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三章(バッドエンド編)
その1
しおりを挟む引っ越し前日。昼下がりの室内にて、最後のダンボールを端に積み終え一息吐く。
「……ここでの暮らしも長かったなぁ」
すっかりと物が片付き、がらんとした古い団地の一室を眺め呟く。
かつて旦那と二人過ごした場所。初めて自身が訪れた時から、十五年ほどは経つか。いつかは此処を出るつもりではあったが、そのきっかけがこれほど劇的なものになるとは思いもしなかった。
須藤和男。彼がこの家を訪れて以降、自身の心が休まる日は無い。
四日前。また薬を盛るわけにもいかず、あの青年に己の身を委ねることとなった日。敷布団の上で裸のまま体中をまさぐられ、後ろを入念に慣らされた。
途中恐怖やら、嫌悪やら、その他諸々の感情で思わず半泣きになったからか、その後の彼の引き際は存外良かった。一週間後にまた会う約束をして以降それっきりである。
己にとっては都合の良い、あっさりとした幕切れ。しかしそれに一抹の不安を感じているのも事実だ。
前回別れる間際の須藤は、どこか物言いたげな顔をしていた。それが、ただの杞憂であれば良いが。
ピンポーン。
チャイムの音に、びくりと一つ肩が震える。
一瞬出るべきか迷った後、腰を落ち着けた。もし重要な要件なら、きっと電話なり何なり後から連絡が来るだろう。
確信がある訳ではない。しかし三週間と少し前、不用意に扉を開けたせいで起きた出来事が脳裏をよぎり、足が動かなかった。
あと、少しの辛抱なのだ。明日自身はこの団地を去り、男の脅威から解放される。故にこの場はやり過ごすことを選んだ。
二度目のチャイムが鳴り響いた後、数秒の沈黙。
ガチャガチャと玄関の方から響く不穏な音に、背筋が怖気立った。
「(な、な、なんで)」
咄嗟に息を殺し、体を縮こまらせる。
手汗が滲み、かたかたと指先が震えるのを実感した。居留守を使ってしまった以上、彼が騙されるか諦めて帰るのを祈る他ない。
須藤和男。彼がこの家を訪れて以降、自身の心が休まる日は無く、その緊張は今まさにピークに達していた。
「(お願いしますどうか見逃して、助けて明人さん)」
思わず天の神とそこにいるであろう旦那に心の中で祈りを捧げる。しかしその悪あがきも虚しく、十数秒後。玄関の方からガチャンと、鍵の開く音が一つ響いた。
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