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~巣の外の世界~
4-6 <伸ばされた手と、指し示す手>
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街の方の教会とはいえ司教執務室は金彩が施されなかなか豪華な作りとなっていた。その部屋でフリデリックは休む事となった。フリデリックとリチャードの顔色はまだ蒼く、初めてみる重体な人間の姿にまだ動揺しているようだった。フランクリンに至っては、顔色は青を通り越して白く表情もない。ダンケにはフリデリックはその素直な気質から、先程の光景に心を乱されながらもその問いを今必死で考えているように見える。
司教はその様子をオロオロと見つめている。
ダンケはチラリと壁側に立つテリーに視線を向ける。彼は美しいその表情を一切動かさず、ジッとフリデリックを見つめている。その視線は静かで、ダンケから見ても嫌な物は感じなかったが、今回テリーが行った行動の意味にいささか驚き悩んでいた。
お茶を出された事で、意外にも我を一番に取り戻したのはフランクリンだった。
「コーバーグ殿! 何故あんな光景を私達に見せたのですか! 嫌がらせですか?」
キッと顔を上げテリーを睨み付ける。テリーはその言葉に静かな笑みを浮かべ首を横にふる。
「貴方がたに、一番分かりやすく戦場というものを分かって頂きたくて案内させて頂きました。その覚悟を試すような事をした事は謝りますが、リチャード殿、フランクリン殿、貴方がたは先程の兵士達を見てどう思われましたか?」
逆に質問を返されたフランクリンは言葉を詰まらせる。リチャードはその言葉にテリーの顔をハッとしたように視線を向ける。
「え、どうって、あんな悲惨な……」
フランクリンは、弱々しくそこまで答える。
「戦場では、当たり前の状況ですよ。嫌、戦場に比べれば清潔ですし、敵におらず穏やかで心休まる風景です」
テリーの言葉にフランクリンは言葉を無くす。
(テリー・コーバーグ、顔に似合わずかなりキツイ性格をしている)
ダンケはそのやりとりを見つめる。小さく溜息をつき、フリデリックに視線を戻す。フリデリックは二人のやりとりを静かに見守っている。
テリーは、初めの印象とは異なりフリデリックに対して優しくはない。冷たいわけでも、激しいわけでもないが、ナイジェルやガイルのように割り切った様子で指導するわけでもなく、他の講師のように諂うような態度をしてくることもなく、キッチリと指導をしてくる。そして教えている技能は、高貴な人物のたしなみとしての型のみの剣技ではなく、実践を想定した剣だ。
レジナルド王弟子の意志なのか、それがテリーの考え方なのかがまだ読めない。
そして今回のこの行動、テリーはひたすらフリデリックに『何と戦うのか?』という事について問う。
「戦争は確かに国と国が戦う事ですが、実際戦うのは人間と人間です。戦場に立つと言う事は、自らが相手を殺すか、あのように相手に深手を追わすか、自分があのような目に遭うか、死するかと言う状況です。私は国の為なら人を傷付け殺める事も、私の身を犠牲にするのも厭わないその覚悟をもって戦っています。お二人はどうなのですか?」
二人は、テリーの問いに返す言葉をなくす。愛国心は本物で外敵が許せず倒したい気持ちは本心だっただろう。しかし、二人は戦場で行われる地獄のような状況に自分が立つと言う事まで想定していなかった。恐らくはアデレード軍が現れただけで敵はおののき逃げて行き、自分はそれを余裕な様子で蹴散らかし追い払う程度と思っていたのだろう。
ダンケも形こそ違えど、フリデリックを守るためならば、敵をいかなる形でも排除するその覚悟をしているし、今までも戦ってきた。だからこそテリーの気持ちは良く分かる。
「確かに私達は、何も分かっていなかった」
フリデリックの声が部屋に響く。皆の視線がフリデリックに集まり、眉を寄せフリデリックは少し照れた顔をする。
「戦闘が起こったと聞いても、その結果だけを知り喜び、そこで兵の皆さんがどのように戦っていたのかなんて考えもしてなかった事を、恥ずかしい限りですね」
テリーは方笑しながら、首を横にふる。
「書類や報告書には、全ては書かれてはいません。多くの中央の方は同じ状況なのでしょう。ですが貴方は」
『いずれ王となる方だ』と暗にテリーは告げる。その言葉にフリデリックの表情は沈む。
「……テリーお願いがある。私の友となってくれないか? 剣技の授業を離れたら、私にそのように接して欲しい。そして教えて欲しい私が知らない事を色々と」
テリーはその言葉に金眼を見開くが、珍しく柔らかく暖かみのある笑みを返す。そのあまりにも美しい笑みに、部屋にいた人は皆一種みとれてしまう。
「そのように言って下さり、光栄に思います。しかし私は単なる一兵士でしかありません。貴方の友人として相応しいとは言えないでしょう」
柔和な笑みを浮かべるテリーだったが、その言葉は決して優しいものではなかった。その言葉にフリデリックは傷ついた顔をするが、すぐに穏和な笑みを作る。
「テリー、私が考えなしでしたね。友というのは命令や依頼で作るものではでもなかった。私は見ての通り足りぬ所ばかりです。講師としてコレからも剣の事だけでなく色々教えて下さい。貴方から学びたい世界を」
フリデリックは紫色の瞳を真っ直ぐテリーへと向けて、淳良な様子で言葉を続ける。テリーは眩しい物をみているかのように眼を細めフリデリックを見つめかえし、頭を静かに下げる。
「尽力に勤めさせて頂きます」
ダンケは、その慇懃なであるものの素っ気ない言葉に、テリーがフリデリックに必要以上、歩み寄るつもりはないという意志を感じた。
今日の事でも、テリーはフリデリックに外の現実を見せようと働きかけているのに、フリデリックの手を取るつもりはないようだ。その忠誠心はレジナルドのみへと向けられている。となると、今までの行動は誰の意図なのだろうかと考える。他の二人の連隊長は最初から友好的ではあるもののハッキリ適切な距離を置いた付き合いをしてきていて、フリデリックを何かに誘導しようとしているようには見えない。しかしテリーは突き放しているようでハッキリとフリデリックに、剣技の枠を超えた何かを教えようとしている。
『金環の瞳の人物が舞い降りて、王となる人物を指し示し、正しき道へと導き、世界を救う』
誰が言い出したのか、このファーディナンド大陸中で様々な要素が加わりながら広がってきているこの言葉。そしてその人物が今、フリデリックの側に来た。その意味は何なのか? ダンケは、静かに見つめ合うフリデリックとテリーの様子を眺めるが、その答えは見つからなかった。
司教はその様子をオロオロと見つめている。
ダンケはチラリと壁側に立つテリーに視線を向ける。彼は美しいその表情を一切動かさず、ジッとフリデリックを見つめている。その視線は静かで、ダンケから見ても嫌な物は感じなかったが、今回テリーが行った行動の意味にいささか驚き悩んでいた。
お茶を出された事で、意外にも我を一番に取り戻したのはフランクリンだった。
「コーバーグ殿! 何故あんな光景を私達に見せたのですか! 嫌がらせですか?」
キッと顔を上げテリーを睨み付ける。テリーはその言葉に静かな笑みを浮かべ首を横にふる。
「貴方がたに、一番分かりやすく戦場というものを分かって頂きたくて案内させて頂きました。その覚悟を試すような事をした事は謝りますが、リチャード殿、フランクリン殿、貴方がたは先程の兵士達を見てどう思われましたか?」
逆に質問を返されたフランクリンは言葉を詰まらせる。リチャードはその言葉にテリーの顔をハッとしたように視線を向ける。
「え、どうって、あんな悲惨な……」
フランクリンは、弱々しくそこまで答える。
「戦場では、当たり前の状況ですよ。嫌、戦場に比べれば清潔ですし、敵におらず穏やかで心休まる風景です」
テリーの言葉にフランクリンは言葉を無くす。
(テリー・コーバーグ、顔に似合わずかなりキツイ性格をしている)
ダンケはそのやりとりを見つめる。小さく溜息をつき、フリデリックに視線を戻す。フリデリックは二人のやりとりを静かに見守っている。
テリーは、初めの印象とは異なりフリデリックに対して優しくはない。冷たいわけでも、激しいわけでもないが、ナイジェルやガイルのように割り切った様子で指導するわけでもなく、他の講師のように諂うような態度をしてくることもなく、キッチリと指導をしてくる。そして教えている技能は、高貴な人物のたしなみとしての型のみの剣技ではなく、実践を想定した剣だ。
レジナルド王弟子の意志なのか、それがテリーの考え方なのかがまだ読めない。
そして今回のこの行動、テリーはひたすらフリデリックに『何と戦うのか?』という事について問う。
「戦争は確かに国と国が戦う事ですが、実際戦うのは人間と人間です。戦場に立つと言う事は、自らが相手を殺すか、あのように相手に深手を追わすか、自分があのような目に遭うか、死するかと言う状況です。私は国の為なら人を傷付け殺める事も、私の身を犠牲にするのも厭わないその覚悟をもって戦っています。お二人はどうなのですか?」
二人は、テリーの問いに返す言葉をなくす。愛国心は本物で外敵が許せず倒したい気持ちは本心だっただろう。しかし、二人は戦場で行われる地獄のような状況に自分が立つと言う事まで想定していなかった。恐らくはアデレード軍が現れただけで敵はおののき逃げて行き、自分はそれを余裕な様子で蹴散らかし追い払う程度と思っていたのだろう。
ダンケも形こそ違えど、フリデリックを守るためならば、敵をいかなる形でも排除するその覚悟をしているし、今までも戦ってきた。だからこそテリーの気持ちは良く分かる。
「確かに私達は、何も分かっていなかった」
フリデリックの声が部屋に響く。皆の視線がフリデリックに集まり、眉を寄せフリデリックは少し照れた顔をする。
「戦闘が起こったと聞いても、その結果だけを知り喜び、そこで兵の皆さんがどのように戦っていたのかなんて考えもしてなかった事を、恥ずかしい限りですね」
テリーは方笑しながら、首を横にふる。
「書類や報告書には、全ては書かれてはいません。多くの中央の方は同じ状況なのでしょう。ですが貴方は」
『いずれ王となる方だ』と暗にテリーは告げる。その言葉にフリデリックの表情は沈む。
「……テリーお願いがある。私の友となってくれないか? 剣技の授業を離れたら、私にそのように接して欲しい。そして教えて欲しい私が知らない事を色々と」
テリーはその言葉に金眼を見開くが、珍しく柔らかく暖かみのある笑みを返す。そのあまりにも美しい笑みに、部屋にいた人は皆一種みとれてしまう。
「そのように言って下さり、光栄に思います。しかし私は単なる一兵士でしかありません。貴方の友人として相応しいとは言えないでしょう」
柔和な笑みを浮かべるテリーだったが、その言葉は決して優しいものではなかった。その言葉にフリデリックは傷ついた顔をするが、すぐに穏和な笑みを作る。
「テリー、私が考えなしでしたね。友というのは命令や依頼で作るものではでもなかった。私は見ての通り足りぬ所ばかりです。講師としてコレからも剣の事だけでなく色々教えて下さい。貴方から学びたい世界を」
フリデリックは紫色の瞳を真っ直ぐテリーへと向けて、淳良な様子で言葉を続ける。テリーは眩しい物をみているかのように眼を細めフリデリックを見つめかえし、頭を静かに下げる。
「尽力に勤めさせて頂きます」
ダンケは、その慇懃なであるものの素っ気ない言葉に、テリーがフリデリックに必要以上、歩み寄るつもりはないという意志を感じた。
今日の事でも、テリーはフリデリックに外の現実を見せようと働きかけているのに、フリデリックの手を取るつもりはないようだ。その忠誠心はレジナルドのみへと向けられている。となると、今までの行動は誰の意図なのだろうかと考える。他の二人の連隊長は最初から友好的ではあるもののハッキリ適切な距離を置いた付き合いをしてきていて、フリデリックを何かに誘導しようとしているようには見えない。しかしテリーは突き放しているようでハッキリとフリデリックに、剣技の枠を超えた何かを教えようとしている。
『金環の瞳の人物が舞い降りて、王となる人物を指し示し、正しき道へと導き、世界を救う』
誰が言い出したのか、このファーディナンド大陸中で様々な要素が加わりながら広がってきているこの言葉。そしてその人物が今、フリデリックの側に来た。その意味は何なのか? ダンケは、静かに見つめ合うフリデリックとテリーの様子を眺めるが、その答えは見つからなかった。
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