台の上で上半身だけを起こしていて、リグスーン公爵と話をしていたようだった。

「ああ、レイチェルか。さすがに妹が怪我をしたとなれば、見舞いに来るくらいの心はあったのだな」

 リグスーン公爵は皮肉げに呟く。

「それはもちろん、大切な妹ですもの」

 レイチェルが涼しい顔で答えると、リグスーン公爵はフンと鼻を鳴らした。

「ケイティが怪我をしたのは、王太子殿下をお庇いしたからだという。その場には、お前もいたそうだな。まったく、王太子殿下の婚約者であるお前がいながら、どうしてケイティが怪我をする事態になったのだ。……聞いて呆れるな」

 リグスーン公爵は冷たく言い放つと、レイチェルを睨みつけた。
 しかし、ちょうどよく話を出してくれたものだと思いながら、レイチェルは殊勝な表情を作る。

「そのことですが、お父さま……どうか王太子殿下と私の婚約を解消していただけないでしょうか」

「……なんだと?」

 レイチェルが懇願すると、リグスーン公爵は驚いたように目を見開いた。

「王太子殿下の危機に、身を挺して庇ったケイティの姿に胸を打たれたのです。殿下には、私よりもケイティがふさわしいのではないかと……」

 レイチェルは俯いて、か細い声を震わせる。
 本当はグリフィンとケイティは、余計な真似をして自業自得で怪我をした愚か者だ。周囲にも迷惑しかかけていない。
 しかし、さも感動的な話であるかのように、リグスーン公爵に訴えかけた。

「お前が、そんなことを言うとは……」

 どうやら効果はあったようだ。
 リグスーン公爵は感慨深げに呟いた。

「どうか、いたらない私よりも、ケイティを殿下の婚約者にしてください。彼女もリグスーン公爵家の令嬢ですので、問題はございませんでしょう?」

「まあ、そうだな……」

 リグスーン公爵はちらりとケイティを見る。
 すると、呆然と成り行きを見守っていた彼女は、弾かれたように口を開いた。

「まあ……お姉さまもやっと、私の素晴らしさをわかってくださったのね! 嬉しいわ! 愚かなお姉さまにもわかるくらい、私と殿下は真実の愛で結ばれているんだわ! お父さま、よろしいですよね!?」

 ケイティは瞳をキラキラと輝かせると、父親に食ってかかる。
 そんなケイティの様子にレイチェルは思わず呆れた。
 いったいどこからそんな自信がくるのだろうか。
 だが、そのような内心はおくびにも出さず、わずかに憂いを帯びた微笑みを作る。

「ええ、もちろんよ。私の大切な妹のケイティは王太子殿下とお似合いだわ。どうかケイティを、殿下の婚約者にしてください」

「うむ、そこまで言うのなら……仕方がないな」

 リグスーン公爵はうんうんと頷くと、ちらりとケイティを見る。

「お前はそれでいいのだな?」

「もちろんですわ! お姉さまよりも、私の方が王太子妃にふさわしいわ!」

 ケイティは自信満々に答える。
 レイチェルは深く感謝するようにお辞儀をすると、そのまま部屋を退出した。
 部屋を出ると、廊下で兄ジェイクが待ち構えていた。

「その様子だと、うまくいったようだね」

「ええ、ありがとう、お兄さま」

 レイチェルは微笑んで答えると、兄と並んで廊下を歩き始めた。

「それにしても、ちょうどよい事件が起こったね。王太子をお慕いしているからこそ身を引くという、健気な令嬢の出来上がりだ。これまでの振る舞いから、誰も疑わないよ」

 ジェイクはくすくすと笑い声をあげる。
 レイチェルもつられて微笑んだ。

「そうね、我慢した甲斐がありましたわ」

「ああ、よく我慢したよ。……でも、これからが本番だ。気を引き締めていこう」

「ええ、もちろんよ。お兄さま」

 レイチェルは決意を新たにして、頷いた。



 グリフィンとレイチェルの婚約を解消し、新たにケイティとの婚約を結ぶという話は、順調に進んでいった。
 本来ならケイティは正統なリグスーン公爵令嬢ではないので、レイチェルを差し置いて王太子妃となる資格はない。
 しかし、儀式に対する認識が薄れている今、それは大した問題にならなかった。
 グリフィンもケイティも、愛する相手と結ばれることができると上機嫌だ。

「やっと身を引く覚悟ができたか。まあ、僕を諦めたくないという気持ちはわからないでもない。遅かったが、それでも自分の愚かさを省みることができたことは褒めてやろう」

 わざわざリグスーン公爵邸を訪れて、レイチェルにそう声をかけるくらいだった。
 その傲慢さや驕りに、レイチェルは鳥肌が立ちそうになる。
 だが、我慢して微笑みを浮かべると、殊勝に頭を下げて見せた。

「身に余るお言葉でございます」

「まあ、ともかく僕の慈悲に感謝することだな。ケイティの優しさと愛に感謝するがいい」

 尊大な言葉を吐くグリフィンの隣では、ケイティが勝ち誇ったように微笑んでいる。

「私も悪魔ではないから、潔く身を引くというのなら穏便に済ませてあげるわ。……まあ、私は寛大だから、今までのことは許してあげてもいいのよ」

 ケイティはふふんと鼻で笑う。
 レイチェルは怒りをぐっと堪えた。
 ここで反応しては負けだ。この婚約が解消されるまでの辛抱なのだと己に言い聞かせる。

「ええ、ありがとう」

「ふん、まあせいぜい感謝することね」

 そんなやり取りをしてから、ようやく二人は去っていった。

「ふう……」

 二人が出ていくと、レイチェルは詰めていた息を吐き出した。

「よく我慢したね、レイチェル」

 隣室から一部始終を見ていたジェイクが、入れ替わりにやって来る。そして、労いの言葉をかけてくれた。

「ええ、ありがとう、お兄さま」

 ようやく一息つけると思いながら、レイチェルは微笑んだ。

「でも、あとは待つだけだ。国王もケイティを婚約者とすることに反対していないそうだからね。このままいけば、きっとうまくいくさ」

「そうね……。このままいけば……」

 レイチェルは祈るように呟く。

 しかし、その願いは叶わなかった。
 王妃が猛反対しているとの知らせが飛び込んできたのだ。
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