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第110話 伊103ハコレヨリ帰投ス
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「水測、音源はないか。」
「周囲に音源なし。」
伊号第103潜水艦の司令塔で、水雷長が水中聴音員に周囲での音源、つまり船舶の有無を確認した。
「メインタンク、チョイブロー。潜望鏡深度に着け。」
音源なしの報告を受け、艦長里見中佐が命じた。
担当の兵員がハンドルを回して圧搾空気放出バルブを開くと
ゴォォォ
という轟音とともにメインタンクに空気が流れ込んで海水を押し出し、浮力を得た艦は、潜望鏡深度に達した。
「短波マスト上げ、電探、全周囲探査。」
「短波マスト上げよろし、電探、探査開始。」
短波マスト先端に取り付けられた電探は、目標の方向が分からない全周囲探査しかできないが、とにかく、周囲に脅威となる艦船がいるかどうかは探知可能で、これが各潜水艦に取り付けられるようになってから、損害が激減していた。
「電探、感なし。」
「第二潜望鏡上げ。」
続けて里見が命じた。
第二潜望鏡は、夜間潜望鏡である。
里見は、司令塔で、スーッと上から降りて来た潜望鏡のアイピースに右目を当て、そのまま体を回し、ぐるりと360度方向を観察して、周囲に船舶などがいないことを確認した。
「メインタンクブロー、浮き上がれ。右砲戦用意、目標は内海の城塞跡!」
再び圧搾空気の轟音が響き、浮力を得た艦は、艦首を空中に突き出すような格好で浮上した。
当直の先任将校が艦橋ハッチのハンドルを回して開放すると、水滴と潮の香りとともに、新鮮な空気が司令塔に入って来た。
先任将校がハッチから飛び出し、続けて当直の見張り員が飛び出して四方の見張りに着く。
同時に、後部甲板の14㎝単装砲に砲員が取り付き、砲口蓋を取り外し、甲板の揚弾筒水密頭部を開放して、砲弾を弾庫から揚げ始めた。
里見と、随行のハッケン准男爵も艦橋に上がって来ている。
砲術長兼任の航海長国分大尉は、艦橋最後部に設置された1.5m測距儀に取り付き、月明りとメロウのバリベイスから教示されていた方位角を頼りに、8千m先の廃城(城塞跡)へ、狙いを定めた。
彼の傍らには、小型の方位盤を持った熟練の下士官と伝令の兵が立ち、国分の観測諸元を修正し、砲側に伝達する準備をしている。
潜水艦搭載の11年式40口径14㎝砲は、元々は戦艦用の副砲を潜水艦搭載用に改良したもので、最大射程1万5千m、初速は毎秒850mの性能である。
浮上から1分半ほどで砲撃準備が整い、14㎝砲の弾丸装填口に重量38㎏の砲弾が装填される。
伝令が伝える諸元を基に、方位角と仰角が調整され、射撃準備が完了した。
「打ち方始め!」
「用意、撃ーッ!」
掌砲長の号令で、14㎝砲が轟然と火を吐いた。
ズゥーン
腹に応える砲声とともに、暗闇の中に眩い発砲炎が広がったものの、煙は、昼間のようによくは見えない。
国分の傍らで、弾着時計員がストップウォッチを見つめている。
砲弾の初速からすると、9秒半ほどで弾着となるはずである。
「初弾ヨーイ…ダーンチャク!」
国分が覗く測距儀と、見張り員が取り付いている12㎝双眼鏡が捉えた弾着は、目標の手前右側に水柱を上げる、右近弾であった。
国分は、すかさず
「高め二、左寄せ二、急げ。」
を下令する。
砲員が方位角と仰角を調整し、再び14㎝砲が火を吐いた。
ズゥーン
轟音とともに、発砲炎が広がる。
「高め苗頭修正弾ヨーイ…ダンチャーク!」
今度は、水柱は上がらず、着弾の炎と巻き上げられる瓦礫片や土煙が、月明りの中に見えた。
「命中。諸元そのまま、続けて撃て。」
国分の命令で、14㎝砲が続けて射撃を行う。
砲声は周囲に殷々として響き、発砲炎が周囲を照らす。
11年式14㎝砲は、最大毎分10発の発射が可能ではあるが、揚弾や装填をはじめとする操作が全て人力であることから、砲の過熱はともかくとして、発射速度には限界があった。
20発余りを撃ち、そのうち10数発の命中弾を数えたところで、いつの間にか艦橋に上がって来ていた水雷長が
「艦長、もうこの辺でよろしいかと思いますが。」
と進言した。
いくら脅威となる敵艦がいないとはいえ、メロウの里に砲声が響き渡り、発砲炎も十分視認されているであろうから、そろそろ小舟に乗った連中や、バリベイスたちのような「潜水員」が、こちらに向かって来ないとも限らなかった。
「そうだな。」
里見がハッケンの方をチラリと見遣ると、彼は満足したように頷いてみせた。
「航海長、打ち方止め。本艦は、現場を離脱する。」
「打ち方止め!」
射撃中止の命令は、即座に砲側に伝わり、砲員たちは、砲口蓋を取り付け、弾丸装填口と甲板の揚弾筒水密頭部を閉鎖し、砲戦を終了させた。
「デ・ノーアトゥーンに帰投する。両舷前進強速、取り舵20度。」
「20度、とーりかーじ。」
「戻せ、宜候。」
「戻せ、20度ヨーソロ、140度。」
艦橋から、伝声管越しの艦長の操艦号令に、操舵員がやはり伝声管越しに復唱する。
任務は十分に達せられたはずであるから、後は帰るだけである。
最大速力を出さずとも、伊103の巡航速力16ノットに追随できる船舶は、こちらの世界には存在しない。
ひたすら水上を巡航し、デ・ノーアトゥーン目指してまっしぐらである。
ただ、他の船舶との遭遇、衝突にさえ注意しておれば良い。
「さて、これであの若殿様には一つ『貸し』ができたな。」
伊103ハコレヨリ帰投ス
里見は、根拠地隊宛てに打電した。
「周囲に音源なし。」
伊号第103潜水艦の司令塔で、水雷長が水中聴音員に周囲での音源、つまり船舶の有無を確認した。
「メインタンク、チョイブロー。潜望鏡深度に着け。」
音源なしの報告を受け、艦長里見中佐が命じた。
担当の兵員がハンドルを回して圧搾空気放出バルブを開くと
ゴォォォ
という轟音とともにメインタンクに空気が流れ込んで海水を押し出し、浮力を得た艦は、潜望鏡深度に達した。
「短波マスト上げ、電探、全周囲探査。」
「短波マスト上げよろし、電探、探査開始。」
短波マスト先端に取り付けられた電探は、目標の方向が分からない全周囲探査しかできないが、とにかく、周囲に脅威となる艦船がいるかどうかは探知可能で、これが各潜水艦に取り付けられるようになってから、損害が激減していた。
「電探、感なし。」
「第二潜望鏡上げ。」
続けて里見が命じた。
第二潜望鏡は、夜間潜望鏡である。
里見は、司令塔で、スーッと上から降りて来た潜望鏡のアイピースに右目を当て、そのまま体を回し、ぐるりと360度方向を観察して、周囲に船舶などがいないことを確認した。
「メインタンクブロー、浮き上がれ。右砲戦用意、目標は内海の城塞跡!」
再び圧搾空気の轟音が響き、浮力を得た艦は、艦首を空中に突き出すような格好で浮上した。
当直の先任将校が艦橋ハッチのハンドルを回して開放すると、水滴と潮の香りとともに、新鮮な空気が司令塔に入って来た。
先任将校がハッチから飛び出し、続けて当直の見張り員が飛び出して四方の見張りに着く。
同時に、後部甲板の14㎝単装砲に砲員が取り付き、砲口蓋を取り外し、甲板の揚弾筒水密頭部を開放して、砲弾を弾庫から揚げ始めた。
里見と、随行のハッケン准男爵も艦橋に上がって来ている。
砲術長兼任の航海長国分大尉は、艦橋最後部に設置された1.5m測距儀に取り付き、月明りとメロウのバリベイスから教示されていた方位角を頼りに、8千m先の廃城(城塞跡)へ、狙いを定めた。
彼の傍らには、小型の方位盤を持った熟練の下士官と伝令の兵が立ち、国分の観測諸元を修正し、砲側に伝達する準備をしている。
潜水艦搭載の11年式40口径14㎝砲は、元々は戦艦用の副砲を潜水艦搭載用に改良したもので、最大射程1万5千m、初速は毎秒850mの性能である。
浮上から1分半ほどで砲撃準備が整い、14㎝砲の弾丸装填口に重量38㎏の砲弾が装填される。
伝令が伝える諸元を基に、方位角と仰角が調整され、射撃準備が完了した。
「打ち方始め!」
「用意、撃ーッ!」
掌砲長の号令で、14㎝砲が轟然と火を吐いた。
ズゥーン
腹に応える砲声とともに、暗闇の中に眩い発砲炎が広がったものの、煙は、昼間のようによくは見えない。
国分の傍らで、弾着時計員がストップウォッチを見つめている。
砲弾の初速からすると、9秒半ほどで弾着となるはずである。
「初弾ヨーイ…ダーンチャク!」
国分が覗く測距儀と、見張り員が取り付いている12㎝双眼鏡が捉えた弾着は、目標の手前右側に水柱を上げる、右近弾であった。
国分は、すかさず
「高め二、左寄せ二、急げ。」
を下令する。
砲員が方位角と仰角を調整し、再び14㎝砲が火を吐いた。
ズゥーン
轟音とともに、発砲炎が広がる。
「高め苗頭修正弾ヨーイ…ダンチャーク!」
今度は、水柱は上がらず、着弾の炎と巻き上げられる瓦礫片や土煙が、月明りの中に見えた。
「命中。諸元そのまま、続けて撃て。」
国分の命令で、14㎝砲が続けて射撃を行う。
砲声は周囲に殷々として響き、発砲炎が周囲を照らす。
11年式14㎝砲は、最大毎分10発の発射が可能ではあるが、揚弾や装填をはじめとする操作が全て人力であることから、砲の過熱はともかくとして、発射速度には限界があった。
20発余りを撃ち、そのうち10数発の命中弾を数えたところで、いつの間にか艦橋に上がって来ていた水雷長が
「艦長、もうこの辺でよろしいかと思いますが。」
と進言した。
いくら脅威となる敵艦がいないとはいえ、メロウの里に砲声が響き渡り、発砲炎も十分視認されているであろうから、そろそろ小舟に乗った連中や、バリベイスたちのような「潜水員」が、こちらに向かって来ないとも限らなかった。
「そうだな。」
里見がハッケンの方をチラリと見遣ると、彼は満足したように頷いてみせた。
「航海長、打ち方止め。本艦は、現場を離脱する。」
「打ち方止め!」
射撃中止の命令は、即座に砲側に伝わり、砲員たちは、砲口蓋を取り付け、弾丸装填口と甲板の揚弾筒水密頭部を閉鎖し、砲戦を終了させた。
「デ・ノーアトゥーンに帰投する。両舷前進強速、取り舵20度。」
「20度、とーりかーじ。」
「戻せ、宜候。」
「戻せ、20度ヨーソロ、140度。」
艦橋から、伝声管越しの艦長の操艦号令に、操舵員がやはり伝声管越しに復唱する。
任務は十分に達せられたはずであるから、後は帰るだけである。
最大速力を出さずとも、伊103の巡航速力16ノットに追随できる船舶は、こちらの世界には存在しない。
ひたすら水上を巡航し、デ・ノーアトゥーン目指してまっしぐらである。
ただ、他の船舶との遭遇、衝突にさえ注意しておれば良い。
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