自分を陥れようとする妹を利用したら、何故か王弟殿下に溺愛されました

葵 すみれ

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25.学園祭の始まり

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 学園祭当日がやってきた。
 レイチェルの部屋まで押しかけてきて騒いだグリフィンとケイティだったが、その後は特に何もない。
 学園でも無視されていて、二人がレイチェルに絡んでくることはなかった。
 おかげで、平穏に学園祭の準備を進めることができた。

「今日から学園祭が始まるのね」

 レイチェルは馬車に揺られながら、窓の外をぼんやりと眺める。
 今日は学園の学園祭の初日だ。学園祭は三日に渡って開催される。

「そうだね。僕は生徒会の仕事があるから、一緒に回ることはできないけど……」

 向かい側に座っているジェイクが申し訳なさそうに言った。

「大丈夫、わかっていますわ。お兄さまは生徒会の仕事に専念してくださいね」

 レイチェルは笑顔で答える。
 本来ならば婚約者と回るべきなのだろうが、婚約者はアレだ。あり得ない。
 カーティスと一緒に回ることができたら、どれほど楽しいだろう。だが、今そのようなことをしては、これまでの計画が全て水の泡だ。

「ありがとう、レイチェル」

 ジェイクは安心したように微笑んだ。

「でも、何かあれば必ず僕に言うんだよ。いいね?」

「ええ、わかっていますわ」

 レイチェルはしっかりと頷く。
 馬車は学園に着き、レイチェルたちは馬車を降りた。
 学園の中は、すでに多くの人で賑わっている。

「じゃあ、レイチェル。また後で」

「ええ、お兄さま。頑張ってくださいね」

 ジェイクは手を振って去っていく。それを見送ると、レイチェルも歩き出す。

「それにしても、すごい賑わいね」

 レイチェルは思わず呟いた。
 学園内は様々な人で溢れかえっており、皆楽しそうにしている。
 呼び込みをする生徒の声や、生徒たちが楽しげに騒ぐ声。あちこちから聞こえてくる音楽に笑い声。

「本当にお祭りって感じだわ……」

 演劇や演奏会、ファッションショーなど、様々な出し物が行われることになっている。
 あちらこちらに案内の看板や、告知の声を張り上げている生徒がいた。

「あら? これ……」

 歩いていると、演劇の看板が目に入った。
 タイトルは『真実の愛で結ばれた高貴な王太子と可憐な令嬢』だ。
 見た瞬間に、レイチェルの背筋を悪寒が襲う。

「これ……まさか、あの二人が出演するんじゃ……」

 嫌な予感を覚えながら、看板をよく見ると、案の定だった。
 しっかりとグリフィンとケイティの名前が記されている。

「……近づかないようにしましょう」

 レイチェルは足早にその場を去った。
 賑やかな会場を通り、レイチェルの展示物がある教室へと辿り着く。
 そこは閑散としており、華やかな雰囲気とは程遠かった。
 まるで、ここだけは学園祭の空気から取り残されたように、しんとしている。

「まあ……仕方ないわよね」

 レイチェルは苦笑すると、教室の中へ足を踏み入れた。
 中にはたった一人、誰かがいる。
 レイチェルはその人を見て、一瞬硬直してしまった。
 そこにいたのは、壮年の男性だ。白髪混じりの金髪を後ろに撫でつけており、口髭を生やしている。服装は質素だが、どこか品があり、佇まいにも気品が溢れている。

「……オウムト公爵閣下? どうしてここに……?」

 レイチェルは思わず呟く。
 彼は四大公爵の一つ、オウムト公爵家の現当主である。

「レイチェル嬢、久しいな。昨年の建国祭以来か?」

 オウムト公爵は柔らかな笑みをたたえて、レイチェルに語りかけてきた。

「はい、お久しぶりです」

 レイチェルは丁寧にお辞儀をして答える。オウムト公爵とは何度か面識があるが、それでも緊張してしまう相手だ。

「うむ、そなたも学園祭の展示物を出すと聞いてな。見に来たのだが……なかなか興味深い」

 オウムト公爵は興味深そうに教室内を見回した。

「ありがとうございます」

「今や結界の重要性は人々から忘れ去られている。これほど素晴らしい展示でありながら、閑散としているのが、その表れだろう。残念なことだ」

 オウムト公爵は教室を見回して、悲しそうに言う。

「我がオウムト公爵領は十七年前、魔物が大量発生してな。結界の綻びが引き起こしたものだ。幸いにして民に被害はなかったが、騎士が一人命を失った。結界の大切さを改めて実感したものだ」

 オウムト公爵は遠い目をして語る。
 以前、ジェイクから聞いた話を思い出す。

「確か……当時王太子だった、現国王陛下が素早く騎士たちを派遣して、対処されたのですよね?」

 レイチェルはおずおずと尋ねる。
 すると、オウムト公爵の顔が苦虫を噛み潰したような顔になった。

「ああ……まあ、そうだな。だが、まともに働いてくれたのは、一人の騎士だけだったな。彼には、当時まだ幼かった我が息子を救ってもらった。しかし、他の騎士たちは彼を見殺しに……」

 オウムト公爵は言葉を詰まらせる。

「彼だけだ。魔物を討伐したのは……。他の連中は、彼が命を落とすと同時に去っていった。まるで、彼を亡き者にするのが目的だったようにな」

「え……?」

 オウムト公爵の言葉に、レイチェルは眉をひそめる。

「何かがおかしいと思って調べたところ、彼は平民出身の騎士だった。しかし、優秀だったために王宮に召し上げられたのだ。それが気に入らない連中がいたのだろう。いや、現国王がそうだったのかもしれない。当時王太子妃だった現王妃が気に入っていた騎士だったのだから」

「そんなことが……」

 レイチェルは呆然とオウムト公爵を見つめる。
 まさか、そのような事情があるとは思いもしなかった。

「私はせめて彼の家族に、何かできないかと調べた。しかし、彼の家族は妹しかおらず、しかもその妹は隣国に嫁いでいたのだ。私は彼の遺品を送ることくらいしかできなかった」

 オウムト公爵は悔しそうに拳を握る。

「彼の妹からは、丁重な手紙が送られてきた。彼女も平民ではあったが、教養のある女性だった。彼女の嫁ぎ先はやがて大きな商会に発展してな。今では、我が国にも支店ができているくらいだ」

 オウムト公爵は遠くを見るような目をした。
 レイチェルは、何かがひっかかる。
 もしかしたらと、頭に浮かぶ商会があった。

「あの……もしかして、ジェシカ商会ですか?」

 おそるおそる尋ねると、オウムト公爵は大きく目を見開いた。

「そのとおりだ。よくわかったな」

 感心したようなオウムト公爵の言葉に、レイチェルは呆然とする。
 ジェシカ商会は、留学生ハロルドの実家だ。
 おそらく、その妹とはハロルドの母だろう。ハロルドが、母はこの国の出身だと言っていた。
 そうなると、現王妃に気に入られていたという騎士は、ハロルドの伯父だ。
 事件は十七年前だという。王家の血を引かない王太子グリフィンは、現在十六歳だ。

 同じ色の瞳を持つ王太子グリフィンと留学生ハロルド。
 これまで接点はないように思われた彼らを結ぶ線が、見えてきてしまった。
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