とある団地にて

由井実緒

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一章

一週間後 その4

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 かつての夫、津村明人は自身にとっての『憧れ』であった。

 美しい顔立ち、男らしく逞しい肉体。そうしてそれを傘に着ることのない、温和で控えめな人柄。

 聖人君子という言葉を体現したかのような男が、十年もの間自身の伴侶でいてくれた事実を支えに、これまで何とかやってきた。

 愛する人を失った悲しみもようやく癒え、後は彼との約束を守るため、これからも穏やかな余生を送るつもりであった。

 その、筈であったのだ。しかし。


「津村さん、す、すみません…… っ、中、出してしまって」

 ああ。まだこんなに残ってる。興奮で上擦る声が耳元に響き、ぞわぞわと背筋が震える。

 ざあざあと打ち付けるシャワーの音で満たされた室内。自身こと津村仁美は今、一回り若い男の指を後腔に受け入れて、中に詰まった精液を掻き出されていた。

 嗚呼、どうしてこうなってしまったのだろう……。

 そう現実逃避したくなるも、腰骨あたりに擦り付けられる硬い熱、好き勝手こちらの尻を揉む不埒な手をいい加減無視する訳にもいかない。

「ッ、ぁあ、それ」
「キミ本当に元気だね……」

 半ば呆れまじりに、後ろ手で猛った若者の陰茎を捉え、優しく扱く。先走りを塗り込めるよう、手のひらでぐにぐにと先端を弄りもて遊んだ。

 中を弄っていた指の動きが止まる。まあ、後は自分で掻き出せば良いかと、とにかく背後の若者を射精させることに意識を向ける。

「ハァっ、はァー……」

 うなじに、息がかかったかと思うと。そのまま歯を立て齧りつかれた。

「ヒッっ!……ぅ、う」

 後ろの弱く敏感な箇所を、舌でなぞられる食まれる。堪らず体を震わせると、尻を揉んでいた手が上へと滑り、指の食い込む強さで腰を掴んだ。

 ああ、嫌だ。こわい。その感情を飲み込み、逸物への奉仕に専念する。手のひらで、いつしか打ち付けるようにピストンを繰り返す若者の陰茎を受け止め。獲物を捕食するかのような男の愛撫に耐える。

 まるで獣のようだと思った。
 
 稚拙で、乱雑で、勢いまかせ。こちらが怯え怖がろうがお構いなし、否、むしろそれに興奮している節すら見えた。かつて自身の愛した人とは、まるで正反対の男。

 やがて自身の手のひらに、熱くどろりとした感触が広がる。流石にもう勢いはなく、それでも駄目押しで搾り取るよう、手をゆるく上下に動かす。

「はぁ、ァ、う……」
「後は自分でやるから、ね? 先あがって待ってて」

 とっとと帰って、できれば二度と此処に来ないで欲しい。それが紛れもない自身の本音だったが、まさか正直に言う訳にもいくまい。

 ソープで手を清め、次いで再度泡立てたそれで青年の体を洗うと、思いの外大人しくされるがままになっている。

「あの」
「ん、なに?」
「津村さんは、オレのどこを好きになってくれたんですか」

 あまりに予想外の質問で、思わず手が滑りかける。

 誰が? 誰を好きだって?? しかし自身の、保身からくる今までの行動を思い返し、彼がそう勘違いするのも無理はないと悟る。

「あぁー、えっと……」

 よせば良かったのに、つい青年の、須藤の顔を見上げてしまう。

 声色から薄々想像はついていたが、やはり彼は不安げな表情をその顔に浮かべていた。まあ今日のやらかしを数々を思い返せば、そうなるのも無理はない。

 一応、今日は彼なりにこちらを気遣い自制しようとしていたのが、行為の前と最中に朧げながらも感ぜられた。

 それでも尚、自身はこの青年のことを恐ろしく思っている。しかし同時に悲しくも。

「……可愛い、ところかなぁ」

 その『顔』にだけは、どうしても弱かった。

 後先考えず突っ走って、そのくせ後からそんな顔をして後悔する。大きな図体の割に心の未成熟で、繊細な青年。

 たった一回だけ、かつての夫も同じ顔を自身の前で見せたことがあった。普段年長者としての大人の殻を被った男が、余命僅かの最中、自身に見せた弱み。

 「可愛い」という言葉がしっくりこなかったのだろう。須藤はその美しい顔に困惑した表情を浮かべている。

 反応すら、あの人そっくりなのが返って疎ましくも憎らしく。自身の口元に浮かべた笑みが、微かに引き攣るのを感じた。

 
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