カッコウの子供

白い黒猫

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カッコウの子供

日常の中で

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 陽一が爆発させていた感情が落ち着いたのを見守ってから、辺りを見渡す。
 「龍麒くん?」

  コン

 小さな音が聞こえた。私はソチラを見て微笑む。
 「ありがとう、龍麒くん」

  ……コン

「リュウキ、ごめんね」
  陽一がソチラを見てそんな事を言う。龍麒が何か言ったようだ。
 「分からないけど、なんとなく……ゴメン。
  そしてアリガトウ」
  何か孝之と私には聞こえない会話をしているようだ。ウン、とかウウンとか顔を動かし陽一はお話しをしている。
 「もう、あんな事ママに言わない。だから大丈夫」
  そう龍麒に話している陽一。その様子に私は少し驚く。
 「ママ、ごめんなさい。
  イラナイなんて言って。あれ嘘なの!
  だからママはオレをイラナイなんて言わないでね」
  真面目な顔でちゃんと私に謝ってくる陽一に私は一瞬呆然とする。このとんでもない経験は陽一に色々な事を考えるキッカケを与えたようで、少し大人になったように見えた。私は我に返り笑顔を作りゆっくりと頷く。
 「もちろんよ!
  でもね、陽一。言葉ってすごい力持っているのよ。良い言葉は自分や他の人を幸せにするけど、悪い言葉は人を傷つけるし、困った事になってしまう事がある。
  だから今度から何かお話するときはちゃんと考えて話すのよ」
  そう話すと陽一は真面目に大きく頷いた。身をもって体験したからよく分かるのだろう。
 「私は陽一の事大好きよ! 龍麒くん、優しい貴方の事も大好き」
  手を大きく子供二人分広げると陽一が私に抱き付いてくる。左側に一人分空けた感じで片方に寄った形で。私に抱き付いてから空いた方の空間をチラリとみて笑った。何も見えないその空間。僅かだけど温かい何かを感じた気がした。

  こうして幽霊の子供との不思議な共同生活が始まった。龍麒の姿は相変わらず見えないけれど、少しだけその気配は分かるようになった。この生活で一番変わったのは陽一なのかもしれない。私や他の家族に以前より甘えて愛情を示すようになり。他人に興味をもつようになった。我儘も少なくなった。言わなくなったというより言った後龍麒に何か怒られているようですぐにモゴモゴして謝ってくる。龍麒がシッカリ兄としての役割を果たしているようだ。
  龍麒は? というと、四歳で死亡したとはいえやはりこの世界にいる時間が四年も陽一より長いこともあり世間を良く見ているしお兄さんだった。自分の立場というのを哀しい程理解していて、お舅夫婦や夫がいるところでは静にしていて、私や陽一の前だけ私に構ってくる。私との会話は、陽一がいる時は陽一が代弁して、そうでない時は『はい』『いいえ』だけでなくノックの合図のバリエーションも増え、陽一の玩具のお絵かきボードを使ってひらがなで色々私に話しかけてきた。時々孝之も遊びにきて、タブレット端末を使い陽一と龍麒と三人で上手くコミュニケーションをとり遊んでいたようだ。

  そんな平和な日々を過ごしていたがある日、プッツリと龍麒の気配を感じなくなった。陽一に聞いても『いない!』と言う。陽一がオロオロしながら家中探したけど見つかない。私も名前を呼びながら家中探したが、あの気配をどこにも感じられなかった。そしてロフトに行くと折りたたまれた紙を見つけた。私が龍麒に教えてあげたキリンの形に折った折り紙が壁にたてかけられるように置いてあった。そっと手に持ってみる。
 
「みんなへ」

  龍麒の文字がきりんの首の所に書いてある。私はそっと開くとやはりそれは手紙だった。

 「ママ、よういち、
    たかゆきにいちゃんへ

 いっぱいわらった
  たのしかった
 ありがとう
  なんかもういかないとダメなんだって
         だからいくね
 みんな だいすき 
         ばいばい】

  その手紙を読みながら、泣いていると陽一もやってくる。
 「ママ? どうしたの? リュウちゃん、やっぱり見つからない?」
 「龍麒くんは、還ったみたい」
  陽一は首を傾ける。
 「帰るって? タカユキの所に」
  私は頭を横に振る。
 「龍麒くんのような子供が本当に還るべき所に」
  陽一にはまだ難しいのだろう。
 「また会えるの?」
  私は二コリと笑い陽一を抱きしめる。なんとなく私の雰囲気から何か状況を察したのだろう。
 「リュウキ、もしかして死んじゃったの?」
  私はその言葉に一瞬どう答えるか悩むが頷く。人の死とは何をもって定義するべきなのだろうか? 陽一は顔をクシャクシャにして泣きはじめる。私はその身体を再び抱きしめ背中を撫でる。
 「でもね、このバイバイは悪いことではないの。
  龍麒くんが生まれ変わって新しいお父さんとお母さんに会うためのサヨナラだから。
  本当に幸せになるためのサヨナラだから」
  そう言うと陽一は少しだけホッとした様子で泣きながらも笑った。その表情から龍麒を想い気遣う気持ちを見て感じる。陽一に龍麒が遺したモノは大きかった、彼の優しさや思いやりというのは陽一にちゃんと受け継がれ、陽一を成長させてくれた。私はまた子供を喪ってしまったけれど、愛しいと思える大切な存在を一人増えたのだと思うべきなのかもしれない。
  その日を境に元の生活が戻る。気が付くとつい気配を探していて、それを感じられないのが分かると寂しくなる。そんな事を繰り返していくうちに龍麒のいない日常にも慣れていきそれが日常となる。龍騎の事が薄れたわけではなく楽しかった事だけが心に残り穏やかに思い出せるようになった。
  TVのニュースでは、相変わらず子供が被害者となる哀しいニュースは流れ、世の中は龍麒の生きていた時とあまり変わっていない。
  そんな中でも人には少しづつ変化はあるようだ。陽一は相変わらず子供で我儘で雷を落とす事も多いが、次々と新しい体験をして学び、緩いペースではあるが確実に成長はしている。
  孝之は、来春結婚するという。相手同じ会社にいる女性で、私と違っておっとりした可愛らしい子で孝之とお似合いに思えた。そして龍麒と出会ったあの部屋で早くも一緒に暮らしている。
  月日は幼児を少年にして、青年に【夫】という肩書を与え新しい家族を産み出していく。

  そして私は? 変わらず単なる主婦のまま。しかしあの後も色々とトンデモナイ事をしでかす陽一にと付き合っていくうちに神経も図太くなってはきたようだ。陽一が私達大人とのふれあいによって成長していくように、子供達が私を母親を鍛え成長させていってくれる。そう思うと苛立つ事は変わらないが、子供の我儘、ままならぬさも許せてくるものである。
  前よりもこの母親という職業を楽しめるようになったのが私の一番の成長なのだろう。
  陽一の為にも、こんな未熟な私を『ママ』と呼んで慕ってくれた龍麒の為にも、【母親】という仕事を頑張るしかない。
 「ママただいま~」
  元気に帰ってきた陽一の姿を見て私は溜息をつく。お腹部分からジーパンの前は寝そべったのだろう、土で汚れていて、顔には派手な引っ掻き傷。私の呆れ顔も気にせず、ヘラリと能天気に笑いオヤツを求めてくる。コレはこんだけ明るく笑っているのなら苛められたというのではないだろう。喧嘩して来たのではなく、この独特なひっかき傷から野良猫と遊んで扱いが粗く怒らせた結果なのだろうと推理する。男の子なので洋服汚してくるのは、まあ良しとしよう。しかし悪気はないだろうが小動物への乱暴な扱いは注意しないといけない。
  まず状況を本人の口から聞くべきだろう。私は深呼吸してから、腰に手をやり口を開いた。
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