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十一話 夜の闘い そして、スキル取得

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「≪スラッシュ≫!」

 リーンの斬撃が星のマークがついた熊――星熊に放たれる。
 だが、確実に当たると思えたその攻撃は夜になったために増した星熊の速さによって避けられてしまった。
 お返しとばかりに星熊による叩きつけるような攻撃がリーンに向けられ始める。

 今のところはなんとかリーンも避けることができているみたいだ。しかし、このまま攻撃が続けばいつか当たってしまうに違いない。
 前に戦った熊の一撃は強力だった。ただでさえ強力な一撃が夜になったことで更に攻撃力を増していることが、かするだけで減っているリーンのHPから理解できる。
 クリティカルヒットなんて出た日には一撃でリーンが落とされてしまうに違いない。

「いぬ! ≪切り裂く≫を使いながら撹乱するんだ!」

 僕は咄嗟にいぬに対して指示を出す。いぬは「わふっ!」と短く吠えると、すぐに星熊に攻撃を加え始めた。
 よしっ。うまい具合に敵の注意が逸れているぞ。

「リーン! 援護する!」

 阿部がスキル≪ダッシュスウィング≫を使い、星熊に向かって行く。スキルの効果のために移動時間は一瞬だった。

「うぉおおおお!」

 掛け声と共に阿部の斧へ光が集まっていく。
 阿部の≪斧≫スキルによる攻撃は溜めが必要だが、ダメージは大きかったはず。この攻撃は外させてはならない。

「星熊の隙を作るんだ! ≪噛み付く≫をしてくれ!」

「わう!」

 いぬに向かって僕は指示を飛ばす。いぬは星熊の腹辺りに噛みついた。
 僕も隙を作らせるために≪ホワイトアロー≫を用いて援護を行う。少しでもHPを減らすために攻撃は≪弱点看破≫によって弱点と判明している額の星を狙い、幾度もスキルを放つ。

「ぐ、がぁあ」

 僕といぬによる攻撃によってわずらわしそうに星熊は身体を動かす。その動きは僕達の動きを阻害するには不十分だった。そして、それは阿部の攻撃もまた同じこと。

「おらぁあああ!」

 阿部の攻撃が周りに衝撃波を伴いながら放たれた。

「よし!」

 これならいける!
 そんな気持ちから僕の口から言葉が漏れる。
 しかし――

「ぐるるるる……」

 星熊は健在だった。HPこそ減っており、赤く染まってはいるものの、まだ倒れることはないらしい。……全く、タフな奴だ。
 嫌になってしまう自分の気持ちを叱咤し、僕は――いや、僕達は戦いを続けた。


         ◇


 時間にして30分は経っただろうか。いや、一時間以上戦っていたような気さえする。
 そんな濃密な星熊との戦いを終え、僕達は一息をついていた。

「本当にぎりぎりだったねー」

 リーンがいかにも疲れたといった感じでだらけながら僕達に同意を求める。

「ああ。でも、さすがにあの状態から回復するとかいくらなんでもひどすぎるだろ」

 阿部が言うのはようやくHPを減らしきったと思った途端に星熊のHPが三割ほどに回復した時のことだ。
 あの時は本気で運営の頭はおかしいだろ、と叫びたくなった。中ボスなのに強さのインフレが激しすぎるぞ。

「でも、何とか倒せて良かったよ。リーンと阿部がいなかったら絶対にすぐやられていたな……」

「ううん。ヒカリちゃんの指示があったからこそだよ。私達はあの額が弱点なんだって分からないもん」

「そうだぞ。それにいぬの攻撃があったからこそ、俺の攻撃が当たったんだ。三人、いや三人と一匹が揃っていなかったらあのボスは倒せなかったに違いない」

「そ、そうかな……」

 二人に手放しで褒められて、思わず頬が熱くなるのを感じる。僕は手で顔に向かって風を送った。

「それより! 二人は何かアイテム手に入らなかったか!」

 ちょっと声が大きくなってしまったが、構うまい。
 やけにリーンが微笑ましそうな顔をしているのが癪だけど、気にしないことにする。

「俺は目ぼしいものは手に入ってないな。強いて言えば熊肉ぐらいか?」

「なるほど。……いぬ。待て、だ」

「……わふ」

 肉と聞いた途端に目を輝かせていたいぬが僕の指示を聞き、静かにお座りの姿勢を取った。しかし、目は阿部の方を逸らさず向けている。

「あはは。そうだな。俺は特に使わないし、いぬにあげちゃってもいいよ」

「すまない」

 僕が阿部に軽く頭を下げると、阿部がいぬに肉を与えた。すかさず、肉を食べ始めるいぬ。……全く、ちょっとは遠慮というものを覚えさせる必要があるな。

「ちなみにリーンは何を拾ったんだ?」

 リーンは僕の言葉になぜか嬉しそうに「ふふふ」などと笑い声を洩らす。
 一体何を拾ったというのだろう。

「私が拾ったのはなんとこれよ!」

 リーンが見せたアイテム。それは――

「『スキル取得券』だと……」

「そう! ヒカリちゃんが欲しがっていたアイテムはもう手に入れちゃったのでした!」

 ちょっとどや顔をしながら言うリーンだけど、これは本当に羨ましい。というか、これを手に入れればもう目的を達したことになるし。

「リ、リーン。僕に『スキル取得券』を譲ってくれないか!」

「うーん。どうしよっかなー? というか、ヒカリちゃんは何を拾ったの?」

「僕が拾ったのはこんなよく分からないものだ。……こんなアイテムより今は『スキル取得券』が欲しいんだ。ミイの機嫌を取らないと僕のご飯が大変なことになる!」

「わふん」

 なぜかいぬが確かに、とでも言いたげに鳴く。

「あれ、ミイちゃん? いや、それよりもヒカリちゃんが拾ったのって……」

「『要石』? 確かによく分からんな」

 やけに不安そうな声を漏らすリーンに僕と同じくよく分からないと言う阿部。リーンはこれが何か分かるんだろうか。
 僕がリーンに問いかけようとしたその時――

――おめでとうございます。プレイヤー「ヒカリ」がスキルを取得しました。

 唐突にスキル取得のナレーションが入った。

「どうかしたの?」

「あ、ああ。なぜかスキルを取得したらしくて、いきなりナレーションが入ったんだ」

「本当に?」

「ああ」

 スキル取得のナレーションは他のプレイヤーには聞くことが出来ない。まあ、スキル取得なんて条件を満たせば手に入れることは出来るんだし、当然かもしれない。しょっちゅうナレーションが聞こえてきたらうるさいもんな。それにスキルは『スキル取得券』を使っても手に入れることが出来るわけだし。
 しかし、今手に入ったというのはよく分からない。星熊を倒した直後ならともかく、少し時間が空いているし、今は単に話をしていただけなわけなのだから。

「何のスキルを手に入れたんだ?」

「そうだな……。今確認してみる」

 阿部に促され、僕は自分の手に入れたスキルを確認する。自身のスキルスロットに見覚えのないものは――あった。これか。


スキル名称:天使ちゃん(ランク6)
扱い:称号スキル
効果:このスキルを持つ者は天使ちゃんの称号を得る。
  (この称号は消すことは出来ない)
   天使ちゃんのスキルを持つ者は自らの姿を天使に変えることが
       出来るようになる。
   天使の姿になった際は特殊技能として飛行が使えるようになる。
       飛行の効果は地面の特性を受けなくなること。
   また、通常技能の弓・天使魔法もまた追加される。
   もともと持っていた場合は効果が強化される。
   なお、このスキルを持つ者は運営が常時保護するために監視される。
   犯罪じゃないよ、ほんとだよ!
技能:変身(レベル1)・・・自身の姿を天使へと変えることが可能になる。
追加効果・・・飛行・弓・天使魔法


「なんだこれ……?」

「す、すごいじゃない! ランク6よ!」

 僕の困惑をよそにリーンが叫ぶ。確かにランク6って相当すごい気もするんだけど、ちょっとこれはどうなんだろうか。僕は光より闇の方が好きなんだけどな。魔王とか。

「なん……だと……」

 阿部はそう呟いたかと思うとなぜか画面を開いて操作を始めた。……何をしてるんだろう。

「ランク6なのにこんな訳が分からないスキルなんて……」

「手に入るだけでもすごいって! ほとんど手に入れてる人なんていないらしいじゃないの!」

 確かにリーンの言うとおり、ランク6のスキルは手に入れている人がほとんどいない。僕が知っているのは三貴神の人達が手に入れているといったことぐらいだ。確か、≪神格者≫だったかな。

「せっかくだし、スキルを使ってみてよ!」

「そうだな。≪飛行≫とか実際に使えないと意味がないし、やってみるか」

 僕は≪天使ちゃん≫をスキルスロットへ移動させ、≪変身≫を発動させた。

「お、おお!」

 発動させたと同時に僕の身体に羽が生え、身体が宙に浮かぶ。吊られてる訳でもないのに宙に浮かぶなんて不思議な感覚だな。

「ほんとに浮いた! ねえ、どんな感じなの?」

「そう、だな……」

 僕はちょっとだけ移動してみることにした。
 左に移動しようと考えた瞬間、身体は左へ移動する。どうやら、移動したい方向へ思考するだけで移動できるみたいだ。
 僕がそのことをリーンに伝えるとなるほど、といった感じで頷いた。

「つまり、上に行きたいって思ったら勝手に移動しちゃうんだね。……スカートの中見えちゃうにも関わらず」

「そうだな……うん?」

 今、すごいこと言われたような。リーンを見ると変わらず笑顔を浮かべてこちらを見ている。うん。とりあえず、上に移動するにしてもあまり高い所には移動しないようにしよう。

「そういえば、ヒカリちゃんのそのスキルって説明に運営が見ているって書いてあったよね? 本当に見てるのかな?」

「どうだろうな」

 運営が見ていると書いてあるとはいえ、いくらなんでも常時見ているなんてことはないだろう。ないに決まっている。……説明に書いてあるとはいえ、本当に見ていないよね?
 ちょっとだけ心配になってきた。

「……運営って変態?」

――変態ではありません。ただの紳士です。

 僕の呟きにナレーションによる否定が入った。

「えー……」

「ヒカリちゃん、どうしたの?」

 リーンが心配そうに声をかけてくるが、正直これはないと思ってしまった。
 そうか。運営ってやっぱり運営なんだ……。答えになっていないはずの言葉がなぜかしっくりきた。なんというか、運営という名の変態みたいな感じで。

「運営による監視って本当みたい」

「うわー……」

 私、引いてますと言わんばかりのリーンの表情だった。正直、僕も人のこと言えない表情してる気がするけど。

「二人してどうしたんだ?」

 ようやく画面の操作が終わったのか、阿部が声をかけてくる。

「ああ。実は……」

 僕は簡単に話した。
 話を聞いた阿部はなぜか地面に膝をついた。

「……変態、か……」

「どうしたんだ?」

「しばらく放っておいてくれ……。ちょっとだけ精神にダメージが……」

「あ、ああ。良く分からないけど分かった」

 阿部は回復するのに時間がかかりそうだ。何にそんなショックを受けたのか良く分からないけど。
 あれ? 僕達ってそもそもどうしてここまで来たんだっけ――

「ってそうだ! リーン! 『スキル取得券』を譲ってくれ!」

 危うく忘れるところだった。さすがランク6のスキル。僕の思考を運営(という名の何か)で塗りつぶすとはやるじゃないか。

「え、ああ。『スキル取得券』ね。別にいいよ」

「え? いいの!?」

「うん。私は正直、今のスキルで十分だからね」

 そう言ってリーンは僕に『スキル取得券』をトレードしてくれた。嬉しいけど、さっき渋っていたのは一体何だったんだろう。

「ありがとう!」

「ど、どういたしまして。……やばいわね」

「何か言った?」

「い、いえ。別に言ってないわ!」

 やけに顔を赤くしているリーン。どうしたんだろうか。

「それより!」

「お、おう」

 急に大声を出すものだから、驚いてしまうじゃないか。
 出した声の大きさに自分でも驚いたのか、リーンは少し気を取り直すように咳をしてから言葉を続けた。

「さっきヒカリちゃんが手に入れた『要石』ってあったでしょ? あれってきっと何かのイベントアイテムだと思うのよ!」

「イベントアイテム?」

 確かに特殊なアイテムってのはゲームにはつきものだけど、これがそうなのだろうか。
 正直、ただの石にしか見えないけど。

「きっとそうよ! だから、探索してみましょう!」

 リーンの言うとおり、何かのイベントが起こるかもしれないし、探索するのもいいだろう。正直、僕の目的であった『スキル取得券』は手に入ったから、ここでイベント起こさずに帰ってもいいんだけど、どうせなら探索してみるのもいい気はする。……それに『スキル取得券』は一個だけだと前みたいな悲惨なことが起こる気がしてならないし……。
 そんな理由から僕は探索することに賛成だ。でも――

「探索は明日にしようか」

 時刻は21時過ぎたところ。今、探索するとさっきの星熊のように強化された敵が出てきかねない。

「え、あ、そうね。そうしましょうか」

 リーンも承諾してくれた。後は阿部だけか。今のパーティー構成ならどんな敵が来てもきっと勝てるから是非とも一緒に探索した――

「俺は変態じゃないんだ! 変態という名の紳士なだけなんだぁあああ!」

 ――くなくなりつつあるんだけど、どうしようかと僕は悩み始めるのだった。
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