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十六話 現実孤立 そして、私は身を隠した
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先天性白皮症。いわゆるアルビノ。他の人と異なって生まれてしまった私が持つ症状だ。
「また、苛められるのかな……」
小さく呟いた私は学校に行く自分の足取りがひどく重くなっているのを感じた。
幽霊女。
それが私につけられたあだ名だった。
何度嫌だと言ってもお構いなしに呼んでくる。正直、学校なんて行かなくてもいいんじゃないかと何度思ったか分からない。
「お姉ちゃん! 私が一緒にいるから、がんばろっ!」
「う、うん」
隣で歩いていた妹の美衣が励ましてくれる。
いつも妹に助けられている。本当に私には過ぎた妹だ。
「それにしてもいっつもそれ持ってきてるよね。面白いの?」
美衣が言っているのは僕のかばんに入っている小説だ。
休み時間の時間を潰すために持ってきている。最近はお気に入りの小説があるためにいつも同じ小説のシリーズをかばんに入れている。
「面白いよ。それにこの小説の主人公と相棒のケルベロスはいつも強くてかっこいいんだ」
「ふーん。お姉ちゃんも強くなりたかったりするの?」
「……私は無理だよ。臆病でドジで弱虫だもん……」
この本の主人公みたいに私は強くなれない。きっと主人公には何か素質というものが必要なんだ。それが私みたいな弱虫には存在していない。だから、私は今のまま……。
「そんなことないと思うけどな」
「え?」
「だって、お姉ちゃんは私を助けてくれたじゃない」
「そ、そんなの……」
美衣の勘違いだ。私は今も昔も変わりない。あの時はただ無我夢中になって、気付いたら前に出ていただけだ。
「本当に嬉しかったんだよ? それにナイフを持っている人に立ち向かうなんて、簡単に出来ることじゃないよ」
「…………」
「だから、ね? お姉ちゃんはもっと自信を持った方がいいんだよ」
「自信……。持てる、かな」
美衣の言う自信なんて僕に持てるのだろうか。
「持てるよ! さ、一緒に行こう!」
いつの間にか足を止めていた私の手を掴み、美衣は歩き出した。
◇
「それじゃ、またね」
自分の教室へ向かう美衣に私は手を振って返した。
教室が近い。それだけで嫌になってくるけれど、行かなければ余計にからかわれるのが目に見えている。
私は仕方なく、歩いて教室へ向かった。
「お? 幽霊女じゃねえか。また来たのか」
「……っ」
教室へ入って早々に会いたくない人物と顔を合わせてしまった。
目の前にいるいけすかない男。私に幽霊女なんてあだ名をつけた人物だ。
「相変わらず変な色の髪と目してるよな」
「…………」
「おい。聞いてんのか」
黙っている僕に気が障ったのか、男――秋月栄太郎が私の髪を掴もうと手を動かした。
「……っ」
思わず、目を瞑ってしまう。駄目だ。こんなのじゃ、いけないって分かっているのに。心ではそう思っていても私の身体はうまく動いてくれなかった。
「やめなさい!」
「っち。面倒な奴が来たな……」
秋月が舌打ちと共に私から離れる。良かった。助かった。
「大丈夫だった?」
「……うん」
声をかけてきた五ノ山鈴音に、教室から連れ出された私は今出せる精一杯の声で返す。
「あいつには嫌になっちゃうよね」
五ノ山さんが私に話しかける。いつも五ノ山さんは私のことを助けてくれる。どうして助けてくれるんだろうか。私のこと、気持ち悪くないのかな……。
「あなたは……私が気持ち悪くないの?」
どうしても気になった私は思わず、問いかけてしまう。
私の質問をどう思ったのか分からないが、五ノ山さんは一瞬呆けた後に笑みを浮かべた。
「何言っているの? 私が一ノ澤さんのことを気持ち悪いなんて思う訳がないじゃない」
「ど、どうして……?」
信じられなかった。今まで秋月みたいにからかう人は多かったというのに。
「だってさ。そんなにかわいいんだもん。気持ち悪いなんて思う理由なんかないよ」
「…………」
嬉しかった。こんなこと言われたの、初めてだった。
「どうしてみんな一ノ澤さんのかわいさを理解してくれないのかな。ちっちゃくて綺麗で天使みたいじゃん」
「……ちっちゃいなんて言わないでよ。それに私なんか天使じゃないよ」
「ごめんごめん」
私の目の前で軽く手を合わせて謝る五ノ山さん。なぜか不快な気持ちはまるで感じなかった。
「……ありがと」
「ん? 何か言った?」
「なんでもないよ」
「そう?」
もう一度言うなんて恥ずかしかった。だから、聞き返さない五ノ山さんに私は感謝した。
「そうだ。今日の放課後、一緒に遊びに行かない?」
「……え?」
「この前美味しいケーキ食べられる喫茶店見つけたんだ。一緒に行こうよ」
五ノ山さんが笑みを浮かべて誘ってくる。
どうしようかな。私なんかが一緒にいても大丈夫なのかな。
「もしかして、迷ってる?」
「…………」
「あはは。やっぱり迷ってるね」
「だって……」
「よし! それなら一緒に来なさい! これはもう決定だよ!」
「え……」
強引に決められてしまった。
でも、正直行くか迷っていた私にとって五ノ山さんの決断はありがたかった。
「放課後楽しみだね!」
口には出さなかったけど、正直言って私も楽しみになっていた。
◇
時間が経ち、放課後。ようやくこの教室から出ることが出来る。
五ノ山さんがいるから、秋月も私に直接何かをしてくることはない。
しかし、直接してこないというだけで、見えないところでは色々としてくるのだ。
そう、例えば今私の前にいるのも何かを――
「幽霊女。お前って妹がいるんだってな」
「…………」
ひどく嫌な予感がする。
「俺の友達がお前の妹のこと気に入ったらしくてな」
駄目だ。
「拉致って工場に向かってるんだとよ」
「……っ」
嘘だと思いたい。でも、こいつらならやってもおかしくない。そんな負の信頼があった。
私は走り出す。急いで美衣の元へ向かわないと。
「あっ、一ノ澤さ――」
五ノ山さんの声が後ろに聞こえたけど、今はそれどころではなかった。
秋月がゲラゲラと笑っている声も聞こえた。不快だ。でも、それも気にしてなどいられない。
美衣はきっと怖い思いをしているのだから。
◇
「はあ、はあ……」
幸い、近場には工場などそれほどなく秋月が言っていた工場にも見当が付いていた。
さほど遠くない場所のはずにも関わらず、走ってきた私の息は上がってしまっていた。
「美衣は一体どこに……」
私は深呼吸して息を何とか整える辺りを見渡した。
誰も使っていない工場には人気がなく、閑散としている。本当にこんな場所に美衣は連れてこられたんだろうか。
「よう。遅かったじゃねえか」
「……っ」
いきなり後ろから声をかけられた。驚いた私は声の方を向く。そこには――秋月がいた。
秋月は後ろから美衣にナイフを突き付けている。わざと美衣が見えるようにナイフを構えて恐怖を煽っているようだ。
「お前は前から気に食わなかったんだ。でもよ。お前が泣き叫ぶ姿はさいっこうに面白そうでよ。――だから、こいつを解放してほしければ泣きわめけよ」
「…………」
ふざけないで、なんて言えたらどれだけいいだろう。でも、私の口は動かない。恐怖からなのか。それとも他の何かが理由なのか。それは分からないけど、私に力がないのはこうなった理由の一つで間違いないだろう。
「お姉ちゃん……。私のことは気にしなくてもいいよ。だから、早く逃げ――」
「黙れ!」
「ひっ……」
美衣の顔にナイフを更に近づける。
美衣の顔は恐怖で強張ってしまう。
「やめてよ……」
「ああ? 何か言ったか?」
「だから、やめ――」
「聞こえねえよ。さっきも言っただろうが。泣きわめけってよ」
「…………本当に泣いて謝れば美衣を離してくれるの?」
私の言葉に秋月はひどく口元を歪ませた。
「そうだな。考えてやるさ。だから、早くやれ」
「……分かった」
「お姉ちゃん!」
美衣が叫ぶ。大丈夫だよ。美衣のためなら、お姉ちゃんは何ともないから。
「離して、ください……」
私は懇願する。
「……。詰まらねえな」
秋月は呟く。
「本気で詰まらねえな、お前。もういいや」
「え……」
それなら美衣を解放――
「詰まらねえからこいつで遊ぶわ」
秋月はそう言うと美衣に向かってナイフを突き立て――
――何かが切れたかのような音がした。
「は?」
秋月が呆けた声を出す。秋月は自分のすぐそばに落ちた石を見る。その石には秋月の血が付いていた。秋月に向かって私が投げた石が当たっていた。
「離せ」
私は自身の声が低くなるのを感じた。もう、なんでもいい。とにかくこいつは許せない。
そんな気持ちで私は秋月に向かっていった。
◇
「はっ――」
嫌な夢を見た僕は目を覚ました。
ひどく汗をかいている。
なんて夢なんだ。色々とごちゃまぜになっている癖にひどく嫌なところだけはしっかりと残っていた。
朝と放課後が完全に違う日じゃないか……。
でも、今になってこんな夢を見るなんて、嫌な予感しかしない。
その時、部屋の扉がノックされた。
「お姉ちゃん? 大丈夫? すごい声が聞こえたけど」
どうやら、美衣が心配してきたようだ。部屋の外から美衣に声をかけられた。
「あ、ああ。大丈夫だよ」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。何せ僕は強いからな」
「そう。なら良かった」
美衣がドア越しに離れていくのが分かる。
そうさ。僕は変わる――いや、変わったんだ。美衣を守れるぐらいに……。
◇
あの時、秋月が意外とすぐに逃げなければ美衣は――僕はどうなっていたか分からない。
でも、もう美衣が泣いた姿は見たくない。
そして何より――弱い私はもう嫌だ。これから私は変わるんだ。そう、僕として……。
◇
ひどく、気分が悪い。
変わった。そう僕は思っていた。でも、きっとまだ完全に変われた訳じゃないんだろう。
いや、そもそも変われたかどうかすら怪しい。
WOSOのHPを見て、こんなにも気落ちする自分の姿は傍から見てもきっと意気地なしの弱虫だろうから。
僕はベッドに横たわりながら、携帯――眼鏡型携帯通信機――をもう一度覗きこんだ。
――ワールドオブスピリットオンラインは好評につき、予定していた期間よりも早くベータテストを終わらせ、オープンベータへ移行します! オープンベータは正式サービス版に移行しても同じキャラクターでプレイすることが可能となります!
やはり、その記載は変わらない。僕はため息をついた。
記載されている言葉は普通なら喜ばしいものだろう。例え、クローズドベータからオープンベータへ移行する際にスキルが削除されてしまうとはいえ、それが普通ではないかとさえ思う。何しろクローズドベータ専用のスキルが渡される上、そのスキルがそれなりに有用なスキルのようだから。
しかし、僕にとってはスキルが失われるということは絶望にも等しかった。
なぜならスキルが失われるということは≪ビーストテイマー≫のスキルが失われること――いぬが消えるということに他ならないのだから。
データだけの存在に何を嘆いているんだ、と僕を謗る人がいるかもしれない。他のスキルが手に入るかもしれない、なんて慰める人がいるかもしれない。でも、それでも僕は思うのだ。いぬと同じ存在は消えてしまえばもう決して出会うことが出来ないじゃないか、と。
僕はスクロールを思考操作で下に動かした。何かいい情報はないだろうか――
「これ、は……」
そこに書かれている内容はまさに天恵とでも言うべきものだった。
――ワールドオブスピリットオンラインのオープンベータへ移行するに当たり、クローズドベータの闘技大会を行います! 優勝者にはなんとクローズドベータで使っていたスキルを一つオープンベータへ持ち越すことが可能となります!
オープンベータへスキルを持ち越すことが出来る。
それはつまり、僕が優勝すればいぬが死なずに済むということだ。
「は、ははは」
大会は強敵がきっと多いことだろう。きっと今の僕なら太刀打ちが出来ない相手もたくさんいると思う。
でも、僕は勝たないといけないんだ。いぬを――僕の相棒を失わないために。
「また、苛められるのかな……」
小さく呟いた私は学校に行く自分の足取りがひどく重くなっているのを感じた。
幽霊女。
それが私につけられたあだ名だった。
何度嫌だと言ってもお構いなしに呼んでくる。正直、学校なんて行かなくてもいいんじゃないかと何度思ったか分からない。
「お姉ちゃん! 私が一緒にいるから、がんばろっ!」
「う、うん」
隣で歩いていた妹の美衣が励ましてくれる。
いつも妹に助けられている。本当に私には過ぎた妹だ。
「それにしてもいっつもそれ持ってきてるよね。面白いの?」
美衣が言っているのは僕のかばんに入っている小説だ。
休み時間の時間を潰すために持ってきている。最近はお気に入りの小説があるためにいつも同じ小説のシリーズをかばんに入れている。
「面白いよ。それにこの小説の主人公と相棒のケルベロスはいつも強くてかっこいいんだ」
「ふーん。お姉ちゃんも強くなりたかったりするの?」
「……私は無理だよ。臆病でドジで弱虫だもん……」
この本の主人公みたいに私は強くなれない。きっと主人公には何か素質というものが必要なんだ。それが私みたいな弱虫には存在していない。だから、私は今のまま……。
「そんなことないと思うけどな」
「え?」
「だって、お姉ちゃんは私を助けてくれたじゃない」
「そ、そんなの……」
美衣の勘違いだ。私は今も昔も変わりない。あの時はただ無我夢中になって、気付いたら前に出ていただけだ。
「本当に嬉しかったんだよ? それにナイフを持っている人に立ち向かうなんて、簡単に出来ることじゃないよ」
「…………」
「だから、ね? お姉ちゃんはもっと自信を持った方がいいんだよ」
「自信……。持てる、かな」
美衣の言う自信なんて僕に持てるのだろうか。
「持てるよ! さ、一緒に行こう!」
いつの間にか足を止めていた私の手を掴み、美衣は歩き出した。
◇
「それじゃ、またね」
自分の教室へ向かう美衣に私は手を振って返した。
教室が近い。それだけで嫌になってくるけれど、行かなければ余計にからかわれるのが目に見えている。
私は仕方なく、歩いて教室へ向かった。
「お? 幽霊女じゃねえか。また来たのか」
「……っ」
教室へ入って早々に会いたくない人物と顔を合わせてしまった。
目の前にいるいけすかない男。私に幽霊女なんてあだ名をつけた人物だ。
「相変わらず変な色の髪と目してるよな」
「…………」
「おい。聞いてんのか」
黙っている僕に気が障ったのか、男――秋月栄太郎が私の髪を掴もうと手を動かした。
「……っ」
思わず、目を瞑ってしまう。駄目だ。こんなのじゃ、いけないって分かっているのに。心ではそう思っていても私の身体はうまく動いてくれなかった。
「やめなさい!」
「っち。面倒な奴が来たな……」
秋月が舌打ちと共に私から離れる。良かった。助かった。
「大丈夫だった?」
「……うん」
声をかけてきた五ノ山鈴音に、教室から連れ出された私は今出せる精一杯の声で返す。
「あいつには嫌になっちゃうよね」
五ノ山さんが私に話しかける。いつも五ノ山さんは私のことを助けてくれる。どうして助けてくれるんだろうか。私のこと、気持ち悪くないのかな……。
「あなたは……私が気持ち悪くないの?」
どうしても気になった私は思わず、問いかけてしまう。
私の質問をどう思ったのか分からないが、五ノ山さんは一瞬呆けた後に笑みを浮かべた。
「何言っているの? 私が一ノ澤さんのことを気持ち悪いなんて思う訳がないじゃない」
「ど、どうして……?」
信じられなかった。今まで秋月みたいにからかう人は多かったというのに。
「だってさ。そんなにかわいいんだもん。気持ち悪いなんて思う理由なんかないよ」
「…………」
嬉しかった。こんなこと言われたの、初めてだった。
「どうしてみんな一ノ澤さんのかわいさを理解してくれないのかな。ちっちゃくて綺麗で天使みたいじゃん」
「……ちっちゃいなんて言わないでよ。それに私なんか天使じゃないよ」
「ごめんごめん」
私の目の前で軽く手を合わせて謝る五ノ山さん。なぜか不快な気持ちはまるで感じなかった。
「……ありがと」
「ん? 何か言った?」
「なんでもないよ」
「そう?」
もう一度言うなんて恥ずかしかった。だから、聞き返さない五ノ山さんに私は感謝した。
「そうだ。今日の放課後、一緒に遊びに行かない?」
「……え?」
「この前美味しいケーキ食べられる喫茶店見つけたんだ。一緒に行こうよ」
五ノ山さんが笑みを浮かべて誘ってくる。
どうしようかな。私なんかが一緒にいても大丈夫なのかな。
「もしかして、迷ってる?」
「…………」
「あはは。やっぱり迷ってるね」
「だって……」
「よし! それなら一緒に来なさい! これはもう決定だよ!」
「え……」
強引に決められてしまった。
でも、正直行くか迷っていた私にとって五ノ山さんの決断はありがたかった。
「放課後楽しみだね!」
口には出さなかったけど、正直言って私も楽しみになっていた。
◇
時間が経ち、放課後。ようやくこの教室から出ることが出来る。
五ノ山さんがいるから、秋月も私に直接何かをしてくることはない。
しかし、直接してこないというだけで、見えないところでは色々としてくるのだ。
そう、例えば今私の前にいるのも何かを――
「幽霊女。お前って妹がいるんだってな」
「…………」
ひどく嫌な予感がする。
「俺の友達がお前の妹のこと気に入ったらしくてな」
駄目だ。
「拉致って工場に向かってるんだとよ」
「……っ」
嘘だと思いたい。でも、こいつらならやってもおかしくない。そんな負の信頼があった。
私は走り出す。急いで美衣の元へ向かわないと。
「あっ、一ノ澤さ――」
五ノ山さんの声が後ろに聞こえたけど、今はそれどころではなかった。
秋月がゲラゲラと笑っている声も聞こえた。不快だ。でも、それも気にしてなどいられない。
美衣はきっと怖い思いをしているのだから。
◇
「はあ、はあ……」
幸い、近場には工場などそれほどなく秋月が言っていた工場にも見当が付いていた。
さほど遠くない場所のはずにも関わらず、走ってきた私の息は上がってしまっていた。
「美衣は一体どこに……」
私は深呼吸して息を何とか整える辺りを見渡した。
誰も使っていない工場には人気がなく、閑散としている。本当にこんな場所に美衣は連れてこられたんだろうか。
「よう。遅かったじゃねえか」
「……っ」
いきなり後ろから声をかけられた。驚いた私は声の方を向く。そこには――秋月がいた。
秋月は後ろから美衣にナイフを突き付けている。わざと美衣が見えるようにナイフを構えて恐怖を煽っているようだ。
「お前は前から気に食わなかったんだ。でもよ。お前が泣き叫ぶ姿はさいっこうに面白そうでよ。――だから、こいつを解放してほしければ泣きわめけよ」
「…………」
ふざけないで、なんて言えたらどれだけいいだろう。でも、私の口は動かない。恐怖からなのか。それとも他の何かが理由なのか。それは分からないけど、私に力がないのはこうなった理由の一つで間違いないだろう。
「お姉ちゃん……。私のことは気にしなくてもいいよ。だから、早く逃げ――」
「黙れ!」
「ひっ……」
美衣の顔にナイフを更に近づける。
美衣の顔は恐怖で強張ってしまう。
「やめてよ……」
「ああ? 何か言ったか?」
「だから、やめ――」
「聞こえねえよ。さっきも言っただろうが。泣きわめけってよ」
「…………本当に泣いて謝れば美衣を離してくれるの?」
私の言葉に秋月はひどく口元を歪ませた。
「そうだな。考えてやるさ。だから、早くやれ」
「……分かった」
「お姉ちゃん!」
美衣が叫ぶ。大丈夫だよ。美衣のためなら、お姉ちゃんは何ともないから。
「離して、ください……」
私は懇願する。
「……。詰まらねえな」
秋月は呟く。
「本気で詰まらねえな、お前。もういいや」
「え……」
それなら美衣を解放――
「詰まらねえからこいつで遊ぶわ」
秋月はそう言うと美衣に向かってナイフを突き立て――
――何かが切れたかのような音がした。
「は?」
秋月が呆けた声を出す。秋月は自分のすぐそばに落ちた石を見る。その石には秋月の血が付いていた。秋月に向かって私が投げた石が当たっていた。
「離せ」
私は自身の声が低くなるのを感じた。もう、なんでもいい。とにかくこいつは許せない。
そんな気持ちで私は秋月に向かっていった。
◇
「はっ――」
嫌な夢を見た僕は目を覚ました。
ひどく汗をかいている。
なんて夢なんだ。色々とごちゃまぜになっている癖にひどく嫌なところだけはしっかりと残っていた。
朝と放課後が完全に違う日じゃないか……。
でも、今になってこんな夢を見るなんて、嫌な予感しかしない。
その時、部屋の扉がノックされた。
「お姉ちゃん? 大丈夫? すごい声が聞こえたけど」
どうやら、美衣が心配してきたようだ。部屋の外から美衣に声をかけられた。
「あ、ああ。大丈夫だよ」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。何せ僕は強いからな」
「そう。なら良かった」
美衣がドア越しに離れていくのが分かる。
そうさ。僕は変わる――いや、変わったんだ。美衣を守れるぐらいに……。
◇
あの時、秋月が意外とすぐに逃げなければ美衣は――僕はどうなっていたか分からない。
でも、もう美衣が泣いた姿は見たくない。
そして何より――弱い私はもう嫌だ。これから私は変わるんだ。そう、僕として……。
◇
ひどく、気分が悪い。
変わった。そう僕は思っていた。でも、きっとまだ完全に変われた訳じゃないんだろう。
いや、そもそも変われたかどうかすら怪しい。
WOSOのHPを見て、こんなにも気落ちする自分の姿は傍から見てもきっと意気地なしの弱虫だろうから。
僕はベッドに横たわりながら、携帯――眼鏡型携帯通信機――をもう一度覗きこんだ。
――ワールドオブスピリットオンラインは好評につき、予定していた期間よりも早くベータテストを終わらせ、オープンベータへ移行します! オープンベータは正式サービス版に移行しても同じキャラクターでプレイすることが可能となります!
やはり、その記載は変わらない。僕はため息をついた。
記載されている言葉は普通なら喜ばしいものだろう。例え、クローズドベータからオープンベータへ移行する際にスキルが削除されてしまうとはいえ、それが普通ではないかとさえ思う。何しろクローズドベータ専用のスキルが渡される上、そのスキルがそれなりに有用なスキルのようだから。
しかし、僕にとってはスキルが失われるということは絶望にも等しかった。
なぜならスキルが失われるということは≪ビーストテイマー≫のスキルが失われること――いぬが消えるということに他ならないのだから。
データだけの存在に何を嘆いているんだ、と僕を謗る人がいるかもしれない。他のスキルが手に入るかもしれない、なんて慰める人がいるかもしれない。でも、それでも僕は思うのだ。いぬと同じ存在は消えてしまえばもう決して出会うことが出来ないじゃないか、と。
僕はスクロールを思考操作で下に動かした。何かいい情報はないだろうか――
「これ、は……」
そこに書かれている内容はまさに天恵とでも言うべきものだった。
――ワールドオブスピリットオンラインのオープンベータへ移行するに当たり、クローズドベータの闘技大会を行います! 優勝者にはなんとクローズドベータで使っていたスキルを一つオープンベータへ持ち越すことが可能となります!
オープンベータへスキルを持ち越すことが出来る。
それはつまり、僕が優勝すればいぬが死なずに済むということだ。
「は、ははは」
大会は強敵がきっと多いことだろう。きっと今の僕なら太刀打ちが出来ない相手もたくさんいると思う。
でも、僕は勝たないといけないんだ。いぬを――僕の相棒を失わないために。
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