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解離(第22話)
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週末。
心愛と莉里を交えて歌の方向性を決めるため、私たちはエッセンラーデンに集まっていた。
午後の店内は、休日らしく客足が絶えず、店の奥ではエスプレッソマシンが低く唸っている。甘いバターの香りがゆっくりと流れてきて、窓際の席に差し込む冬の陽光は弱々しく白かった。
「それでさ、玲那」
「どしたの? 心愛」
心愛はストローでアイスティーをくるくる回しながら眉を寄せる。
カラン、と氷が揺れる音が、彼女の不満を代弁するように響いた。
「いやさ。うちで集まるのはいいんだよ。少なからずお金は落ちるし、宣伝にもなるし。だけどさ、私たち素人だよ? 歌のことなんて何もわからないんだよ。莉里を見てみなよ。さっきからプリンしか食べてないよ。しかも3個目」
見れば、莉里はスプーンを忙しなく動かし、陶器のカップに顔を近づけるようにして無心でプリンを食べていた。
周りの喧騒など聞こえないらしい。4個目を注文する気配すらある。
「巻き込んだのは悪いと思ってるよ。でもさ、クラス全体で決まったことだし、勝手に作るのもってなって……」
「だから、それはそうなんだけど、そうじゃなくて! なんで私たちなのかって聞いてるの! どう考えても不相応でしょ」
「でも、他にこんなこと相談できる友達いないし、変にみんな巻き込んだら絶対事故るし……ちょうどいいのが心愛と莉里だったってわけだよ」
「どこがちょうどいいのか、まったく理解できないんだけど」
「だって、心愛考えてみ。鳴沢が私たち以外の女子と話できると思う?」
「ごめんなさい」
隣の鳴沢が、小さく縮こまりながら謝った。
テーブルの端に置かれたホットココアは、もう湯気も立っていない。
「確かに。鳴沢君、私にだって心開いてくれてないから、いきなり他人が来ても逆に何もできないか」
「そ、そういうこと」
覗き込むと、鳴沢は肩をすぼめ、膝の上で指をぎゅっと握っていた。寒いわけじゃないのに、守りの姿勢になっている。
「待って。それ私必要じゃなくね?」
プリンを飲むように片付けた莉里が、ようやく顔を上げる。
「そんなことないよ。人は多い方がいいから」
「でも、玲那の言ってる通りだと、鳴沢と特に話したことない私は、笹川とかと扱い同じじゃね?」
「大丈夫。莉里は意見を言うだけを徹底してくれてたらいいから」
「まあ、いいけど……」
そんなやり取りをしながら、私たちは歌の方向性を話し合った。
心愛も莉里も「いいんじゃない」と乾いた感想をくれたが、もう少し踏み込んだ話を求めると「素人にはわからない」とあっさり断られた。
そこで鳴沢のデモ音源を聴かせる。
テーブルの中央に置いたスマホのスピーカーから、小さく電子音が流れた。30秒ほどの拙い音源。それでも鳴沢が一生懸命作ったのが伝わってくる。
心愛と莉里は同時に眉をひそめた。
「もっとテンポ遅いほうが良くない?」
「そうそう。なんか速い」
そこだけ意見が珍しく一致した。
「なるほどね。鳴沢、このデモテンポどれくらいで作ったの?」
「130です。遅すぎてもと思って」
「あと10から15くらい落とせる?」
「できると思います。遅めになりますけど、コードを少し短めに打ち込んでみます」
「うん。私も鳴沢の歌に合った歌詞、書いてみるよ」
心愛がわざと肩を落として大きなため息をついた。
「私たち要らなかったじゃん」
「そ、そんなことないよ。すごく参考になったよ。ね、鳴沢」
「は、はい。羽山さんと東山さんのおかげで、次の段階に進むことができました」
心愛はじっと鳴沢の顔を見た。その懐疑の視線を、鳴沢は真っ直ぐ受け止める。
店内のざわめきがふっと遠く感じた。
「……わかったよ。そういうことにしておく。要は済んだのなら、私たち勉強してていい?」
「うん。ありがとう。鳴沢はもう少し歌のこと詰めておこう」
「そうですね。今のペースなら、けっこう危ういですもんね」
「練習期間含めたら、12月中には完成させたいね。1月入ったら、勉強でそれどころじゃないから」
「近藤さんは勉強メインで、作詞を集中して書いてください。あとは僕のほうでなんとかします。ラジオ配信じゃないので、細かい気配りをしなくていい分、僕だけでも大丈夫です」
「ありがとう鳴沢。でも、鳴沢も勉強だけはしておきなよ。卒業テストは高校最後のテストだからね」
「善処します」
曲の続きを作ると言って、鳴沢は先に帰った。
店を出ていく背中に冬の夕陽が差し込み、影が伸びていた。
私は心愛たちとそのまま残り、カフェの喧騒をBGMに勉強を続けた。
♢♢♢
放課後の化学室。
窓の外では、早く落ちた冬の夕陽が紫色に変わり、校庭に長い影を落としている。
冷たい空気の中、蛍光灯の白い光だけが頼りだった。
私は勉強道具と作詞ノートを机いっぱいに広げ、休憩のたびに鉛筆をノートに走らせた。
紙の上には線で消された言葉が何重にも重なり、インクがにじんでいる。
「鳴沢ー。『小さな一歩が大きな歩幅に変わっていく』って歌詞を書いてるんだけど、なんか納得いかないんだよね。何が変だと思う?」
隣の席では、鳴沢がパソコンの画面を見つめながら指先で机をとんとん叩いていた。
「いい歌詞だけど、周りと合わせるの難しそうですね」
「やっぱり捨てるべきかな?」
「どこかもったいないですね。どうにかして使える方法を模索しましょう」
「だね。私もこの歌詞に思い入れしてしまって、捨てるに捨てられない」
「ネットで言い換え調べるのもいいですよ。そんな言葉があるんだって、何度も思い知らされましたし」
「わかった。参考にしてみる」
化学室はいつの間にか静まり返り、他のクラスメイトの声も消えていた。
あと3日で冬休み。焦りが空気に溶けている。
「鳴沢ー。今日、合わせできる?」
「はい。一応仕上がってますよ」
「オーケー。じゃあ通しで合わせして終わろう。私、もう少し歌詞を再考したいから、家に帰ってから考える」
「僕もそれで終わりにします。まだ複雑に打ち込んでしまってるので、もう少し分解します」
再生ボタンを押すと、化学室に電子音がゆっくり流れた。
薄い音の層が積み上がり、ところどころ不自然に途切れる。
悪くはない。だけど胸に残るほど「良い」わけでもなかった。
「どこが変なんだろ……?」
「まだ時間もありますし、ゆっくり考えていきましょう」
「鳴沢はいいよね。進路決まってるから、時間もたっぷりあるし」
「それって、僕が暇ってことですか?」
「そうは言ってないよ」
「言ってますよ! 僕のことを暇人だって! 僕だって、近藤さんの代わりにいろいろ調整してます! 近藤さんの歌詞に合った歌を作ってます! 勉強だって合間でしてるし……近藤さんこそ暇人じゃないですか!」
「待ってよ鳴沢!」
椅子を強く引き、鳴沢は化学室から走って出ていった。
扉が勢いよく閉まる音が、静かな部屋に刺さった。
「もう……なんで変なこと言っちゃうかな……」
追いかけようと立ち上がったけれど、足が一歩も前に進まなかった。
謝りたいはずなのに、喉が固く閉じて、言葉が何も浮かんでこない。
心愛と莉里を交えて歌の方向性を決めるため、私たちはエッセンラーデンに集まっていた。
午後の店内は、休日らしく客足が絶えず、店の奥ではエスプレッソマシンが低く唸っている。甘いバターの香りがゆっくりと流れてきて、窓際の席に差し込む冬の陽光は弱々しく白かった。
「それでさ、玲那」
「どしたの? 心愛」
心愛はストローでアイスティーをくるくる回しながら眉を寄せる。
カラン、と氷が揺れる音が、彼女の不満を代弁するように響いた。
「いやさ。うちで集まるのはいいんだよ。少なからずお金は落ちるし、宣伝にもなるし。だけどさ、私たち素人だよ? 歌のことなんて何もわからないんだよ。莉里を見てみなよ。さっきからプリンしか食べてないよ。しかも3個目」
見れば、莉里はスプーンを忙しなく動かし、陶器のカップに顔を近づけるようにして無心でプリンを食べていた。
周りの喧騒など聞こえないらしい。4個目を注文する気配すらある。
「巻き込んだのは悪いと思ってるよ。でもさ、クラス全体で決まったことだし、勝手に作るのもってなって……」
「だから、それはそうなんだけど、そうじゃなくて! なんで私たちなのかって聞いてるの! どう考えても不相応でしょ」
「でも、他にこんなこと相談できる友達いないし、変にみんな巻き込んだら絶対事故るし……ちょうどいいのが心愛と莉里だったってわけだよ」
「どこがちょうどいいのか、まったく理解できないんだけど」
「だって、心愛考えてみ。鳴沢が私たち以外の女子と話できると思う?」
「ごめんなさい」
隣の鳴沢が、小さく縮こまりながら謝った。
テーブルの端に置かれたホットココアは、もう湯気も立っていない。
「確かに。鳴沢君、私にだって心開いてくれてないから、いきなり他人が来ても逆に何もできないか」
「そ、そういうこと」
覗き込むと、鳴沢は肩をすぼめ、膝の上で指をぎゅっと握っていた。寒いわけじゃないのに、守りの姿勢になっている。
「待って。それ私必要じゃなくね?」
プリンを飲むように片付けた莉里が、ようやく顔を上げる。
「そんなことないよ。人は多い方がいいから」
「でも、玲那の言ってる通りだと、鳴沢と特に話したことない私は、笹川とかと扱い同じじゃね?」
「大丈夫。莉里は意見を言うだけを徹底してくれてたらいいから」
「まあ、いいけど……」
そんなやり取りをしながら、私たちは歌の方向性を話し合った。
心愛も莉里も「いいんじゃない」と乾いた感想をくれたが、もう少し踏み込んだ話を求めると「素人にはわからない」とあっさり断られた。
そこで鳴沢のデモ音源を聴かせる。
テーブルの中央に置いたスマホのスピーカーから、小さく電子音が流れた。30秒ほどの拙い音源。それでも鳴沢が一生懸命作ったのが伝わってくる。
心愛と莉里は同時に眉をひそめた。
「もっとテンポ遅いほうが良くない?」
「そうそう。なんか速い」
そこだけ意見が珍しく一致した。
「なるほどね。鳴沢、このデモテンポどれくらいで作ったの?」
「130です。遅すぎてもと思って」
「あと10から15くらい落とせる?」
「できると思います。遅めになりますけど、コードを少し短めに打ち込んでみます」
「うん。私も鳴沢の歌に合った歌詞、書いてみるよ」
心愛がわざと肩を落として大きなため息をついた。
「私たち要らなかったじゃん」
「そ、そんなことないよ。すごく参考になったよ。ね、鳴沢」
「は、はい。羽山さんと東山さんのおかげで、次の段階に進むことができました」
心愛はじっと鳴沢の顔を見た。その懐疑の視線を、鳴沢は真っ直ぐ受け止める。
店内のざわめきがふっと遠く感じた。
「……わかったよ。そういうことにしておく。要は済んだのなら、私たち勉強してていい?」
「うん。ありがとう。鳴沢はもう少し歌のこと詰めておこう」
「そうですね。今のペースなら、けっこう危ういですもんね」
「練習期間含めたら、12月中には完成させたいね。1月入ったら、勉強でそれどころじゃないから」
「近藤さんは勉強メインで、作詞を集中して書いてください。あとは僕のほうでなんとかします。ラジオ配信じゃないので、細かい気配りをしなくていい分、僕だけでも大丈夫です」
「ありがとう鳴沢。でも、鳴沢も勉強だけはしておきなよ。卒業テストは高校最後のテストだからね」
「善処します」
曲の続きを作ると言って、鳴沢は先に帰った。
店を出ていく背中に冬の夕陽が差し込み、影が伸びていた。
私は心愛たちとそのまま残り、カフェの喧騒をBGMに勉強を続けた。
♢♢♢
放課後の化学室。
窓の外では、早く落ちた冬の夕陽が紫色に変わり、校庭に長い影を落としている。
冷たい空気の中、蛍光灯の白い光だけが頼りだった。
私は勉強道具と作詞ノートを机いっぱいに広げ、休憩のたびに鉛筆をノートに走らせた。
紙の上には線で消された言葉が何重にも重なり、インクがにじんでいる。
「鳴沢ー。『小さな一歩が大きな歩幅に変わっていく』って歌詞を書いてるんだけど、なんか納得いかないんだよね。何が変だと思う?」
隣の席では、鳴沢がパソコンの画面を見つめながら指先で机をとんとん叩いていた。
「いい歌詞だけど、周りと合わせるの難しそうですね」
「やっぱり捨てるべきかな?」
「どこかもったいないですね。どうにかして使える方法を模索しましょう」
「だね。私もこの歌詞に思い入れしてしまって、捨てるに捨てられない」
「ネットで言い換え調べるのもいいですよ。そんな言葉があるんだって、何度も思い知らされましたし」
「わかった。参考にしてみる」
化学室はいつの間にか静まり返り、他のクラスメイトの声も消えていた。
あと3日で冬休み。焦りが空気に溶けている。
「鳴沢ー。今日、合わせできる?」
「はい。一応仕上がってますよ」
「オーケー。じゃあ通しで合わせして終わろう。私、もう少し歌詞を再考したいから、家に帰ってから考える」
「僕もそれで終わりにします。まだ複雑に打ち込んでしまってるので、もう少し分解します」
再生ボタンを押すと、化学室に電子音がゆっくり流れた。
薄い音の層が積み上がり、ところどころ不自然に途切れる。
悪くはない。だけど胸に残るほど「良い」わけでもなかった。
「どこが変なんだろ……?」
「まだ時間もありますし、ゆっくり考えていきましょう」
「鳴沢はいいよね。進路決まってるから、時間もたっぷりあるし」
「それって、僕が暇ってことですか?」
「そうは言ってないよ」
「言ってますよ! 僕のことを暇人だって! 僕だって、近藤さんの代わりにいろいろ調整してます! 近藤さんの歌詞に合った歌を作ってます! 勉強だって合間でしてるし……近藤さんこそ暇人じゃないですか!」
「待ってよ鳴沢!」
椅子を強く引き、鳴沢は化学室から走って出ていった。
扉が勢いよく閉まる音が、静かな部屋に刺さった。
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