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齟齬(第10話)
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6月に入ると、学校全体が少しざわつき始めた。
じりじりと照りつける太陽、湿った空気、体育館や運動場から響いてくる運動部の掛け声。
そして職員室前の掲示板には、受験やオープンキャンパスの案内がずらりと並んでいた。
──夏が来るのだ。
教室の窓から吹き込む風は少しぬるくなり、そのたびに私はペンを握り直した。数学の授業中なのに、頭の中は放課後のことばかりでいっぱいになってしまう。
集中しなくては。
♢♢♢
放課後の化学室。
鳴沢と向かい合って、歌詞とメロディを一緒に作る時間。
先週の曲が更新され、コメント欄には「歌がイキイキとしている!」「歌詞が最近良くなった」「声の伸びが綺麗になった」と書かれていた。
それを見て、私は思わず笑みがこぼれそうになり、机に伏せてごまかした。
「……暑いね」
鳴沢は、タブレットを持ったまま窓を少し開けた。外からは蝉の声が聞こえてくる。まだ梅雨も来ていないというのに、夏はもうすぐそこに迫っていた。
「夏休みはどうするの?」
私が何気なく尋ねると、鳴沢は少し間を置いて答えた。
「……うーん。考えたくないけど、とりあえずは勉強かな。受験のことも考えないとだし」
その言葉に胸が少し痛んだ。
私たちのエクスネクは、夏には続けられないかもしれない。鳴沢の意見はもっともだし、本気で進路を決めなければならない時期だ。化学室も夏休み中に借りられるとは限らない。
「……そうだよね。まずは進路のことを考えないと」
鳴沢は顔を伏せ、そのまま私を見て言った。
「近藤さん……少し相談があるのですが……エクスネクの更新、2週間に1回にしてもいいですか?」
胸が針で刺されたように痛み、頭までズキズキした。
「……どうして?」
「恥ずかしながら、勉強が追いついていないと言いますか。今のままでは大学に行くのが困難らしいので……その……勉強やだ……」
「本音がダダ漏れしてるよ」
鳴沢の落ち込みは激しさを増し、目に色が浮かんでいなかった。
「勉強のこと考えると、頭が痛い。何でこの世には、勉強という言葉があるのだろうか」
「鳴沢、テストの点数そんなに悪いの?」
「あまり口にはしたくないけど……赤点2つある。もう嫌だ」
「え? マジ……」
鳴沢は無言で頷いた。
学校には語り継がれている伝説があり、赤点を3つ取ると進級も卒業もできないという。つまり、あと一つ赤点を取れば鳴沢は卒業できなくなる。
「エクスネクどころの話じゃないね。頑張らないと」
「不甲斐なくてごめん……」
「まあ、これから忙しくなるし、仕方ないよ」
本当は更新ペースを変えたくなかった。鳴沢と化学室で音楽を作ることが楽しかったからだ。でも、鳴沢の卒業がかかっているなら話は別だ。
「私も勉強教えてあげるから、一緒に頑張ろう」
「ありがとう……近藤さん! ところで、近藤さんの順位って?」
赤点がある鳴沢には言いたくなかったが、言わないといけない空気に押されて白状した。
「……1だけど」
「1位……」
鳴沢はまた急に気力を失った。少しだけ、鳴沢との壁ができた気がした。
♢♢♢
次の日の昼休み。
廊下ですれ違った笹川に呼び止められた。
「玲那、最近楽しそうだな」
「そう? 勉強が大変すぎて、逆にテンション上がってるのかも」
心臓がドキッとした。
鳴沢と一緒にエクスネクの歌を作っているなんてことは、絶対に言えない。
「何かいいことでもあったのか?」
「別に。普通」
「そっか。それはそうと、明口《あけぐち》がまた頼むって」
「またかよ。もういい加減に諦めてくれよ」
「それは明口に言ってくれ」
笹川と同じ野球部の明口は、莉里のことが好きだった。イベントがあるたびに告白しては振られ、その告白の場を私が毎度作っていた。
「で、今回は何があるの?」
「いや、特にイベントはないんだが……夏休みに祭りでも一緒に行きたいと」
なんで笹川が赤くなるの。
「まあ、いいけどさ、こっちの事情も考えてくれよ。また莉里に言われるじゃんか」
「毎度毎度、悪いとは思っているよ。羽山にも言っておくからさ、頼んだ」
「はいはい。心愛にも私から言っておくよ。心愛そういうの好きだから」
あとは全部心愛に任せよう。どちらかといえば、心愛の方が恋愛沙汰は得意だから。
♢♢♢
放課後の化学室。
鳴沢は先にタブレットを触っていた。
「鳴沢、相変わらず早いね」
鳴沢の正面に座ると、鳴沢は席を立ち上がった。
「ご、ごめん……今日は用事あるから先に帰る……」
「ああ……そうなんだ。じゃあ、私も帰るか。一人でいても暇だし。一緒に……」
「急いでいるから先に行くね」
「う、うん……じゃあ、また明日」
まだ何も広げていなかったので、すぐに帰ることができた。けれど鳴沢は私を置いて化学室を後にした。その後ろ姿は少し寂しそうで、何かに悩んでいるようだった。
私はあることに気づいた。
化学室に入ってから、鳴沢は私の目を見ていない。ずっと目を逸らしていた。
私、何かしたのだろうか。気になることがあるなら、直接言ってくれればいいのに。
鳴沢が何に悩んでいるのかはわからないが、私までモヤモヤした気持ちになっていた。
じりじりと照りつける太陽、湿った空気、体育館や運動場から響いてくる運動部の掛け声。
そして職員室前の掲示板には、受験やオープンキャンパスの案内がずらりと並んでいた。
──夏が来るのだ。
教室の窓から吹き込む風は少しぬるくなり、そのたびに私はペンを握り直した。数学の授業中なのに、頭の中は放課後のことばかりでいっぱいになってしまう。
集中しなくては。
♢♢♢
放課後の化学室。
鳴沢と向かい合って、歌詞とメロディを一緒に作る時間。
先週の曲が更新され、コメント欄には「歌がイキイキとしている!」「歌詞が最近良くなった」「声の伸びが綺麗になった」と書かれていた。
それを見て、私は思わず笑みがこぼれそうになり、机に伏せてごまかした。
「……暑いね」
鳴沢は、タブレットを持ったまま窓を少し開けた。外からは蝉の声が聞こえてくる。まだ梅雨も来ていないというのに、夏はもうすぐそこに迫っていた。
「夏休みはどうするの?」
私が何気なく尋ねると、鳴沢は少し間を置いて答えた。
「……うーん。考えたくないけど、とりあえずは勉強かな。受験のことも考えないとだし」
その言葉に胸が少し痛んだ。
私たちのエクスネクは、夏には続けられないかもしれない。鳴沢の意見はもっともだし、本気で進路を決めなければならない時期だ。化学室も夏休み中に借りられるとは限らない。
「……そうだよね。まずは進路のことを考えないと」
鳴沢は顔を伏せ、そのまま私を見て言った。
「近藤さん……少し相談があるのですが……エクスネクの更新、2週間に1回にしてもいいですか?」
胸が針で刺されたように痛み、頭までズキズキした。
「……どうして?」
「恥ずかしながら、勉強が追いついていないと言いますか。今のままでは大学に行くのが困難らしいので……その……勉強やだ……」
「本音がダダ漏れしてるよ」
鳴沢の落ち込みは激しさを増し、目に色が浮かんでいなかった。
「勉強のこと考えると、頭が痛い。何でこの世には、勉強という言葉があるのだろうか」
「鳴沢、テストの点数そんなに悪いの?」
「あまり口にはしたくないけど……赤点2つある。もう嫌だ」
「え? マジ……」
鳴沢は無言で頷いた。
学校には語り継がれている伝説があり、赤点を3つ取ると進級も卒業もできないという。つまり、あと一つ赤点を取れば鳴沢は卒業できなくなる。
「エクスネクどころの話じゃないね。頑張らないと」
「不甲斐なくてごめん……」
「まあ、これから忙しくなるし、仕方ないよ」
本当は更新ペースを変えたくなかった。鳴沢と化学室で音楽を作ることが楽しかったからだ。でも、鳴沢の卒業がかかっているなら話は別だ。
「私も勉強教えてあげるから、一緒に頑張ろう」
「ありがとう……近藤さん! ところで、近藤さんの順位って?」
赤点がある鳴沢には言いたくなかったが、言わないといけない空気に押されて白状した。
「……1だけど」
「1位……」
鳴沢はまた急に気力を失った。少しだけ、鳴沢との壁ができた気がした。
♢♢♢
次の日の昼休み。
廊下ですれ違った笹川に呼び止められた。
「玲那、最近楽しそうだな」
「そう? 勉強が大変すぎて、逆にテンション上がってるのかも」
心臓がドキッとした。
鳴沢と一緒にエクスネクの歌を作っているなんてことは、絶対に言えない。
「何かいいことでもあったのか?」
「別に。普通」
「そっか。それはそうと、明口《あけぐち》がまた頼むって」
「またかよ。もういい加減に諦めてくれよ」
「それは明口に言ってくれ」
笹川と同じ野球部の明口は、莉里のことが好きだった。イベントがあるたびに告白しては振られ、その告白の場を私が毎度作っていた。
「で、今回は何があるの?」
「いや、特にイベントはないんだが……夏休みに祭りでも一緒に行きたいと」
なんで笹川が赤くなるの。
「まあ、いいけどさ、こっちの事情も考えてくれよ。また莉里に言われるじゃんか」
「毎度毎度、悪いとは思っているよ。羽山にも言っておくからさ、頼んだ」
「はいはい。心愛にも私から言っておくよ。心愛そういうの好きだから」
あとは全部心愛に任せよう。どちらかといえば、心愛の方が恋愛沙汰は得意だから。
♢♢♢
放課後の化学室。
鳴沢は先にタブレットを触っていた。
「鳴沢、相変わらず早いね」
鳴沢の正面に座ると、鳴沢は席を立ち上がった。
「ご、ごめん……今日は用事あるから先に帰る……」
「ああ……そうなんだ。じゃあ、私も帰るか。一人でいても暇だし。一緒に……」
「急いでいるから先に行くね」
「う、うん……じゃあ、また明日」
まだ何も広げていなかったので、すぐに帰ることができた。けれど鳴沢は私を置いて化学室を後にした。その後ろ姿は少し寂しそうで、何かに悩んでいるようだった。
私はあることに気づいた。
化学室に入ってから、鳴沢は私の目を見ていない。ずっと目を逸らしていた。
私、何かしたのだろうか。気になることがあるなら、直接言ってくれればいいのに。
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