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17.元婚約者からの贈り物
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意気込んだヘスティアだったが、レイモンドは一向に姿を見せなかった。
祭りの準備でトラブルが発生して、屋敷を空けているらしい。グレアムも同様で、姿を見かけなかった。
ヘスティアは落胆したが、落ち込んでばかりはいられない。
「お姉さま、とうとう正式に大旦那さまの後妻になるのね! じゃあ、私とレイモンドさまのことも取り持ってくれるわよね!?」
ポーラが、目を輝かせながらヘスティアに迫ってきたのだ。
「……アマーリアさまとのお約束があるから、急いでいるの」
ヘスティアは冷たくあしらうと、ポーラに背を向けて歩き出す。
「あ、ちょっと! 待ってよ!」
ポーラが叫ぶが、無視して歩き続けた。
「もう! お姉さまの意地悪!」
ポーラの不満げな声が背後から聞こえてきたが、ヘスティアは聞こえないふりをした。
彼女が来てからというもの、利用されてばかりだ。だが、それは自分が弱いからに他ならない。
だから、強くならなければならない。自分を偽らず、自分に正直に。
まずは自分の殻を破ることから始めよう。そして、少しずつ成長していくのだ。
決意を新たにするヘスティアだったが、ポーラもそう簡単には諦めなかった。
その後も、ことあるごとにポーラは絡んできたのだ。
「お姉さま、少し手伝ってほしいの。お願い」
それも、だんだんと焦りが募ってきたようだった。
どうやらこれまで仕事を押し付けていたヘスティアが、アマーリアの侍女ではなくなったことで、仕事が回らなくなったらしい。
ポーラは上目遣いでヘスティアを見つめながら、猫撫で声を出した。
「お願い、お姉さま」
その態度は、明らかにヘスティアを下に見ているものだった。
「……どうして私が、あなたを手伝わなくてはならないの?」
ヘスティアは冷たくあしらうと、そのまま歩き去ろうとした。
しかし、ポーラはそれを許さない。彼女はヘスティアの腕をつかむと、無理やり引き止めた。
「だって、アマーリアさまからお叱りを受けたのよ。最近、手抜きをしているって」
ポーラは涙目で訴える。
その様子を見たヘスティアは、ため息をつきながら言った。
「それなら自業自得じゃない。私のせいにしないで」
「そんな言い方ひどいわ! お姉さまが手伝ってくれないからじゃないの! 私がかわいそうだと思わないの?」
ポーラは目に涙を浮かべながら叫ぶ。その様子はまるで駄々っ子のようだった。
「思わない」
ヘスティアはきっぱりと言い放つと、再び歩き出そうとした。
しかし、ポーラは腕を掴んだまま離そうとしない。
「離してちょうだい」
ヘスティアが冷たくあしらうと、ポーラは怒りの表情を浮かべて叫んだ。
「どうしてよ! 今まではやってくれていたじゃないの! それなのに急に態度を変えないでよ!」
ポーラは怒りのあまり、口調も荒々しくなっていた。その様子はまるで癇癪を起こした子供のようだった。
「……そうね、あなたを付け上がらせてしまった私にも責任があるかもしれないわね」
ヘスティアはそう言うと、ポーラを見つめて優しく微笑んだ。
「でも、あなたがするべきことよ。自分でやりなさい」
ヘスティアの諭すような言葉に、ポーラは一瞬怯んだ様子を見せるが、すぐに反論する。
「な……なによ、正式に大旦那さまの後妻になるからって調子に乗らないでよ!」
「調子に乗っているのはあなたでしょう?」
ヘスティアは落ち着いた声で返す。
その様子は、ポーラとは対照的だった。
「う……うるさいわね! もういいわ!」
ポーラは怒りを爆発させると、ヘスティアの腕を振り払い走り去って行く。
だが、すぐに立ち止まって振り返った。そして、悔しそうに睨みつけてくる。
「覚えてなさいよ……!私に逆らったらどうなるか思い知らせてやるから……!」
まるで悪党のような捨て台詞を残し、今度こそポーラの姿は見えなくなったのだった。
あからさまな宣言にもかかわらず、ポーラはそれから何かをしかけてくることはなかった。
おとなしく仕事をしているらしく、アマーリアも及第点だと評価しているようだ。
だが、ヘスティアは油断しないことにした。
彼女はまだ何かを企んでいるかもしれないのだ。
そんなある日のこと、アマーリアの指揮のもと、祭りのための人形作りが行われた。
祭りの期間中飾り、最後は火口に投じて火の精霊に捧げられるものだ。
藁で等身大の人形を作り、それに衣装を着せていく。ちなみに藁は、以前お菓子作りにも使用した炎華粉の原料である炎華麦を乾燥させたものである。
人形作りは力仕事のため、男性陣が担うことが多い。
女性陣は衣装作りや、人形が載る台の製作などを行う。
ヘスティアも庭で、衣装作りを手伝っていた。
「ねえ、お姉さま。これ見てちょうだい」
ヘスティアが衣装を縫っていると、ポーラが近づいてきて話しかけてきた。
彼女の手には、中央に赤い石が輝くブローチが握られている。花の形をしていて、とても可愛らしいものだ。
「あら、素敵なブローチね。これ、どうしたの?」
ヘスティアは素直に感想を口にする。
すると、ポーラはわずかに表情を曇らせた。
「実は……タイロンお兄さまから預かっていたの。お姉さまへの贈り物なんですって!」
隠し事を明かすかのような口調だが、声はかなり大きい。
周囲で作業をしていた使用人たちが、何事かと視線を向けてきた。
「え……?」
ヘスティアは驚きのあまり、言葉を失った。
そういえば、ポーラはタイロンの妹だった。
元婚約者で、今は妹デボラの婚約者であるタイロンが、いったい何のつもりなのだろうか。
「でも、大旦那さまの後妻になるお姉さまに贈り物だなんて、あまりよろしくないわよね? それも、元婚約者からだなんて……。どうしようかしら……」
ポーラはわざとらしく考え込むと、やがて名案を思いついたかのように手を叩いた。
「そうだわ! このブローチを人形につけて、火の精霊に捧げればいいんじゃないかしら! そうすれば、想いを浄化してくれるはずだわ」
「はあ……」
わけがわからず、ヘスティアは間の抜けた返事をしてしまった。
「じゃあ、早速アマーリアさまにお渡ししてくるわ!」
ポーラは満面の笑みを浮かべて宣言した。
その表情がどこか不自然に感じられ、ヘスティアは嫌な予感を覚える。
「ちょっと……」
ヘスティアはポーラを呼び止めようとしたが、彼女は振り返ることなく走り去っていってしまった。
祭りの準備でトラブルが発生して、屋敷を空けているらしい。グレアムも同様で、姿を見かけなかった。
ヘスティアは落胆したが、落ち込んでばかりはいられない。
「お姉さま、とうとう正式に大旦那さまの後妻になるのね! じゃあ、私とレイモンドさまのことも取り持ってくれるわよね!?」
ポーラが、目を輝かせながらヘスティアに迫ってきたのだ。
「……アマーリアさまとのお約束があるから、急いでいるの」
ヘスティアは冷たくあしらうと、ポーラに背を向けて歩き出す。
「あ、ちょっと! 待ってよ!」
ポーラが叫ぶが、無視して歩き続けた。
「もう! お姉さまの意地悪!」
ポーラの不満げな声が背後から聞こえてきたが、ヘスティアは聞こえないふりをした。
彼女が来てからというもの、利用されてばかりだ。だが、それは自分が弱いからに他ならない。
だから、強くならなければならない。自分を偽らず、自分に正直に。
まずは自分の殻を破ることから始めよう。そして、少しずつ成長していくのだ。
決意を新たにするヘスティアだったが、ポーラもそう簡単には諦めなかった。
その後も、ことあるごとにポーラは絡んできたのだ。
「お姉さま、少し手伝ってほしいの。お願い」
それも、だんだんと焦りが募ってきたようだった。
どうやらこれまで仕事を押し付けていたヘスティアが、アマーリアの侍女ではなくなったことで、仕事が回らなくなったらしい。
ポーラは上目遣いでヘスティアを見つめながら、猫撫で声を出した。
「お願い、お姉さま」
その態度は、明らかにヘスティアを下に見ているものだった。
「……どうして私が、あなたを手伝わなくてはならないの?」
ヘスティアは冷たくあしらうと、そのまま歩き去ろうとした。
しかし、ポーラはそれを許さない。彼女はヘスティアの腕をつかむと、無理やり引き止めた。
「だって、アマーリアさまからお叱りを受けたのよ。最近、手抜きをしているって」
ポーラは涙目で訴える。
その様子を見たヘスティアは、ため息をつきながら言った。
「それなら自業自得じゃない。私のせいにしないで」
「そんな言い方ひどいわ! お姉さまが手伝ってくれないからじゃないの! 私がかわいそうだと思わないの?」
ポーラは目に涙を浮かべながら叫ぶ。その様子はまるで駄々っ子のようだった。
「思わない」
ヘスティアはきっぱりと言い放つと、再び歩き出そうとした。
しかし、ポーラは腕を掴んだまま離そうとしない。
「離してちょうだい」
ヘスティアが冷たくあしらうと、ポーラは怒りの表情を浮かべて叫んだ。
「どうしてよ! 今まではやってくれていたじゃないの! それなのに急に態度を変えないでよ!」
ポーラは怒りのあまり、口調も荒々しくなっていた。その様子はまるで癇癪を起こした子供のようだった。
「……そうね、あなたを付け上がらせてしまった私にも責任があるかもしれないわね」
ヘスティアはそう言うと、ポーラを見つめて優しく微笑んだ。
「でも、あなたがするべきことよ。自分でやりなさい」
ヘスティアの諭すような言葉に、ポーラは一瞬怯んだ様子を見せるが、すぐに反論する。
「な……なによ、正式に大旦那さまの後妻になるからって調子に乗らないでよ!」
「調子に乗っているのはあなたでしょう?」
ヘスティアは落ち着いた声で返す。
その様子は、ポーラとは対照的だった。
「う……うるさいわね! もういいわ!」
ポーラは怒りを爆発させると、ヘスティアの腕を振り払い走り去って行く。
だが、すぐに立ち止まって振り返った。そして、悔しそうに睨みつけてくる。
「覚えてなさいよ……!私に逆らったらどうなるか思い知らせてやるから……!」
まるで悪党のような捨て台詞を残し、今度こそポーラの姿は見えなくなったのだった。
あからさまな宣言にもかかわらず、ポーラはそれから何かをしかけてくることはなかった。
おとなしく仕事をしているらしく、アマーリアも及第点だと評価しているようだ。
だが、ヘスティアは油断しないことにした。
彼女はまだ何かを企んでいるかもしれないのだ。
そんなある日のこと、アマーリアの指揮のもと、祭りのための人形作りが行われた。
祭りの期間中飾り、最後は火口に投じて火の精霊に捧げられるものだ。
藁で等身大の人形を作り、それに衣装を着せていく。ちなみに藁は、以前お菓子作りにも使用した炎華粉の原料である炎華麦を乾燥させたものである。
人形作りは力仕事のため、男性陣が担うことが多い。
女性陣は衣装作りや、人形が載る台の製作などを行う。
ヘスティアも庭で、衣装作りを手伝っていた。
「ねえ、お姉さま。これ見てちょうだい」
ヘスティアが衣装を縫っていると、ポーラが近づいてきて話しかけてきた。
彼女の手には、中央に赤い石が輝くブローチが握られている。花の形をしていて、とても可愛らしいものだ。
「あら、素敵なブローチね。これ、どうしたの?」
ヘスティアは素直に感想を口にする。
すると、ポーラはわずかに表情を曇らせた。
「実は……タイロンお兄さまから預かっていたの。お姉さまへの贈り物なんですって!」
隠し事を明かすかのような口調だが、声はかなり大きい。
周囲で作業をしていた使用人たちが、何事かと視線を向けてきた。
「え……?」
ヘスティアは驚きのあまり、言葉を失った。
そういえば、ポーラはタイロンの妹だった。
元婚約者で、今は妹デボラの婚約者であるタイロンが、いったい何のつもりなのだろうか。
「でも、大旦那さまの後妻になるお姉さまに贈り物だなんて、あまりよろしくないわよね? それも、元婚約者からだなんて……。どうしようかしら……」
ポーラはわざとらしく考え込むと、やがて名案を思いついたかのように手を叩いた。
「そうだわ! このブローチを人形につけて、火の精霊に捧げればいいんじゃないかしら! そうすれば、想いを浄化してくれるはずだわ」
「はあ……」
わけがわからず、ヘスティアは間の抜けた返事をしてしまった。
「じゃあ、早速アマーリアさまにお渡ししてくるわ!」
ポーラは満面の笑みを浮かべて宣言した。
その表情がどこか不自然に感じられ、ヘスティアは嫌な予感を覚える。
「ちょっと……」
ヘスティアはポーラを呼び止めようとしたが、彼女は振り返ることなく走り去っていってしまった。
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