ツンデレの弓月先輩はモテ期の後輩ワンコにお悩み中

かぼす

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番外編(ショートストーリー)

引力の反対側

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※「引力」の並行世界設定です。





病室の白い天井が視界にひろがった瞬間、強烈な吐き気と耳鳴りが襲った。
フラッシュバックするのは、ナイトゲームの打席。
耳元をかすめるような風の音と、ヘルメットを砕くような衝撃。
それが弓月の記憶の最後だった。

(……そっか。頭部死球受けて、病院に運ばれたんやな……)

まだどこかぼんやりとしたまま、弓月はうっすらとまぶたを開いた。

「……弓月先輩!?」

すると突然、視界の端から大きな影があらわれ、自分の体の上に飛び込んできた。

(……え、ちょっ、……なに?)

ぎょっとする間もなく、ずしりとベッドが沈み、誰かが自分の体に顔を埋めるようにして抱きついてきた。
驚くほどがっしりとした肩幅、そして、自分を押しつぶさんばかりの力。

「弓月先輩、よかった……ほんまに、よかった……!」

震える声で名前を呼ばれ、弓月は反射的に身を硬くした。

「……ちょっ、待て」

状況が理解できず、パニックになりかけていた。

「……誰やねん、お前、離せや!」


弓月が困惑したようにその大きな体を突き飛ばすと、相手は弾かれたように顔を上げた。
その顔立ちは精悍で整っているのに、どこかもっさりとした大型犬を思わせた。

「え……? 弓月先輩、何言うて……」

その瞳が真っ赤になり、今にも決壊しそうなほど潤んでいた。

(……なんで泣きそうなん???)

あわれとしかいいようのないその表情に、思わずぐっと胸を掴まれそうになるが、わけもわからない弓月は、困惑するよりない。

「何って、こっちのセリフや。いきなり抱きついてくるとかないやろ」
「お前、ファンか?……それとも、ストーカーか?」

あまりに馴れ馴れしい距離感に、弓月は本気で引いていた。
男に抱きつかれる趣味はないし、何よりこの男の向けてくる、熱を帯びた視線が恐ろしかった。


「弓月、お前まさか……神矢のこと忘れたのか?」

病室には高校時代のチームメイト、早瀬もかけつけていた。
その早瀬が、弓月の様子に信じられないような表情を浮かべている。

「カミヤ……? 誰やそれ。この、デカい奴のことか?」

弓月が怪訝そうに指さすと、さらに早瀬の顔は曇った。

「うそだろ……。お前が高校の時、陸上部から強引に引っ張ってきて、手取り足取り野球教え込んだ、あの一番目かけてた後輩の神矢じゃないか……」

(俺が、こいつを……?)

驚きに目を見張る弓月の横で、神矢は呆然とした様子で椅子に座り込んだ。


一番目をかけていた後輩。
不器用な彼を支え、導いてきたのは弓月だと、同じ病室にいたチーム関係者すら知っている様子だった。
しかし、弓月の記憶のどこを探しても、神矢広太というピースだけは、どうしても見つけられなかった。


チーム関係者が医師に相談をしに部屋を去ると、早瀬も、弓月と神矢をふたりきりにさせてみようと思ったものか、いったん部屋を出て行った。

病室には気まずい沈黙が流れた。
神矢は思いつめたように顔を真っ赤にしてうつむいたまま、膝の上で拳を握りしめている。
その拳が小さく震えているのを見て、弓月はさらに居心地の悪さを感じた。

(そんな傷ついたみたいな顔されても……)
(……お前のこと、ほんま知らんし)
(え……これって、こいつのこと思い出せない俺が悪いんか……?)

理不尽にも思えたが、うしろめたさも募った。
弓月はむすっとしたまま、気を紛らわせようと、枕元にあった自分のスマホを手に取った。
画面が明るくなった瞬間、弓月の指が止まった。

(……は?)

待ち受け画面に映っていたのは、不意打ちで撮られた様子の、戸惑いと照れのまじったこの男の顔だった。
どこかの公園で撮ったような、あまりに無防備で親密な表情だった。

普通の先輩後輩が、相手のピンショットを待ち受けにするはずがない。
ましてや、自分は男だ。

(まさか、俺ら……そういう関係、やったんか……?)

弓月の顔から血の気が引いた。
いままで、同性愛者に対して差別意識を持ったことはなかった。
実際にカミングアウトしている人に会ったことはないが、誰が誰を好きになろうが、そんなの人の自由だろうくらいに思っていた。
しかし、いざ自分がそうである、男と性的なあれやこれやをする、と想像するのは、まったく別の次元の話だった。

(……うそやろ)

「……あの、弓月先輩……」

色々想像しながら弓月が青くなったり赤くなったりしていると、意気消沈している様子の神矢が声をかけてきた。

「……思い出されへんのは、しゃあないす。……頭打ってはるし……」
「……せやけど、ストーカー扱いは、ちょっと、きついっす……」

真っ赤な顔を上げた神矢の瞳には涙がにじんでいた。
ふてくされ、むくれているようにも見える。
これだけ立派な体躯をしているくせに、どこか幼さのあるその表情に、なぜか弓月の胸の奥がズキリとした。

「……おい、泣くなや。デカい図体して……」

見かねて、弓月はベッドの上にゆっくりと体を起こすと、なだめるようにそう言った。

「せやかて……、一番忘れて欲しない人に、忘れられたんすよ……」

顔をそむけて鼻をすすり、それをごまかすように袖で拭いながら、うらみがましく言う神矢に、弓月は思わずため息をついた。
男同士で付き合っていたなど、今の自分には到底受け入れられそうにない。
生理的な混乱もあれば、強い戸惑いもある。

けれど。

「……悪かったって。ストーカーなんて言うて」

弓月はぎこちなく手を伸ばし、神矢の長い前髪にふれた。

(……あ……)

ふれた瞬間、指先に残ったその感触を、脳のどこか深い部分が「いとおしい」と知覚した気がした。

「お前のこと、思い出せるかは、まだ分からんけど」
「……でも、そんな泣かれたら、俺めっちゃ悪いことしてるみたいやん」

「……悪いこと、してるす。めちゃくちゃひどいすわ、弓月先輩……」

神矢は少しだけ顔を上げ、黒い前髪の奥から弓月をじっと見つめてきた。
その瞬間、弓月の胸は不意に高鳴った。

その熱っぽい瞳には、捨てられた仔犬のようないじらしさと、欲しいものを絶対にあきらめない、貪欲な強さが秘められているように見えた。

(俺が知らない「俺」)
(「こいつとつきあってた俺」が)
(こいつを放っとけへんかった理由、なんかわかった気がする……)

弓月は、いまだかつて経験したことのない戸惑いに小さく身を震わせた。
そして、「見知らぬ恋人」の無造作に伸びた前髪にもう一度手を伸ばすと、試すように指先でそっと混ぜてみた。






(END)
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