合同会社再生屋

倉木元貴

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違う世界 8話

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「……‥‥…‥」

 何も言葉が出てこない。考えれば考えるほど、何でと訊きそうになってしまう。

「黙り込んでどうしたの? 私に訊きたいことがあるんでしょ? 訊いてしまえば?」

 高校生活を一緒に送ったかなちゃんとはまるで違う性格、違う人間になっていた。昔のかなちゃんはそんな風に言うことはなかった。悲しみと恐怖心で、目には若干の涙が浮かんでいた。

「さやちゃん。私、分かるよ。さやちゃんが何を訊きたいか。だって、高校二年間、いや、トータルで六年間くらい過ごしたからさやちゃんのことよーく分かっているよ。その答え教えてあげようか? ねぇ、聞きたい?」

 首にはナイフが当たっているから、横にも縦にも振るに振れない。

「イエスかノーか二択の閉じられた質問だよ。どっちにするか早く決めてよね」

 目の前で揺れるナイフ、首に触れていたものは今視線の先にある。
 その隙に、大きく首を縦に振った。
 恐怖心に支配されている状態に陥れば人間は本当に声が出なくなる。

「そっかー! じゃあ、教えてあげるね!」

 そう言ったかなちゃんは、手に持っていたナイフを私とは反対側のベンチに置いて両手で私の右手を握っていた。
 逃げるなら今だ。かなちゃんは運動神経がいい方ではない。私も高校卒業以来碌に運動はしてないけど、条件は多分同じ。それに、ここは私の故郷であり、かなちゃんにとっては未開の地。土地勘がある私に利がある。

「逃げ出そうなんて思わないでね。何処に逃げても結果は変わらないから」

 かなちゃんは、初めて会った時からそうだった。私の考えていることの全てが分かる様な立ち振る舞い。そのお陰で助かったことも多かった。体育がある時は必ずと言えるくらい毎朝にメールをくれて、夏休みの最後の1日に突然、家に訪れては終わらない宿題を手伝ってくれたり。あの時は本当に助かったけど、今思えば何で知り合って間もない私のことを理解していたのか疑問しかない。

「逃げ出そうなんてしてないよ。それに、かなちゃんは私の家知ってるから逃げても追いかけてこれるでしょ。私に逃げる必要なんて何処にもないよ」

 自暴自棄な思考に傾きつつあるがこれは演技だ。かなちゃんが気を緩めたその瞬間を狙うための。

「まぁ、逃げても何にも変わらないから逃げてくれてもいいんだけどね。それより話の続きをしようか?」

 かなちゃんのそんなキラキラした目は見たことない。話したくてウズウズしている所も。高校時代は無口で、偶に困った笑い顔を見せる以外殆ど無表情だけど、あの時の優しかったかなちゃんはもういない……。
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