カレイなる日々

隠井迅

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二巡目(二〇二三)

第03(127)匙 大正十三年、神保町との共存共栄:共栄堂(A01)

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 八月二日の昼過ぎ、書き手は、七か月半ぶりに、地下へと続く階段を下りて、〈茶色と緑〉がイメージ・カラーの老舗のカレー専門店の扉を開けた。
 十三時半、ランチ・タイムのピークは過ぎたものの、店内は社会人で混み合っており、書き手の入店後も次から次へと客が訪れていた。
 この店こそが、神保町で愛され続けてきた、超老舗カレー専門店「共栄堂」である。

 案内された〈お一人様〉用の角の席の裏にはメニューが置かれており、そこには、店の歴史が書き記されてもいた。

 書き手は、メニュー内容を見る事なく、店の代表メニューである「ポークカレー」を注文した。

 共栄堂のカレーは、ポーク、チキン、ビーフ、エビ、タンと、具材ごとに別々に何時間も煮込まれており、それゆえに、「肉のうまみが凝縮された」カレー・ソースは味が異なっているそうなので、前回、ビーフを注文した書き手は、今回はポークにする事を予め決めていたのである。

 さて、カレーが提供されるまでの間、メニュー上の、店の由来でも読んで、時間を過ごそう、と思っていたのだが、しかし、皿の提供は〈非常に素早く〉、物を読む時間など全く無い程であった。

 共栄堂のカレーは、カレーポットと、ライスが載った平皿が別々の〈カレー・ライス〉で、カレー・ソースは濃い黒味が強い印象で、そこに、ブロック状の具材である豚肉がゴロゴロと入っていた。

 カレーは粘り気が薄い液状で、書き手は、ライスの端に、黒味が強いサラサラのカレーを、皿上の白米の端にかけた。
 ちなみに、共栄堂のカレーの自然な食感のキモは、「小麦粉を一切使わず」、一時間かけてじっくり炒めた「20数種類の香辛料」と、ジャガイモやニンジン、ニンニク、ショウガなどを「形のなくなるまで煮込んだ」、そうした野菜の溶け込みにあるようだ。
 書き手は、そのサラッとしたカレーをかけた白米を匙で口に運びながら、「共栄堂の歴史」を改めて確認する事にした。
 
 明治時代の末に、「伊藤友治郎」氏は、いわゆる「南方雄飛」をし、東南アジアを見て回り、『南洋年鑑』を著し、その習俗を紹介したり、通商貿易に貢献したりしたそうだ。
 ちなみに、ここでいう「南方」とは、日本から見て〈南〉の国々、具体的には、東南アジアやオセアニア方面の国々を指す。

 伊藤氏は日本に戻ってから、大正時代の末に、東京駅近くの「京橋南槙町」に、「カフェ南国」という、コーヒーとカレーの店を開業した、という。
 しかし、残念ながら、大正十二年、一九二三年九月一日の〈関東大震災〉のせいで、店は瓦解し、閉店を余儀なくされてしまった、との事である。

 元々、共栄堂は洋食店で、創業時から、メニューにはカレーもあったらしい。
 その共栄堂のカレーは、「カフェ南国」で提供されていたカレーがその元型で、伊藤友治郎氏は、インドネシアのスマトラ島のカレーの作り方を、氏の友人でもあった、共栄堂の初代に伝え、それを、日本人の口に合う様に、共栄堂風にアレンジした物が、共栄堂のカレーの始まり、との事である。

 やがて、共栄堂は、昭和五十年代に、洋食店から、スマトラカレーに特化した店への変貌を遂げる事になる。
 その共栄堂の創業は、関東大震災が勃発した翌年の一九二四年、つまり、二〇二三年が数えで創業百年に当たる。

 書き手は、セットで付いてきた、「コーンポタージュ」を口にしながら、神保町と〈共存共栄〉してきた共栄堂百年の歴史に思いを馳せるのであった。

〈訪問データ〉
 スマトラカレー 共栄堂:神保町エリア
 A01
 八月二日・水・十三時半
 ポークカレー:一一〇〇円(現金)
 『北斗の拳』カード:No.10「ユダ」

〈参考資料〉
 「スマトラカレー 共栄堂」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2023』、六十二ページ。
〈WEB〉
 『スマトラカレー 共栄堂』、二〇二三年八月五日閲覧。
 「共栄堂のスマトラカレー / 東京 神保町 1924年創業 (大正13年)」、『老舗食堂』、二〇二三年八月五日閲覧。
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