25時の音楽

倉木元貴

文字の大きさ
6 / 33

羽山心愛の推察(第5話)

しおりを挟む
 金曜日の夜。
 鳴沢の制作現場を見たから、今日がいつもより特別に思えた。
 22日の25時。待ち侘びた時間。
 だけど、この日は新しい歌が流れてこなかった。代わりに、先週の歌と先々週の歌の2曲が流れた。

 私のせいだ。
 私が鳴沢に「作っているところが見たい」なんて言ったから。
 私が邪魔したから、鳴沢は歌を作れなかったんだ。

 スマホを握りしめたまま、布団の中で目を閉じた。

 ──学校で会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。きっと鳴沢は怒っている。今までできていたことが急にできなくなったのだから。
 何してるんだろ。迷惑だって考えればわかる話じゃん。邪魔になるってわかるじゃん。
 誤って済む話じゃない。でも、謝らないのはもっといや。
 月曜日になったら謝ろう。

 ♢♢♢

 そう考えていたものの、どう謝ればいいのだろうか。心愛や莉里に相談しても「普通に謝れば」としか言われなかった。
 いや、まあ、それが普通なんだけど……私って、こんなにも謝るの下手だったっけ。普段はどうやって謝っていたんだっけ。
 いつも通り誘えばいいだけ。それだけ。

「な、鳴沢……話があるから、放課後、屋上前で待っててくれない……」

「え? 何で?」

「何でもいいから!」

 何で私が逆ギレしているみたいになってしまったんだろう。ただ謝りたいだけなのに。

 こんな時の体育は助かる。どれだけ人数が少なくても、男女は別だから鳴沢のことを考えなくて済む。
 ペアで組んだ準備体操。相手は莉里だった。前屈で背中を押してもらっていると。

「玲那、何か悩み事?」

 普段は話題を出すことが少ない莉里が言った。

「ううん。何でもないよ。少し考え事をしていただけ」

「本当に大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「頑張ってね」

「う、うん?」

 葛藤を励まされたことがないから、どう反応すればいいのかわからなかった。
 でも莉里が心配してくれていたことが少し嬉しかった。少しだけ心が晴れた気がした。

 ♢♢♢

 呼び出しておいて、私が遅れることになるとは思っていなかった。担任に急に呼び出され、20分くらい時間を取られた。

 もし鳴沢がまだ怒っているなら、待っていてはくれないだろう。もしそうなら、それでもいい。私がしでかしたことに比べれば、待ち侘びて帰るなんてちっぽけなことだ。
 でも、いてほしい。話がしたい。顔が見たい。謝りたい。

 屋上前、鳴沢はイヤホンをして天井を見つめていた。

 よかった。いてくれた。

「ごめん、鳴沢、待たせた」

「ううん。特に用事もないし、大丈夫だよ」

「屋上、まだ開いているかな」

「ホームルーム終わってすぐ来たけど、鍵は誰も閉めにきてないよ」

「じゃあ、開いているか」

 屋上の扉のドアノブに手をかけ、開いていることを確認してから屋上に出た。
 天気は私の心を映すように灰色に覆われていた。時々吹く風はまだ春を感じさせるくらい冷たく、強く屋上を駆け抜けていた。

「鳴沢……その、話があるんだけど……」

 鳴沢の顔を見られなかった。恥ずかしいからじゃなく、鳴沢と喋ることに後ろめたさを感じていたから。

「この間の歌聴いたよ……それでね、鳴沢……ごめん!」

 私は頭を下げた。こんなことだけで許されないことはわかっているけど。

「近藤さん、やめてください!」

「だめ! 私のせいだよね! 私が邪魔したから鳴沢は歌ができなかったんだよね。本当にごめん。こんなことで許されるわけないよね。でも、私からの精一杯の誠意。こんなことしかできないから」

「本当にやめてください、近藤さん! 近藤さんは何も悪くないんだよ。悪いのは全部僕なんだ……」

「そんなことない! 悪いのは私だよ。勝手に正体突き止めて、作るの邪魔した……」

 涙だけは絶対に流してはだめ。それもわかっていたのに、なぜか涙が込み上げてきた。
 鳴沢に顔を見せられない。こんな姿見られたくない。

「近藤さん。僕の話も聞いてほしい。だから一度、顔を上げて」

 鳴沢の声だった。でも、エクスネクの声でもあった。毎週聞いている声が、私の胸に優しく響いた。

「……ごめん。今、見せられない顔しているから、座ってもいい?」

「うん。いいよ。隣座る」

 まだ衣替えの時期じゃなくてよかった。拭える布があってよかった。

「それで、僕も恥ずかしい話なんだけど……実は、近藤さんにバレる前日、普段ならもう既に歌は完成しているのだけど、先週だけはどうしても歌が作れなくて。この土日にもずっとスマホを見ながら作っていたけど、どうしてもできなくて……多分だけど、僕がこんなこと言うのはおこがましいけど“スランプ”に陥っているのかなって」

「8曲しかないのに?」

「だから恥ずかしい話だし、おこがましいって言った。蒸し返さないで!」

 本当に恥ずかしそうにしている鳴沢を見ていると、心が落ち着いた。

「閉められても困るし、そろそろ帰ろ」

「そうだね」

 鳴沢がドアノブに手をかけたその瞬間、扉が勢いよく開いた。
 勢いよく心愛が飛び出してきて、興奮気味にこう言った。

「なるほど! そういうことだったのか!」

「何で……何で心愛がいるの⁉︎」

「玲那、何か忘れてない? 今日の日直、私だよ。鍵をかけずに待っていた私に感謝しないと」

 うん? 待っていた……?

「待っていたって……いつからいたの?」

「『ごめん、鳴沢、待たせた』から」

「最初じゃんか! 何で、もっと早く言ってくれないの! というか、ずっと聞いていたの!」

 心愛は無言で頷いた。その瞬間、風が止んで、まるで時が止まったようだった。

「人の話、盗み聞きするなんて最低!」

「おいおい。こっちは仕事でここに来ているんだぜ。それは私じゃなくて、後ろの2人だぜ」

 今度はゆっくりと扉を開けた心愛。そこには豆鉄砲を食らった鳩のような莉里と笹川がいた。

「2人も何してるの?」

 莉里も笹川も目を合わせることなく、キョロキョロと視線を動かしていた。

「あーえーっとね……笹川が話す」

「え? そんなキラーパスあるか⁉︎」

「それで、何してるの?」

「だから……その……羽山が、お前が告白するって聞いて、様子を見に、だな」

 焦る笹川に、私は睨みを向けた。

「──最低」

「ち、違うんだ、近藤。そんなつもりじゃなくてな」

 笹川は野球部。他の部員は運動場で練習をしている。つまり、こいつはサボりだ。
 風が止んでいるおかげで、声はよく通りそうだった。

「井河先生ー! 笹川ここにいまーす!」

「お、おい、近藤、なんてこと言ってるんだ」

「は? サボりでしょ? 部活はちゃんと行きなよ」

 下から怒鳴るような声が聞こえた。

「笹川ー! 何サボってるんだ!」

 顧問に見つかった笹川は、姿勢を正して返事をした。

「すみません! 今行きます!」

 私たちには目もくれず、笹川は風のように駆け抜けていった。

「笹川君、かわいそう」

 心愛が哀れむような目をしていた。

「心愛のせいでしょ」

「それよりもさ。まだ話したいから、うちに来ない?」

 心愛の提案で、私たちは場所を移すことになった。移動先は心愛の家、この集落唯一の食事処『洋食屋 エッセン・ラーデン』だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...