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第45話 アレス王国王妃ルイーズマリーの逆襲
しおりを挟む「まったく王妃様は無知なお人好しでいらっしゃるから。」
日中のお茶会であるのに、派手なドレスに濃い化粧を塗りたくった女が嘲笑した顔で、扇をフリフリ周りに聞かせるように大きな声で話していた。
「まあ、それはお言葉が過ぎますわー。王妃様は、お育ちがねえ、ほほほ、やっと立って歩けるようになるほどお小さい時に、女子修道院へお入りになったのですもの。世間から隔離されたお人柄なのも致し方ないかと。」
隣の女は、嗜めるようでいて、余計な情報を重ねて、話題の主を下げる手伝いをした。
見事な連携プレーと言える。
「早くから女子相続人でらっしゃったのですもの、そのまま女公爵として過ごす道もおありでしたでしょうに。」
別の女が、派手な女の注意を引きたい様子で、またつまらない情報を足せば、
「それこそ、世間がお分かりになりませんもの。若い燕に入り込まれて、気付けば裸一貫、なんてことも。」
その女が話を広げて、然も話題の主が愚かで、若い男に入れあげているようにミスリードしていく。
(ああ、くだらない。いつまでこんな茶番に付き合わなければならないのかしら?いや、もう良いわ、充分よ)
手に持っていたカップをそっとソーサーに戻し、音もなく立ち上がる。
専属の侍女がドレスの裾をサッと直すと言葉も無く、奥へと歩み進んだ。
「まあ、もう王妃様はお戻りですの?そんな態度では社交界の顔には到底成れませんわよ。」
派手なドレスの女が、目を吊り上げて嬉しそうに毒を吐き、それを受けて周りのものがクスクス、ホホホ、と嫌みな笑いで援護射撃を行った。
王妃ルイーズマリーは、そんな言葉は一切聞こえないようで、スッと背筋の伸びた美しい姿勢で真っ直ぐに王宮の奥へと向かって歩いて行った。
ルイーズマリーは、アレス王国先々代国王の庶子の孫である公爵の父と北ウエス王国の先代王の王女である母から生まれた。2つ上に兄がいて、恵まれた家庭に生まれたように思う。
残念ながら兄は成人した後、乗っていた馬車が事故にあって亡くなってしまいルイーズマリーが唯一の相続人になってしまったのだが。
ルイーズマリーが2歳の誕生日まで後少しという時に、母が流感で亡くなってしまった。
その為、若干早いとは言うものの、アレス王国の多くの子女の教育がそうであるように、ルイーズマリーも女子修道院へとそのまま入れられ、そこで厳格で清廉な淑女教育を受けながら成長していくこととなった。
成人を向かえ、女子修道院を出る年になると父公爵からの命令で、先代の国王の息子、王太子の弟であるシャルルへと若くして嫁ぐことになった。
当時のシャルルは、30才でルイーズマリーとは14も年上であったが、金髪碧眼で快活な性格、立ち振舞いも洗練されていて、修道院育ちの初心なルイーズマリーは自分の夫がこんな素敵な王子様だなんて神様ありがとうと、神に感謝をしたのだった。
婚姻してすぐに、娘が、その後息子が生まれ、第3子を妊娠した頃、先代の義父が亡くなり、続けて王太子の義兄が急死したのだった。
ルイーズマリーにとっては晴天の霹靂で、夫のシャルルが国王に就くと、なんと自分が王妃になってしまったのだ。
良き夫だと思っていたシャルルであったが、国王になるとすぐ愛人のジャンリ夫人を公妾として王宮へと招き入れた。
当時、妊娠中だったこともあり、社交を行えなかったルイーズマリーは出産して暫くすると、自分の王宮での位置付けが愛人より遥かに下であることに気がついて愕然とした。
アレス王国の社交界は、先代国王の公妾ベキュー夫人と先代国王の3人の王女が仕切っていたが、そこに割って入ったのが国王シャルルの愛人ジャンリ夫人であった。
ルイーズマリーは影の薄い王妃と蔑まれ、舐められていたが、元来の性格か、修道院育ちのせいか、どう対応したら良いのか勝手がわからず、夫である国王も間にはいることもなく、結婚当初のあの熱情が嘘のように夢から醒めて、心が冷たく凍って行くのを感じていた。
すると、心が弱れば体も弱るようで、原因不明の体調不良に見舞われて寝付くようになった。
かなりの時間を寝て過ごし、数年経ってなんとか身体が言うことを聞くようになった頃、自分の子供のガバネスに、あの夫の愛人ジャンリ夫人が就いていることを知り、しかも子供たちはあろうことか、愛人に懐いていて、実母であるルイーズマリーへの態度は他所他所しいものになっていたのだ。
あまりに酷い自身を取り巻く状況に、嘆き悲しみ苦しんでいたルイーズマリーの元へ、護衛として若い騎士見習いがつけられた。
その騎士見習いは、王宮内で立場の無いルイーズマリーに寄り添い、優しく微笑み、温かい言葉をかけてくれた。それに心が救われるようで、少しずつ元気を取り戻していたのだが、なぜかその騎士見習いと自分が愛人関係にあると、心無い噂が王宮内で流されて追い詰められてしまった。
病床の時は見舞いもしない夫シャルルは、噂を聞きつけて、ルイーズマリーの不貞を責め立てた。
一切そう言った不埒な関係ではないルイーズマリーは、婚姻後初めて、シャルルに言い返したのだった。
「わたくしは、あの護衛見習いと不埒な真似をしたことなどただの一度もございません。貴方様、ご自分がそうだからと言って、わたくしを同じ目で見ないで下さい。わたくしは、神に誓って不貞を働いておりません。だいたい、ご自分は愛人に大きな顔をさせて王宮内を闊歩させ、わたくしの子供たちを愛人に預けるという蛮行をしておいて、わたくしを責めるだなんてお門違い、どう言った了見なんでしょう。」
幼く、か弱く、都合の良いと思っていた妻の思わぬ反撃に、国王シャルルは盛大にキレ散らかした。
「この売女が!朕へ楯突くとは良い度胸だ。若い燕に良いように弄ばれて気が大きくなったか!愚か者め、目にもの見せてやる。」
そう怒鳴っては、ルイーズマリーの頬を叩くと、ルイーズマリーの身体は風に舞う落ち葉のように壁際へとふっ飛んでいった。
その後すぐに、護衛見習いは新大陸の独立戦争へと向かわされ2度と会うことは無かった。
ルイーズマリーは、王宮の奥に軟禁され、専属の侍女だけしか会うことも許されず、長く軟禁されることとなったのだ。
王が訪ねて来ることも無くなって久しい頃、徐にシャルルの愛人から度々、お茶会への招待が来るようになった。
軟禁されている状況を理由に断っていたが、ある日、数年ぶりにやって来たシャルルは、
「お前が顔を出さないからと、朕へと批判が向いている。お前のせいでこうなったのだ、挽回する場をくれてやろう。お前だけでは心許ない、優しいジャンリがお前をフォローしてくれると申し出てくれた、感謝するのだな。自分の立場を良く理解して、ジャンリに従え、いいな!」
目も合わせずに勝手なことを言い捨てて出ていった。
ジャンリは、地方の子爵の庶子であった。
夫人が亡くなってすぐに、母親と一緒に招き入れられ貴族となった。しかし、躾も教育もキチンと受けることもなく、父の知人の後妻にと嫁がされた。
時は、ポムパドゥル夫人が権勢を奮っている時代、夫は自ら当時は王子であったシャルルにジャンリを推薦して愛人に押し込んだのであった。
生まれながらの貴族で、女子修道院育ち、一方平民の愛人の娘、手練手管はジャンリ夫人に軍配があがるのも無理からぬこと。
何度目かのお茶会という名の侮辱大会を終えて、ルイーズマリーの凍った心が砕け散った出来事があった。
その日は、子供連れのお茶会であった。
ジャンリ夫人はルイーズマリーの子を従えて、出席していた。
子供たちは10歳、8歳、6歳になっていた。
随分大きくなった、そう思って目を細めて見つめているルイーズマリーから目を背け居ないものとして扱う一方、ジャンリ夫人と軽やかににこやかに話し笑い合う子供の姿に、ルイーズマリーは絶望したのだった。
「きゃっ!?王妃様っ!」
専属侍女が軟禁されている王妃の部屋に入ってみれば、ルイーズマリーが腰まである髪を自害用の隠しナイフで耳元までバッサリと切って落とした後であった。
「これを、革命軍へ渡してもらえるかしら。」
ルイーズマリーはたった一人の側近に、王宮から出て間近に迫った革命軍の元へと走らせたのだった。
カーンカーン
木槌を打つ音が響き渡る。
「静粛に、静粛に。ルイーズマリー王妃、宣誓して証言を。」
「はい。わたくしは、齢2歳の時より国王シャルルと婚姻するまで、女子修道院で暮らしておりました。わたくしは、神の名の下に、正しく証言することを誓います。」
そうして、人民裁判の場において王妃ルイーズマリーは国王シャルルが遊興に耽り、贅沢を極め、単なる愛人であるジャンリ夫人に良いように操られていたと、人民裁判官から聞かれるまま、誘導されるまま答えたのだった。
「アレス王国が未曾有の飢饉に見舞われ、王都の下町から疫病が流行り出していたと王宮の奥に軟禁されていたわたくしでさえ知っていたのに、国王シャルルはそれについては一切我関せずを貫き、愛人ジャンリ夫人はパンが無くて平民のご婦人方が抗議の声を上げていることを嘲笑い『パンが無ければお菓子を食べたら良いじゃない』と言って、お茶会で笑っていました。わたくしは居た堪れずに離席したのです。」
短く切った髪をベールで隠しながら、良くとおる声でそう言い切った。
ベールに隠されその表情は伺い知ることは出来なかった。
証言を終えて退出する瞬間、唇が僅かに上がったように見えたのは、証言を終えホッとしたからか、見間違いだったのだろうか。
「王妃様は、王宮に軟禁され、側使いも平民の私しかいませんでした。何年も何年も部屋に監禁されていました。王宮へ革命軍が攻め入る前日、私が革命軍に王妃様が自ら切り取った髪を持ってやって来たのは、王妃様の予てからの希望、王宮を出て修道院に入りたいと、それを叶えて貰いたいとお願いするためでした。王妃様はアレス王国の王宮や社交界より、神の御下に戻りたいとそう希望しておいででした。何年も部屋に軟禁していたにも関わらず、ここ最近、シャルル国王の命と言って、ジャンリ夫人は王妃様をお茶会に招きながら、王妃様が修道院育ちなのを馬鹿にし続けていました。王妃様は黙ってお茶を一杯飲み終えると、すぐに離席してまた王宮の奥へとお戻りでした。」
ルイーズマリーの唯一の専属侍女が金の髪を握りしめながら、そう証言した。
そして、愚鈍な国王シャルルと愛人悪女ジャンリは全会一致で、処刑が決められた。
だが、王家の処刑としてギロチンではなく、毒杯を呷ることとなった。
勇気を持って証言し、王宮内でも長く軟禁されていた王妃ルイーズマリーは処罰を免れた。
国王の3人の子どもたちは、処刑にはならなかったが、王女たちは大陸で一番厳しいと言われている、聖レナード島の女子修道院へ送られ、王子は断種の上、アレス王国の東の大陸にある植民地へと流刑にされた。
ルイーズマリーは、元居た女子修道院に戻り修道女として長い時間を祈って一生を終えるのだった。
平民が王妃の専属侍女になることなど普通はないが舐められた王妃には平民で十分だと嫌がらせで付けられた侍女だったが、実はさる革命を画策していた黒幕によって、王宮内に入れられた諜報員であった。
なので軟禁されている王妃は革命軍側からもたらされる情報は国王より公妾より余程知っていたのだった。
王妃は特に専属侍女に真実を尋ねることも無かったが、堪忍袋の尾も切れて、革命軍側につくことが王家の滅亡に繋がると決断したのであった。
王妃こそ、貴族の矜持を持った人物であったことを知る者は、人民裁判の場に証人として王妃が登場する瞬間までアレス王国には居なかったのである。
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