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第三章 農地改革編
117、久しぶりのパン
引き出された鉄板の上に載るパンは、ちょうど焦げるギリギリのところで綺麗な焼き目がついていた。窯の中にある時はそこまで分からなかったけど、こうして外に出すと良い匂いが漂ってくる。
「フィリップ様、こちらで大丈夫でしょうか?」
「うん、完璧! さすが料理長だね。凄く美味しそうだ」
「なんだか良い匂いがしてるね」
俺が知っているムギの香ばしい香りだ。街を歩くとそこかしこにパン屋があって、この匂いが漂ってきてたんだよな……思い出す。この国もパン屋がたくさん作られるような、そんな平和な国になったら良いな。
料理長が鉄板を持ったまま厨房に戻り、調理台の上にパンを置いた。
「フィリップ様、一つ手に取ってみても良いでしょうか?」
「もちろん。ちぎって食べてみて」
パンは思っていた以上に柔らかさがあるようで、料理長が少し力を入れると形が崩れた。両手で強く持ってちぎるように力を入れると……少しだけ伸びるように変形してから二つに分かれる。
「不思議な感触です。――光の神、ティータビア様に感謝を」
料理長は食前の祈りを口にしてから、恐る恐るパンを口に運んだ。そして焼きたて熱々のパンを数回咀嚼して……感嘆の声を上げる。
「これ、めちゃくちゃ美味い! あっ、すみません。本当に美味しくて驚いて……」
「気にしないで。そんなに美味しいんだ。じゃあ一つを人数分に分けてくれる?」
「かしこまりました」
それからは俺達も料理長が切り分けてくれたパンを手にし、恐る恐る口に運んだ。
うわぁ……めちゃくちゃ美味い。これだ、これがパンだよ。夢にまで見たパンを今食べている。前世ではパンってあくまでも主食で、味はあまりないと思ってたけど、香ばしくてムギの甘みと風味があって何も付けなくても十分に美味しい。
「これ美味しい!」
「これは凄いな……あのムギ粉からここまで美味しいものに生まれ変わるのか」
「とても美味しいです」
「美味しすぎて驚きました」
全員に高評価みたいだ。誰もがパンを口にして幸せそうに頬を緩めている。やっぱり美味しい食べ物って皆を幸せにするな。
「ムギは早急に大量生産しなければ……」
コレットさんは使命感に駆られたような表情で、パンを見つめてそう呟いた。
「まずは王宮の畑で育てる量を増やそうか。今までの倍にできる?」
「もちろんです。すぐに手配いたします」
俺が無茶振りをすると、コレットさんは即座に頷いてくれた。やっぱり凄く頼もしい存在だ。早めに平民の間にもムギ栽培を広めたいな……
「シリル、脱穀器と製粉器って俺じゃなくても作れる?」
「はい。私ならば問題なく作れますし、他の魔道具師でも時間はかかりますが作れると思います」
「それならいくつか作り始めよう。平民に栽培を頼むなら、魔道具も追加で必要になるから」
「かしこまりました」
どの作物も栽培の体制を整えたいんだけど、一番優先するのはムギにすることに今決めた。やっぱりパンにはそれほどの魅力があるのだ。ない時はジャモで諦められたけど、一度食べてしまったらジャモには戻れない。毎日パンを食べられる生活がしたい。
「料理長、さっきフィリップが言ってたトマソースとコロッケを挟むことはできる? あと炒り卵も」
「もちろんです。コロッケは昼食用に作っているものがありますし、トマソースも色々と試すために作ったものがございます。炒り卵は卵がいくつか残っておりますので、これから作れます」
「じゃあお願いしても良いかな」
「かしこまりました」
マティアスの要望に料理長が良い笑顔で頷いて、他の料理人が忙しく動き回っているところに入っていった。そしてコロッケをいくつか確保して、トマソースと卵も別の場所から持ってすぐに戻ってくる。
「お待たせいたしました。こちらのトマソースとコロッケをお使いください。炒り卵はすぐに作ってしまいますので、少しだけお待ちいただければと思います」
「ありがとう。フィリップ、コロッケをパンで挟めば良いの?」
「うん。一つ作ってみるよ」
今回焼いたパンは比較的綺麗な丸い形になっているので、コロッケサンドにするには最適だ。俺は新しいパンを手にして包丁を借りて半分に切り分け、片方にトマソースをたっぷりと塗った。そしてコロッケを乗せて、上からもう片方のパンで挟むようにする。
「これで完成だよ」
「簡単にできるんだね」
「うん。あとは野菜とかも一緒に挟んだらより美味しくなるんだ。レタとかオニンはよく合うと思うよ」
そうして説明をしているうちに、料理長は炒り卵を作り終えたらしい。俺が作ったコロッケサンドを見ていたのか、パンを半分に切って卵を挟んでいく。
「料理長、そっちは卵に塩をかけてみてくれる? トマソースも合うと思うけど、コロッケサンドと味を変えたいから」
「かしこまりました」
本当はマヨネーズがあったらそれで味付けしたいんだけど、この国でマヨネーズを作るのはまだ不可能だ。何せ酢がないから。
あれは酢の力で卵が生でも食べられるようになるものなので、それがないと作ることは絶対にできない。
なら酢を作れば良いんじゃないかと思うかもしれないけど……酢を作るのは本当に難しいのだ。特に一番一般的だったコメ酢は難しい。
何よりも難易度が高いのが麹菌を作り出すことだ。麹菌はまずコメを手に入れて、それを蒸してカビを作り出して、木炭を使って麹菌だけを生き残らせる……みたいなやり方で作り出すんだったはず。
一応作り方は分かるけど、これに関してはやり方が分かっても実際に作り出せるかどうかはまた別問題だろう。相当難しいことが予想できる。
でも麹菌を作り出さないと醤油も味噌も作れないから、いずれは挑戦しないとなんだよな……まあ、まずはコメを見つけ出さないとなんだけど。
酢だけならアプルを使った酢もあったから、それなら作れるような気もするんだけど……作り方がかなり曖昧なのだ。確か一度だけ本で読んだことはあるけど、詳しく内容を覚えていない。
……ただ菌が必要なくて、アプルさえあれば作れるんだなと思った記憶はある。だからコメ酢よりは作るのが簡単なはずなんだけど……挑戦するには知識が少なすぎるな。
とりあえず酢はコメを手に入れてから、なんとか麹菌を作り出して作ってみよう。それまでマヨネーズはお預けだ。
「できました。人数分に切り分けますね」
俺がマヨネーズに思考を飛ばしている間に卵サンドも出来上がったようで、料理長は二つのサンドを人数分に切り分けてくれた。断面を見るだけで美味しそうだ。
「フィリップ様、こちらで大丈夫でしょうか?」
「うん、完璧! さすが料理長だね。凄く美味しそうだ」
「なんだか良い匂いがしてるね」
俺が知っているムギの香ばしい香りだ。街を歩くとそこかしこにパン屋があって、この匂いが漂ってきてたんだよな……思い出す。この国もパン屋がたくさん作られるような、そんな平和な国になったら良いな。
料理長が鉄板を持ったまま厨房に戻り、調理台の上にパンを置いた。
「フィリップ様、一つ手に取ってみても良いでしょうか?」
「もちろん。ちぎって食べてみて」
パンは思っていた以上に柔らかさがあるようで、料理長が少し力を入れると形が崩れた。両手で強く持ってちぎるように力を入れると……少しだけ伸びるように変形してから二つに分かれる。
「不思議な感触です。――光の神、ティータビア様に感謝を」
料理長は食前の祈りを口にしてから、恐る恐るパンを口に運んだ。そして焼きたて熱々のパンを数回咀嚼して……感嘆の声を上げる。
「これ、めちゃくちゃ美味い! あっ、すみません。本当に美味しくて驚いて……」
「気にしないで。そんなに美味しいんだ。じゃあ一つを人数分に分けてくれる?」
「かしこまりました」
それからは俺達も料理長が切り分けてくれたパンを手にし、恐る恐る口に運んだ。
うわぁ……めちゃくちゃ美味い。これだ、これがパンだよ。夢にまで見たパンを今食べている。前世ではパンってあくまでも主食で、味はあまりないと思ってたけど、香ばしくてムギの甘みと風味があって何も付けなくても十分に美味しい。
「これ美味しい!」
「これは凄いな……あのムギ粉からここまで美味しいものに生まれ変わるのか」
「とても美味しいです」
「美味しすぎて驚きました」
全員に高評価みたいだ。誰もがパンを口にして幸せそうに頬を緩めている。やっぱり美味しい食べ物って皆を幸せにするな。
「ムギは早急に大量生産しなければ……」
コレットさんは使命感に駆られたような表情で、パンを見つめてそう呟いた。
「まずは王宮の畑で育てる量を増やそうか。今までの倍にできる?」
「もちろんです。すぐに手配いたします」
俺が無茶振りをすると、コレットさんは即座に頷いてくれた。やっぱり凄く頼もしい存在だ。早めに平民の間にもムギ栽培を広めたいな……
「シリル、脱穀器と製粉器って俺じゃなくても作れる?」
「はい。私ならば問題なく作れますし、他の魔道具師でも時間はかかりますが作れると思います」
「それならいくつか作り始めよう。平民に栽培を頼むなら、魔道具も追加で必要になるから」
「かしこまりました」
どの作物も栽培の体制を整えたいんだけど、一番優先するのはムギにすることに今決めた。やっぱりパンにはそれほどの魅力があるのだ。ない時はジャモで諦められたけど、一度食べてしまったらジャモには戻れない。毎日パンを食べられる生活がしたい。
「料理長、さっきフィリップが言ってたトマソースとコロッケを挟むことはできる? あと炒り卵も」
「もちろんです。コロッケは昼食用に作っているものがありますし、トマソースも色々と試すために作ったものがございます。炒り卵は卵がいくつか残っておりますので、これから作れます」
「じゃあお願いしても良いかな」
「かしこまりました」
マティアスの要望に料理長が良い笑顔で頷いて、他の料理人が忙しく動き回っているところに入っていった。そしてコロッケをいくつか確保して、トマソースと卵も別の場所から持ってすぐに戻ってくる。
「お待たせいたしました。こちらのトマソースとコロッケをお使いください。炒り卵はすぐに作ってしまいますので、少しだけお待ちいただければと思います」
「ありがとう。フィリップ、コロッケをパンで挟めば良いの?」
「うん。一つ作ってみるよ」
今回焼いたパンは比較的綺麗な丸い形になっているので、コロッケサンドにするには最適だ。俺は新しいパンを手にして包丁を借りて半分に切り分け、片方にトマソースをたっぷりと塗った。そしてコロッケを乗せて、上からもう片方のパンで挟むようにする。
「これで完成だよ」
「簡単にできるんだね」
「うん。あとは野菜とかも一緒に挟んだらより美味しくなるんだ。レタとかオニンはよく合うと思うよ」
そうして説明をしているうちに、料理長は炒り卵を作り終えたらしい。俺が作ったコロッケサンドを見ていたのか、パンを半分に切って卵を挟んでいく。
「料理長、そっちは卵に塩をかけてみてくれる? トマソースも合うと思うけど、コロッケサンドと味を変えたいから」
「かしこまりました」
本当はマヨネーズがあったらそれで味付けしたいんだけど、この国でマヨネーズを作るのはまだ不可能だ。何せ酢がないから。
あれは酢の力で卵が生でも食べられるようになるものなので、それがないと作ることは絶対にできない。
なら酢を作れば良いんじゃないかと思うかもしれないけど……酢を作るのは本当に難しいのだ。特に一番一般的だったコメ酢は難しい。
何よりも難易度が高いのが麹菌を作り出すことだ。麹菌はまずコメを手に入れて、それを蒸してカビを作り出して、木炭を使って麹菌だけを生き残らせる……みたいなやり方で作り出すんだったはず。
一応作り方は分かるけど、これに関してはやり方が分かっても実際に作り出せるかどうかはまた別問題だろう。相当難しいことが予想できる。
でも麹菌を作り出さないと醤油も味噌も作れないから、いずれは挑戦しないとなんだよな……まあ、まずはコメを見つけ出さないとなんだけど。
酢だけならアプルを使った酢もあったから、それなら作れるような気もするんだけど……作り方がかなり曖昧なのだ。確か一度だけ本で読んだことはあるけど、詳しく内容を覚えていない。
……ただ菌が必要なくて、アプルさえあれば作れるんだなと思った記憶はある。だからコメ酢よりは作るのが簡単なはずなんだけど……挑戦するには知識が少なすぎるな。
とりあえず酢はコメを手に入れてから、なんとか麹菌を作り出して作ってみよう。それまでマヨネーズはお預けだ。
「できました。人数分に切り分けますね」
俺がマヨネーズに思考を飛ばしている間に卵サンドも出来上がったようで、料理長は二つのサンドを人数分に切り分けてくれた。断面を見るだけで美味しそうだ。
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