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LV1.5 〈最おし〉のためならば、何が何でも〈現場〉にゆく
第47イヴェ 兄弟の諍い、俺が外れて、お前が当選?
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突然、〈最おし〉の案件が、舞い込んできた。
秋人は、京都のアニソン・フェスが、〈最おし〉の今年最後のライヴになると思っていた。だがしかし、大晦日のイヤー・エンディング・ライヴに、真城綾乃が出演する、という情報がSNSのタイム・ラインに上がってきたのだ。
秋人は、狂喜乱舞した。
京都のフェスは、〈最おし〉の生歌を聴くことができた十か月ぶりの機会であったのは確かだったのだが、大型フェスという事もあって、三階席からの観覧で、ステージ上の真城は小粒程度にしか見えず、もちろん、演者から、〈認知〉される事は百パーセント不可能、そんな座席位置であった。
だがそれでも、年内に、〈現場〉で〈最おし〉の生歌を聴けるのならば、それでも構わない、とその時は思っていた。
だが、イヴェンターという〈種〉は、本当に〈足る〉を知らない。
年内に、一度でいいから〈現場〉があればそれで構わない、と言っていたくせに、その舌の根も乾かないうちに、再びイヴェントに行きたくなってしまうし、そして、〈現場〉があるのならば、演者から〈認知〉され得る、可能な限り近い位置から参加したくなってしまうのだ。
今回、告知された、大晦日のイヴェントの会場は、東京の下町、浅草の演芸ホールで、会場の最大収容人数はオール・スタンディングで四五〇名、会場の大きさは、京都の五分の一規模、これならば、三階席であった京都よりも、はるかに近い位置から、ステージを観ることができる事は約束されている。
だがしかし、だ。
四五〇というのは最大収容人数で、結局、運営は、政府が提唱するガイドラインの五〇パーセントを遵守し、その上で椅子を入れ、さらに観客数を絞って、販売客数は〈一〇〇〉と発表されたのである。
しかも、チケットは、〈先着順〉ではなく〈抽選〉との事であった。
先着順ならば、よほど座席数が少ない場合ならばまだしも、発売開始時刻と同時にポチれば、大体においてチケットを取り損なうような事はない。だが、〈抽選〉だと、参加できるかどうかは、運否天賦次第になる。
そして――
秋人は、抽選に外れてしまったのであった……。
抽選の結果を確認した時、秋人は自分の目を疑った。
もしや、間違えではないか、と思い、何度も何度もサイトの表示を確認した。
しかしやはり、抽選結果は、いわゆる〈お祈り〉以外の何物でもなかった。
たしかに、〈抽選〉というのは、申し込んだ人全員に、当選の機会がある、という意味では、まさしく〈平等〉である。
しかし、誰にでも申し込み可能という点にこそ、〈不公平さ〉が内在しているのではなかろうか。
つまり、これまで、一度も〈現場〉に来た事がないとしても、一枚もCDを持っていなかったとしても、一曲も歌を知らなかったとしても、その演者を知らなくても、要するに、まったく〈おし〉ていなくても、ちょっと見てみたいなっていう軽い気持ちで、申し込む権利と、当選する可能性が生じるからなのだ。
翻ってみると、これまで、どんなに、その演者を〈おし〉てきた、物理的にも精神的にも演者の活動を支えてきた、どんなことがあっても〈現場〉に行くっていう〈ガチ勢〉ですら落選してしまいかねない。
だから、秋人は、感染症流行の状況下、自分の〈おし〉以外が開催する人数が制限された、いわゆる〈選民イヴェ〉が抽選の場合、〈ガチ勢〉の当選率が下がる事を配慮して、申し込みを控えていた。もっとも、先着順の場合は、実力勝負なので、遠慮はしなかったのだが。
秋人の〈最おし〉の真城綾乃の〈ガチ勢〉、即ち、イヴェントの形も場所も厭わず、どこにでも遠征するイヴェンターは十人もいない。だから、秋人も、〈選民イヴェ〉とはいえ、自分が落選する、とは想定してはいなかった。
だが、この状況下、アニソンのヲタクの中には生歌に飢えていて、とにかく、アニソンならば、どんなイヴェントにでも行く、という〈無節操〉なヲタクが出現していたのも確かである。
今回のイヤー・エンド・ライヴは、大晦日に東京で開催される。
つまり、〈休日の東京〉という開催日時で、かつ、毎年、数日に渡って開催されている大型ミュージック・カウントダウン・フェスが中止されてしまったため、暇になってしまったイヴェンターが、こっちに大挙流れてきたのかもしれない。真相は藪の中だが。
秋人は、半ば放心状態で、落選を知らせるサイトの〈マイページ〉を繰り返しスクロールさせながら、落選理由を分析し続けていた。そんなことをした所で、落選が当選に変わるはずもないのに。
そしてさらに、これも全く無意味な行為だったのだが、SNSで、演者名の検索をかけ、当選落選の状況がどんな感じかを見てしまった。
その多くが、当選を喜ぶツイートばかりで、落選を嘆いているものは、ほとんど認められなかった。それが、秋人をさらに落ち込ませた。
そして――
秋人は見付けてしまったのだ、弟・冬人の当選ツイートを。
秋人は、冬人の部屋のドアを激しく押し開くと、弟に詰め寄って、その胸倉を乱暴に掴んだ。
「な、なんだよ、シューニー」
「お前、ふざけんなよ。たいして〈おし〉てもいないくせに、なんで、今回の選民イヴェに申し込んでんだよ。空気読めよ。今回は、〈ガチ勢〉以外は申し込んじゃいけないやつだぞ。
ち、ちっくしょおおおぉぉぉ~~~。
なんで。俺が外れて、お前が当たってんだよ。ありえん、ありえんぞ」
冬人を突き飛ばすと、秋人は、弟の部屋から出て行った。
それから数日の間――
秋人は、部屋から全く出てこなかった。
さらに、SNSにも浮上してこなくなっており、あまりにも出てこないので、違和感を覚えて確認してみたところ、兄・秋人のアカウント自体が消えていた。
だから、か。兄は気が付いていないのだろう。
冬人は、ついに意を決して、兄の部屋のドアを叩いた。
だが、反応はない。
ドアノブを回すと扉は開いた。
戸を薄く開けて、明かりが消された中の様子を探ってみると、部屋の中に兄の姿はなかったのだが、ただ、部屋の真ん中に巨大なダンボールが置かれていた。
冬人が部屋の灯りを付けると、巨大なダンボールが、もぞっと動いた。
「シューニー、そろそろ、いい加減にしなよ」
そう言いながら、冬人は、兄の部屋に押し入ると、ダンボールを掴み、それを持ち上げた。
床には、もう一つの中型のダンボールが置かれていた。
「ったく、マトリョーシカ人形じゃないんだから」
秋人は、手の中の巨大なダンボールを部屋の隅に放ると、部屋中央の段ボールの脇で屈み込んだ。
「もう、そのまんまでいいから、聞いてよ。
シューニー、多分、悔しすぎて、ネット情報を完全にシャットして、SNSすら見ていないみたいだから、気付いていないっぽいけど、大晦日のライヴのチケット、未支払い者がいたみたいで、再販に……」
みなまで言う前の冬人の目前で、ダンボールが垂直に浮かび上がった。
見上げると、精神が完全に復活したと思しき兄・秋人が、目をぎらつかせながら、両腕を組んで仁王立ちしていた。
「シュー……」
ボンっという音が、冬人の頭上で起こった。
秋人が立ち上がった際に、真上に吹き飛ばした中型のダンボールが、ちょうど秋人の頭に被さっていたのだ。
「しゅ、シューニー、わ、笑わせないでよ」
二人は、顔を見合わせて、兄弟喧嘩以来、久方ぶりに笑い合った。
「ふっ、ふうぅぅぅ~~~、は、腹が捩れそう。とにかく、シューニー、チケ叩きの開始まで、もう十分もないよ。早く準備しないと」
「ありがとう、フユ、あと、悪かった。大人気なかったよ」
そう感謝と謝罪を述べると、チケ取り競争に参加すべく、秋人は、持っている端末全てを起動させたのであった。
秋人は、京都のアニソン・フェスが、〈最おし〉の今年最後のライヴになると思っていた。だがしかし、大晦日のイヤー・エンディング・ライヴに、真城綾乃が出演する、という情報がSNSのタイム・ラインに上がってきたのだ。
秋人は、狂喜乱舞した。
京都のフェスは、〈最おし〉の生歌を聴くことができた十か月ぶりの機会であったのは確かだったのだが、大型フェスという事もあって、三階席からの観覧で、ステージ上の真城は小粒程度にしか見えず、もちろん、演者から、〈認知〉される事は百パーセント不可能、そんな座席位置であった。
だがそれでも、年内に、〈現場〉で〈最おし〉の生歌を聴けるのならば、それでも構わない、とその時は思っていた。
だが、イヴェンターという〈種〉は、本当に〈足る〉を知らない。
年内に、一度でいいから〈現場〉があればそれで構わない、と言っていたくせに、その舌の根も乾かないうちに、再びイヴェントに行きたくなってしまうし、そして、〈現場〉があるのならば、演者から〈認知〉され得る、可能な限り近い位置から参加したくなってしまうのだ。
今回、告知された、大晦日のイヴェントの会場は、東京の下町、浅草の演芸ホールで、会場の最大収容人数はオール・スタンディングで四五〇名、会場の大きさは、京都の五分の一規模、これならば、三階席であった京都よりも、はるかに近い位置から、ステージを観ることができる事は約束されている。
だがしかし、だ。
四五〇というのは最大収容人数で、結局、運営は、政府が提唱するガイドラインの五〇パーセントを遵守し、その上で椅子を入れ、さらに観客数を絞って、販売客数は〈一〇〇〉と発表されたのである。
しかも、チケットは、〈先着順〉ではなく〈抽選〉との事であった。
先着順ならば、よほど座席数が少ない場合ならばまだしも、発売開始時刻と同時にポチれば、大体においてチケットを取り損なうような事はない。だが、〈抽選〉だと、参加できるかどうかは、運否天賦次第になる。
そして――
秋人は、抽選に外れてしまったのであった……。
抽選の結果を確認した時、秋人は自分の目を疑った。
もしや、間違えではないか、と思い、何度も何度もサイトの表示を確認した。
しかしやはり、抽選結果は、いわゆる〈お祈り〉以外の何物でもなかった。
たしかに、〈抽選〉というのは、申し込んだ人全員に、当選の機会がある、という意味では、まさしく〈平等〉である。
しかし、誰にでも申し込み可能という点にこそ、〈不公平さ〉が内在しているのではなかろうか。
つまり、これまで、一度も〈現場〉に来た事がないとしても、一枚もCDを持っていなかったとしても、一曲も歌を知らなかったとしても、その演者を知らなくても、要するに、まったく〈おし〉ていなくても、ちょっと見てみたいなっていう軽い気持ちで、申し込む権利と、当選する可能性が生じるからなのだ。
翻ってみると、これまで、どんなに、その演者を〈おし〉てきた、物理的にも精神的にも演者の活動を支えてきた、どんなことがあっても〈現場〉に行くっていう〈ガチ勢〉ですら落選してしまいかねない。
だから、秋人は、感染症流行の状況下、自分の〈おし〉以外が開催する人数が制限された、いわゆる〈選民イヴェ〉が抽選の場合、〈ガチ勢〉の当選率が下がる事を配慮して、申し込みを控えていた。もっとも、先着順の場合は、実力勝負なので、遠慮はしなかったのだが。
秋人の〈最おし〉の真城綾乃の〈ガチ勢〉、即ち、イヴェントの形も場所も厭わず、どこにでも遠征するイヴェンターは十人もいない。だから、秋人も、〈選民イヴェ〉とはいえ、自分が落選する、とは想定してはいなかった。
だが、この状況下、アニソンのヲタクの中には生歌に飢えていて、とにかく、アニソンならば、どんなイヴェントにでも行く、という〈無節操〉なヲタクが出現していたのも確かである。
今回のイヤー・エンド・ライヴは、大晦日に東京で開催される。
つまり、〈休日の東京〉という開催日時で、かつ、毎年、数日に渡って開催されている大型ミュージック・カウントダウン・フェスが中止されてしまったため、暇になってしまったイヴェンターが、こっちに大挙流れてきたのかもしれない。真相は藪の中だが。
秋人は、半ば放心状態で、落選を知らせるサイトの〈マイページ〉を繰り返しスクロールさせながら、落選理由を分析し続けていた。そんなことをした所で、落選が当選に変わるはずもないのに。
そしてさらに、これも全く無意味な行為だったのだが、SNSで、演者名の検索をかけ、当選落選の状況がどんな感じかを見てしまった。
その多くが、当選を喜ぶツイートばかりで、落選を嘆いているものは、ほとんど認められなかった。それが、秋人をさらに落ち込ませた。
そして――
秋人は見付けてしまったのだ、弟・冬人の当選ツイートを。
秋人は、冬人の部屋のドアを激しく押し開くと、弟に詰め寄って、その胸倉を乱暴に掴んだ。
「な、なんだよ、シューニー」
「お前、ふざけんなよ。たいして〈おし〉てもいないくせに、なんで、今回の選民イヴェに申し込んでんだよ。空気読めよ。今回は、〈ガチ勢〉以外は申し込んじゃいけないやつだぞ。
ち、ちっくしょおおおぉぉぉ~~~。
なんで。俺が外れて、お前が当たってんだよ。ありえん、ありえんぞ」
冬人を突き飛ばすと、秋人は、弟の部屋から出て行った。
それから数日の間――
秋人は、部屋から全く出てこなかった。
さらに、SNSにも浮上してこなくなっており、あまりにも出てこないので、違和感を覚えて確認してみたところ、兄・秋人のアカウント自体が消えていた。
だから、か。兄は気が付いていないのだろう。
冬人は、ついに意を決して、兄の部屋のドアを叩いた。
だが、反応はない。
ドアノブを回すと扉は開いた。
戸を薄く開けて、明かりが消された中の様子を探ってみると、部屋の中に兄の姿はなかったのだが、ただ、部屋の真ん中に巨大なダンボールが置かれていた。
冬人が部屋の灯りを付けると、巨大なダンボールが、もぞっと動いた。
「シューニー、そろそろ、いい加減にしなよ」
そう言いながら、冬人は、兄の部屋に押し入ると、ダンボールを掴み、それを持ち上げた。
床には、もう一つの中型のダンボールが置かれていた。
「ったく、マトリョーシカ人形じゃないんだから」
秋人は、手の中の巨大なダンボールを部屋の隅に放ると、部屋中央の段ボールの脇で屈み込んだ。
「もう、そのまんまでいいから、聞いてよ。
シューニー、多分、悔しすぎて、ネット情報を完全にシャットして、SNSすら見ていないみたいだから、気付いていないっぽいけど、大晦日のライヴのチケット、未支払い者がいたみたいで、再販に……」
みなまで言う前の冬人の目前で、ダンボールが垂直に浮かび上がった。
見上げると、精神が完全に復活したと思しき兄・秋人が、目をぎらつかせながら、両腕を組んで仁王立ちしていた。
「シュー……」
ボンっという音が、冬人の頭上で起こった。
秋人が立ち上がった際に、真上に吹き飛ばした中型のダンボールが、ちょうど秋人の頭に被さっていたのだ。
「しゅ、シューニー、わ、笑わせないでよ」
二人は、顔を見合わせて、兄弟喧嘩以来、久方ぶりに笑い合った。
「ふっ、ふうぅぅぅ~~~、は、腹が捩れそう。とにかく、シューニー、チケ叩きの開始まで、もう十分もないよ。早く準備しないと」
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