25時の音楽

倉木元貴

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プリンと夏の予約(第11話)

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 何もない、晴れた日の昼休み。私は心愛とともに校舎の二階から外を眺めていた。
窓から差し込む陽射しは白く、校庭の砂をきらめかせている。視線の先には、莉里と、彼女を呼び出した張本人の明口がいた。

「ねえ、心愛」

「なあに?」

「明口、告白成功するかな」

「……まあ、無理じゃない?」

「やっぱり」

「明口がどれだけ莉里のことを好きでも、莉里は今、恋愛に興味ないからね。悪いけど、諦めてもらうしかないよ」

 莉里と明口の声はここまで届かない。けれど、頭を下げて手を伸ばす明口に、短く何かを告げて背を向ける莉里の姿を見れば、また失敗に終わったのだと理解できた。

「明口、よく飽きないね」

 私が呟くと、心愛は少し考えてから答えた。

「恋愛に飽きるってことはないんじゃない? 玲那だって、エクスネクの正体が鳴沢君だって気づいても、エクスネクのことは好きでしょ。気持ちが恋愛じゃなくても、好きなものを簡単に変えることはできないんだよ」

「なんか違う気もするけど……そんなものか」

「そんなものだよ。人の色恋沙汰なんて」

 校庭を横切る莉里が校舎へ向かって歩いてくる。その瞬間、ふと目が合ってしまった。慌てて座り込み、身体を隠す。

「やばい! 莉里と目が合った!」

「もー、玲那。また私が怒られるじゃん」

「私だって怒られるよ。よし、全部笹川のせいにしよう」

 数分もしないうちに、息を切らした莉里がやってきた。腕を組み、荒い息のまま私たちを睨みつける。

「それで、今回はどっちの仕業?」

 心愛は無言で私の方に手を向けた。

「おい! 心愛! 話が違うじゃないか!」

「玲那なんか?」

「違うって! 笹川だよ、全部笹川が仕組んだんだって! ね、心愛」

 心ここに在らず。起きているのに寝ているかのように、意識だけをどこかへ追いやって、まるで置物のように座っていた。

「とりあえず、後で話しよや。笹川も呼んでな」

「……はい」

 先に教室へ戻る莉里。その背中は真っ直ぐで、隣を歩くことはできなかった。
 私の隣では、目覚めたように腕を伸ばす心愛。自分は無関係だとホッとしていたが、結局教室に戻ると、私と同じく莉里に廊下へ呼び出され、笹川と三人で説教を受けることになった。

 ♢♢♢

 金曜日。今日は配信のない日。
 放課後は鳴沢の気分次第で開かれることになっていた。ただ、本人は「今日は化学室にいる」とは一切言わないから、私は毎日、放課後になると化学室を訪れていた。

 今日はいるのか、いないのか。
 鍵が閉まっている日は、いない。今日も閉まっているなら、いないのだろう。

 あの日以来、鳴沢とはまた壁ができた気がした。原因はわからない。鳴沢が何も言ってくれないから、何もわからない。

 廊下に差し込む夕陽は橙色に染まり、窓枠を長く伸びる影で縁取っていた。窓を開けると、少し温い風が吹き込んでくる。頬を撫でれば涼しく感じる。

 その瞬間、化学室で紙が何枚も床に落ちる音がした。

「鳴沢……いるの?」

 中から返事はない。けれど、中にいるのなら、どうして入れさせてもらえないのだろう。

「鳴沢……いるなら、開けてくれない? 話がしたい」

 反応はない。
 諦めて俯きながら廊下を歩いていると、背後から肩を組んできたのは心愛だった。

「玲那、どうしたの? 寂しそうな顔してるよ」

 顛末を話しても意味はないと思い、特に何も言わなかった。

「なんでもない。一緒に帰ろう」

「うちでプリンでも食べてく?」

「タダなら食べる!」

「私の失敗作があるから、それならいいよ」

「ありがとう心愛! 持つべきものは友達だな」

 多分、心愛も何かを感じ取って、私を励まそうとしてくれている。打ち明けなかったことに心は少し痛んだけど、プリンを前にすればそんなものはどこかへ消え去っていた。

 エッセンラーデンでプリンを食べていると、心愛が不意に言った。

「それでさ、玲那」

「何?」

「明口が可哀想だから、夏祭り一緒に行かない?」

 突然のことすぎて、プリンを食べていた手が止まる。

「なんで?」

「だって、最後だよ。高校最後の夏祭りだから、明口にだって少しくらいは思い出作って欲しいじゃん」

「でも、明口連れて行くと、莉里怒らない?」

「だから、玲那だけじゃなくて、笹川とか鳴沢君もどうかなって? それなら、ギリギリ許してくれそうじゃない?」

 夏祭りに六人で行く光景を想像する。夜店の灯り、浴衣の柄、ざわめく人波。頭の中でその場面が広がった。

「メンバーが……何の集まり? ってならない?」

「なるね。女子は仲のいい三人だけど……男子、鳴沢君孤立しちゃうね」

「フォローくらいはなんとかできても、鳴沢大丈夫かな」

「大丈夫じゃないね。玲那以外には話してくれなさそう。でも、他に誘う人いないし、鳴沢君に友達ができるチャンスだと思って、玲那が誘っておいてね」

「なんで私⁉︎」

「だって、鳴沢君、話しかけてもまだ敬語で喋ってくるんだよ。すっごい壁を作られてる気がする」

「鳴沢、心愛みたいな人苦手だからね。まあ、そういうとこあるから仕方ないか」

 もし心愛の事情を知らなかったら、こんなこと許可していない。
 心愛は高校を卒業したら県外の専門学校に行くと宣言している。県外なら、これから会える回数は減る。思い出が欲しいのは多分心愛の方。明口や笹川は巻き込まれるだけだけど、中学も同じだし、思い出作りにはもってこいだ。

「夏祭りって、七月の?」

「うん。夏休み始まってすぐの」

「わかった。鳴沢には連絡しておく」

 心愛が笑顔で頷く。窓の外では夕陽が街の壁を赤く染めていた。夏の始まりを告げるような光景に、胸の奥が少しざわつく。

 その夜、机に向かってスマホを開いた。鳴沢に連絡を入れるべきかどうか、指先が画面の上で止まる。打ちかけては消し、消しては打ち直す。

 (夏祭り、一緒に行かない?)

 たった一文なのに、送る勇気が出ない。

 窓の外では、夜風がカーテンを揺らしていた。遠くで虫の声が響き、夏の匂いが漂ってくる。心愛の言葉が頭の中で繰り返される。

 ――「鳴沢君に友達ができるチャンスだと思って」

 私は深呼吸をして、ようやく送信ボタンを押した。
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