愚者が描いた世界

白い黒猫

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~風が吹く時~

1-7 <王子と王弟子>

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「バラムラス様、お兄様!」

  笑みを浮かべ、二人を歓迎するフリデリックだったが、グレゴリーの背中には嫌な汗が流れている。
  バラムラス・ブルーム公爵は、代々軍人の家系で彼自身も王国軍きっての知将である。年齢は五十を超え、戦いによって右足を失った事で今は車椅子での生活を余儀なくされているが、交渉力でもって、近隣国と軍事的同盟を結ぶ事を成功させ、このような身体でもその頭脳と言葉で国を守っている。
  またレジナル・ベックバードも、戦闘能力高さと人の心を読むとされている金彩眼をもつ、アデレードの軍神とも言われている存在。
  フリデリックはこの二人に親愛の情を抱いているようだが、この二人がフリデリックに対して、どういった感情を抱いているのかが読み切れない。
  可笑しな噂が蔓延しているのは王宮内だけで、それ以外の所では真逆な内容が広がっている。
  有徳の人と評判のバラムラスとレジナルドが、そんな陰湿な事するとは、思えないものの、国王軍が流布流言を仕掛け、元老院とフリデリック王子失脚を狙っているかもという懸念を消せなかった。
  しかも、このタイミングで王子の元ここを訪れる事の意味を計りかねていた。
 「出直してきたほうが宜しかったでしょうか?」
  バラムラスはグレゴリーに問いかけてくる。
 「いえ、授業の方も終わり、お茶を楽しんでいた所なので、私こそ失礼いたします」
  流石に、この三人の場に教師でしかない自分が同席するわけにはいかない。
 「いえいえ、折角ですからグレゴリー殿ともお話したいので、お時間があるようでしたらお茶をそのまま楽しみませんか?」
  バラムラスはニッコリと親しげな表情でグレゴリーを見る。この時期に、この二人が伴ってフリデリックの元を訪れたということは、何だかの意図があっての事だろう。それを見守ることが出来るなら願ってもない。バラムラスの言葉に頷き、当たり障りのない会話を続ける。
 「貴方が公の場に戻ってこられたのは嬉しいです。グレゴリー殿が政治の場から退いて残念だと思っていたのですよ。
  もう元老院の方に戻られるつもりはないのですか?」
  バラムラスの言葉にグレゴリーの笑顔が一瞬強ばる。
  まさか按察官の下で働いていた自分の存在を、バラムラスが覚えていたとは思わずに、グレゴリーは動揺する。
 「フリデリック様に教授する事を楽しんでおります」
 「たしかに、気だけ使わないといけないオヤジばかりに囲まれているよりも、素直で可愛らしいフリデリック殿と会話しているほうが何十倍も楽しく有益な時間が過ごせそうですな」
  バラムラスはカッカと笑う。
  そのやりとりをフリデリックは楽しそうに、レジナルドは静かに見つめている。
  レジナルドの金の彩りを帯びた瞳に見つめられると、グレゴリーはさらに落ち着かない気分になる。
  かつて見た金彩眼は包み込むような慈愛に満ちたものだったが、コチラの金彩眼は心を引きつけ圧倒させる強さをもつ。
  同じ金彩眼だというのにこうも雰囲気が異なるものなのか。
 「まさか、バラムラス様が、私の事をご存じだとは驚きました」
  グレゴリーの心の動揺など気にしてないようにバラムラスは笑う。
 「覚えていますよ、それは! そうそうフリデリック殿、グレゴリー殿はいつも面白い視点で問題を見つけ解決を導く面白い補助吏でしてね……」
  誰もが忘れ去りそれゆえに生き延びたグレゴリーという存在を覚えているとは、流石知将と言われる男だけある。グレゴリーは緊張をさらに深める。コーバーグ伯爵の元にいたことが、今さら何かの咎がくるとは思えないが。元老員にバレたら確実にフリデリックの教師の任を解かれるだろう。それだけは何としても避けたいところである。
 「分かる気がします。グレゴリー先生の授業は一番面白いです」
  フリデリックはニコニコと頷く。
 「グレゴリー殿のような方を教師にもつとはフリデリック様も幸せですね。」
 「はい!」
  フリデリックはグレゴリーの方を向き無邪気に笑いかけてくる。いつも癒しを与えるその笑顔をもってしてもグレゴリーの緊張が解けることはなかった。王族の特徴なのかもしれないが、フリデリック王子もレジナルドも人の眼をしっかり見て話しをしてくる。
  フリデリックの視線は、穏やかで観る人を和ませるが、レジナルドの視線はグレゴリーの心の奥の奥までを全て見通しているようで、何とも落ち着かない気分にさせた。
  レジナルドは金彩眼を、フリデリックへと動かす。
 「フリッツ、さっきは何とも深刻な顔していたが、どうかしたのか?」
  フリデリックは、レジナルドの視線にそんな緊張は一切感じないようで、むしろ心酔した幸せそうな表情で見つめ返す。
  芸術の造詣が深い分、フリデリック王子は美しいものに弱いのだろうか? とグレゴリーは密かに想う。
  自分の意見を、大好きな従兄弟が聞きたいという事が嬉しくて堪らないようだ。王宮内でエスカレートしていく噂と、彼が感じたものをレジナルドへと語り出す。グレゴリーは内心ハラハラしながら、三人の様子を伺う。
  フリデリックの言葉をレジナルドとバラムラスは馬鹿にするでもなく、真面目に聞いているように見えた。レジナルドは、フリデリックの言葉を聞いて、「うーん」と悩む様子を見せバラムラスをチラリと見る。
 「お兄様は、そうは感じませんか?」
  レジナルドなら全てを理解し、良い解決方を導き出していると、信じ切った表情である。
 「確かに、お前が言っている事はあながち的外れではないな……」
  改めてレジナルドの言葉で肯定される事で、フリデリックは言葉を失ってしまう。レジナルドは、そんなフリデリックにふと優しい笑みを浮かべる。
  グレゴリーは、レジナルドの深い金彩色眼の中に親愛の感情が宿っているのを感じる。
  流石のアデレードの金獅子とも言われ敵からも怖れられるレジナルドも、世間知らずで純粋なフリデリックには牙も向けられないのか? 先ほどグレゴリーを見つめてきた時よりも、その眼は若干優しい色を帯びている。
 「ただな……バラバラなのは今に始まった事ではないだろうに……」
  一般には王位継承を巡って確執を騒がれる二人だが、むしろ二人を取り巻くものだけがそうした溝を作っているようで、二人の関係自体は仲の良い兄弟のようにも思える。しかしレジナルドの本心は非常に見えづらい。
 「バラバラって、そんな……!」
  フリデリックはショックを受けたのか、そのまま言葉を続けることができない。
 「お前だって気付いているだろ? 国王とお前を支持する元老院と、私のいる王国軍に溝があるのを」
  あからさまに、驚きを示すフリデリックにレジナルドは困った顔をする。
 「溝って、そんな……元老院も王国軍は、お互いにとって必要な存在で助け合わないといけない関係のはずです! それが何故!」
  動揺するフリデリックを眺め、レジナルドはため息をつく。
 「私にはそう見えている! でも、私はいつも言っていたよな、人の話をただ鵜呑みにするなと。何が真実なのか自分の目と耳と肌で確かめ見極めろ! とね」
  戸惑いの表情をするフリデリックの頭を撫でる。
  グレゴリーは、その言葉がレジナルドの口から出た事に驚く。たしかにフリデリックは、今の国の現状を何も見ていない。というか、王宮内の王族居住エリアに軟禁状態で狭い世界にいる彼に、見えるはずもない。そんな彼にレジナルドの立場をもってしたら、自分に都合の良い情報だけを流して支配することも可能だろう。だが彼も自分と同じように、フリデリック自身で考えさせようとしている。
 「お前はもうすぐ十四歳だよな」
 「え……はい!」
  フレデリックは、戸惑うように頷く。何かその後に良くない言葉が続きそうな気がしたからだ。
 「これから、剣技と兵法の勉強もお前にしてもらう」
  フリデリックの表情が強ばる。レジナルドの前で嬉々として赤くなっていた顔が嘘のように、白くなる。
 「それを伝えるために、今日お前の元にきた。もう逃げる事は許さない。フリッツ分かったな」
  そう言って、バラムラスと視線を合わせ頷く。
 「フリデリック王子、これはウィリアム国王陛下からの命令ですので」
  バラムラスの言葉にフリデリックは完全に固まり顔色がみるみる青ざめていった。
  剣技と兵法、これはバラムラスとレジナルドが何も見えてないフリデリックに新しい視点と力を与えようとしているのか? それとも、今度は王国軍がフリデリック王子を取り込もうとしているのか? 果たしてどちらなのか? グレゴリーは考える。

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