8 / 33
共同作業(第7話)
しおりを挟む
翌日の放課後、私は化学室の前で立っていた。扉の向こうからは何の音もしない。誰もいないはずなのに、心臓の音がやけに大きく聞こえる。昨日のエッセン・ラーデンでの約束が、現実になる瞬間だ。
「……よし!」
小さく息を整えて、扉を開けた。
中は薄暗く、窓から差し込む夕陽が机の上を赤く染めていた。鳴沢はすでに来ていて、ノートを広げていた。机の上にはタブレットが無造作に置かれている。彼は私に気づくと、少しだけ視線を上げた。
「……近藤さん、来たんだ」
「うん。約束したし」
「ありがとう。まさか、化学室を借りられるなんて、近藤さんのおかげだよ」
「伊達にいい子してないからね」
私は机の向かいに座り、ノートを取り出した。中学生の時に書いていたポエムを思い出しながら、言葉を探した。だけど、真っ白のノートを前にすると、何も浮かんでこない。
「──どうやって始めればいいの?」
1人悩んでいるように見せかけて、鳴沢の方を見た。
鳴沢は少し考えてから答えた。
「うーん……まずは、言いたいことを決めて、そこから話を広げるとか」
「言いたいこと……」
私はペンを握りしめて、頭の中で言葉を探した。誰にも言えない気持ち。誰にも見せられない言葉。ラジオを聞いていた夜のことを思い出した。
「……誰にも言えない気持ちを、声にしたい」
鳴沢は笑って頷いた。
「それでいいんじゃない。じゃあ、その言葉を歌詞にしてみよう。近藤さんの詩はどれも良かったから、綺麗な言葉が書けると思うよ」
「うん」
私はノートに書き始めた。
「出会った瞬間《とき》から胸がときめいて……」
鳴沢が横から覗き込み、少しだけ笑った。
「勝手に見ないでよ」
「ごめん。でも、いいと思うよ。僕の歌に合っていると思う」
その言葉に、胸が熱くなる。自分の言葉が認められるなんて、初めてだった。
「こんな痛いポエムでも、誰かの心に届くのなら、書くのも悪くないね」
恥じらいは捨てきれないけど。
そのとき、化学室の扉が勢いよく開いた。心愛と莉里が顔を覗かせる。
「鳴沢君。進捗はどうかな?」
私は慌ててノートを閉じた。
「べ、別に! 順調だよ!」
心愛はニヤニヤしながら、鳴沢を見ていた。
「鳴沢君。玲那の歌詞はどうかな?」
「うん。すごくいい歌詞を書いてくれているよ。例えば……」
「鳴沢! 言わなくていい!」
鳴沢の正直すぎる性格もどうにかしたい。
心愛が先に知ってしまえば、永遠に私がいじられる。心愛にだけは知られたくない。
「歌って、どういうこと?」
莉里は、相変わらず何もわかっていなかった。
「え? 鳴沢って歌うの?」
前言撤回。何かに気づいている。
「もう莉里。だから付いてきても、話わからないよって言ったじゃん」
「そんな仲間はずれみたいなことやめろよ。悲しいだろ」
莉里に詰められた鳴沢は、馬鹿正直に全部話した。というか、昨日のことを改めて説明していた。
莉里は驚いて、目を丸くしていた。
「え! 鳴沢って歌うの?」
「恥ずかしながら……」
心愛は、私の方を軽く叩いた。
「玲那。いいじゃん。才能あるよ」
私が見ていない間に、心愛は私のノートを手にしていた。
「勝手に見るな!」
心愛からノートを取り上げ、強く抱きしめた。
「玲那ちゃん、顔赤いよ。恥ずかしいのかな? でも、ポエムはずっとトプ画にしていたのにね?」
「揶揄うのなら出ていけ!」
でも、心の中では嬉しかった。心愛にも「才能ある」なんて言われて、誰かに認められることが、こんなにも温かいなんて。
心愛と莉里を追い出して、化学室は再び静かになった。鳴沢はタブレットを手に持ち、音を並べた。
「このメロディに、近藤さんの言葉を乗せてみて」
私は頷き、ノートを開いた。声に出すのは恥ずかしかったけど、鳴沢が隣にいたから勇気が出た。
「出会った瞬間から胸がときめいて
君のことばかりを目で追って」
鳴沢の並べた音が、私の声と重なり、言葉が歌になった。胸が震えた。これが、歌を作ることなんだって。
「……すごい」
思わず呟いた。鳴沢は少しだけ笑った。
「僕たちの音楽は始まったばかりだよ。これからもっと作れる」
その言葉に私は強く頷いた。
それから次の日も、その翌日も、放課後の化学室は私たちの作業場になっていた。机の上にはノートとタブレット、そして散らばる歌詞の断片。夕陽が差し込む中で、私たちは言葉を探し、音を重ねた。
時には言葉が出なくなって、沈黙が続くこともあった。私はペンを握りしめ、白いページを見つめる。鳴沢は音を並べながら待っていてくれる。
「焦らなくても大丈夫だよ。もし作れなくても、過去のを歌えばいいから。それに、言葉は出すものじゃなくて、自然と出てくるものだから」
その言葉に救われた。私は少しずつ、自分の気持ちを掘り起こして言った。
「誰にも見せられないノートの落書きが、歌になるなんて」
「僕も、誰にも届いてないと思っていた歌が、近藤さんには届いていた。それだけでも嬉しいよ」
こんな会話を交わしながら、私たちは少しずつ距離を縮めていった。
ある日、鳴沢がふと呟いた。
「……近藤さんの言葉って、僕の歌に合うと思うんだ」
私は驚いて、鳴沢を見た。
「本当に?」
「うん。僕1人じゃ出せないものがある。近藤さんの言葉があると、歌が広がっていく気がする」
その言葉に、胸が熱くなった。私は初めて、自分の言葉に価値があると感じた。
「……よし!」
小さく息を整えて、扉を開けた。
中は薄暗く、窓から差し込む夕陽が机の上を赤く染めていた。鳴沢はすでに来ていて、ノートを広げていた。机の上にはタブレットが無造作に置かれている。彼は私に気づくと、少しだけ視線を上げた。
「……近藤さん、来たんだ」
「うん。約束したし」
「ありがとう。まさか、化学室を借りられるなんて、近藤さんのおかげだよ」
「伊達にいい子してないからね」
私は机の向かいに座り、ノートを取り出した。中学生の時に書いていたポエムを思い出しながら、言葉を探した。だけど、真っ白のノートを前にすると、何も浮かんでこない。
「──どうやって始めればいいの?」
1人悩んでいるように見せかけて、鳴沢の方を見た。
鳴沢は少し考えてから答えた。
「うーん……まずは、言いたいことを決めて、そこから話を広げるとか」
「言いたいこと……」
私はペンを握りしめて、頭の中で言葉を探した。誰にも言えない気持ち。誰にも見せられない言葉。ラジオを聞いていた夜のことを思い出した。
「……誰にも言えない気持ちを、声にしたい」
鳴沢は笑って頷いた。
「それでいいんじゃない。じゃあ、その言葉を歌詞にしてみよう。近藤さんの詩はどれも良かったから、綺麗な言葉が書けると思うよ」
「うん」
私はノートに書き始めた。
「出会った瞬間《とき》から胸がときめいて……」
鳴沢が横から覗き込み、少しだけ笑った。
「勝手に見ないでよ」
「ごめん。でも、いいと思うよ。僕の歌に合っていると思う」
その言葉に、胸が熱くなる。自分の言葉が認められるなんて、初めてだった。
「こんな痛いポエムでも、誰かの心に届くのなら、書くのも悪くないね」
恥じらいは捨てきれないけど。
そのとき、化学室の扉が勢いよく開いた。心愛と莉里が顔を覗かせる。
「鳴沢君。進捗はどうかな?」
私は慌ててノートを閉じた。
「べ、別に! 順調だよ!」
心愛はニヤニヤしながら、鳴沢を見ていた。
「鳴沢君。玲那の歌詞はどうかな?」
「うん。すごくいい歌詞を書いてくれているよ。例えば……」
「鳴沢! 言わなくていい!」
鳴沢の正直すぎる性格もどうにかしたい。
心愛が先に知ってしまえば、永遠に私がいじられる。心愛にだけは知られたくない。
「歌って、どういうこと?」
莉里は、相変わらず何もわかっていなかった。
「え? 鳴沢って歌うの?」
前言撤回。何かに気づいている。
「もう莉里。だから付いてきても、話わからないよって言ったじゃん」
「そんな仲間はずれみたいなことやめろよ。悲しいだろ」
莉里に詰められた鳴沢は、馬鹿正直に全部話した。というか、昨日のことを改めて説明していた。
莉里は驚いて、目を丸くしていた。
「え! 鳴沢って歌うの?」
「恥ずかしながら……」
心愛は、私の方を軽く叩いた。
「玲那。いいじゃん。才能あるよ」
私が見ていない間に、心愛は私のノートを手にしていた。
「勝手に見るな!」
心愛からノートを取り上げ、強く抱きしめた。
「玲那ちゃん、顔赤いよ。恥ずかしいのかな? でも、ポエムはずっとトプ画にしていたのにね?」
「揶揄うのなら出ていけ!」
でも、心の中では嬉しかった。心愛にも「才能ある」なんて言われて、誰かに認められることが、こんなにも温かいなんて。
心愛と莉里を追い出して、化学室は再び静かになった。鳴沢はタブレットを手に持ち、音を並べた。
「このメロディに、近藤さんの言葉を乗せてみて」
私は頷き、ノートを開いた。声に出すのは恥ずかしかったけど、鳴沢が隣にいたから勇気が出た。
「出会った瞬間から胸がときめいて
君のことばかりを目で追って」
鳴沢の並べた音が、私の声と重なり、言葉が歌になった。胸が震えた。これが、歌を作ることなんだって。
「……すごい」
思わず呟いた。鳴沢は少しだけ笑った。
「僕たちの音楽は始まったばかりだよ。これからもっと作れる」
その言葉に私は強く頷いた。
それから次の日も、その翌日も、放課後の化学室は私たちの作業場になっていた。机の上にはノートとタブレット、そして散らばる歌詞の断片。夕陽が差し込む中で、私たちは言葉を探し、音を重ねた。
時には言葉が出なくなって、沈黙が続くこともあった。私はペンを握りしめ、白いページを見つめる。鳴沢は音を並べながら待っていてくれる。
「焦らなくても大丈夫だよ。もし作れなくても、過去のを歌えばいいから。それに、言葉は出すものじゃなくて、自然と出てくるものだから」
その言葉に救われた。私は少しずつ、自分の気持ちを掘り起こして言った。
「誰にも見せられないノートの落書きが、歌になるなんて」
「僕も、誰にも届いてないと思っていた歌が、近藤さんには届いていた。それだけでも嬉しいよ」
こんな会話を交わしながら、私たちは少しずつ距離を縮めていった。
ある日、鳴沢がふと呟いた。
「……近藤さんの言葉って、僕の歌に合うと思うんだ」
私は驚いて、鳴沢を見た。
「本当に?」
「うん。僕1人じゃ出せないものがある。近藤さんの言葉があると、歌が広がっていく気がする」
その言葉に、胸が熱くなった。私は初めて、自分の言葉に価値があると感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる