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10.二人のお茶会

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 それから、数週間が過ぎようとしていた。
 レイモンドとヘスティアは、徐々に距離を縮めていった。
 初めはぎこちなかった会話も、今では自然にできるようになっている。

「実家とは、手紙のやり取りをしているのか?」

 ある日の午後、アマーリアの部屋でお茶を飲みながら、レイモンドが問いかけてきた。
 ちなみにお茶の準備を命じたはずのアマーリアは、用事があると言って席を外してしまった。そのため、ヘスティアがレイモンドの相手を務めているのだ。

「一回だけ……。でも、返事を出してから、それきりです」

「そうか……。その、きみはあまり良い待遇を受けてはいなかったようだから、心配になってね」

「ご心配いただき、ありがとうございます。でも、大丈夫です」

 ヘスティアは微笑んでみせたが、レイモンドの表情は曇ったままだ。

「もし……何か困っていることや悩み事があったら言ってくれないか?」

「いえ、今は本当に幸せですから……」

 そう言って、ヘスティアは微笑んだ。

「そうか……それならいいのだが……」

 レイモンドはどこか腑に落ちない様子だったが、それ以上追及することはなかった。

「あの、そういえば大旦那さまってどんな方なんですか?」

 話題を変えるために、ヘスティアはずっと気になっていたことを尋ねてみる。

「ああ……祖父は一言で言えば、戦闘狂だな。魔物を狩るのが何より好きで、戦場を駆け回っているんだ」

 レイモンドは苦笑しながら答えた。

「お強いんですか……?」

「ああ、とても強いよ。剣技も魔法も一流で、多くの魔物を討伐している。特に、魔法を剣に宿して戦うのが得意なんだ」

「まあ、魔法を……」

 魔法は一部の貴族にしか使えない特別な技術であり、希少性が高い。かつてはほとんどの貴族が使えたそうだが、今は少なくなっている。
 そのため、魔法を使えるというだけで一目置かれる存在なのだ。

「旦那さまも魔法を使えるのですか?」

「ああ、一応な。だが、祖父の足元にも及ばないよ。まともに使えるのは、火属性の魔法くらいだ」

「そうなんですか……。どんな魔法なんですか?」

「そうだな……たとえば、火球を撃ち出すような魔法がある」

 そう言って、レイモンドは手の上に火の玉を出現させた。
 拳ほどの大きさの炎がゆらゆらと揺れているのを見て、ヘスティアは思わず息をのむ。
 冷や汗が背中を伝い、呼吸が苦しくなった。

「どうした? 顔色が悪いぞ」

 心配そうに顔を覗き込んでくるレイモンドに対して、ヘスティアはぎこちなく微笑んだ。

「いえ……少し驚いただけですので……」

「そうか……ならいいんだが」

 レイモンドはそう言って、火の玉を握りつぶすように消す。
 ヘスティアはほっと安堵の息を漏らした。
 そんな様子を見て、レイモンドは何か思案するように顎に手を当てる。そして、意を決したように口を開いた。

「……きみは背中に火傷の痕があると言っていたな。もしや、誰かに魔法で攻撃されたのか?」

「それは……」

 ヘスティアは答えに窮した。他人に話したことはない。
 しかし、レイモンドの真剣な眼差しを見ると、ごまかすことはできそうになかった。

「……実は、十歳になった頃に妹が魔法を発動させて、私の背中を焼いたんです。突然、背中が燃え上がって……熱くて、痛くて……とても恐ろしかった……」

 その時のことを思い返すと、今でも体が震えそうになる。

「それはひどいな……。許せないことだ」

 怒りに表情を歪ませながら、レイモンドはぼそりと呟いた。

「いえ、もう過ぎたことですし……。その後は妹も、私に魔法を使うことはありませんでしたから……」

 言いながら、ヘスティアは妹デボラが自分に魔法を使ったのは、その一度きりだったことを不思議に思う。
 それからも嫌がらせは続き、命の危険を感じたことすらあった。
 しかし、魔法を使うことはなかったのだ。

「そうか……。ここにはそんな恐ろしいことをする者はいないから安心してくれ。俺がきみを守る」

「あ、ありがとうございます……」

 真っ直ぐ見つめられながらそんなことを言われてしまい、ヘスティアは頬が熱くなっていく。
 心臓がドキドキと高鳴るのを感じる。なんだか落ち着かない気持ちになった。

「あの、お茶のおかわりをお淹れしましょうか……?」

 ヘスティアはごまかすようにティーポットを持ちながら立ち上がった。
 しかし、その瞬間に立ち眩みがして、ぐらりと身体が傾く。

「危ない!」

 倒れそうになったヘスティアを、レイモンドは慌てて抱きとめた。

「大丈夫か?」

「はい……すみません……」

 レイモンドの胸に抱かれる形となり、ヘスティアは恥ずかしさに顔を赤くする。
 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

「あの……もう大丈夫ですから……」

 そう言って離れようとしたのだが、なぜかレイモンドは離してくれない。
 不思議に思って見上げると、彼はじっとヘスティアを見つめていた。

「あ、あの……?」

 戸惑うヘスティアに、レイモンドは真剣な眼差しで言う。

「きみは……とても可愛いな」

「えっ!?」

 予想外の言葉を告げられて、ヘスティアは思わず硬直してしまった。
 顔がさらに熱くなるのを感じる。心臓の音がうるさいほどに高鳴っていた。

「健気で、一生懸命で……とても優しい心を持っている。それに、笑顔も素敵だ」

 レイモンドはヘスティアの顔を見つめたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 その口調は穏やかで優しく、まるで愛しい人に向けるようなものだった。

「あ、あの……旦那さま……?」

 ヘスティアは戸惑いながら問いかけるが、レイモンドは止まらない。

「きみのことを知れば知るほど、惹かれていく。もっと一緒にいたいと、そう思うんだ」

 そう言って、レイモンドはヘスティアの頬にそっと手を添えた。

「あ……」

 ヘスティアは顔を真っ赤に染めて、口をパクパクとさせることしかできない。心臓の音がうるさいくらいに高鳴っている。

「俺は……きみのことを……」

 レイモンドは何かを言いかけたが、そこでハッとしたように目を見開いた。そして、気まずそうに目を逸らす。

「すまない……突然こんなことを言ってしまって……」

 レイモンドはヘスティアから離れて立ち上がると、背を向けてしまった。
 その耳は赤くなっており、照れていることがわかる。

「い、いえ……その……」

 ヘスティアも顔を真っ赤にしてうつむくことしかできなかった。心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。
 しばらく沈黙が続いた後、部屋の扉が開かれた。

「ごめんなさい、お待たせして。ちょっと長引いてしまったわ」

 そう言いながら入ってきたのはアマーリアだった。
 助かった、とヘスティアは思う。あのままでは心臓が破裂していたかもしれない。
 アマーリアは二人の様子を見て、不思議そうに首を傾げた。

「あら、どうしたの? 二人ともなんだか顔が赤いけれど……」

「い、いえ……何でもありません」

 ヘスティアはぶんぶんと頭を横に振って否定する。レイモンドも気まずそうな顔をしていた。
 二人はそそくさと椅子に座る。

「そう? ならいいけれど……」

 アマーリアはそれ以上追及することはせず、椅子に座った。そして、ちらりと二人の顔を交互に見ると楽しそうに微笑む。

「さて……何の話をしていたのかしら? ずいぶん楽しそうね?」

「いえ、あの……世間話を……」

 ヘスティアはしどろもどろになりながらも、なんとか答える。
 レイモンドは何か言おうか迷っている様子だったが、結局口をつぐんでいた。

「ふーん……まあいいわ。じゃあ本題に入りましょう」

 アマーリアはそう言って、姿勢を正す。つられて二人も背筋をピンと伸ばした。

「実はね、新しい侍女がやって来るのよ。それもディゴリー子爵家の令嬢がね」

「え……?」

 ヘスティアは驚きに目を見開く。
 まさかその名を聞くことになるとは思わなかったからだ。
 レイモンドはよくわからないようで、首を傾げている。
 アマーリアはヘスティアに向かい、ため息交じりに言葉を続けた。

「そう、あなたの妹の婚約者の家、ディゴリー子爵家よ」
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