天然の仮面を被った令嬢は、すべてを賭けて傭兵領主に嫁ぐ──愛と復讐を誓う、たったひとりのあなたへ

葵 すみれ

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44.あなたが名前を呼ぶ夜2

 しかし、二人だけの時間はあっけなく終わりと告げた。
 物音に気づいて、数人の使用人が廊下に駆け寄ってくる。やや遅れて、叔父も現れた。

「な、なんだねこれは……いや、これはその、急な──」

 うろたえる声を、パメラが遮った。

「ふふ。ごめんなさい、わたくしが黙って出てきたものですから。夫が心配して迎えに来たのですの。ちょっと焦って、粗相をしてしまったようで」

 唇に微笑を浮かべ、肩をすくめてみせる。

「お詫びに、夫も改めてご挨拶をと思いますわ。──場所を移しましょう?」

 何食わぬ顔で仮面をかぶり直すと、レオは何かを察したらしく、無言で頷いた。

「あ、ああ……」

 叔父も断る隙を見出せず、三人はそのまま応接室へと歩を進める。
 応接室へと移動した三人は、それぞれの席についた。

 叔父は落ち着かない様子で椅子に座り、視線を泳がせている。
 そんな中、レオが口を開いた。

「……使いの者なら、目的地にはたどり着けない。俺が途中で捕まえたからな」

 何気ないように言ったその一言に、叔父の肩がびくりと跳ねた。
 パメラもまた、一瞬だけ目を伏せ──すぐに、すべてを理解した。

(……“何かを嗅ぎつけた”という知らせは、届いていない。今なら……)

 その判断が、即座に行動へと結びつく。
 カップに視線を落としたまま、静かに言葉を紡いだ。

「叔父さま。今日のことは、“なかった”ことにいたしましょう」

 柔らかく、けれど逃げ道を塞ぐような声音だった。

「わたくしが黙って出て行き、夫が心配して迎えに来た──。それだけの話で、よろしいですわね?」

 叔父は口を開きかけたが、何も言えず、ただ汗ばむ額をぬぐうばかりだった。
 パメラはゆっくりとカップを置き、顔を上げる。

「……このままでは困りますの」

 視線がまっすぐに叔父を射抜く。

「わたくしが“何かを嗅ぎつけた”と、あの方に知られれば──狙われるのは、わたくしだけではございません」

 声の調子は穏やかだったが、その奥に潜む冷たさが室内の空気を凍らせる。

「おじさまこそ、都合よく“処分”されるのではなくて?」

「お、おまえ……なにを……」

 叔父は焦りながらも、どこか納得しているようでもあった。
 それだけ冷酷な相手だとは、わかっているのだろう。

「どなたの指示かは伺いません。でも、一つだけ、教えていただけませんか」

 静かに問いを重ねる。

「──父と母を葬ったのは、叔父さまですか?」

 叔父の顔色が見る間に青ざめる。

「ち、違う……違うとも……。わたしはただ……あの方の言う通りに……!」

 震える声での弁明は、説得力のかけらもなかった。
 パメラは微笑みを浮かべたまま、目を伏せて息を吐いた。

(──やはり、この人だったのですね)

 たしかに、叔父には直接手を下すような度胸はなかっただろう。
 けれど、兄夫婦の死を招いたのが彼であったことは、もはや疑いようがなかった。

「……わかりました。今は、それ以上はお尋ねいたしません」

 ゆるやかに顔を上げて、言葉を紡ぐ。

「お互いに、“何も知らなかった”。“何も起こらなかった”。──そういうことで、よろしいですわね?」

「……お、おう……。そうだな……」

 ようやく絞り出すように返された言葉は、震えていた。

「ああ、そうそう。扉は壊しちまったからな」

 そのとき、レオが懐から小袋を取り出し、無造作に卓上へ放る。
 中からは、金貨が転がるような音がした。

「貴族さまの屋敷じゃ安物は使わねぇだろ。足しにでもしてくれや」

 ぞんざいな口調に、鼻で笑うような皮肉が滲んでいた。

 パメラは立ち上がり、スカートの裾を整えながら振り返った。

「それでは、おじさま。今夜のことは──どうか、お忘れくださいませね」

 レオがその手を取る。

 何も言わずに並んで歩く二人の背を、叔父は追うこともできず、ただ唇を噛んで立ち尽くしていた。

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