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5話
しおりを挟む「えっと……この辺って高い建物が少ないじゃんか。だから少し夜景でもって。もう来ないから誰にも言わないで」
「夜景なら、こんな場所よりも山に登った方がいいんじゃないかな。最近公園も整備されたし、夜景が綺麗だって聞いたよ。それに、ここから見える夜景なんてろくなものじゃないでしょ。前に広がるパチンコ店が街の明かりを邪魔しているし。全然綺麗じゃないのに、なんでここにしたの?」
さらっと言い流そうとしたけど、小学生の方が一枚上手だった。
「綺麗って感覚は、人それぞれ感じ方が違うんだよ。確かに山から見た景色の方が綺麗かもしれないけど、僕にはこの景色がちょうどいいんだ」
「そんなもの? でも、最後に見るのなら綺麗な景色の方が良くない?」
この小学生、見かけによらず賢いな。
適当な言い訳を言ったって、この小学生には通用しない。いっそ目の前で見せてあげるか、人の最後を。
そう考えてみるが、やはりいち小学生にそこまで背負わせるわけにはいかないと心が痛んだ。
「最後だからだよ。こんな汚い田舎をやっと脱出できるって思えるからここにしたんだよ。わかったら、とっとと消えてくれないかな。君がいると、僕が最後を迎えられない」
厳しい言葉でも言って、早く離れて欲しかった。だが、小学生は離れることはなかった。
「僕は高野和成《こうのかずなり》。お兄さんは?」
「日野洋太……ってか、名前なんか知って何がしたいの?」
「死ぬ必要がないってことを教えに来たんだよ」
「何を言って……」
「信じられないかもしれないけど、僕は日野さんの将来をよく知っているんだ。日野さんは大きくなったら警察官になっているんだよ。それもキャリア。みるみるうちに出世して、すごく偉い人になるんだよ」
この小学生が言っていることの意味がわからなかった。
僕だって、僕の将来はよく知っている。高校を卒業して何度も就職に失敗し、安月給な工場で働いていた。誰からも頼られることはなく、毎日同じことを繰り返していた。
そんな僕が、警察官だと。そんなこと、月が地球に墜落してくるよりあり得ないことだ。
だけど……。
もし、そんな世界があるのなら見てみたいものだ。僕が誰かの上に立つなんて、夢でも見ないそんな世界。物語のような世界。
所詮は夢物語。だが、この小学生が嘘をついている様にも見えない。そんな嘘をついてまで、僕を思いとどませる必要なんて、この小学生にはないのだから。
「そんなこと言って、君は何がしたいの? 年上を揶揄って楽しい? どうせ僕が死んで遠くで嘲笑っているんでしょ?」
「そんなことしないよ。ただ、僕は、日野さんに死なれたら困るってだけだよ。あ、そうだ! じゃあ、証拠にこれをあげる」
小学生は背負っていたランドセルを開けて、1冊の本を取り出した。それは小学生には難しいであろう社会・公民の参考書だった。
「本の最後を見てよ」
そう言われて参考書の最後のページを開くと、印刷されたのは、15年後の2009年になっていた。
「この本……未来の……」
「そうだよ。他にもあるから全部あげる。これを使って勉強をして、いい大学に行って、警察官になるんだよ。そうして日野さんは、憎き人を捕まえる。そうすれば二度と会わなくて済むよ」
この小学生はどこまで知っているんだ。憎き人って玉野のことじゃないか。
ただ単に未来を知っているだけでは知り得ない情報だ。同じ高校か、或いは玉野たちの友人の関係者か。それ以外でいじめのことを知っている人間はいないはず。
この小学生が大人になっても、僕がそんな恥ずかしいことを話すとは考えられない。未来での僕との関係は?
この小学生、言動が小学生だと思えないふしが少なからずある。本当に小学生なのか。
僕は声に出していないはずであったが、小学生はにっこり笑って、こう言った。
「日野さんと僕は協力関係になるんだよ。この世界をよくするために。僕の話が信じられないっていうのなら、そのまま自殺しても構わないけど、少しでも信じてみようと思うなら、自殺をやめて、帰ってこの本で勉強をするんだよ。これで未来は明るくなる」
小学生のこと、少しは信じてみようと思えるようになった。だけど、僕が懸念しているのはそのことじゃない。
「君の言っていることは正しいし、勉強すればこんな僕でも警察官になっている未来はあるかもしれない。だけど、あいつに会ってしまうんだよ。それはどう頑張っても避けられない。いつ会うかなんてわかるわけないし、逃げても捕まるし、おまけに『今度は逃げるな』って言われて、逃げられないなら死ぬしかないじゃんか。もう二度とあんな思いはしたくないんだよ。君にこんな僕のことがわかるか。のうのうと生きている小学生に僕の気持ちなんてわかるのか」
僕は何を熱くなっている。小学生にこんなことを言って、大人気ないと思わないのか。まあ、死ぬのだから恥ずかしいなんてないか。
どれだけ恥を振りまいても、この小学生と僕の接点がバレない限り、このことを知っているのはこの小学生だけ。小学生の戯言として、聞き入れられない可能性の方が高い。だったら何でもいいか。
小学生は真顔で僕の方を見ていた。その眼差しは小学生とは思えないくらい鋭かった。もしかしたら僕よりも年上なのかと思わせるくらいに。
「会わなくてもいい方法はあるよ。これ」
そう言ってランドセルからビデオカメラを取り出した。
操作方法なんて知らない僕に、画面を出して録画されている映像を見せてくれた。
小学生が撮っていたのは、さっきまでのいじめの証拠。それも前田に絡まれるその瞬間から。
つまり、この小学生はいじめられている僕をずっと見ていたということだ。
「なんで助けてくれなかったの?」
「日野さん。僕、小学生だよ。高校生3人相手に敵うわけないじゃん」
「そうじゃなくて! 大人を呼んでくることくらいできただろって話だよ!」
小学生は黙り込んだ。
小学生相手に何で僕はキレているのかと、結局は僕も弱い相手にしか威張れない人間なんだと、自分自身の醜さが露呈してムシャクシャした気持ちになっていた。
「僕が大人を呼んできたところで何か変わっていた? 口が上手いのは相手方だから、信用されずに、日野さんが余計に酷い目にあっていたよ。それでも、大人を呼んできた方が良かった?」
小学生の言っていることが正論だ。
確かに、見ず知らずの大人が割り込んできたって、じゃれ合いとしか思われないだろう。
「こんなことはもうやめるんだ」──大人は玉野たちをそう叱って終わり。
大人を呼ばれたことへの腹いせとして、殴られるのは僕だ。
わかりきっていたことだけど、小学生に諭されるとイラッとくる。
「だとしてもだ。何か助ける手段だってあっただろ。どうして見過ごした」
小学生はため息を吐いて、
「これでも最善の手段なんだよ。だって、ここにはいじめの証拠が残っている。これを警察が見て、放置できない。彼らを最悪退学にできる。するとどうだろうか、電車で通学している彼らにとって、ここはもう来ない場所になるでしょ。今会わないで済む方法は、これしかないんだよ」
嵐が去った後だというのに、14階のマンションには、煽られるほどの風が吹き抜けていた。
風に煽られても微動だにしない小学生。煽られた髪に、ニコッと笑った顔が余計に不気味悪さを演じていた。
小学生は「じゃあ、僕はこれで」と言い残し、階段を降りていった。
それと同時に、この街に鳴り響く21時のチャイムが鳴った。
そろそろ帰ろうかと思ったが、先にこのビデオカメラを持っていくべきなのか、と悩んだ。
と言っても、生まれてこのかた、警察に物の一つも届けたことがない。
それに、僕がこんなビデオカメラを持って行っても、僕のものだとは信じられないだろうな。
高校生でビデオカメラ。しかも写っているのは、僕がいじめられている証拠。
警察に対する悪ふざけだと誤解される可能性もある。
市営住宅の階段を降りると、風は交番の方向に流れていたが、交番の方向ではなく家の方向に向かって歩いた。
これだけ証拠を集めてくれたのに、警察に持っていくこともできない自分自身に嫌気がさしていた。
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