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第131話 特攻隊の任務
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夜兎亭の田岡中尉たちは、だいぶメートルが上がって来ているものの、酒を飲んでいない根本は、もとより酔ってはいない。
だから、周囲が盛り上がっていても、何となく付いて行けない。
中二階に陣取った陸軍の下士官グループが、相当酔ったらしく、普段、将校の前ではあまり歌うことができない「可愛いスーちゃん」を歌い出した。
お国のためとは言いながら
人の嫌がる軍隊に
志願で出て来るバカもいる
可愛いスーちゃんと泣き別れ
朝は早よから起こされて
雑巾がけやら掃き掃除
嫌な上等兵にゃ虐められ
泣く泣く送る日の長さ
乾パンかじる暇もなく
消灯ラッパは鳴り響く
五尺の寝台藁布団
ここが我等の夢の床
夜の夜中に起こされて
立たなきゃならない不寝番
もしも居眠りしたならば
行かなきゃならない重営倉
海山遠く隔てては
面会人とてさらになく
着いた手紙の嬉しさよ
可愛いスーちゃんの筆の跡
内容は陸軍の内務班を歌ったものであるが、赤紙一枚で引っ張られた、最下級の兵士たちの日常が、よく歌い込まれたものである。
海軍の兵隊も歌は知っていたから
「陸さんも大変じゃね。」
などと言いあった。
海軍で、これに相当するのが「海軍小唄」である。
対抗するかのように、誰かが歌い出し、合唱となった。
汽車の窓から手を握り
送って呉れた人よりも
ホームの陰で泣いていた
可愛いあの娘が忘られぬ
トコズントコ ズントコ
花は桜木人は武士
語って呉れた人よりも
港の隅で泣いていた
可愛いあの娘が目に浮かぶ
トコズントコ ズントコ
元気でいるかという便り
送って呉れた人よりも
涙ののにじむ筆の跡
いとしいあの娘が忘られぬ
トコズントコ ズントコ
これは、根本もよく知っていたから、合唱に加わった。
予科練以来、歌うことも訓練の一環で、様々な歌を斉唱させられてきたが、海軍小唄は兵隊の間で歌い継がれる「非公式」の歌であるから、無論、訓練で歌うことはなかった。
ソーニャやブリギッテにしてみれば、根拠地隊陸海軍将兵は、天から降って湧いたようなものだったから、下級兵士の悲哀を歌ったこうした歌の内容を聞かされた時は、意外に思うとともに、ひどく人間臭くて安心したものである。
相変わらず、将兵たちの飲食物運びで大忙しのソーニャたちであったが、夜が更けるに連れ、将兵たちはポツポツと宿へ引き上げて行き、田岡たちが最後まで残ることになった。
江戸川上曹は、今日は外泊許可を取ってあり、田岡たちも、元々行き場がないので、ともに夜兎亭泊りである。
片付けを終えたソーニャとブリギッテが田岡たちのテーブルへ来て
「ご相伴、よろしいかしら?」
と言い、ブリギッテと二人で、根本を挟み込むように座った。
挟まれた根本は、ドギマギしているのが分かる。
調理場の調理師が、気を利かせて飲み物を人数分持って来てくれた。
「それじゃ、何のためかともかく乾杯!」
ソーニャの音頭で、一同が乾杯した。
ソーニャもブリギッテも、若い根本に興味を持ったようで、身の上などを色々質問している。
二人に悪気は毛頭ないのだが、聞かれる根本は、苦笑いから段々と嫌そうな顔つきに変わって行った。
話題が家族のことに及び、ブリギッテが
「早く家族に会えるといいわね。」
と言った途端、一瞬、その場に冷たい空気が走り、根本がびっくりするような大声で
「余計なお世話です!」
と叫んだ。
「アタシ、何か気に障ること言ったのかしら。」
ブリギッテは困惑気味である。
「私は、特攻隊員です。死にに行くんです。」
根本が続けて言った。
「ええっと、『トッコ―』って…。」
ブリギッテは、訳が分からないでいる。
「これ以上は、軍機です!」
根本が、もう十分、という様に言った。
「特攻というのはね…。」
田岡が言い始めたのに根本が割って入ろうとしたが、田岡は手で制して言った。
「特攻はね、まず、生きては還ることのない任務なんだ。」
「生きて還ることがないって言っても、絶対還らないわけじゃないでしょう。こっちの世界だって、戦争になればたくさんの兵隊さんが死ぬけれど、誰かは還ってくるもの。」
ブリギッテは、少しムキになって反論した。
「何て言うのかな…。特攻隊員はね、死んで来いと命じられているんだ。生きて還って来てはならぬってね。」
「そんな…!」
田岡の説明に、ブリギッテも、そしてソーニャも絶句している。
「根本だけじゃない。艦隊の空母艦載機の連中にも、特攻隊員が大勢いるんだよ。『死んで来い。』って言われた連中が。普段は、何も言わないがね。」
江戸川が続けて言った。
「ああ、何てことなのかしら。神の軍隊のように強いと思っていた二ホン軍で、そんな無茶が通るなんて…。知らなかった…。」
ソーニャの目には、涙が浮かんでいる。
そして、彼女は根本歩引き寄せると、両腕でがっしりと抱擁した。
「何て可哀想なの。生まれてたった17年で死んで来いだなんて。」
ソーニャは、まるで子供をあやす様にして言った。
根本は、ソーニャの抱擁を懸命に拒みながら
「止めてください。私は志願したんです。決して無理強いされた訳じゃない。私が征かないと、日本本土が、両親や弟妹たちが大変なことになるんです。」
と力説した。
この様子を驚いたように見ていたブリギッテが
「あの、二ホンって、今、そんなに切羽詰まっているんですか?」
と、田岡にボソッと訊いた。
だから、周囲が盛り上がっていても、何となく付いて行けない。
中二階に陣取った陸軍の下士官グループが、相当酔ったらしく、普段、将校の前ではあまり歌うことができない「可愛いスーちゃん」を歌い出した。
お国のためとは言いながら
人の嫌がる軍隊に
志願で出て来るバカもいる
可愛いスーちゃんと泣き別れ
朝は早よから起こされて
雑巾がけやら掃き掃除
嫌な上等兵にゃ虐められ
泣く泣く送る日の長さ
乾パンかじる暇もなく
消灯ラッパは鳴り響く
五尺の寝台藁布団
ここが我等の夢の床
夜の夜中に起こされて
立たなきゃならない不寝番
もしも居眠りしたならば
行かなきゃならない重営倉
海山遠く隔てては
面会人とてさらになく
着いた手紙の嬉しさよ
可愛いスーちゃんの筆の跡
内容は陸軍の内務班を歌ったものであるが、赤紙一枚で引っ張られた、最下級の兵士たちの日常が、よく歌い込まれたものである。
海軍の兵隊も歌は知っていたから
「陸さんも大変じゃね。」
などと言いあった。
海軍で、これに相当するのが「海軍小唄」である。
対抗するかのように、誰かが歌い出し、合唱となった。
汽車の窓から手を握り
送って呉れた人よりも
ホームの陰で泣いていた
可愛いあの娘が忘られぬ
トコズントコ ズントコ
花は桜木人は武士
語って呉れた人よりも
港の隅で泣いていた
可愛いあの娘が目に浮かぶ
トコズントコ ズントコ
元気でいるかという便り
送って呉れた人よりも
涙ののにじむ筆の跡
いとしいあの娘が忘られぬ
トコズントコ ズントコ
これは、根本もよく知っていたから、合唱に加わった。
予科練以来、歌うことも訓練の一環で、様々な歌を斉唱させられてきたが、海軍小唄は兵隊の間で歌い継がれる「非公式」の歌であるから、無論、訓練で歌うことはなかった。
ソーニャやブリギッテにしてみれば、根拠地隊陸海軍将兵は、天から降って湧いたようなものだったから、下級兵士の悲哀を歌ったこうした歌の内容を聞かされた時は、意外に思うとともに、ひどく人間臭くて安心したものである。
相変わらず、将兵たちの飲食物運びで大忙しのソーニャたちであったが、夜が更けるに連れ、将兵たちはポツポツと宿へ引き上げて行き、田岡たちが最後まで残ることになった。
江戸川上曹は、今日は外泊許可を取ってあり、田岡たちも、元々行き場がないので、ともに夜兎亭泊りである。
片付けを終えたソーニャとブリギッテが田岡たちのテーブルへ来て
「ご相伴、よろしいかしら?」
と言い、ブリギッテと二人で、根本を挟み込むように座った。
挟まれた根本は、ドギマギしているのが分かる。
調理場の調理師が、気を利かせて飲み物を人数分持って来てくれた。
「それじゃ、何のためかともかく乾杯!」
ソーニャの音頭で、一同が乾杯した。
ソーニャもブリギッテも、若い根本に興味を持ったようで、身の上などを色々質問している。
二人に悪気は毛頭ないのだが、聞かれる根本は、苦笑いから段々と嫌そうな顔つきに変わって行った。
話題が家族のことに及び、ブリギッテが
「早く家族に会えるといいわね。」
と言った途端、一瞬、その場に冷たい空気が走り、根本がびっくりするような大声で
「余計なお世話です!」
と叫んだ。
「アタシ、何か気に障ること言ったのかしら。」
ブリギッテは困惑気味である。
「私は、特攻隊員です。死にに行くんです。」
根本が続けて言った。
「ええっと、『トッコ―』って…。」
ブリギッテは、訳が分からないでいる。
「これ以上は、軍機です!」
根本が、もう十分、という様に言った。
「特攻というのはね…。」
田岡が言い始めたのに根本が割って入ろうとしたが、田岡は手で制して言った。
「特攻はね、まず、生きては還ることのない任務なんだ。」
「生きて還ることがないって言っても、絶対還らないわけじゃないでしょう。こっちの世界だって、戦争になればたくさんの兵隊さんが死ぬけれど、誰かは還ってくるもの。」
ブリギッテは、少しムキになって反論した。
「何て言うのかな…。特攻隊員はね、死んで来いと命じられているんだ。生きて還って来てはならぬってね。」
「そんな…!」
田岡の説明に、ブリギッテも、そしてソーニャも絶句している。
「根本だけじゃない。艦隊の空母艦載機の連中にも、特攻隊員が大勢いるんだよ。『死んで来い。』って言われた連中が。普段は、何も言わないがね。」
江戸川が続けて言った。
「ああ、何てことなのかしら。神の軍隊のように強いと思っていた二ホン軍で、そんな無茶が通るなんて…。知らなかった…。」
ソーニャの目には、涙が浮かんでいる。
そして、彼女は根本歩引き寄せると、両腕でがっしりと抱擁した。
「何て可哀想なの。生まれてたった17年で死んで来いだなんて。」
ソーニャは、まるで子供をあやす様にして言った。
根本は、ソーニャの抱擁を懸命に拒みながら
「止めてください。私は志願したんです。決して無理強いされた訳じゃない。私が征かないと、日本本土が、両親や弟妹たちが大変なことになるんです。」
と力説した。
この様子を驚いたように見ていたブリギッテが
「あの、二ホンって、今、そんなに切羽詰まっているんですか?」
と、田岡にボソッと訊いた。
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