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八話 悲報。厄介の種が追加されました

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「メアリー。こちらへいらっしゃいな」

「え? どうしたの?」

 そろそろ王城へ行く馬車が来る時間となった時。
 部屋の中でそわそわと落ち着かないメアリーをシスターが呼び寄せた。

「はい、これ」

「……何これ?」

 シスターの手に持っていた物は金属のプレートだった。何やら文字が書かれているのが分かる。
 幸いにも書かれていた文字は、エレナにせがんで読んでもらった本のおかげで読めそうだ。

「えーっと、メアリー……って私の名前?」

「ええ。メアリーが孤児院にやってきた時、貴女と一緒に置かれていた物よ。受け取りなさいな」

「う、うん」

 メアリーはシスターからプレートを受け取った。
 プレートは一見するとただの鉄製のように見えたが、どうも材質は異なるらしい。プレートには傷一つなく、メアリーが触った指の跡さえもプレートにはつかなかった。

「大事にしなさい。きっと大切なものなのだから」

「……分かった」

(きっとこれってこの世界の私のお母さんが置いていったものなんだろうな。……でも、孤児院に預けるんだよね? どうしてなんだろう)

 メアリーは内心そう考えたが、口にすることはなかった。
 その時、外から何やら音が聞こえてきた。

「……あら? もう来たのかしら」

 シスターが音に反応し、部屋から出ていった。

(う……、いよいよ、か……)

 真理が転生し、メアリーとなってひと月ほど。
 魔法の儀を受けたせいで大きく変わることになるであろう生活が不安で仕方がなかった。

(こっそり、こっそりと生活できないかなあ……。いや、むしろ魔法のこと教えてもらったなら、そのまま孤児院に逆戻り! ……そう出来たらいいんだけどなあ……)

 メアリーは心では孤児院にいたいと考えるが、出来ない理由があった。
 それは――

(孤児院の生活をどうにかしないといけないからなあ……。何とかして王城で情報を得られるといいんだけど)

 孤児院の援助をもらえるように交渉する。
 それがメアリーから王城へ行かないという選択肢を消していた。

「さあ、メアリー。いらっしゃったわよ」

 シスターに促され、メアリーは孤児院の外へ出た。
 そこには二頭の白い馬に黒塗りの客室部分が付いている。

(良かった……。王族が乗るような金ぴかな馬車じゃなくて本当に良かった……)

 メアリーが内心で安堵していると、御者の席にいたフォルカーの従者であるユダが降りてきた。

「メアリー様。どうぞ、こちらへ」

 そして、メアリーに対して手を差し伸べて馬車の中へ促す。

「……頑張りなさいね」

「うん。……シスターも元気でね」

「あらあら。私はいつでも元気よ。……ふふふ、ありがとうね」

 シスターの笑顔に見送られながら、メアリーは馬車へ歩いていった。


         ◇


(うう……。やっぱり、王城って目立つよね……。心配だ……)

 馬車の中に入った途端、いよいよ自分が王城へ行くのだと実感し、不安になるメアリー。
 そんなメアリーに声をかける者がいた。

「おい。……早く座ら――お座りください」

 メアリーが声をかけられた方を見ると、そこにはフォルカーがいた。

「え? なんでフォルカーが……?」

「……貴女様を迎えに行くためですよ」

 答えるフォルカーの歯切れがひどく悪い。

「そんなに慣れないんだったら敬語を使わなくてもいいよ?」

「……そういうわけにもいきませんよ。何せ、貴女は神と同一。つまりは現人神でいらっしゃるのですから」

「あらひとがみ?」

 いまいちよくわからない言葉が出てきた。
 繰り返したメアリーの言葉にフォルカーは頷くと続ける。

「現人神とは、古来私たちの国バルバトスを建国した人物がそうであったと言われている神と同一の存在です」

「それって神様とは違うの?」

「……神とは肉体を持たない存在であり、現人神のように現世に干渉することが出来ない、とのことだ」

「ふーん」

(あの転生するときに会った神様みたいな存在はこの世界に干渉することが出来ないってことなのかな?)

 メアリーはフォルカーの言葉からそう考えた。

「詳しくは王城の王宮魔術師から聞くといい。俺もそれほど詳しいわけではない――ですから」

「……別に敬語で話さなくてもいいんだよ?」

「……すまないが、そうさせてもらうか……。どうも、年下の者に敬語を使うという状況に慣れてなくてな……」

(年下……? って、ああ! 私って今五歳なんだっけか!)

 メアリーからすれば十歳であるフォルカーの方がはるかに年下だ。
 しかし、メアリーの本当の年齢を知らないフォルカーからすれば、メアリーはただの五歳児だ。
フォルカーは王族ということでそれほど丁寧に話す必要がなかったかもしれない。そんなフォルカーにとって、メアリーの容姿はなおのこと敬語で話さなければならないという感覚を薄れさせていたのだろう。

「あはは。確かに私に敬語なんておかしいよね――ってうわ!」

 笑っていたメアリーだったが、突然、馬車が揺れたために態勢を崩してしまった。
 未だに立っていたことも原因だったのだろう。
 何とか後ろに倒れることによって席に座る形となり、転んだりはしなかったが――

「うん? これはなんだ?」

 メアリーの手に持っていたプレートがちょうどフォルカーの手の中に入るように飛んで行ってしまった。

「ああ、ごめんね。なんでもシスターが言うには私が孤児院に預けられる時に持っていたらしいんだ――」

「――そ、それは本当か!?」

「う、うん。そう、みたい」

 メアリーが答えると何故かフォルカーは、そうか、とかまさか、といった言葉を繰り返すようになり、一人考え込んでしまった。

(何か気になることでもあったのかな?)

 どうしてフォルカーがこのような状態になったのか分からないメアリーはただ困惑するばかりだった。
 しかし、しばらくするとメアリーは気づいた。
 フォルカーがこのように動揺するということはあのプレートに何かあるに違いないということ。
 そう、それはつまり――

(ま、またなの!? また、厄介の種が増えたっていうの!?)

 王城へ行く馬車の中。
 メアリーの前途はまたもや波乱に満ちているようだった。
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