天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ

葵 すみれ

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40.問いの罠、答えの代償3

 応接間を後にすると、叔父はしきりに使用人へ指示を飛ばしていた。
 急ごしらえの客間を整えさせるためらしいが、その声音には、どこか上ずった焦りが滲んでいる。
 必死に歓迎の体裁を整えようとしているのが、かえって不自然だった。

(……今さら取り繕っても、遅うございますのに)

 パメラは微笑を崩さず、静かに歩を進めた。

「食事は控えめでいい。湯も、ぬるめで構わん。……いや、あえて粗末にする必要はないが……その、気を回しすぎるのもどうかと思ってな……」

 その言葉の端々に、パメラはひそやかに眉をひそめた。
 それは“もてなし”というにはあまりに不自然で、時間を稼ぎたい者の姿に思えたからだ。

(……やはり、わたくしを泊めること自体、予定にはなかったのでしょうね)

 客間に通されると、簡素ながらも清潔に整えられていた。
 だが、窓には格子のような飾り、扉には内側から開けるにはやや重すぎる古びた錠。
 見た目を整えてはいるものの、閉じ込めることも可能な造りだと、パメラはすぐに気づいた。

 侍女が湯を運び入れ、寝具を整える間も、パメラは終始穏やかな微笑を崩さなかった。
 だがその胸の奥では、鋭い緊張がわずかずつ積もっていく。

(……すぐに毒を盛るような真似はなさらないでしょう。でも、叔父さまは迷っておいでです)

 あの応接間でのやり取り。
 アシュフォード侯爵家、そして“粛清”の年に言及したときの叔父の反応。
 あの男は、間違いなく何かを知っていた──そして、うっかり口にしたことに、あとから気づいて狼狽した。

 今、彼のなかで保留されている。
 自分はただ金を引き出すための娘なのか、それとも──もっと厄介な存在か。

(わたくしが“主人には何も告げずに来た”と信じているうちは、まだ利用価値を残してくださる。けれど……)

 このままでは、いずれ“処分すべき存在”になるだろう。
 そうなる前に、パメラには確かめたいことがあった。

(──きっと、叔父さまは誰かに指示を仰ぐはず)

 あの動揺のしかたは、知らなかった者のものではなかった。
 自分の立場だけでは判断をつけかねている──だから、上にいる誰かに判断を仰ごうとするだろう。

(その“誰か”こそが、アシュフォード侯爵家を陥れた黒幕に通じているはずですわ)

 すべてを暴くには、まだ材料が足りない。
 だが、それを掴む機会が、この一夜に訪れるかもしれない。

 寝具に身を横たえるふりをしながら、パメラはそっと天井を見上げた。
 重く沈む天蓋の布が、まるで天を覆う帳のように感じられた。

(わたくしは“黙って来た従順な娘”──それが、唯一の盾です)

 今はまだ動かず、ただ見極める。
 叔父がどこへ、誰に、助言を求めに行くのか──。
 それがすべての鍵になると、パメラは確信していた。

 夜の帳が、静かに屋敷を包んでいく。
 その静けさは、やがて訪れる嵐の気配を孕んでいた。

 扉の向こうで、誰かの足音がかすかに止まる気配がした。
 ──この屋敷で、何かが動き出そうとしている。

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