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ゲームの開始

誰かの為でなく

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 二人で一週間かけて検証を行なった結果色々と面白い事が分かった。
 十一のアトリエだけでなく、家でも同じ現象を確認できるのは分かっていた。しかし建物の外では見えたり見なかったりと不安定な状況。
 不死原の家、二人の思い出があるであろう共にいた小学校などの村の中、十一の墓では現象は確認できず。十一久刻像のある崖では会えたという。
 先日十一が亡くなった所で二人でいた時もその現象はなかった。別の年の事故があった場所でも同様。

 私のホテルのある街にある美術館の庭園など十一の作品の前等でも可能だった。
 不死原の関係するところではなく、十一に関わる場所が接点となるようだ。
 意外と接触できる場所は多いが、問題はタイミング。十一に強い関わりのある場所に同時に二人がいる事が必要。
 改めて被害者リストをみる。
 亡くなった人に纏わる場所に十一月十一日誕生日の被害者が同時にいないと会えない。
 この現象の犠牲者同士が接触するのってかなりレアな確率の話なのではないかと。
 この二人は同じ生活圏内で過ごしていたから可能だった。

 日廻永遠は日本に関連する場所は多いが、彼がいるのはパリへと向かう飛行機の中。
 日本にいるのは東京の佐藤宙と土岐野廻、沖縄のライフフォード・ダインだけ。佐藤宙、土岐野廻はどちらもニシムクサムライに関連しているようなので、そこで会える可能性はある。しかし全国に十一ヶ所もある店、そこで二人のどちらかがいるであろう時間に居合わせるって可能なのか? まぁ東京に二人とも住んでいるので東京店に現れる可能性は高いだろうが、二人がニシムクサムライに来る確率はどのくらいあるのか? 

 ライフフォード・ダインは確か沖縄にも彼のショップがある。しかしこんな環境の中、その店にずっと常駐して待っているなんて事はないだろう。
 私は呆然としてしまう。
 レンタルオフィスのいつもの部屋で、私がリストを手にジッと考えている横で、不死原はコーヒーを飲みながら、十一と二人で色々巡った時の事について雑談している。

『しかし、そっちには俺の墓があるというのもなんとも言えない気分だな。
 そういえば俺の一年祭っていつ?』
「先週にあった。命日の次の日が友引だったから避けたんだ。それに渉造爺様の五年祭もあったから合同で行なった」
 私の視線に気が付いたのか、不死原は年祭の説明をしてくれる。霊祭といって神道における一周忌等の法事のようなものということだった。
『つうことは俺の葬式は祭りの忙しい時と被って大変だったよな』
「遺体の輸送手続きに時間かかって、葬儀は祭りの後となったからそれは気にしなくても良いよ。
 俺の方が、そう言う意味では皆に迷惑をかけている可能性もある」
『大丈夫じゃね、葬式も祭りも同時に派手にやっただろ。
 そして霊祭は基本近い人のを合同で行うから俺とお前の年祭はかなり合同となる可能性があるな』
 二人は自分の葬式についての話を、世間話をするかのように明るく会話している。
 そんな会話に加われる筈もなくただ聞いているしかなかった。
 死を隠して失踪した私の墓なんて作られないから、私は一般的な法事とかも無縁な事。

 そしてそんな会話をしている二人の様子を見ていて、私があえて避けていた結論を二人も考えていることを察してしまう。
 恐らく十一は一年の間にそのことを痛感したからこそ、呆れるほど気ままな過ごし方。
 頭がよく察しのいい不死原はそんな十一をみて同じ結論に達したのだろう。

 誰かと飲みに行く約束があるという十一が通信を切ったことで、不死原と私は二人となる。
 不死原はソファー並んで座る私をみて首を傾げる。
「お疲れのようですね。ホテルの方に行きますか」
 私の体調に気を使ったのだろう。私は顔を横に振る。
「疲れた訳ではないです。疲れるような事は今日していませんし。ただ色々考えてしまって」
 不死原は私に優しく微笑む。
 最初の時と違って仮面の優しげな笑みではなく不死原自身の表情が見えてきたような気がする。
 言葉使いはお互い敬語だが、これだけずっと濃い時間を過ごしてきたのだから当然といったら当然なのだろう。
 しかしそれはそれで私の中にも別の戸惑いが生まれている。
「一人で悩むのはやめてください。もっと貴方に頼ってもらいたい
 俺じゃ頼りないかもしれませんが」
 私は慌てて顔を横に振る。
「いや、逆にかなり甘えっぱなしで、申し訳ないと」
「甘えるって? ホテルの手配とか食事をご馳走したりとか?
 前にも話しましたが、今の俺たちにおいて金銭的なことに関して意味がない」
 それはそうなのだろうが、私の申し訳ない気持ちは変わらない。
 それに助けられているのはそういう事だけではない。精神的にもどれほど救われているのか。
「こうしていつも気にかけてくださっている」
 不死原はフッと笑う。
「そりゃ、これだけ毎日顔を合わせていたら、気にしないほうがおかしいでしょう」
 私は大きくため息をつく。
「でも、十一さんのように私を放っておいて、もっと自由に過ごすこともできるでしょうに」
 淡い茶色の瞳が私をまっすぐ見つめてきて、心臓がドキリとする。
「放っておけないんです。
 というより俺が構いたいから」
 初めて会った時とは違う、親愛を感じる柔らかい笑みを向けら私は落ち着かなくなる。
「貴方が責任感の強い誠実な方なのはわかっています」
 自分の中で変に期待してしまっている感情に蓋をする。
「俺って貴方と違って、そこまでお人好しではないですよ」
「え……」
 不死原は微笑みを深める。 
「どうでも良い人には、それなりの対応しかしませんよ俺は。
 打算で動く利己的な人間ですから」
 私は笑って顔を横に振る。
「貴方はそんな人では無いです。
 私の元彼を見ましたよね。利己的な人間ってああいうの言うんですよ」
 不死原は苦笑する。
「アレは利己的とは言わないでしょう自己中心的というか単に身勝手というタイプでは?」
 確かにあいつの行動基準は損得勘定ではなく、ただただ面倒な事から逃げて楽に生きたいだけ。
 自分の現状がそれを許さない環境であっても見ない振りをする。
「利己的な人は態々私を崖に助けに来ません。
 私の連絡を無視して放置して、自分の為だけに動きます。
 私に関わることに何のメリットもないから。
 それに街で困っている見知らぬ人に親切はしません」
 私に対してだけではない。接している誰に対しても丁寧で、そしてちょっとした事でも感謝の言葉を返し場を穏やかで心地よいものとする。
 段差に困っているベビーカーの女性の所にサッと近づき助けるといった行動を自然にでやってのける。そういうところがある。
 不死原は困ったような恥ずかしそうな顔をする。
「一応私は大人で社会人ですので、良識のある行動はしますよ。
 話がかなり逸れてしまいましたが、貴方は今何をそんなに悩んでいるんですか?」
「え」
「俺たちが話をしている間も、ずっと何か思い悩んでいた」
 不死原はこういう細かい所を見ていて気にしてくれる。
 私が周囲の様子を気にして動く事はしても、逆にこんな風に気にしてもらえる事に慣れていなかったんだと改めて思う。
 それが堪らなく嬉しく心地よいということを、不死原との関係の中で知ってしまった。
 そしてまっすぐコチラの見つめてくる茶色い瞳に色々誤魔化せなくなる自分を感じる。
「……貴方と十一さんは……」
 自分の死をどう考えているのか? そしてここから真剣に脱出する気があるのか? どう切り出すべきなのか悩む。
「この調査についてどう考えているのかなと。
 私は今後も続けるつもりですが……」
「そうやって一人で頑張ろうとしないでください。俺もここにいるのに
 ほら! 残刻なんてゲームをしているように楽しんでいる」
 そう、二人にはどこか必死さが無いところが不安を掻き立てる。どこかで人生を諦めているのではないかと。
「……ごくごく普通の日常に少しでも早く戻りたいと思ってないのですか?」
 私の言葉に不死原は少し考える。
「戻れるようになれば、そうしようと思っています。
 何れその方法も見つかるだろうし。
 でもまだまだ謎も多く調べていくのに時間がかかるだろうな、というのが私の判断です。
 そしてこの環境は俺にとって絶望する状況でもない。
 ここも俺の日常の延長でしかない。しかも何でも話し合える親友を取り戻せて、喧嘩も楽しめる」
「喧嘩?」
 私が聞き返すと不死は笑う。
「残刻と良くしているよ。最初の時も。
 俺があそこから飛び降りようとしたと話した時も、殴ってくるほど怒ってきたし。
 まあアイツの拳は俺に当たる事はなかったけど」
「そりゃ怒りますよ。大切な家族がそんなことをしたとなると。
 じゃあもう自殺はしないつもりですね」
 不死原は困ったような顔をするが頷く。
「私が死ぬべき意味が無くなってしまったというのもありますが……貴方はどうなんですか?」
 私は顔を横に振る。
「予定は変わりません。どこで死ぬかはまた考えないといけませんが」
 不死原はため息をつく。
「俺は貴方に会えてよかったと思っています。
 そして貴方の病気がここではこれ以上進行しないで生きていけることも。
 貴方に死や人と改めて向き合う時間が出来た事を」
 そう、ここは私にとって最高な世界。
 すぐに消えるはずの命が奇妙な状態で続ける事が出来ている。
 でもこの状況のままでも良いのか? その気持ちの方が強い。
「前に私は貴方に死ぬべきではないって言った事ありますよね。あれは本心です。
 あの崖で初めてみた貴方は、死に向かう人とは思ええないほど、ギラギラした生に輝いていて美しかった。
 俺とは違って死ぬべきではないと思った」
 何をもって不死原と違うというのだろうか?
 少なくとも私の場合は既に近い未来に来ている【死】を少し早めただけ。
「それは貴方もですよね! 死ぬべきではないのは」
 不死原は首を傾け少し困ったような顔で笑う。
「ん、まあ、この一日を多角的に検証した結果、死なねばならぬ理由が薄まり自殺が最適では無いと結論出した感じですね。俺は。
 更に言うと貴方と出会ったことで、生きていく意味を見出した」
「え?」
 何故不死原は自分の命の事をここまで理論的にまるで業務計画を話すかのように言うのか? と考えていたら私の話になり私は顔を上げる。
「貴方は、俺たちが生を諦めているように見えたかもしれませんが、違いますよ。
 俺は決してこの現象の謎を解くことを放棄などしていませんよ。そして残刻もそうでしょう。
 そして気にしているのは解決した時の事。
 恐らく残刻もだけど俺が気になっているのは貴方の事だ」
 私は首を傾げる。
「私?」
 不死原は頷く。
「本当に一人で死んで後悔はないんですか? 
 大切な人にしっかり想いと別れを告げるというやり方もありますよね? 
 あの男に文句も言いたかったでしょうし。ま、こちらはどうでも良いかもしれませんが……立つ鳥跡を濁さずと言いますが、どうせ去るなら全てをぶちまけるという選択肢もある」
 私は不死原の言葉に目を瞠ってしまう。
「ぶちまけると言っても、悪態をつけという意味ではなく、大切な人に対して、最期だからこそ愛をしっかり伝えてもいいのでは? と思ってしまって」
 私の行動を逃げと一言で見破った十一。大変ではあるが、より正しいであろう最期の迎え方を示唆してくる不死原。二人とも私のズルさを許してくれない。
 私は大きく深呼吸することしかできなかった。
「そうした上で、俺の提案を聞いていただけませんか?」
 不死原は真っ直ぐ私を見つめる。
「この繰り返しの時間は、貴方がより良い形で大切な人と、今をどう向き合うべきかのシミュレーションのチャンスとも考えてみませんか?
 検証だけに集中するのではなく、ご自分の為にも使う事をしても良いと思います」
 黙り込んでしまった私の手にそっと不死原の大きな手が添えられる。
「俺に貴方を見守る役割を託してくれませんか?」
 私はその言葉に驚き顔を挙げるとそこには、真剣な表情をした不死原の整った顔があった。
「貴方の人生に寄り添わせてください。最後まで」
 不死原は、私をそっと抱きしめてくる。
「同情なんて」「同情とかではないですよ! 貴方が好きなんです。ただそれだけです」
 私を包む温かい胸越しに時超えてくる言葉に私の心と身体が震える。
「貴方が俺なんかをそういう対象に見れないのも仕方がないとは思います」「逆よ! 私のような女に貴方が」
 私は不死原の胸を押して離れる。不死原はそんな私を不思議そうに見つめている。
「貴方なんかって? 貴方は聡明でそして強く温かい人だ。
 見知らぬ私が自殺したら、本気で怒って叱ってくる。
 貴方がこの現象の解明をしようとしているのも、俺達の為ですよね? 自分の事は後回しで。
 貴方はなんでそうなんですか? 自分の事よりも他者の方を先に考える。
 もういいじゃないですか。自分のしたい事をことを一番に考えて」
「私の為に生きる?」
「それが難しいなら、この時間の中でそういう我儘を覚えてください。
 自分の為だけに動くのが難しければ、俺達三人の為に、自分をそこに入れて考えられませんか?」
 不死原の言葉に私は必死に湧き起こる強すぎる感情を抑えるのに必死になる。不死原の胸に当てたままの指も震える。
 不死原の長い指が頬を撫でて私の涙を拭ってくれたことで私は泣いている事に気がついた。
 不死原は泣いている私を再び優しく抱きしめる。私はその胸に縋りつき子供のように泣いた。
 そこで散々泣いて迷いも薄れスッキリする。残ったのは不死原に対する信頼と愛。
 不死原からのキスも私は拒むこともせず、逆に自ら積極的に応えるように彼の背中に手を回した。そのまま深く強くキスをし心を繋げた。

 その後、二人でホテルにチェックインし、ベッドに二人で倒れ込むように転がり愛し合った。
 元彼のセックスとは異なり、大切なものを扱うように優しく、繊細なタッチの愛撫。私の心も身体も解けていき無防備な裸となる。
 今まで生きてきて一番幸せな時間だったと自信を持って言える。
 私は快楽だけでなく幸福感にも満たされ、悦びに震え何度も達し、意識を手放した。
 

 
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