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11.新しい侍女

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「あ、あの……どうしてディゴリー子爵家のご令嬢が……?」

 戸惑いながら尋ねるヘスティアに対して、アマーリアは淡々と答える。

「あなたとの縁を頼って、ということらしいわ。確か、名前はポーラだったかしらね。ヘスティアは知っているかしら?」

「あ、はい……。一度だけお会いしたことがあります。でも、もう何年も前のことで……」

 ヘスティアは記憶を探りながら答えた。確かに、タイロンの妹にポーラという名の令嬢がいたはずだ。
 まだタイロンが婚約者だった頃に、一回だけ会ったことがある。
 金髪の可愛らしい令嬢だったと記憶しているが、挨拶くらいしかしなかったため、あまり印象に残っていない。
 彼女がどういった人物なのかは、何も知らなかった。

「まあ、そんなところでしょうね。辺境伯家との縁を作りたくて、無理やりねじ込んできたのよ」

「そ、それは……もしかして、私のせいでご迷惑を……」

 ヘスティアは青ざめた顔で呟いた。
 今のアマーリアの口ぶりからすると、迷惑に感じているようだ。それも、彼女はヘスティアとの縁を頼ってやって来るのだという。
 自分が辺境伯家から去っていれば、こんなことにはならなかったのではないか。そんな思いが頭の中を駆け巡る。
 しかし、アマーリアは首を横に振った。

「そんなことはないわ。あなたのせいではないから安心なさい」

「でも……」

「大丈夫よ、心配しないで」

 そう言って微笑むアマーリアを見て、ヘスティアも少しだけ安心した。
 だが、不安が消えたわけではない。これからどうなるのかわからないという恐怖が心を支配していた。

 辺境伯家に迷惑をかけているのではないかという思いだけではない。
 居場所を奪われるのではないかと恐れているのだ。
 せっかく辺境伯家で居場所ができたのに、それをまた失ってしまったらどうすればいいのか。
 そう考えると、怖くて仕方がなかった。
 そんなヘスティアの心情を察したかのように、アマーリアは言葉を続ける。

「あなたはこれまでどおりでいいのよ。とにかく、新しい侍女がやってくることは覚えておいてちょうだい」

「わかりました……」

 ヘスティアは小さく頷いた。しかし、不安が消えることはない。
 レイモンドは何か言いたげだったが、口をつぐんでいた。侍女に関しては、女主人のアマーリアが決めることであり、口を挟むべきではないということだろう。
 そんな二人の様子を一瞥した後、アマーリアは立ち上がる。

「さて、話は以上よ。ヘスティアは下がっていいわ。レイモンドは残ってもらえるかしら」

「ああ……わかった」

「はい……失礼いたします……」

 ヘスティアは一礼して部屋を出ていく。
 扉が閉まる直前、レイモンドの心配そうな顔が見えた気がした。



 それから一週間ほどが経ち、アマーリアの言っていたとおり、新しい侍女がやってきた。
 アマーリアの部屋に呼ばれ、顔合わせとなる。

「ポーラ・ディゴリーです」

 そう言って、金髪の可愛らしい少女がお辞儀をする。
 くりっとした青い瞳と、ゆるくウェーブのかかった金髪が印象的だった。年齢はヘスティアと同じ年のはずだが、小柄なためか幼く見える。
 いかにも可憐な令嬢といった雰囲気だ。
 ヘスティアの目には、自分とは違う世界に生きる人間に見えた。少しだけ胸が痛む。

「私はヘスティア・ロウリーです。よろしくお願いいたします」

 ヘスティアはぎこちなく微笑むと、自らもお辞儀をした。

「まあ、ヘスティアお姉さま! お久しぶりですわ。お元気そうなお姿を拝見できて嬉しいです」

 そう言って、ポーラは微笑みを浮かべる。
 その笑みはとても無邪気で愛らしいものだったが、どこか薄ら寒さを感じさせるものがあった。
 ヘスティアの背筋にぞくりとしたものが走る。

「は、はい……あの、私もお会いできて嬉しいです」

「ふふ、良かったですわ」

 ポーラは満面の笑みを浮かべて言った。しかし、その目の奥は決して笑っていないように見えた。
 まるでこちらの心を見透かされているようで居心地が悪い。

「ところで……お姉さまは、先々代の後妻となったのではありませんでしたの? なぜアマーリアさまの侍女を?」

「それは……」

 ヘスティアは口籠もった。どう答えていいかわからない。
 すると、アマーリアが助け舟を出すように口を開く。

「私がお願いしたのよ。この子の教育係をね。だから今は、学んでいるところなの」

「まあ、そうなのですね」

 ポーラは納得したように頷き、微笑む。だが、その目は冷淡さを感じさせるものだった。何かを探るような視線を向けてくる。
 ヘスティアは思わず身震いしたくなったが、ぐっと堪えた。

「さて……顔合わせはこれくらいにしておきましょうか。ポーラ、あなたにはヘスティアとともに働いてもらうことになるわ。いいかしら?」

「はい、もちろんです。精一杯務めさせていただきますわ」

 ポーラはにっこりと微笑むと、ヘスティアに向かって手を差し出す。

「これからよろしくね、お姉さま」

「え、ええ……こちらこそ……」

 ヘスティアは戸惑いながらも手を握り返した。
 ポーラの手は小さく滑らかで柔らかかったが、どこかひんやりとしているように感じたのだった。
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