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第31話 マリアンナの会いたい人
カロリーナと自室へ戻ると、時間も深夜を過ぎていたため早々にベッドへ入って寝る仕草を取ったマリアンナであるが、その頭の中は先程の情報が乱れ飛んでいた。
気を失ったマリアンナを優しく撫でる柔らかい手の感触に、意識が浮上すると話し声が聞こえてきた。
(何を言っているのかしら?)
意識を耳に集中すると、どうやら兄姉が1度目の世界でなぜマリアンナが処刑されたのかを考察しているらしいとわかった。
盗み聞きするつもりでは無かったが、話の腰を折るのも悪いと黙って寝たフリをした。
(わたくしって、やっぱり嫌われ役、悪役にするために嫁がされたのね)
兄姉の会話からそう気付いたマリアンナ、他人の無責任な悪意に傷ついて、深いため息が溢れ出そうになるのを必死で我慢した。
しかし話の途中途中で入る、人を嘲笑うような兄の言葉が、兄本人へ向かう自虐とわかり、兄にも、いや兄にしかわからない葛藤を知った。
そんな兄が、『夢の中のアレス王国の国王オーギュストは良い奴だ』と言った言葉がマリアンナの胸を熱くした。
(リーナ姉様は、オーギュストはアレス王宮の企みを解って逃亡の馬車に乗ったと言った。それはマリアンナにだけヘイトを向かわせようとする謀を打ち破る為。アレス王国の悪事をマリアンナが背負わされるのを拒絶する為。それが処刑という最悪の状況になると解っていたのに。お兄様は良い意趣返しだと言ったわね、きっとそうなのでしょう、彼は賢く誠実な人物だったから。)
2度目の世界で、マリアンナは徹底的にアレス王国を避け、アレス王族に関わる記憶を心の奥底に仕舞い込んで考えないようにしてきた。
なんなら、アレス王族だけでなく記憶にある他国の王族貴族に関しても同様で、1度目の世界と全く異なり、強く賢く計算高い淑女へと成長したカロリーナは、大陸一の賢王に嫁ぎ跡取りの王子まで産んだが、マリアンナは婚姻に対して恐れを抱いており、妹に激甘な兄皇帝が王宮の奥にずっと居て良いと言う言葉を真に受けて、生涯独身で兄皇帝の手伝いをしながら王宮に住み続けるか、兄皇帝の子供たちが大きくなって居心地が悪くなれば、1度目の世界の長姉のように神聖教の修道院を建て、そこで神の名の下に、不遇な人々を助ける手伝いをして生涯を全うしようと思っていた。
今でもその思いは色褪せていないけれど、カロリーナに問いかけられた『会いたい人は居ないのか』という言葉が胸中で何度もリフレインした。
(初めこそ『愛されると思うな、弁えよ』とか言われて最悪な印象だったけれど、離宮で和解してからの彼は穏やかで思慮深く、愛情深い良い夫、良い父親だったのよね。他国の間諜が跋扈し権謀渦巻くアレス王宮で、彼は孤独に1人きり、側近も親族も信用できず苦しい立場だったのだと今なら解る。わたくしも彼を支える立場に有りながら何も手助けして無かったのだもの、彼を恨むなんてお門違いだったわ。)
そう考えると、抑圧していた彼との思い出が噴き出すように次々と思い返された。
お互いの思い違いを埋めるように二人で初めて語り合った日、二人で平民の服を着てお忍びで向かった修道院、物が並ばぬ市場を見て言葉を失い俯く彼の姿、離宮の菜園で地面に座り込み並んで見つめていた夕暮れの景色、彼からの真摯な告白、初めてのキス(結婚式以外)、妊娠を伝えたら涙を溜めた目で見つめられ『ありがとう』と言ってくれた日、王女の誕生を踊り出さんばかりに喜んだ日、二人で王女の歩く姿を愛でた日、跡継ぎの王子の誕生に喜びながらもどこか憂いを帯びた顔つき、アレス王国が抜き差しなら無い経済状況だと青い顔で告げられた瞬間の沸き上がる不安感、彼にとって不本意な逃亡劇をも『共にある』と自分の命を捨てる覚悟をもって一緒にいてくれた彼、浅慮を謝る自分を慰め抱きしめられた腕の強さ、処刑場へ向かう直前『私が娶ってしまってすまないと思うのに、それでも君を愛しているんだ』と哀しみに染まった目を向け力無くそんな言葉を溢して連れて行かれる後ろ姿、108の罪状を告げられた処刑の決まっている裁判の席で『不貞など一切無いと否認します、わたくしの心は国王オーギュストただ一人の物です。彼は、彼だけにはわたくしの言葉、真実が伝わるのですからあなた方がいくつ嘘を重ねても、わたくしは決して認めることなど無いでしょう』と亡くなった彼を思って語ったあの日の自分自身。
マリアンナはあの日以来、幾朝幾晩も不意に1度目の世界でのオーギュストや自分の姿を思い出していた。
オーギュストのことを思い出せば、次に思うのは自分の産み落とした娘と息子のこと。
(自分が処刑され死んだ後、あの子達はどんな不幸な日々を送ったのかしら。)
あんな無茶苦茶な裁判で国王をギロチンで処刑したアレス王国の国民たちは、処刑の直後、国王の流れ滴る血を求めて処刑台に詰め掛け、ハンカチやシャツや手当たり次第の布を彼の血で真っ赤に染めて興奮に振り回して喜んだと言う。
なぜマリアンナが見てきたように知っているかと言うと、その酷い話を、性格の悪い牢獄の看守が嬉しそうにマリアンナに語り、自分が手に入れた国王の血染めの布を振り回して見せたからだ。
その異様な姿を恐怖にひきつる顔で見つめたマリアンナは、この話は本当に起こったことなのだろうと、1度目の世界でも、その異常な革命軍、いやアレス国民の姿に絶望したのだった。
そして、今、2度目の世界であっても、あの看守が国王の血染めの布を振り回す様子を思い出し、もう一度深く絶望したのだった。
(きっと、王女も王子も酷い折檻を受けて殺されてしまったのでしょうね、何の罪の無い幼子を。ああ、もう一度あの子たちに会いたい、そうして今度こそこの手で幸せにしてあげたい。わたくしの愛しい子供たち。)
マリアンナは、悲しみに濡れた思い出の中から浮上すると、そう強く思うのだった。
あの日以来、気分が沈みがちで部屋に隠っていたマリアンナはその日、王女の部屋にあるソファで寛いでいるカロリーナの前に立って聞いてきた。
「リーナ姉様、わたくし会いたい人が居たわ。でもその人たちに本当に現実に会えるのかしら?」
どこの誰とも聞かずに優しく微笑んだカロリーナは、
「その人たちに会う前に会わねばならない人が居るのではないかしら。」
そう答えた。
「ええ、そうね。姉様、その人のこと、現実のその人の話の教えてくれる?」
「勿論よ。その為にわたくしはここにいるのだもの。」
カロリーナは、ソファの反対側に腰かけたマリアンナにもう一度優しく微笑みかけて語りだしたのだった。
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