25時の音楽

倉木元貴

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話し合い(第23話)

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 夜。部屋の明かりは天井の小さな照明だけで、白い壁にぼんやりと影が落ちている。
 ベッドの上に横になったまま、私はスマホを手に取り、鳴沢とのトーク画面を開いては閉じる、その動作を何度も繰り返していた。

 ――なんて送ろう。
 ――どんな言葉なら、鳴沢は許してくれるんだろう。

 入力欄にカーソルを置いても、指は動かない。
 言葉を考えれば考えるほど、どれも薄っぺらく感じて、結局何も送れないまま画面を閉じてしまう。

 天井を見つめ、ゆっくり目を閉じても、浮かんでくるのは鳴沢の引き攣った顔ばかりだった。
 あんな表情、今まで一度も見たことがなかった。

 鳴沢と蟠りを抱えて以降、私たちはほとんど言葉を交わさなくなった。
 冬休みに入ると、学校で顔を合わせることすらなくなり、その分、距離だけが静かに、確実に広がっていく。

 冬休みに入って三日目。
 心愛が「新作のケーキを作ったから」と言って、私はエッセンラーデンに呼び出された。

 店内は、いつもと変わらず甘い匂いが漂っていて、外の冷たい空気とはまるで別世界だった。

「莉里は来てないの?」

 店内を見回しながら尋ねると、心愛はカウンター越しに答えた。

「今日は用事でいないんだって」

 差し出された皿の上には、真っ白なレアチーズケーキ。
 新作と呼ぶにはあまりにも王道で、見慣れた見た目だった。

「これ、新作?」

「うん。玲那が好きかなって思って」

「……何? どこが新しいの?」

 説明を聞く前に、私はフォークでケーキの角をすっと刺し、そのまま口に運んだ。

「酸味を、ゆずにしてみたの。それで――玲那、鳴沢君と何かあったの?」

 食べてから言うなんて卑怯だ。
 口の中に広がる爽やかな酸味と同時に、胸の奥がきゅっと締め付けられた。

「別に……」

「何もなかったら、鳴沢君が、玲那と歌を作る前みたいな顔してないよ」

「……知らないよ。鳴沢が勝手に怒ってるだけだよ」

「そんなわけないでしょ。玲那が何かしないと、鳴沢君が怒るわけないよ」

「心愛はどっちの味方なの?」

「私は玲那でも鳴沢君の味方でもある。片方だけの味方じゃないよ。
 話せないことなら無理に話さなくていい。でも、喧嘩したままなのは、私も嫌なの」

 私はフォークを置き、この間、化学室で起きた出来事を、ぽつりぽつりと話した。

「はあ……もう、何してるの? さっさと鳴沢君に謝りなさい!」

「はい……」

 返事をした直後、心愛はスマホを取り出し、鳴沢に電話をかけた。

「鳴沢君、今から来れるって」

「は⁉︎ 今から⁉︎」

「当たり前でしょ。仲直りは早いに越したことないよ」

「だからって……心の準備ができてないよ」

「そうやって先延ばしにして、最終的に仲直りできなくなるんだから。ちゃんと謝れば大丈夫」

「簡単な話じゃないよ……。だって、鳴沢のあんな顔、初めて見たんだもん……」

「学校で会ってるでしょ。合わせる顔もある。大丈夫だって」

 そのとき、店の窓越しに鳴沢の姿が見えた。
 冬の夜気の中で、少し背を丸めて歩いてくる。

 私は反射的に立ち上がり、トイレに逃げようとしたけれど、心愛に腕を掴まれて止められた。
 せめてもと、両手で顔を覆う。

「鳴沢君、いらっしゃい」

 指の隙間から見る鳴沢の表情は、「騙された」とでも言いたげだった。

「こんな大事な時期に、何喧嘩してるの?」

 心愛は、私が目の前にいると分かっていながら、鳴沢から事情を聞いた。
 その声を聞くのが精一杯で、顔を上げることはできなかった。

「玲那が話したいことがあるんだって。ちゃんと聞いてあげて。ほら、玲那」

「やだやだ……心愛ひどいよ。私たち友達だよね」

「友達だから、荒療治も必要なの」

 心愛は私の手を無理やり外そうとする。抵抗しても、力では敵わなかった。

「心愛……最低……もう、ここに食べに来ない……」

「いいから。鳴沢に話があるんでしょ」

 一瞬だけ鳴沢の顔を見た。
 けれど鳴沢も、私の顔を見ることはなく、視線を逸らしていた。

 私はそのまま机に顔を埋めた。

「鳴沢……ごめん……」

 しばらく、沈黙が落ちる。

「鳴沢君も。喧嘩は両成敗だよ」

 促されて、鳴沢が口を開いた。

「僕のほうこそ……勝手に怒ってごめん。
 近藤さんに悪気がないのは分かってたのに、イライラしてて……当たってしまった。ごめんなさい」

 謝られても、顔を上げられなかった。

「お前ら。二人の諍いに私を巻き込むな。
 喧嘩したら、すぐ謝る。いい?」

 私も鳴沢も黙っていると、心愛は私の頬をつねり、そのまま持ち上げた。

「わかった?」

「痛い! 痛い! 心愛! ギブ!」

「わかった?」

「わかった! わかったから! 手離して!」

 赤く腫れた頬を撫でていると、鳴沢も同じように頬を守るように手で覆っていた。

「鳴沢君も、わかった?」

 鳴沢は無言のまま、五回、高速で頷いた。

「私だけっておかしくない?」

「何が?」

 私は赤くなった頬を心愛に突き出した。

「だって、ことの発端は玲那でしょ? 友達として制裁を与えただけだよ」

「喧嘩両成敗どこいった!」

 心愛は聞こえないふりをして、私が食べたレアチーズケーキの皿を持ち、厨房へと逃げていった。
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