天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ

葵 すみれ

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41.信じた一夜1

 客間の窓は曇り硝子で覆われ、外の景色はほとんど見えなかった。
 格子のような飾りが重なって、光はごくわずか。部屋の隅には蝋燭が灯されていたが、その火は小さく、空気に滲むように揺れている。

 寝台に腰かけ、パメラは静かに手を組んだ。
 頬に張りつくような緊張は、夕刻の応接間でのやり取りから続いている。

(……やはり、気づかれましたわね)

 自分が何かを探っているということに。
 叔父は最初こそ上機嫌で、昔のように姪を見下ろすような視線だった。けれど、アシュフォード侯爵家の名を出した瞬間、空気が変わったのは間違いない。

 あのとき、叔父は確かに口を滑らせた。
 そして、その“誰かに言われた通りにした”という言葉に、自ら慌てた。

(今ごろ、焦っておいででしょうね……)

 廊下から足音がする。遠ざかっていく音だ。
 靴音は一定で、急いでいるようでいて、妙に慎重だった。

(……誰かを“走らせた”。やはり)

 この扉の内側からでは確かめようがない。
 けれど、パメラには確信があった。

 叔父のような男が、即座に判断を下せるはずがない。
 誰か、相談すべき相手がいるのだ。
 そして、その“誰か”が──あの年の粛清に関わっていたのだとすれば。

(けれど、まだ“あの方”が黒幕だと断言はできません)

 疑わしい人物はいる。けれど確証はない。
 むしろ今は、“叔父が誰に繋がっているのか”を見極めることが肝要だった。

 火が一瞬、揺らいだ。
 風の気配はない。けれど、部屋の温度がほんの少しだけ沈んだ気がした。

(今夜を越えられる保証は、どこにもありませんわ)

 自分の存在が、“まだ使える道具”なのか、それとも“処分すべき障害”なのか。
 叔父はまだ、決めかねている。
 だからこそ、指示を仰ぎに人を走らせた。

 それまでのわずかな時間が、パメラに与えられた猶予だった。

(……レオさま。お気づきになってくださるでしょうか)

 彼は、鋭い人だ。
 パメラが纏う笑顔の仮面、その奥に秘めたものに、誰より早く気づいてしまう人だった。

(わたくしが何も言わず、ただ実家へ向かった。……それだけで、違和感に気づいてくださると、信じています)

 それは祈りであり、賭けだった。
 けれど、そう信じるに足る“何か”が、レオにはあった。

 パメラは、指先にそっと力を込める。
 ドレスの縫い目に隠された、小さな“願い石”を握りしめた。
 かつて、幼い日──心を込めて刻んだ、ただひとつの願い。もはや記憶の底に沈んでしまった願いは、思い出すことさえ許されない。
 それでも──今は、それにすがるしかなかった。

(……どうか)

 扉の外で、ふと気配が動く。
 立ち止まっている。見張りなのか、あるいは──ただの監視か。
 どちらにしても、長くはない。

(時間がない……)

 パメラはそっと寝台に身を横たえた。
 絹の裾がかすかに揺れる。天井の飾り模様が、仄暗い影となって浮かび上がる。
 眠るふりをするには、胸の内が静かすぎた。

(どうか──レオさま。お気づきになって)

 閉じたまぶたの奥で、冷たい焦りがじわじわと広がっていく。
 この一夜が、自らの選んだ“道”の正否を決める、一線になるかもしれなかった。

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