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呼び名にまつわるエトセトラ
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「騎士とか剣士だとかややこしいな。どこで呼び分けてんだ?」
と、魔導師が呟いた。
ある日ある町、ある夕食時。
ソルたちは酒場にいた。
広いわりに店員は多くない。カウンターの向こうで店主が一人、せっせと鍋を降るっている。
「はい騎士さま、いつものパスタできたよ」
と、長いカウンターに置く。
客は自分で取りに行くのがここのルールのようだ。
「武闘家さん、これ全員分のエールね」
「剣士さん、うちケチャップもセルフサービスだから、好きにやって」
ソルたちも他の客に倣い、めいめいの夕食をテーブルに運んだ。
連れの魔導師が一杯目のグラスを空け、冒頭の疑問を口にする。
ソルは即答した。
「雰囲気じゃねえ?」
「だからそれだよ」
魔導師が――ウィザが憮然として野菜スティックをつまむ。
イストがフォローした。
「『騎士』は分かるかい?」
「城や教会にいる、全身鎧の奴らだろ」
「そう。仕えてすぐはいち兵士だけど、功績に応じて『騎士』の名と地位が与えられる。権力の元で正式に剣を振るう人の称号だね」
ソルは水を一口飲んだ。
「で、まあ……それ以外の奴らを『騎士』って呼ぶと、色々面倒なんだよ」
「ほお」
「相手を選べばお世辞になるよ。ただ本物の騎士さんにとっては頑張って賜った位だからね。安売りされるのは面白くないし、上への侮辱だって怒る人もいる」
「なんだそりゃ、けちくせえな」
「そのくらいの忠義が必要なんだよ」
イストが苦笑した。
「あと、剣を持つ人の中にはそういう権力を好まないタイプもいる。敬意を込めた無難な呼び掛けが『剣士さん』かな」
「ふーん……」
ウィザは少し考えた。
「なら『戦士』はなんだ?」
「それ以外」
「あ゛ぁ?」
ソルは魚介スープを混ぜた。決して寒くはない室内に濃い湯気が上がっていく。
「お前も呼ぶだろ? 使い方のわからない武器を持ってる奴とか、見慣れない防具の奴とか。明らかにカタギじゃねーな、って奴とか」
「う……お、おう」
ウィザはソルを上から下まで眺めた。
耐刃ジャケットに耐刃繊維の手袋、この大陸では見ない拵えの長剣。
ソルがどこで装備を買い、どのように得物を扱うかは知っているが、軽鎧にブロードソードといったスタンダードからは外れる。
「……蔑称、ってことかよ」
「それは違うよ」
イストが身を乗り出す。
「ええとね、『剣士』って呼ばれることに違和感がある人への配慮だと思うよ。他の大陸の武器はもちろん、ナイフや槍も『剣』じゃないし」
「で、実際何するかわかんねーだろ」
「どうしてオレのフォローを踏みにじるの!?」
ソルはスプーンから手を離した。
「や、だからさ。そういうのが色々うまくまとまるっつーか。『騎士』でも『剣士』でもないのは分かってるけど、名前があると落ち着かねえ?」
「……まあな」
ウィザが紙ナプキンで指を拭った。
イストがサラダにフォークを刺す。
「確かに、こういう呼び名は曖昧だよね。魔導師も時代によっては呪術師と混同されてるし」
「あ゛ぁ? 全然違ェよ」
「俺それわかんねーや」
ソルは半透明のスープを薄くすくった。
ウィザが半眼で呻く。
「やたらねちっこい呪文使う陰気な奴だよ」
「呪術師が聞いたら怒るよ」
イストが額を押さえた。
ソルは続けた。
「『祈祷師』は?」
「民間の聖職者だね。教会とは別の系統だけど、回復や能力補助が上手だって聞くよ」
「『幻術師』」
「視覚や聴覚を眩ます呪文が主だ。たまに妙な薬を使う奴もいる。関わるな」
「『召還士』」
「自分の魔力で精霊を呼び出して使役する。……ってことになってるよ、建前上はな」
「『魔術師』」
ウィザとイストが沈黙した。
「……そう言われると迷うな……」
「ちょっと方向性が違うかな?」
グラスの割れる音が会話を遮った。斜め後ろのテーブルで酔っ払いが女の腕をつかんでいる。
「……ひっく、いいだろぉ、一杯付き合えよぉ」
「やめてよ! しつこいわよ!」
ウィザが口の中で舌打ちする。
「おいうるせえぞ。嫌がってんだろ」
「おーおー、ご立派だねえ、『魔法使い』さん?」
「…………あ゛ァ?」
ソルは沸き起こった口論を背にパンをちぎった。
はやす者、なだめる者、これ幸いと賭けを始める者が入り交じり、一気に店内が騒がしくなる。
「えっえっなんだい、今の、そんなに怒ることなのかい!?」
「あーうん、お前スラングとか知らなさそうだもんな」
ソルは食事の手を早めた。
ウィザはまだ屋根を吹き飛ばしてはいない。が、遠からずだろう。むしろその方が平和にカタがつくかもしれない。
ケンカなら表でやれ、と店主が叫ぶ。
「……そういや傭兵の世界じゃ、初めての人殺しを『ロストバージン』って言うらしいな」
「どうして今それを言うんだ!?」
※参考資料:ニコニコ大百科『童貞』項
と、魔導師が呟いた。
ある日ある町、ある夕食時。
ソルたちは酒場にいた。
広いわりに店員は多くない。カウンターの向こうで店主が一人、せっせと鍋を降るっている。
「はい騎士さま、いつものパスタできたよ」
と、長いカウンターに置く。
客は自分で取りに行くのがここのルールのようだ。
「武闘家さん、これ全員分のエールね」
「剣士さん、うちケチャップもセルフサービスだから、好きにやって」
ソルたちも他の客に倣い、めいめいの夕食をテーブルに運んだ。
連れの魔導師が一杯目のグラスを空け、冒頭の疑問を口にする。
ソルは即答した。
「雰囲気じゃねえ?」
「だからそれだよ」
魔導師が――ウィザが憮然として野菜スティックをつまむ。
イストがフォローした。
「『騎士』は分かるかい?」
「城や教会にいる、全身鎧の奴らだろ」
「そう。仕えてすぐはいち兵士だけど、功績に応じて『騎士』の名と地位が与えられる。権力の元で正式に剣を振るう人の称号だね」
ソルは水を一口飲んだ。
「で、まあ……それ以外の奴らを『騎士』って呼ぶと、色々面倒なんだよ」
「ほお」
「相手を選べばお世辞になるよ。ただ本物の騎士さんにとっては頑張って賜った位だからね。安売りされるのは面白くないし、上への侮辱だって怒る人もいる」
「なんだそりゃ、けちくせえな」
「そのくらいの忠義が必要なんだよ」
イストが苦笑した。
「あと、剣を持つ人の中にはそういう権力を好まないタイプもいる。敬意を込めた無難な呼び掛けが『剣士さん』かな」
「ふーん……」
ウィザは少し考えた。
「なら『戦士』はなんだ?」
「それ以外」
「あ゛ぁ?」
ソルは魚介スープを混ぜた。決して寒くはない室内に濃い湯気が上がっていく。
「お前も呼ぶだろ? 使い方のわからない武器を持ってる奴とか、見慣れない防具の奴とか。明らかにカタギじゃねーな、って奴とか」
「う……お、おう」
ウィザはソルを上から下まで眺めた。
耐刃ジャケットに耐刃繊維の手袋、この大陸では見ない拵えの長剣。
ソルがどこで装備を買い、どのように得物を扱うかは知っているが、軽鎧にブロードソードといったスタンダードからは外れる。
「……蔑称、ってことかよ」
「それは違うよ」
イストが身を乗り出す。
「ええとね、『剣士』って呼ばれることに違和感がある人への配慮だと思うよ。他の大陸の武器はもちろん、ナイフや槍も『剣』じゃないし」
「で、実際何するかわかんねーだろ」
「どうしてオレのフォローを踏みにじるの!?」
ソルはスプーンから手を離した。
「や、だからさ。そういうのが色々うまくまとまるっつーか。『騎士』でも『剣士』でもないのは分かってるけど、名前があると落ち着かねえ?」
「……まあな」
ウィザが紙ナプキンで指を拭った。
イストがサラダにフォークを刺す。
「確かに、こういう呼び名は曖昧だよね。魔導師も時代によっては呪術師と混同されてるし」
「あ゛ぁ? 全然違ェよ」
「俺それわかんねーや」
ソルは半透明のスープを薄くすくった。
ウィザが半眼で呻く。
「やたらねちっこい呪文使う陰気な奴だよ」
「呪術師が聞いたら怒るよ」
イストが額を押さえた。
ソルは続けた。
「『祈祷師』は?」
「民間の聖職者だね。教会とは別の系統だけど、回復や能力補助が上手だって聞くよ」
「『幻術師』」
「視覚や聴覚を眩ます呪文が主だ。たまに妙な薬を使う奴もいる。関わるな」
「『召還士』」
「自分の魔力で精霊を呼び出して使役する。……ってことになってるよ、建前上はな」
「『魔術師』」
ウィザとイストが沈黙した。
「……そう言われると迷うな……」
「ちょっと方向性が違うかな?」
グラスの割れる音が会話を遮った。斜め後ろのテーブルで酔っ払いが女の腕をつかんでいる。
「……ひっく、いいだろぉ、一杯付き合えよぉ」
「やめてよ! しつこいわよ!」
ウィザが口の中で舌打ちする。
「おいうるせえぞ。嫌がってんだろ」
「おーおー、ご立派だねえ、『魔法使い』さん?」
「…………あ゛ァ?」
ソルは沸き起こった口論を背にパンをちぎった。
はやす者、なだめる者、これ幸いと賭けを始める者が入り交じり、一気に店内が騒がしくなる。
「えっえっなんだい、今の、そんなに怒ることなのかい!?」
「あーうん、お前スラングとか知らなさそうだもんな」
ソルは食事の手を早めた。
ウィザはまだ屋根を吹き飛ばしてはいない。が、遠からずだろう。むしろその方が平和にカタがつくかもしれない。
ケンカなら表でやれ、と店主が叫ぶ。
「……そういや傭兵の世界じゃ、初めての人殺しを『ロストバージン』って言うらしいな」
「どうして今それを言うんだ!?」
※参考資料:ニコニコ大百科『童貞』項
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