とある団地にて

由井実緒

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二章

二週間後 その2

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 良かった、効いた。効いてしまった。

 腕の中にいる男の呼吸が完全に深く、規則的なものに変わったのを確認し、おそるおそる体を離す。

 先程振る舞った須藤の紅茶には、睡眠薬を二錠溶かし入れていた。

 騙し討ちも同然に、薬を盛ったその行為への罪悪感が無いと言えば嘘になる。しかしそれ以上にホッとする心持ちの方が優った。

「き、気付かれてないよね」

 一服盛ったこともそうだが、何より一番、勘付かれて困るのは引越しのことである。

 須藤和男。およそ二週間ほど前、彼がこの家に押しかけてきた時から考えていたことだ。家を引き払って、遠くの地へと引っ越す。既に場所の目処やこの家の処分については話がまとまっている。

 最悪、身の回りの物だけ持って夜逃げすることも考えた。しかしこの団地には、この部屋には、亡き夫との思い出が未だ色濃く残っている。

 特に夫が好きで集めていた本の数々は手放す気になれず、今は折を見て貸し倉庫に送っている最中だ。量が多くて、手狭な引越し先には持っていけない。そう考えてのことだった。

「はぁ……」

 横たわる須藤の上に布団をかける。薬でよく眠っているとはいえ、彼の隣で眠ることなどとても出来ない。寝込みを襲われでもしたら、まず勝てないからだ。

 薄暗い部屋の中、眠る青年の横顔を眺める。長いまつ毛は伏せられて、整った鼻梁を越えた先にある唇からは、規則的な呼吸が漏れ聞こえていた。寝顔は幼くあどけない。この青年と相対する度、感じる恐怖の感情も今は不思議と沸き起こらなかった。

「(寝顔は、そこまで似てないかな)」

 一瞬、そう思ってしまった自身への嫌悪と罪悪感で顔を覆う。ああ、早くこの青年の目の届かぬ所に逃げてしまいたい。二週間と少し前、抱いていた焦燥とはまた異なる感情に振り回されているのを自覚する。

「うぅ~~……ごめんなさい、明人さん……」

 自分でも何に対しての謝罪か分からぬまま、故人の名を呟く。

 須藤和男に迫られてからというもの、自身とそれを取り巻く状況は何もかもが目まぐるしく変化している。これ以上はもうごめんだった。何も変えられたくない。出来る限り、彼に触られたくもなかった。

 引っ越しの準備はまだ、十分に済んでいない。それまでに何れだけはぐらかそうと、最低一回はこの青年と会う必要が出てくるだろう。逃れられない未来の憂鬱を思い、顔を覆う手をそのままに、大きなため息を吐いた。

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