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きづき(第21話)
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鳴沢は一時、時の人になった。教室のあちこちで「昨日の曲聞いた?」「ネットに上がってたよ」とささやかれていた。けれど、その熱も三日と持たない。黒板に先生が新しい公式を書き始めれば、クラスの視線はあっという間にノートへ戻る。
それでも──鳴沢の歌を熱心に聞き続けていたのは、笹川だけだった。
昼休みの教室は、冬の午後特有の冷んやりした光に満ちていた。窓の外は白っぽい雲が低くかかり、風がガラスをわずかに震わせている。
その午後、私が鳴沢と歌の打ち合わせをしていると、笹川が机をまたぐ勢いで近づいてきて、ぐいと私たちの間に体を割り込ませた。
「なあ、鳴沢。歌作ってるんだったらさ、卒業式で歌う歌も作れんのか?」
唐突すぎる提案に、鳴沢はペンを落としそうになって目を瞬かせた。
「で、できないことはないけど……」
「じゃあさ、俺たちだけの卒業ソング作ってくれよ」
笹川はそう言うと、期待に満ちた目をした。冬の光が彼の髪に反射して、ふざけた表情のわりに、妙に真剣さがあった。
なぜか鳴沢は、助けを求めるみたいに私の方を見てきた。
「笹川。待ってよ。そんな急に言われても、簡単にできるものじゃないんだからね」
「それは……俺だってわかってるよ。でもよ、そういう思い出作りたいだろ。協力できることは俺たちでもするから、学校の歴史に名を残こさねえか?」
笹川の言葉は、冬の空気みたいにまっすぐだった。
私は反対の立場だったけど──鳴沢は、静かに心を動かされていた。
「近藤さんさえよかったら、僕は挑戦してみたい」
その瞳の奥には、今まで見たことのない火が灯っていた。
初めて見せた“自分からやりたいと言う顔”。その気持ちを無視できるわけがない。
「わかった。その代わり、勉強もしっかりするんだよ」
「……は、はい」
すると、後ろの席で聞いていた心愛と莉里が、そっと顔を寄せ合って小声で言った。
「お母さんじゃん……」
「鳴沢かわいそ……」
「そんなんじゃない! 鳴沢の点数知ってるの! ギリギリなんだよ!」
クラスの数名が「えっ」と振り向く。
鳴沢はみるみる顔を赤くして、教科書で顔を隠した。
「近藤さん……恥ずかしいので、やめてください……」
「……あ、ごめん……」
その空気の中、笹川が鳴沢の肩をがしっと掴んだ。
「鳴沢……気持ちはわかるぞ。俺だって、下から4番目だから、勉強嫌だよな。でも、卒業できないのはもっと嫌だよな。俺も、ギリギリだからわかるぞ」
「笹川……」
妙に熱い男同士のハグに、私はため息をついた。
教室の暖房の音が、2人のハグを無言で見守っているようだった。
「傷の舐め合いはしなくていいから、鳴沢はとりあえず、数学の勉強ね」
「……は、はい……頑張ります」
♢♢♢
放課後の化学室は、夕方の冷たい光が差し込んで、机の上に長い影を落としていた。ガラス器具が棚で静かに並び、わずかに薬品の匂いが残る。
外のグラウンドでは部活の声が遠くに聞こえ、放課後の空気が時間をゆっくり進めていた。
「本当に卒業式の歌を作るの?」
鳴沢は窓際に立ったまま、夕陽に照らされた横顔で頷いた。
「時間もないかもしれないけど、どんなことでもいいからやってみたいんだ。自分の可能性をもっと見つけたい。もっと音楽のことを知りたい」
まっすぐな視線で言われると、胸が少し熱くなる。
窓の外、沈みかけた太陽が橙色の帯を校庭に落としていた。
「わかったよ。私も覚悟を決める。エクスネク高校最後の仕事だね」
「はいっ!」
鳴沢の笑顔は、教室の薄暗さを跳ね返すみたいに明るかった。
けれど次の瞬間、私が口を開いた途端、一気にしぼむ。
「でも、勉強も忘れないでね。赤点取りすぎたら卒業できないんだから」
「……は、はい」
「近藤さん笑いすぎですよ……」
「ごめんごめん。じゃあ、打ち合わせ始めようか」
♢♢♢
話し合いは、机の上にノートと消しゴムと五線紙を散らかしながら進んだ。
外はもう濃い藍色に染まりはじめ、窓ガラスには教室の光が映っている。
「卒業だから、別れの曲にする?」
「それもいいけど……別れは寂しいものではない、みたいな歌もいいかなって思います」
「いいね。楽しい歌は反感買いそうだから、テンポはゆっくりで、早口にならない歌詞……」
「楽器はシンプルに。ピアノ1本くらいがいいかと……」
「鳴沢、ピアノ弾けるの?」
「弾けません。小学生以来です……」
「じゃあ楽譜は園田先生に頼むか」
「そうしましょう」
窓の外では街灯がぽつぽつと灯り、校庭に白い光の輪を作っていた。
♢♢♢
「今日はこれくらいにしようか」
鳴沢が伸びをすると、椅子が小さく軋んだ。
時刻はまだ17時過ぎだが、校庭はすでに夜の色だった。
冬の空気は透明で、息を吸うと胸がきゅっと冷える。
「流石に陽が沈んだら寒いね」
「だね……もう卒業がまじかなんて、考えられないね」
鳴沢は窓の向こう、暗い空を見つめていた。
その目は、まだ見ぬ未来の方角を探しているように静かだった。
鳴沢は卒業したら東京へ行く。
私がエクスネクトとして尻尾を振ってついていけるのも、ここまでだ。
「3年間。意外と短かったね」
「うん……近藤さん……」
鳴沢は振り向き、まっすぐに私を見つめた。
「近藤さんのおかげで、僕の人生に忘れられない思い出ができた。ありがとう」
その瞬間、窓の外の空を、すっと白い線が横切った。
田舎特有の満天の星空の中、ひとつだけ流れ星が走り、わずか1秒で消えた。
「鳴沢があの時、屋上で歌ってなかったら、私だって気づいてないよ。私たちが出会えたのは奇跡だよ。……なーんて、ちょっとポエムがすぎるかな」
「いい歌詞だと思ったよ」
「嘘ばっかり。内心では揶揄ってるくせに」
「そんなことないよ。本当に近藤さんには感謝しているんだ。だって、近藤さんがいなかったら、エクスネクはもうとっくに終わっているから」
鳴沢の笑顔は、星明かりみたいに眩しくて──私は思わず目をそらしてしまった。
それでも──鳴沢の歌を熱心に聞き続けていたのは、笹川だけだった。
昼休みの教室は、冬の午後特有の冷んやりした光に満ちていた。窓の外は白っぽい雲が低くかかり、風がガラスをわずかに震わせている。
その午後、私が鳴沢と歌の打ち合わせをしていると、笹川が机をまたぐ勢いで近づいてきて、ぐいと私たちの間に体を割り込ませた。
「なあ、鳴沢。歌作ってるんだったらさ、卒業式で歌う歌も作れんのか?」
唐突すぎる提案に、鳴沢はペンを落としそうになって目を瞬かせた。
「で、できないことはないけど……」
「じゃあさ、俺たちだけの卒業ソング作ってくれよ」
笹川はそう言うと、期待に満ちた目をした。冬の光が彼の髪に反射して、ふざけた表情のわりに、妙に真剣さがあった。
なぜか鳴沢は、助けを求めるみたいに私の方を見てきた。
「笹川。待ってよ。そんな急に言われても、簡単にできるものじゃないんだからね」
「それは……俺だってわかってるよ。でもよ、そういう思い出作りたいだろ。協力できることは俺たちでもするから、学校の歴史に名を残こさねえか?」
笹川の言葉は、冬の空気みたいにまっすぐだった。
私は反対の立場だったけど──鳴沢は、静かに心を動かされていた。
「近藤さんさえよかったら、僕は挑戦してみたい」
その瞳の奥には、今まで見たことのない火が灯っていた。
初めて見せた“自分からやりたいと言う顔”。その気持ちを無視できるわけがない。
「わかった。その代わり、勉強もしっかりするんだよ」
「……は、はい」
すると、後ろの席で聞いていた心愛と莉里が、そっと顔を寄せ合って小声で言った。
「お母さんじゃん……」
「鳴沢かわいそ……」
「そんなんじゃない! 鳴沢の点数知ってるの! ギリギリなんだよ!」
クラスの数名が「えっ」と振り向く。
鳴沢はみるみる顔を赤くして、教科書で顔を隠した。
「近藤さん……恥ずかしいので、やめてください……」
「……あ、ごめん……」
その空気の中、笹川が鳴沢の肩をがしっと掴んだ。
「鳴沢……気持ちはわかるぞ。俺だって、下から4番目だから、勉強嫌だよな。でも、卒業できないのはもっと嫌だよな。俺も、ギリギリだからわかるぞ」
「笹川……」
妙に熱い男同士のハグに、私はため息をついた。
教室の暖房の音が、2人のハグを無言で見守っているようだった。
「傷の舐め合いはしなくていいから、鳴沢はとりあえず、数学の勉強ね」
「……は、はい……頑張ります」
♢♢♢
放課後の化学室は、夕方の冷たい光が差し込んで、机の上に長い影を落としていた。ガラス器具が棚で静かに並び、わずかに薬品の匂いが残る。
外のグラウンドでは部活の声が遠くに聞こえ、放課後の空気が時間をゆっくり進めていた。
「本当に卒業式の歌を作るの?」
鳴沢は窓際に立ったまま、夕陽に照らされた横顔で頷いた。
「時間もないかもしれないけど、どんなことでもいいからやってみたいんだ。自分の可能性をもっと見つけたい。もっと音楽のことを知りたい」
まっすぐな視線で言われると、胸が少し熱くなる。
窓の外、沈みかけた太陽が橙色の帯を校庭に落としていた。
「わかったよ。私も覚悟を決める。エクスネク高校最後の仕事だね」
「はいっ!」
鳴沢の笑顔は、教室の薄暗さを跳ね返すみたいに明るかった。
けれど次の瞬間、私が口を開いた途端、一気にしぼむ。
「でも、勉強も忘れないでね。赤点取りすぎたら卒業できないんだから」
「……は、はい」
「近藤さん笑いすぎですよ……」
「ごめんごめん。じゃあ、打ち合わせ始めようか」
♢♢♢
話し合いは、机の上にノートと消しゴムと五線紙を散らかしながら進んだ。
外はもう濃い藍色に染まりはじめ、窓ガラスには教室の光が映っている。
「卒業だから、別れの曲にする?」
「それもいいけど……別れは寂しいものではない、みたいな歌もいいかなって思います」
「いいね。楽しい歌は反感買いそうだから、テンポはゆっくりで、早口にならない歌詞……」
「楽器はシンプルに。ピアノ1本くらいがいいかと……」
「鳴沢、ピアノ弾けるの?」
「弾けません。小学生以来です……」
「じゃあ楽譜は園田先生に頼むか」
「そうしましょう」
窓の外では街灯がぽつぽつと灯り、校庭に白い光の輪を作っていた。
♢♢♢
「今日はこれくらいにしようか」
鳴沢が伸びをすると、椅子が小さく軋んだ。
時刻はまだ17時過ぎだが、校庭はすでに夜の色だった。
冬の空気は透明で、息を吸うと胸がきゅっと冷える。
「流石に陽が沈んだら寒いね」
「だね……もう卒業がまじかなんて、考えられないね」
鳴沢は窓の向こう、暗い空を見つめていた。
その目は、まだ見ぬ未来の方角を探しているように静かだった。
鳴沢は卒業したら東京へ行く。
私がエクスネクトとして尻尾を振ってついていけるのも、ここまでだ。
「3年間。意外と短かったね」
「うん……近藤さん……」
鳴沢は振り向き、まっすぐに私を見つめた。
「近藤さんのおかげで、僕の人生に忘れられない思い出ができた。ありがとう」
その瞬間、窓の外の空を、すっと白い線が横切った。
田舎特有の満天の星空の中、ひとつだけ流れ星が走り、わずか1秒で消えた。
「鳴沢があの時、屋上で歌ってなかったら、私だって気づいてないよ。私たちが出会えたのは奇跡だよ。……なーんて、ちょっとポエムがすぎるかな」
「いい歌詞だと思ったよ」
「嘘ばっかり。内心では揶揄ってるくせに」
「そんなことないよ。本当に近藤さんには感謝しているんだ。だって、近藤さんがいなかったら、エクスネクはもうとっくに終わっているから」
鳴沢の笑顔は、星明かりみたいに眩しくて──私は思わず目をそらしてしまった。
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