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第ニ章
第48話 本当は仲良し!!?
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座敷童の椿姐さんが棲む和菓子屋を出て、しばらく歩いたところの牛丼チェーン店で簡単に食事をしていくことになった俺たち。
少し早い時間だったからか俺たちの他に客もいない。
カウンターに並んで座り注文を済ませると、すぐに品が届いた。
……のだが、篝は早速牛丼とは別に頼んだ生卵3つをパカパカッと別の器に割り入れると、そのまま飲んでいた。
そういえば紅牙の隠れ家での朝ごはんでも見たな…この光景。
まさか牛丼屋で生卵を飲むところを見るとは、綺麗な顔がやることとしては少々インパクトが強い。
やや唖然とする俺に、
『篝は昔からこうだぞ』
という白叡の“何を今更”と言わんばかりの声が聞こえた。
「……てことは…篝は昔から生卵が好きってこと?」
「ん? あぁ、喉越しが好きなの」
思わず呟いた俺に、篝は改めて牛丼に箸をつけつつ平然と答えた。
そのまま飲む前提の話だな、それ。
ちょっと驚くけど、タンパク源と思えば……まぁ、いいか。
意外と篝はパワー系みたいだしな。鬼の首を(たぶん)素手でもぎ取ってたし。
にしても。
「……なんか、紅牙が甘党だとか肉が好きみたいなのを仲間が知ってるって不思議な感じと思ってたんだけど、もしかして仲間内ではお互いの好物くらい知ってるってことか……?」
「不思議かな? 食べ物だけじゃなくても、一緒にいたら分かるでしょ」
当たり前のように言う篝。
──そういうものなのだろうか?
友だちの好みを知っている……なんて、俺にとっては全然当たり前じゃなかった。
「たぶん紅牙だって知って…いや、気付いてると思うけどなぁ」
心なしかニヤニヤして見える笑顔を向けられたが……俺には分からないよ。
ただ、紅牙が仲間の好みまで把握しているかもしれない、ということにちょっと驚きがあったかも。
「……思ったより、紅牙たちの距離感が近いんだな」
なんだかんだ言って、結局は仲が良い。
好きな食べ物を知ってる…気付かれてるなんて、だいぶ親しくないと分からないと思う。
言い換えれば、気心知れてる仲だから気付くようなことだ。
少なくとも俺には今までそんな仲の良い友だちなんていないし、作る気もなかったよ。
──ん?
どこか、何かが引っ掛かる。
確かに今まで友だちはいた──ただ、それは知人以上の存在。
顔を合わせれば仲良く話をしたり遊べる、その程度。それ以上になることもなかったし、する気も起きなかった。
俺は……何故そう思ってる??
何に引っ掛かっているのかも自分で分からないままの俺に構わず、
「まぁ…好物に関しては、ボクがご飯用意することが多いから知ってるってのもあるけどねぇ。……あ、でも幻夜くんは何が好きだったかな…?」
篝がはてと首を傾げた。
「甲殻類って言ってたよ」
思わず俺が答える。
言ってたのは本人じゃなくて旧友だけど。
実際、否定もしてないし、サワガニ食べてたしな……嬉しそうに。
「そうなの?」
俺が答えたことに驚いた表情で大きな目を更に見開いてはいたが、
「……あぁ…でもまぁ…言われてみれば、確かにそうだね」
どうやら思い当たることがあったようで、すぐに納得したようだった。
「じゃぁ、次鍋やる時は多めに入れてあげることにするよ⭐︎」
篝は笑顔でそう言った。
紅牙の好物が俺と同じ、肉と甘味。篝が卵で幻夜がエビカニ。ついでに白叡はオイルタイプツナ缶。
……やっぱりあの天狗二人にも好物があるはず?
この場で篝に聞いたら分かるんだろうけど……自分で気付くか思い出すというのも、面白いかもしれない。
そんなことを考えながら食事を済ませ、幻夜のマンションに再び戻ってきた俺たち。
もう陽は落ちていたが、やはり幻夜は留守。帰ってきた形跡もない。
篝は俺にIHコンロの使い方を確認しながらお湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。
そして俺の左手から出てきた白叡もソファーへ。
テーブルにはお茶請けに買ってきた羊羹を。もちろん、羊羹は篝がちゃんと切ってくれていた。
淹れてくれたお茶も、あの店の羊羹も相変わらず美味い……なんだかホッとするな。
「そういえば…姐さんの方が年上って言ってたな、篝より。妖怪の年齢なんて、本当に見た目じゃ分からないな……」
基本子どもの姿な座敷童だけじゃない。篝たち含め、妖たちの見た目年齢はあてにならない。
寿命があるとして、数百年とか数千年単位とか言われても今更驚かないと思う。
そんな呟きに、篝はお茶に口をつけつつ、
「ボクらの外見年齢なんてあってないようなものだけど、実年齢で言うと……仲間の中ではボクが一番お兄さん。一番若いのが紅牙だよ」
え? そうなのか!?
あー…基本的に子どもの姿の篝が最年長で、リーダーっぽい紅牙が最年少なんだ?
なんだか、ちょっと意外……かもしれない。勝手なイメージだけど。
ただこいつらを見てるとあんまり年の差とかは感じない、かも。
そして白叡が言うには、
『妖にとっての寿命という概念もあやふやだが……種族や妖気の量によっても違うし、何より個体差が大きい。あと、例外はあるが…長生きなほど妖力が強いというよりは、妖力が強いから長生きできる個体が多いという方が正しいな』
「まあ、ボクらは若い方だと思うけどね!」
なるほど?
無駄に若手アピールはされたが……どうも年齢や寿命の概念が人間の感覚とは違う、ということだけは分かった。
言ってみれば、妖は不老長寿──ってことか。
人間にしてみたら“不老長寿”なんて夢のようであるのは間違いない。
そんな妖の中でも、見た目で実年齢が分からない代表のようなのが“座敷童”だよな。
座敷童──椿姐さん、といえば。
まさか自分が行ってた店に妖怪がいたことには驚いた。
自宅からは少し離れているが、生活圏内に妖怪がいる店があったということになるのだから。
──改めて考えてみれば、このマンションも俺の自宅からそれほど遠くないよな?
と、いうことは……
「ここを幻夜が使ってたり、お前らが紅牙捜索の拠点にしてたなら……俺とニアミスとかしてそうだよな?」
近くにいたとしても、今まで俺の存在に気付かれてなかったはずだ。少なくとも妖怪とは無縁の人生だったのだから。
そんな俺の疑問に篝は少し考えてから、
「ここを使うようになったのは最近だけど……正直、ニアミスしててもおかしくはないと思う。姿、肉体、気配もほぼ人間の状態じゃ、流石にピンポイントで見つけるどころか…気づくのも難しいよ」
お手上げ、といった様子で苦笑をうかべた篝の言葉に、白叡は頷く。そして溜め息をつきつつ俺に視線を移すと、
『擬態とかじゃなく、ほぼ人間だからな。紅牙の記憶あれば、また違ったかもしれんが……身を隠しつつ仲間と合流…まではいかなくとも連絡くらいは取れただろうな。もう少し早い段階で』
確かに。記憶があれば、紅牙が自分から連絡や合流してくることもできたかもしれない。
それに、本来ありえない“妖が人間に転生する”という奇策を知っている仲間たちにとって、転生先…探すポイントはある程度分かっているのだから鬼の手下たちよりは先に紅牙を見つけられる予定だった……ということか。
「ただね、本来なら紅牙として生れるとは聞いていたけど、覚醒や記憶の話以前に転生先の器が鬼の血筋とはいえ人間の胎児スタートでしょ。いくらなんでも妖の魂と妖気にある程度肉体が耐えられるまで、ほぼ休眠状態のまま肉体が成長し妖に戻りつつあるのを待たなきゃならなかったはず。記憶があったとしてもね」
『休眠状態で人間を隠れ蓑にする……時間稼ぎとしては丁度いい、がな』
なるほど。
鬼の宝を奪った上で人界への転生逃亡、だもんな。
追われている以上、すぐに見つかってはそのまま殺されてもおかしくない。
「そう。ほぼ人間でいるなら鬼たちに見つからない。でもそうなると、ボクたちにも見つけられない」
だからたとえ過去にすれ違っていたとしても分からなかった…ということか?
『まぁ、覚醒してなくとも肉体が成長していき徐々に妖に変化を続けていけば、本来の妖気も戻ってくる──そのおかげで見つけられたんだが』
白叡の言葉を言い換えれば、成長するにつれ意図的に抑えなければ徐々に鬼の気配は隠せなくなる、ということ。
どうやら、椿姐さんが俺が紅牙だとは気付かないにしても鬼の気を察知していたのは、俺が無意識に妖気を持っている状態で彼女の店…領域内に入ったから、ということらしい。
俺が小さい頃から店には行っていても、おそらく気づかれたのは最近だろうと篝が言っていた。
「…………本来なら、紅牙として──…か」
篝はそう小さく呟くと、改めて
「宗一郎、もう一回確認していい?」
「?」
「ボクには紅牙の真意は分からないけど……本当に思い出すつもりなんだよね? 本当に受け止める気でいる?」
“──宗一郎に、紅牙を受け止められるのか?”
篝の強い瞳はそう語っていた。
怖くないわけではない……でも、俺は決めたんだ。
仲間との大切な記憶を取り戻すと。
もう……彼方のあんな…悲しげな表情を見たくない。
俺はしっかりと頷いた。
俺の意思を確認した篝は、少し考えるような表情をしたあと、
「姐さんに言われた“五感”に関しては一般論かもしれないけど、確実なもののようにも思えるよね……」
俺もそう思う。
ただ、他の感覚はともかく、臭覚…“血の匂い”というのは現時点では無理だな。
流石にわざわざ血を出して嗅ぐ気にはなれない。
「まぁ、紅牙なら面白そうな戦闘いとか血の匂いとかに反応する──今までもそうだものね。なら手っ取り早く、ボクが宗一郎と戦闘えば……?」
そう言いかけて篝がチラッと俺を見るが、俺は全力で首を振るしかない!
「あはっ。だよねぇ……ま、ボクはいつでも良いけどね⭐︎」
それ……幻夜にも似たようなことを言われたが、絶対に洒落にならないからやめてほしい!
冗談にしても命の危険がチラつくのはダメ!!
特に篝は絶対ダメだろ!?
慌てる俺を見て、イタズラっ子のように笑う篝。
少なくとも俺は戦闘狂仲間ではないので、その時がこないことを祈るしかない。
ひとしきり笑った篝だが、一瞬の沈黙の後小さく溜め息をつくと白叡へ視線を移し、
「──白叡、彼方ちゃんはどこまで話していいって?」
『……紅牙に関しての話は口止めされているが、記憶を取り戻せるようできるだけ手伝えとは言われている』
それは白叡が俺に言ったことと同じこと、そのまま。当然、篝は困ったように苦笑をうかべた。
「えぇ~…難しいこと言うなぁ……」
うん、完全同意。おそらく白叡もそう思っているよ。
どうしろと言うんだ、てな。
ただ、そんな手探り状態の中、俺が白叡にした質問は“彼方と仲間のこと”で、その時の会話を簡単に説明した。すると、
「なるほどね。確かに本人の話をしないで、てことならボクらの話するしかないね──でもなぁ…もちろん彼方ちゃんの気持ちは尊重するけど、正直ボクも早く思い出して欲しいしねっ⭐︎」
そう言って篝はニヤッと笑った。
共通の思い出はもちろん、紅牙が知っている仲間の情報でも懐かしさで思い出すキッカケになるかもしれない。
姐さんも思い出話でもして…と言っていたしな。
まず何から話そうか、とウキウキな表情の篝だが……聞いて大丈夫な話にしてくれよ??
あまりにも妖的な話…血生臭そうなのは……まだちょっと無理かも。心の準備ができそうにもない。
『……おい、ちゃんとキッカケになるような話にしてやれよ?』
悪ふざけしそうな雰囲気を察して白叡が一応釘を刺すと、
「分かってるって。──ん~と……じゃぁ…ボクが紅牙と仲良くなった頃の話とかどう?」
え……それは…ちょっと気になるな。
俺が頷いたのを見て満足そうに微笑むと、篝は少し遠い目をしてからゆっくりと話し始めた。
少し早い時間だったからか俺たちの他に客もいない。
カウンターに並んで座り注文を済ませると、すぐに品が届いた。
……のだが、篝は早速牛丼とは別に頼んだ生卵3つをパカパカッと別の器に割り入れると、そのまま飲んでいた。
そういえば紅牙の隠れ家での朝ごはんでも見たな…この光景。
まさか牛丼屋で生卵を飲むところを見るとは、綺麗な顔がやることとしては少々インパクトが強い。
やや唖然とする俺に、
『篝は昔からこうだぞ』
という白叡の“何を今更”と言わんばかりの声が聞こえた。
「……てことは…篝は昔から生卵が好きってこと?」
「ん? あぁ、喉越しが好きなの」
思わず呟いた俺に、篝は改めて牛丼に箸をつけつつ平然と答えた。
そのまま飲む前提の話だな、それ。
ちょっと驚くけど、タンパク源と思えば……まぁ、いいか。
意外と篝はパワー系みたいだしな。鬼の首を(たぶん)素手でもぎ取ってたし。
にしても。
「……なんか、紅牙が甘党だとか肉が好きみたいなのを仲間が知ってるって不思議な感じと思ってたんだけど、もしかして仲間内ではお互いの好物くらい知ってるってことか……?」
「不思議かな? 食べ物だけじゃなくても、一緒にいたら分かるでしょ」
当たり前のように言う篝。
──そういうものなのだろうか?
友だちの好みを知っている……なんて、俺にとっては全然当たり前じゃなかった。
「たぶん紅牙だって知って…いや、気付いてると思うけどなぁ」
心なしかニヤニヤして見える笑顔を向けられたが……俺には分からないよ。
ただ、紅牙が仲間の好みまで把握しているかもしれない、ということにちょっと驚きがあったかも。
「……思ったより、紅牙たちの距離感が近いんだな」
なんだかんだ言って、結局は仲が良い。
好きな食べ物を知ってる…気付かれてるなんて、だいぶ親しくないと分からないと思う。
言い換えれば、気心知れてる仲だから気付くようなことだ。
少なくとも俺には今までそんな仲の良い友だちなんていないし、作る気もなかったよ。
──ん?
どこか、何かが引っ掛かる。
確かに今まで友だちはいた──ただ、それは知人以上の存在。
顔を合わせれば仲良く話をしたり遊べる、その程度。それ以上になることもなかったし、する気も起きなかった。
俺は……何故そう思ってる??
何に引っ掛かっているのかも自分で分からないままの俺に構わず、
「まぁ…好物に関しては、ボクがご飯用意することが多いから知ってるってのもあるけどねぇ。……あ、でも幻夜くんは何が好きだったかな…?」
篝がはてと首を傾げた。
「甲殻類って言ってたよ」
思わず俺が答える。
言ってたのは本人じゃなくて旧友だけど。
実際、否定もしてないし、サワガニ食べてたしな……嬉しそうに。
「そうなの?」
俺が答えたことに驚いた表情で大きな目を更に見開いてはいたが、
「……あぁ…でもまぁ…言われてみれば、確かにそうだね」
どうやら思い当たることがあったようで、すぐに納得したようだった。
「じゃぁ、次鍋やる時は多めに入れてあげることにするよ⭐︎」
篝は笑顔でそう言った。
紅牙の好物が俺と同じ、肉と甘味。篝が卵で幻夜がエビカニ。ついでに白叡はオイルタイプツナ缶。
……やっぱりあの天狗二人にも好物があるはず?
この場で篝に聞いたら分かるんだろうけど……自分で気付くか思い出すというのも、面白いかもしれない。
そんなことを考えながら食事を済ませ、幻夜のマンションに再び戻ってきた俺たち。
もう陽は落ちていたが、やはり幻夜は留守。帰ってきた形跡もない。
篝は俺にIHコンロの使い方を確認しながらお湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。
そして俺の左手から出てきた白叡もソファーへ。
テーブルにはお茶請けに買ってきた羊羹を。もちろん、羊羹は篝がちゃんと切ってくれていた。
淹れてくれたお茶も、あの店の羊羹も相変わらず美味い……なんだかホッとするな。
「そういえば…姐さんの方が年上って言ってたな、篝より。妖怪の年齢なんて、本当に見た目じゃ分からないな……」
基本子どもの姿な座敷童だけじゃない。篝たち含め、妖たちの見た目年齢はあてにならない。
寿命があるとして、数百年とか数千年単位とか言われても今更驚かないと思う。
そんな呟きに、篝はお茶に口をつけつつ、
「ボクらの外見年齢なんてあってないようなものだけど、実年齢で言うと……仲間の中ではボクが一番お兄さん。一番若いのが紅牙だよ」
え? そうなのか!?
あー…基本的に子どもの姿の篝が最年長で、リーダーっぽい紅牙が最年少なんだ?
なんだか、ちょっと意外……かもしれない。勝手なイメージだけど。
ただこいつらを見てるとあんまり年の差とかは感じない、かも。
そして白叡が言うには、
『妖にとっての寿命という概念もあやふやだが……種族や妖気の量によっても違うし、何より個体差が大きい。あと、例外はあるが…長生きなほど妖力が強いというよりは、妖力が強いから長生きできる個体が多いという方が正しいな』
「まあ、ボクらは若い方だと思うけどね!」
なるほど?
無駄に若手アピールはされたが……どうも年齢や寿命の概念が人間の感覚とは違う、ということだけは分かった。
言ってみれば、妖は不老長寿──ってことか。
人間にしてみたら“不老長寿”なんて夢のようであるのは間違いない。
そんな妖の中でも、見た目で実年齢が分からない代表のようなのが“座敷童”だよな。
座敷童──椿姐さん、といえば。
まさか自分が行ってた店に妖怪がいたことには驚いた。
自宅からは少し離れているが、生活圏内に妖怪がいる店があったということになるのだから。
──改めて考えてみれば、このマンションも俺の自宅からそれほど遠くないよな?
と、いうことは……
「ここを幻夜が使ってたり、お前らが紅牙捜索の拠点にしてたなら……俺とニアミスとかしてそうだよな?」
近くにいたとしても、今まで俺の存在に気付かれてなかったはずだ。少なくとも妖怪とは無縁の人生だったのだから。
そんな俺の疑問に篝は少し考えてから、
「ここを使うようになったのは最近だけど……正直、ニアミスしててもおかしくはないと思う。姿、肉体、気配もほぼ人間の状態じゃ、流石にピンポイントで見つけるどころか…気づくのも難しいよ」
お手上げ、といった様子で苦笑をうかべた篝の言葉に、白叡は頷く。そして溜め息をつきつつ俺に視線を移すと、
『擬態とかじゃなく、ほぼ人間だからな。紅牙の記憶あれば、また違ったかもしれんが……身を隠しつつ仲間と合流…まではいかなくとも連絡くらいは取れただろうな。もう少し早い段階で』
確かに。記憶があれば、紅牙が自分から連絡や合流してくることもできたかもしれない。
それに、本来ありえない“妖が人間に転生する”という奇策を知っている仲間たちにとって、転生先…探すポイントはある程度分かっているのだから鬼の手下たちよりは先に紅牙を見つけられる予定だった……ということか。
「ただね、本来なら紅牙として生れるとは聞いていたけど、覚醒や記憶の話以前に転生先の器が鬼の血筋とはいえ人間の胎児スタートでしょ。いくらなんでも妖の魂と妖気にある程度肉体が耐えられるまで、ほぼ休眠状態のまま肉体が成長し妖に戻りつつあるのを待たなきゃならなかったはず。記憶があったとしてもね」
『休眠状態で人間を隠れ蓑にする……時間稼ぎとしては丁度いい、がな』
なるほど。
鬼の宝を奪った上で人界への転生逃亡、だもんな。
追われている以上、すぐに見つかってはそのまま殺されてもおかしくない。
「そう。ほぼ人間でいるなら鬼たちに見つからない。でもそうなると、ボクたちにも見つけられない」
だからたとえ過去にすれ違っていたとしても分からなかった…ということか?
『まぁ、覚醒してなくとも肉体が成長していき徐々に妖に変化を続けていけば、本来の妖気も戻ってくる──そのおかげで見つけられたんだが』
白叡の言葉を言い換えれば、成長するにつれ意図的に抑えなければ徐々に鬼の気配は隠せなくなる、ということ。
どうやら、椿姐さんが俺が紅牙だとは気付かないにしても鬼の気を察知していたのは、俺が無意識に妖気を持っている状態で彼女の店…領域内に入ったから、ということらしい。
俺が小さい頃から店には行っていても、おそらく気づかれたのは最近だろうと篝が言っていた。
「…………本来なら、紅牙として──…か」
篝はそう小さく呟くと、改めて
「宗一郎、もう一回確認していい?」
「?」
「ボクには紅牙の真意は分からないけど……本当に思い出すつもりなんだよね? 本当に受け止める気でいる?」
“──宗一郎に、紅牙を受け止められるのか?”
篝の強い瞳はそう語っていた。
怖くないわけではない……でも、俺は決めたんだ。
仲間との大切な記憶を取り戻すと。
もう……彼方のあんな…悲しげな表情を見たくない。
俺はしっかりと頷いた。
俺の意思を確認した篝は、少し考えるような表情をしたあと、
「姐さんに言われた“五感”に関しては一般論かもしれないけど、確実なもののようにも思えるよね……」
俺もそう思う。
ただ、他の感覚はともかく、臭覚…“血の匂い”というのは現時点では無理だな。
流石にわざわざ血を出して嗅ぐ気にはなれない。
「まぁ、紅牙なら面白そうな戦闘いとか血の匂いとかに反応する──今までもそうだものね。なら手っ取り早く、ボクが宗一郎と戦闘えば……?」
そう言いかけて篝がチラッと俺を見るが、俺は全力で首を振るしかない!
「あはっ。だよねぇ……ま、ボクはいつでも良いけどね⭐︎」
それ……幻夜にも似たようなことを言われたが、絶対に洒落にならないからやめてほしい!
冗談にしても命の危険がチラつくのはダメ!!
特に篝は絶対ダメだろ!?
慌てる俺を見て、イタズラっ子のように笑う篝。
少なくとも俺は戦闘狂仲間ではないので、その時がこないことを祈るしかない。
ひとしきり笑った篝だが、一瞬の沈黙の後小さく溜め息をつくと白叡へ視線を移し、
「──白叡、彼方ちゃんはどこまで話していいって?」
『……紅牙に関しての話は口止めされているが、記憶を取り戻せるようできるだけ手伝えとは言われている』
それは白叡が俺に言ったことと同じこと、そのまま。当然、篝は困ったように苦笑をうかべた。
「えぇ~…難しいこと言うなぁ……」
うん、完全同意。おそらく白叡もそう思っているよ。
どうしろと言うんだ、てな。
ただ、そんな手探り状態の中、俺が白叡にした質問は“彼方と仲間のこと”で、その時の会話を簡単に説明した。すると、
「なるほどね。確かに本人の話をしないで、てことならボクらの話するしかないね──でもなぁ…もちろん彼方ちゃんの気持ちは尊重するけど、正直ボクも早く思い出して欲しいしねっ⭐︎」
そう言って篝はニヤッと笑った。
共通の思い出はもちろん、紅牙が知っている仲間の情報でも懐かしさで思い出すキッカケになるかもしれない。
姐さんも思い出話でもして…と言っていたしな。
まず何から話そうか、とウキウキな表情の篝だが……聞いて大丈夫な話にしてくれよ??
あまりにも妖的な話…血生臭そうなのは……まだちょっと無理かも。心の準備ができそうにもない。
『……おい、ちゃんとキッカケになるような話にしてやれよ?』
悪ふざけしそうな雰囲気を察して白叡が一応釘を刺すと、
「分かってるって。──ん~と……じゃぁ…ボクが紅牙と仲良くなった頃の話とかどう?」
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