41 / 95
41.信じた一夜1
客間の窓は曇り硝子で覆われ、外の景色はほとんど見えなかった。
格子のような飾りが重なって、光はごくわずか。部屋の隅には蝋燭が灯されていたが、その火は小さく、空気に滲むように揺れている。
寝台に腰かけ、パメラは静かに手を組んだ。
頬に張りつくような緊張は、夕刻の応接間でのやり取りから続いている。
(……やはり、気づかれましたわね)
自分が何かを探っているということに。
叔父は最初こそ上機嫌で、昔のように姪を見下ろすような視線だった。けれど、アシュフォード侯爵家の名を出した瞬間、空気が変わったのは間違いない。
あのとき、叔父は確かに口を滑らせた。
そして、その“誰かに言われた通りにした”という言葉に、自ら慌てた。
(今ごろ、焦っておいででしょうね……)
廊下から足音がする。遠ざかっていく音だ。
靴音は一定で、急いでいるようでいて、妙に慎重だった。
(……誰かを“走らせた”。やはり)
この扉の内側からでは確かめようがない。
けれど、パメラには確信があった。
叔父のような男が、即座に判断を下せるはずがない。
誰か、相談すべき相手がいるのだ。
そして、その“誰か”が──あの年の粛清に関わっていたのだとすれば。
(けれど、まだ“あの方”が黒幕だと断言はできません)
疑わしい人物はいる。けれど確証はない。
むしろ今は、“叔父が誰に繋がっているのか”を見極めることが肝要だった。
火が一瞬、揺らいだ。
風の気配はない。けれど、部屋の温度がほんの少しだけ沈んだ気がした。
(今夜を越えられる保証は、どこにもありませんわ)
自分の存在が、“まだ使える道具”なのか、それとも“処分すべき障害”なのか。
叔父はまだ、決めかねている。
だからこそ、指示を仰ぎに人を走らせた。
それまでのわずかな時間が、パメラに与えられた猶予だった。
(……レオさま。お気づきになってくださるでしょうか)
彼は、鋭い人だ。
パメラが纏う笑顔の仮面、その奥に秘めたものに、誰より早く気づいてしまう人だった。
(わたくしが何も言わず、ただ実家へ向かった。……それだけで、違和感に気づいてくださると、信じています)
それは祈りであり、賭けだった。
けれど、そう信じるに足る“何か”が、レオにはあった。
パメラは、指先にそっと力を込める。
ドレスの縫い目に隠された、小さな“願い石”を握りしめた。
かつて、幼い日──心を込めて刻んだ、ただひとつの願い。もはや記憶の底に沈んでしまった願いは、思い出すことさえ許されない。
それでも──今は、それにすがるしかなかった。
(……どうか)
扉の外で、ふと気配が動く。
立ち止まっている。見張りなのか、あるいは──ただの監視か。
どちらにしても、長くはない。
(時間がない……)
パメラはそっと寝台に身を横たえた。
絹の裾がかすかに揺れる。天井の飾り模様が、仄暗い影となって浮かび上がる。
眠るふりをするには、胸の内が静かすぎた。
(どうか──レオさま。お気づきになって)
閉じたまぶたの奥で、冷たい焦りがじわじわと広がっていく。
この一夜が、自らの選んだ“道”の正否を決める、一線になるかもしれなかった。
格子のような飾りが重なって、光はごくわずか。部屋の隅には蝋燭が灯されていたが、その火は小さく、空気に滲むように揺れている。
寝台に腰かけ、パメラは静かに手を組んだ。
頬に張りつくような緊張は、夕刻の応接間でのやり取りから続いている。
(……やはり、気づかれましたわね)
自分が何かを探っているということに。
叔父は最初こそ上機嫌で、昔のように姪を見下ろすような視線だった。けれど、アシュフォード侯爵家の名を出した瞬間、空気が変わったのは間違いない。
あのとき、叔父は確かに口を滑らせた。
そして、その“誰かに言われた通りにした”という言葉に、自ら慌てた。
(今ごろ、焦っておいででしょうね……)
廊下から足音がする。遠ざかっていく音だ。
靴音は一定で、急いでいるようでいて、妙に慎重だった。
(……誰かを“走らせた”。やはり)
この扉の内側からでは確かめようがない。
けれど、パメラには確信があった。
叔父のような男が、即座に判断を下せるはずがない。
誰か、相談すべき相手がいるのだ。
そして、その“誰か”が──あの年の粛清に関わっていたのだとすれば。
(けれど、まだ“あの方”が黒幕だと断言はできません)
疑わしい人物はいる。けれど確証はない。
むしろ今は、“叔父が誰に繋がっているのか”を見極めることが肝要だった。
火が一瞬、揺らいだ。
風の気配はない。けれど、部屋の温度がほんの少しだけ沈んだ気がした。
(今夜を越えられる保証は、どこにもありませんわ)
自分の存在が、“まだ使える道具”なのか、それとも“処分すべき障害”なのか。
叔父はまだ、決めかねている。
だからこそ、指示を仰ぎに人を走らせた。
それまでのわずかな時間が、パメラに与えられた猶予だった。
(……レオさま。お気づきになってくださるでしょうか)
彼は、鋭い人だ。
パメラが纏う笑顔の仮面、その奥に秘めたものに、誰より早く気づいてしまう人だった。
(わたくしが何も言わず、ただ実家へ向かった。……それだけで、違和感に気づいてくださると、信じています)
それは祈りであり、賭けだった。
けれど、そう信じるに足る“何か”が、レオにはあった。
パメラは、指先にそっと力を込める。
ドレスの縫い目に隠された、小さな“願い石”を握りしめた。
かつて、幼い日──心を込めて刻んだ、ただひとつの願い。もはや記憶の底に沈んでしまった願いは、思い出すことさえ許されない。
それでも──今は、それにすがるしかなかった。
(……どうか)
扉の外で、ふと気配が動く。
立ち止まっている。見張りなのか、あるいは──ただの監視か。
どちらにしても、長くはない。
(時間がない……)
パメラはそっと寝台に身を横たえた。
絹の裾がかすかに揺れる。天井の飾り模様が、仄暗い影となって浮かび上がる。
眠るふりをするには、胸の内が静かすぎた。
(どうか──レオさま。お気づきになって)
閉じたまぶたの奥で、冷たい焦りがじわじわと広がっていく。
この一夜が、自らの選んだ“道”の正否を決める、一線になるかもしれなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う
黒塔真実
恋愛
【番外編更新に向けて再編集中~内容は変わっておりません】禁断の恋に身を焦がし、来世で結ばれようと固く誓い合って二人で身投げした。そうして今生でもめぐり会い、せっかく婚約者同士になれたのに、国の内乱で英雄となった彼は、彼女を捨てて王女と王位を選んだ。
最愛の婚約者である公爵デリアンに婚約破棄を言い渡された侯爵令嬢アレイシアは、裏切られた前世からの恋の復讐のために剣を取る――今一人の女の壮大な復讐劇が始まる!!
※なろうと重複投稿です。★番外編「東へと続く道」「横取りされた花嫁」の二本を追加予定★
愛しているだなんて戯言を言われても迷惑です
風見ゆうみ
恋愛
わたくし、ルキア・レイング伯爵令嬢は、政略結婚により、ドーウッド伯爵家の次男であるミゲル・ドーウッドと結婚いたしました。
ミゲルは次男ですから、ドーウッド家を継げないため、レイング家の婿養子となり、レイング家の伯爵の爵位を継ぐ事になったのです。
女性でも爵位を継げる国ではありましたが、そうしなかったのは、わたくしは泣き虫で、声も小さく、何か言われるたびに、怯えてビクビクしていましたから。
結婚式の日の晩、寝室に向かうと、わたくしはミゲルから「本当は君の様な女性とは結婚したくなかった。爵位の為だ。君の事なんて愛してもいないし、これから、愛せるわけがない」と言われてしまいます。
何もかも嫌になった、わたくしは、死を選んだのですが…。
「はあ? なんで、私が死なないといけないの!? 悪いのはあっちじゃないの!」
死んだはずのルキアの身体に事故で亡くなった、私、スズの魂が入り込んでしまった。
今のところ、爵位はミゲルにはなく、父のままである。
この男に渡すくらいなら、私が女伯爵になるわ!
性格が変わった私に、ミゲルは態度を変えてきたけど、絶対に離婚! 当たり前でしょ。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観です。
※ざまぁは過度ではありません。
※話が気に入らない場合は閉じて下さいませ。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
◆◆◆◆◆◆◆◆
作品の転載(スクショ含む)を禁止します。
無断の利用は商用、非営利目的を含め利用を禁止します。
作品の加工・再配布・二次創作を禁止します
問い合わせはプロフィールからTwitterのアカウントにDMをお願いします
◆◆◆◆◆◆◆◆
第一王子に裏切られた私は意外と身近に転生しました。さぁ復讐を始めましょう……
水城ゆき
恋愛
公爵令嬢のメリアンナは知ってしまった。婚約者である第一王子アストレアが自分の屋敷のメイドであるミレーナにラブレターを送った事を。
憤怒したメリアンナは二人の恋を実らせまいと行動するが、その作戦が上手くいきかけた時。
突然現れたミレーナを見て、思わずアストレアは抱きしめていたメリアンナを突き飛ばした。
メリアンナは階段を転落する事になり、そのまま命を落としてしまう。
しかし次に目覚めた時、メリアンナは第二王子の長女として以前の記憶を保ったまま生まれ変わっていたのだ。
ここからメリアンナの復讐が始まる。
【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜
遠野エン
恋愛
セレスティア伯爵家の長女フィーナは、生まれつき強大すぎる魔力を制御できず、常に体から生命力ごと魔力が漏れ出すという原因不明の症状に苦しんでいた。そのせいで慢性的な体調不良に陥り『幽霊令嬢』『出来損ない』と蔑まれ、父、母、そして聖女と謳われる妹イリス、さらには専属侍女からも虐げられる日々を送っていた。
晩餐会で婚約者であるエリオット王国・王太子アッシュから「欠陥品」と罵られ、公衆の面前で婚約を破棄される。アッシュは新たな婚約者に妹イリスを選び、フィーナを魔力の枯渇した不毛の大地『グランフェルド』へ追放することを宣言する。しかし、死地へ送られるフィーナは絶望しなかった。むしろ長年の苦しみから解放されたように晴れやかな気持ちで追放を受け入れる。
グランフェルドへ向かう道中、あれほど彼女を苦しめていた体調不良が嘘のように快復していくことに気づく。追放先で出会った青年ロイエルと共に土地を蘇らせようと奮闘する一方で、王国では異変が次々と起き始め………。
【完結】都合のいい女ではありませんので
風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。
わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。
サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。
「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」
レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。
オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。
親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。